49 ギルド長不在の日々
その日の夕方、ギルド長はチャーリーとイーノックを連れて宣言通り隣国へと出発した。
チャーリーは『明日の朝でも良いではないか』と渋っていたが、ギルド長は『今から行けば隣国の最終便に間に合うだろ』と強引に引っ張って行った。よほど早く行って早く帰って来たいらしい。
ちなみに、乗合馬車は国をまたいで運航しているわけではなく、それぞれの国の中で完結するようになっているそうだ。そのため隣国の商業都市までは、この街発の乗合馬車で国境の関所まで行き、越境手続きをして、さらに隣国の乗合馬車で商業都市まで行く、という馬車の乗り継ぎ旅になる。
1本で行ける馬車を運行させれば良いのにと思うが、そうすると馬車自体を越境させなければならず、関税が掛かって運賃が嵩むらしい。面倒だな。
ギルド長が不在の間は、デールとサイラス、そして私で魔物の討伐依頼を片付けて行くことになる。デールあたりが依頼の割り振りを決めるんだろうと思っていたら、翌日の朝、何故かエレノアが私に依頼書を見せて来た。
「ユウさん、今日の討伐依頼はこんな感じです」
「えっと…え? 私が割り振り決めるの?」
「はい」
首を傾げたが、真顔で頷かれる。
「ギルド長から、『ユウはそういうの得意だろうから任せろ』って聞いてます」
あの野郎、丸投げしやがった。
…いやまあ、得意か苦手かって聞かれたら得意な方ですけども。仕事の優先順位決められないと仕事が回らなかったからね…どこぞのブラック企業では…。
ちょっと遠い目をしつつ、依頼書を受け取る。今日も複数来ているようだ。
「ええと…東の村からゴブリン5体、北東の村からゴーレム3体の討伐依頼だね。発見された時間はゴーレムの方が早いみたいだけど…あ、エレノア、地図ある?」
「はい!」
「…目撃地点は、こことここ…ゴブリンの方が村に近いか。ゴブリンを優先しよう」
『了解しました!』
まだ地理には疎いので、依頼地点を確かめるのに地図は必須だ。ギルド長は地図見なくても依頼地点が分かってたみたいだけどね。そこは経験の差ってやつだろうな。何だかんだ、それなりに実績は積んでるみたいだし。
「それから、こちらが街の中での依頼ですね」
エレノアが当たり前の顔で依頼書を出して来るので、私も当たり前の顔で受け取る。
「買い物依頼が1件、側溝掃除が2件…シャノン、出来そう?」
「はい、任せてください!」
《一応俺が手伝うぜ。良いだろ?》
ルーンが申し出ると、シャノンは嬉しそうに頷いた。
「お願い、ルーン!」
ちょっとそっちに混ざりたいと思ったのは秘密だ。
「ユウさん、デールさん、サイラスさん。これ、今日のお弁当」
ノエルがキッチンから出て来て、おにぎりの包みを渡してくれる。
「ありがとう、ノエル」
「ありがたく!」
「いただきます!」
それを受け取り、鞄に詰めれば準備は完了だ。それぞれ武器を確認し、サイラスが圧縮バッグを背負って、私たちはいつもの通りに依頼に出発する。
「それじゃ、行ってきます!」
『行ってらっしゃい!』
そんなこんなで、依頼をこなすこと数日。
幸い、それほど大規模な討伐依頼は来ず、ギルド長が不在でも何とか仕事を回すことが出来た。とはいえ──
「今日の夕飯はデザートにコケモモのゼリーが付きますよ」
『うぇえええい!』
「やったー…!」
夕方、依頼を何とかこなしてギルド受付ホールのテーブルに突っ伏していたら、ノエルが苦笑しながら声を掛けてくれた。
コケモモは、湿地でも育ちやすい果樹として先代勇者がこの国に導入した果物だ。他にも、ブルーベリーやクランベリーなどが栽培されている。…私の記憶だと、どれも寒冷地向きの植物なんだけどね。どうやらこの世界だと、温暖な地域でも育つ種類があるらしい。
