51 魔物はどこからやって来る?
翌日も、その翌日も、魔物の大量討伐は続いた。
「ウルフの毛皮が10枚、20枚…」
「姐さんしっかりしてください! 今ここにあるのは毛皮じゃなくて死体です!」
「金換算しなきゃやってらんないよこんなスプラッター!!」
「ルーン! 洗ってやってくれー!」
《あーもう! ギルド長早く帰って来ーい!!》
血まみれ泥まみれで叫んでいたら、頭上から水塊が降って来た。
がぼぼぼぼ、と気泡を吐いている間に周囲が赤褐色に染まり、それもすぐに消える。もはや馴染みの感覚だ。
「…ふう。失敬失敬」
《丸洗いされて正気に戻るって、変なルーチン出来上がってるよな》
「いつもお世話になっておりマス。お礼は鶏ハムで良い?」
《うむ》
頭を下げたら、ルーンはモフモフの胸を張った。そこに顔面を埋めたい衝動をなけなしの理性で抑える。…ああ…疲れてるな…。
「…とりあえず、これで最後、かねえ…?」
「だと思いたいですね…」
「…同感…」
周囲を見渡した後、デールとサイラスと、げっそりと視線を交わす。
今日の討伐はウルフとゴブリンの混成群。少し離れたところにゴーレムも居たので、それもまとめて片付けた。多分、今回の魔物ラッシュはこれで一段落するはずだ。
すぐ近くには北の村が管理している田んぼがある。被害がそれほど出なくて良かった、と視線を巡らせ、ふと田んぼの向こうの雑木林が目に入った。
田んぼより少しだけ小高くなっていて、一見、日本の『里山』のように見える林だが、実際人が入れるのはほんの入り口だけ。その奥は禁足地──首都アルバトリアの真北に接する、広大な森だ。
なんでも建国に関わる重要な聖地だそうで、平民はおろか、騎士も貴族も王族も、原則として足を踏み入れることは禁止されているという。同じく建国に関わってるはずなのにゴミ捨て場扱いされてる大穴とはえらい違いだな。
「姐さん、どうかしましたか?」
「…いや、ずーっと気になってたんだけどさ」
デールに問われ、私は禁足地を指差す。
「魔物の発生源、あの森じゃないかって…」
『……へ!?』
デールとサイラスがぽかんと口を開ける横で、あーあ、とルーンが肩を竦めた。
《気付いちゃったか。まあ気付くよな普通は》
『はあ!?』
「ルーン、知ってたの?」
《まあ禁足地っつっても、俺らケットシーまで立ち入り禁止になってるわけじゃないからな》
つまり『ダメって言われてないから入っても良い』と。なるほど。
「物騒な話をしてるね」
ゴーレムの残骸を確認していたグレナが戻って来た。物騒?とこちらが首を傾げると、グレナは腰に手を当てて続ける。
「魔物の発生源が固定されてるって知られたら、何で放置してるんだって話になるだろ。そしたら国の責任問題だ。黙ってた方が色々と平和なのさ」
その口振り、もしかして。
「…グレナ様も知ってましたね?」
確信を込めて訊いたら、グレナは童話の『悪い魔女』のように笑った。
「まあ当然さね。──気付いちまったんなら仕方ない。丁度討伐も一段落したことだし、ここを片付けたら見に行くとしようか」
「な、なにをですか!?」
多分察しがついているのだろう。訊ねるサイラスの腰が引けている。
グレナはあっさりと応じた。
「決まってるだろ──あの森の中さ」
ウルフの毛皮を回収し、北の村の村長に討伐完了報告を済ませると、私たちは帰るフリをして禁足地へ向かった。
「村の連中は律儀に決まりを守ってるからね。見られないように気を付けな。──ところでユウ、何で気付いたんだい?」
「魔物の出現する──というか、目撃される位置ですね」
ギルド長不在のため、地図と睨めっこしながら討伐順を決めているうちに、妙なことに気付いた。
「南は主にウルフ、東はゴブリン、北はゴーレムって感じで、魔物の種類によって大体場所が決まってるじゃないですか」
最初は魔物によって好みの土地でもあるのかと思っていたのだが、それだと魔物ラッシュの時に『それぞれいつもの場所で出現数が増える』のではなく『混成群が現れる』理由が分からない。
それに、機動力の高いウルフが目撃された場所に留まり続けているのも不自然だ。半日以上前の目撃地点にどの魔物も必ず居るなんて、普通じゃない。
「だから、この国の魔物の発生は何かに制御されてるんじゃないかって…。で、そんなの絶対大掛かりな仕掛けのハズだし、隠せるとしたらこの森くらいしかないよなーと」
魔物ラッシュ最後の混成群が必ず北に出現しているのも根拠の一つだ。制御装置に負荷が掛かって生じているなら、装置の近くに出現するだろう。
「あと何と言うか…この森見ると背中がザワザワするんですよね。何か変だぞ、と」
具体的には、家庭内害虫の存在を台所で察知した時と似ている。姿は見えないけど絶対居る、という主婦の直感的なやつだ。
そう表現したら、何故かデールとサイラスが引いた。
「姿が見えないのに害虫が居るって分かるんですか?」
「主婦ってみんなそういう能力持ち…?」
「え、分かりますよね?」
グレナに話を振ったら、肩を竦められてしまった。
「私は当然分かるが、男どもには分からんかもしれないね」
《物の配置とか虫のフンとか食いカスとか、あとカサコソって感じの足音とかで分かるよな》
「そうそれ!」
普段とのちょっとした違いで判別出来るのだ。自分しか居ないのに物音がしたら、位置も大体分かる。虫はあんまり足音立てないけど、物と擦れたり、物が動いたりしたら音がするからね。
「──まあ今ユウが感知してるのは、そういうのとは別物だろうが」
「え」
森の外縁に到着すると、グレナは鬱蒼とした森の奥を見通すように目を眇めた。何だろう、背中がヒヤリとする。
「この森は周辺と比べて圧倒的に魔素が濃いんだよ。そこら辺から魔物が湧いて出るほどじゃないが、敏感な人間は何となく嫌な気分になるだろうね」
じゃあ私が感じているのは、濃くなった魔素の気配、ということだろうか。ゴ…『G』の存在を察知した時のような不快感…ちょっと嫌なんだけども。
渋面を作る私の横で、サイラスが首を傾げた。
「魔素が濃い…? …俺には普通の森に見えますけど」
「魔素の気配を感知出来るかどうかは個人の資質というか、魔素との相性によるからね。魔法使いでも感知出来ない奴は多い」
「俺にも分からん」
あっさりと肩を竦めるデールに、グレナが釘を刺した。
「デール、魔素を感知出来なくても、この森の中では魔法を使うんじゃないよ。周囲の魔素と反応して予想外の威力になる可能性があるからね」
「分かりました」
「気分が悪くなったらすぐに言いな。──さあ、行くよ」
グレナを先頭に、私たちは禁足地へと足を踏み入れた。
「…ところでここ、勝手に入って良いんですか?」
「さあね」
「えっ」
「誰も見張っちゃいないし、バレなきゃ良いんだよ」
「…禁足地の意味……」