50 魔物ラッシュ再び
翌日からは、お約束の魔物ラッシュだった。
完全に予想していた事態だ。朝受付ホールに集合すると、みんなでカウンターの上に並べられた依頼書を覗き込む。
「北にゴーレム10、東にゴブリン6、南にウルフ1群れです」
「群れって何匹だ?」
「分かりません…とりあえず10匹以上みたいです」
《ケットシー、今日は俺とスズシロとサクラが動けるぜ》
「街の中の依頼もそこそこあるね…街灯の点検と家の片付けの手伝いか」
一通り確認して、私はルーンに向き直る。
「じゃあ…ルーンとスズシロはデールとサイラスと一緒に南に。サクラにはシャノンの手伝いをお願いして」
《分かった》
「シャノンはサクラと合流してから街の中の依頼をお願い。家の片付けって、多分結構重いもの運ぶと思うから、サクラに軽量化魔法掛けてもらってね。無理はしないように」
「分かりました」
「デールとサイラスはルーンとスズシロと一緒に南のウルフの討伐を優先して。私はまず北に行く。──グレナ様、一緒に行っていただけますか?」
「ああ、構わないよ」
状況が状況なので、グレナも最初から戦力として数えさせてもらう。
「──ウルフとゴーレム、それぞれ討伐が済み次第、東のゴブリンの討伐に向かおう。多分、私とグレナ様の方が早いと思うけど…出来ればそこで合流ね」
『承知!』
仕事の割り振りを決め、ノエルからお弁当を受け取ると、私たちはすぐにそれぞれの目的地へ向かった。
精霊馬が巡回したのは南だけだから魔物ラッシュも小規模──そんな淡い期待はすぐに消えた。初回の魔物の量が前回と全く変わらない。
北の村の近くには、ゴーレムが10体、群れを成して徘徊していた。
「先に目ェ潰すよ!」
「お願いします!」
雨あられと降り注ぐ火の矢でゴーレムの頭を半壊させたら、すかさずウォーハンマーで胴体を砕く。『顧問』のはずのグレナとの連携がものすごい勢いで上達しているのは、果たして良いのか悪いのか。
その後討伐完了報告のついでに北の村の村長に『またしばらく魔物が増えると思う』と伝えると、ああ…と苦笑された。
「また騎士団の巡回があったのか。あんたらも大変だなあ」
「今回巡回したのは、南の方だけみたいだがね」
グレナと村長が頷き合う。巡回の後で魔物が大量に出現するのは、農村では周知の事実なのだ。
「分かった。見掛けたらなるべく早めにあんたらに知らせるようにする」
「ああ。もし分かれば、種類と数も教えとくれ」
「おう」
魔物の種類と数と目撃地点は、討伐を依頼する際に必須の情報だ。グレナが念押しすると村長は軽く頷いた。その態度が何となく不安で、私は言葉を添える。
「実は今、ギルド長が隣国へ行っていて不在なんです」
「なんだって!?」
村長が目を剥いた。
「だから今日はあんたとグレナさんだけなのか…」
「はい。だから、出来るだけ正確な情報を早めに貰えると助かります」
「そうか…分かった」
村長は真面目な顔になり、しっかりと頷く。
「見張りの連中にも言っとくぜ」
「お願いします。…でも、無理に近付いたりはしないでくださいね。怪我したら大変ですから」
「おう。嬢ちゃんたちも気を付けてな」
(…嬢ちゃん…)
北の村の人たちにも、私の実年齢は知られているはずだが…いや、深くは突っ込むまい。時間を取られてはいけない。村長にとっては20代の女性はみんな『嬢ちゃん』なんだ、きっと。
そのまま北の村を出て足早にゴブリン討伐へ向かう道すがら、グレナが感心したように口を開いた。
「あんたも危機感を煽るのが上手いね」
「実際ヤバいですからね。早め早めに状況を把握していかないと、間に合わなくなるかもしれない」
「まあそうだが…ギルド長が居ないってわざわざ伝えるとはね。連中がパニックになるとは思わなかったのかい?」
「居ないって言っただけならそうなる可能性はありますけど、『じゃあどうすれば良いのか』を併せて伝えれば案外どうにかなりますよ」