コケモモは酸味が強く、生食にはあまり向かない。なので、ジャムやゼリーに加工されることが多い。
ちなみにゼリーの凝固剤は海産物由来の寒天や動物由来のゼラチンではなく、魔物──スライム由来の謎の粉である。本体から溶解成分を取り除き粉末状にしたもので、まんまスライム粉と呼ばれている。水分を加えると膨らみ、加熱すると液状になって冷やすと固まるのはゼラチンに似ている。
初めて見た時は『スライム食べんの!?』と大層驚いたが、今ではすっかり食材の一つという認識だ。慣れって怖い。
デールとサイラスがへろへろと諸手を上げて歓声を上げ、私はテーブルから顔を上げて呟く。
疲労困憊な姿に、エレノアが心配そうな顔をした。
「大丈夫ですか、みなさん」
「…ちょっと連日の疲労がね」
強がっても仕方ないので頷いておく。
正直、ギルド長が抜けて3人体制になっただけでここまで大変になるとは思ってなかった。まあでも考えてみたら、4人が3人になったってことは一人当たりの担当する量が1.3倍になったってことで、負荷が増えるのは当然だ。
まして、ギルド長は魔法に長けた魔法剣士なわけで、魔法を扱えるのがデール一人になったら大変になるのは当たり前だった。
状況を見かねてルーンと他のケットシーたちが交替で参戦してくれてるけどね…可愛い可愛いケットシーたちを前線に放り込むわけにはいかないし。それでも、私たちに補助魔法を掛けてくれたり、討伐証明部位の回収とか毛皮の処理とか率先してやってくれるので大変助かってはいる。
「…ところで、良い知らせと悪い知らせがあるんですけど、どちらから聞きたいですか?」
エレノアが若干不穏な前振りをする。私は少し考えて答えた。
「じゃあ良い知らせから」
「ギルド長の鑑定魔法が有効であると認められたそうです。正式な手続きがあるので最低でもあと2、3日は掛かるようですが、もう少しで帰って来れるみたいですよ」
「マジか!」
「やったな!」
デールとサイラスがぱあっと顔を輝かせる横で、私はエレノアに先を促す。
「で、悪い知らせは?」
瞬間、エレノアが妙に平坦な表情になった。
「…本日午前、『勇者』様と騎士団の皆さんが南の村の方を巡回されました」
「──」
「…マジか」
「……やっちまったな」
私の表情筋から力が抜け、デールとサイラスが先程と同じような台詞を絶望的な表情で呟く。
今日は北の村の方へ行っていたから私たちはかち合わなかった。しかし、騎士団が巡回したということは──デスマーチ開始のお知らせだ。
「…一応確認するけど、精霊馬も一緒だった?」
「はい。『勇者』様を乗せていました」
「……あいつ馬乗れたんだ」
私の知る限り、奴に乗馬経験は無かったはずだ。こちらに来てから練習したのだろうか。勇者たるもの、特別な馬に乗ってナンボだとでも思ったのかも知れない。
「乗っていたというか…何とか跨っていた、という感じでしたね。騎士団長が精霊馬の轡を持って引いて歩いてました」
見栄張ってただけか。
エレノアによると精霊馬は大層嫌そうな様子で、時々『勇者』を振り落とそうとする素振りを見せていたらしい。そのたびに騎士団長が宥めていたそうだ。『勇者』のお世話も大変だな。
しかし精霊馬が不機嫌だったとすると、今までの通常の騎士団の巡回後とは勝手が変わるかも知れない。
精霊馬が殺気を振り撒いたことで、魔物が警戒して出て来なくなるか、それとも触発されてより活発になるか──どう考えても後者かな…。
「…デール、サイラス。今日は早めに休んでね」
私はぼそりと呟く。
「巡回が南側だけだったとはいえ、多分明日から大変なことになると思うから…」
「…了解です」
「承知しました」
2人は神妙な顔で頷いた。
…ギルド長、早く帰って来ーい…。