やるべきことが分かっていれば、人間はそちらに集中する。不安を煽るだけ煽って『じゃあ後は何とかしてね』と丸投げするのは馬鹿のすることだ。協力して欲しいなら、どう動いて欲しいのかを明確にした方が絶対早い。
…職場のクソ上司は『売り上げが落ちた! 気合いで何とかしろ!』って根性論振りかざすだけで何の役にも立たなかったもんね…まああの会社の上の方って大体そんなんだったけど。
どこぞの偉い経済学者さんによると、『その地位で高く評価されている人はさらに上に昇格する』っていうシステムがある限り、上司が無能になるのは避けられないらしい。
『評価されたら昇格する』って、逆に言うと『無能になった時点でその地位に固定される』ってことだもんね。そりゃ上司はみんな無能になるよ。自分に向いてない職位で昇格が止まって、向いてる職位への降格というか、変更が出来ないんだもん。
…まあ私が働いてた職場の上司連中はそれ以前の問題のような気もするけど。
ギルド長は…どうなんだろうな。今までの状況を見る限り、現場って言うか、冒険者のリーダーみたいな立場が向いてる気がする。少なくとも書類をスマートに捌くタイプじゃなさそうだし。散らかすし。
…とはいえ、向き不向きにかかわらず責任ある立場になんなきゃいけない人も居るわけで……私はそうはなりたくないなあ。
「あんた意外と、上に立つのに向いてそうだね」
思ったそばからグレナが不穏なことを言い出した。
「嫌ですよ面倒臭い」
即答してふと疑問がわく。そう言うグレナは小王国支部の前ギルド長なわけだが、これまで街を見た限り、この世界──少なくともこの国で、女性が何かしらのトップに立つのは珍しい気がする。
「グレナ様こそ、どうしてギルド長になったんですか?」
「私かい? 簡単な話さ」
グレナは肩を竦めた。
「前のギルド長が引退するってなった時に、現役時代に一番実績をあげてた元冒険者が私だったからだよ」
ギルド職員は大きく分けて2種類居る。一般公募で採用された普通の職員と、引退する時にスカウトされて就職した元冒険者だ。小王国支部の場合、グレナと現ギルド長のカルヴィンは元冒険者、エレノアとノエルは一般公募枠に当たる──まあノエルはかなり特殊な例だけど。
「当時は冒険者もそれなりに多くて、荒くれ者も結構居たからね。睨みを利かせられる人間がトップに立つ必要があったのさ」
…それで指名されるって相当だと思う。きっと昔は今よりもっと…いや何でもないデス。
「あんた今、良からぬことを考えてただろう?」
「いやそんなまさか」
グレナがすうっと目を眇めたので、大きく首を横に振っておく。
しかし当時は抑えが必要なくらい冒険者が居たのか。今の状況からは想像がつかない。それくらい居れば今回みたいな魔物ラッシュも余裕だったろうに…。
「冒険者が減ったのって、やっぱり魔物討伐の依頼料の問題があったからですか?」
「私が引退した後のトドメはそれだろうね。あとはまあ…色々あったのさ」
グレナの声は飄々としていたが、視線は何処か遠くを見ていた。
しんみりした空気が流れたと思ったら、
「一番の原因は隣国の商業都市にデカい支部が出来たことさ。あっちの方が護衛依頼とか割の良い仕事が多いし街も発展してるってことで、みーんなあっちに行っちまったんだよ。当時、あっちのギルド長がわざわざこっちに勧誘に来やがったのもあってね」
「え、それってアリなんですか?」
隣の支部と言ったら、本来連携したり協力したりする間柄のはずだ。どうして労働力を奪うような真似をするのか。
「あの支部のギルド長はそういう奴なんだよ。今も現役らしいが、あんたも関わることがあったら気を付けな。口先では上手いこと言っても、自分の利しか考えてない奴だ」
グレナが吐き捨てるように言う。相当嫌な思いをしたようだ。
私はにっこりと頷いた。
「ご忠告はありがたく。──大丈夫ですよ。私もそういう上司、死ぬほど嫌いなんで」