48 不埒者の末路
目が覚めたら、体調はすっかり良くなっていた。
「あっ、ユウさん起きた!?」
ベッドサイドに居たシャノンが、慌てた様子で顔を覗き込んで来る。その横にはグレナも居た。チャーリーと昔何かあったらしく、顔を合わせたくないとか言ってここ数日はギルドに来なかったのだが。
「調子はどうだい」
「何かすっきりしてます。熱も下がったみたい」
「良かった…!」
グレナの問いに答えると、シャノンが安堵した様子で立ち上がる。
「食欲はありますか?」
「うん。お腹空いた」
「じゃあお母さんに伝えてきますね!」
バタバタと出て行く背中を見送った後、さて、とグレナがこちらに向き直った。
「──まずは謝罪をさせとくれ。ウチの甥が迷惑を掛けたね」
「甥?」
「チャーリーのことさ」
「えっ」
まさかの血縁者。…それで会いたくないってどういうこと?
「あれは私の末の弟の息子でね。父親が尊大な態度ばかり取るせいか、奴も似たような感じになっちまって…」
溜息が深い。まああれが身内じゃあね…気持ちは分かる。
「だが流石に、今回は懲りたようだ。あれで潔癖な性質だからね。連れて来た連中が婦女子に乱暴しようとしたってんで、奴らを処分した後は、塩かけた青菜みたいになってたよ」
しおしおか。しおしおなのか。あのチャーリーが。
デュークとエドガーは『依頼遂行中に極めて不適切な行動を取った』として即日依頼を破棄。婦女暴行未遂、保冷庫からの食品窃盗の罪で騎士団に突き出された。
なお連中の下半身に関しては、チャーリーは治療を拒否。騎士団の回復術師の手に委ねられたが、回復魔法による怪我の治療は時間が経てば経つほど困難になるそうだ。『罪状も罪状だし、もう不能のままで良いんじゃないか』と騎士団の回復術師も呟いていたらしい。あーあ。
ちなみに私が連中の下半身に一撃入れた件に関しては『正当防衛』でギルド長とグレナがゴリ押ししてくれたらしい。冷静に考えると過剰防衛じゃね?と思わなくもないが、あの時は熱でマトモな判断が出来ていたとは言い難いし、まあ罪に問われないなら良かった良かった。
デュークとエドガーが牢屋にブチ込まれたことで、彼らのパーティはその場で解散となった。というか、デュークとエドガーは冒険者資格も剥奪されたので、解散せざるを得なくなった。『何らかの犯罪行為を働いた場合、冒険者資格を剥奪する』というギルドルールが適用されたらしい。
きちんと罪を償えば改めて新規登録することは出来るみたいだけど、これまでの実績は全てパアになったってことデスネ。ざまあ。
…まあその実績も金魚のフンとして上位冒険者の実績のおこぼれを頂戴してた可能性が高いわけだし、同情の余地は無いけど。
そんなわけで、現状チャーリーの護衛はイーノックだけになっている。そのイーノックも、隣国の支部に戻ったらその後の身の振り方は『少し考える』と言っているそうだ。色々あり過ぎたもんね。
「──とまあ、ざっとこんな感じさね」
一通り説明してくれたグレナは、呆れ混じりの顔でこちらを見た。
「あんたが来てから随分色々と起きてるような気がするが、気のせいかい?」
「気のせいです」
即答しておく。
だってギルドがゴミ屋敷化してたのは私が来る前の話だし、不燃ゴミ処理場の賄賂は騎士団の兵士が馬鹿やってただけだし、ノエルとシャノンはDV野郎がDVしてただけだし、『勇者()』と『せいじょ』のパレードはそりゃ召喚できたんだったら披露もするだろって話だし、魔物ラッシュはいつものことらしいし、チャーリーが来たのは魔物の種類が違ったからだし、デュークとエドガーが捕まったのは自業自得だし。
(確かに色々あったけど、私が何かやらかしてるわけじゃないやい)
言ったら疑わしい目で見られるのは分かり切っているので、内心で呟くに留めておく。
…いやホント、この2ヶ月足らずの間に色々あったなあ。
「お待たせしました!」
シャノンがトレイを持って戻って来た。聞けば、もうお夕飯の時間なんだそうだ。お昼、食べ損ねてたのか…道理で腹ペコなわけだ…。
「一応まだ消化に良い物をってことで、雑炊です。あと、鶏の照り焼きを少しだけ」
「ありがと、シャノン」
私がトレイを受け取ると、グレナが立ち上がった。
「──さて、私らも夕食にするかね。シャノン、行くよ」
「はい! ユウさん、トレイは後で取りに来ますね!」
「うん、ありがとう」
2人を見送ってふと外を見ると、もう真っ暗だった。私が起きるまでわざわざ待っていてくれたらしい。
「…いただきます」
醤油ベースの雑炊は、とても優しい味がした。
翌日の朝、すっかり回復した私は集まったみんなに頭を下げた。
「お騒がせしました」
「姐さん、もう体調は良いんですか?」
「大丈夫大丈夫。今ならゴーレムも素手で砕けそう」
「試さないでくださいよ!?」
全快だとアピールしたら、デールに釘を刺されてしまった。やだなあ冗談ダヨ。
「ユウさん、その…すみませんでした!!」
イーノックが進み出て、がばっと頭を下げる。別にイーノックのせいじゃないのに、律儀なことだ。
「謝らなくて良いよ。変なのと縁が切れて、良かったね」
「は、はい…!」
チャーリーは少し離れたところで沈んだ顔をしている。塩揉み青菜の雰囲気がちょっと残ってるな。
「で、今日の調査は?」
とりあえずチャーリーは置いといてギルド長に声を掛けると、
「あーそれなんだがなユウ。実は調査は昨日で終わってるんだ」
「…まだ全然情報が集まってないとか言ってなかったっけ?」
ゴブリンはともかく、ウルフとゴーレムの魔法の検証は済んでいないはずだけど。それとも昨日全部片付けたんだろうか。そう思ったら、ギルド長は首を横に振る。
「ゴーレムの方は昨日片付けた。けどやっぱり、実際に検証するのはリスクが高すぎるからな。オレの鑑定魔法の結果が正しいってことを隣国の支部で証明して、改めてこの国のウルフとゴーレムとゴブリンを鑑定魔法で見て、別種だと証明することになった」
なるほど。ギルド長の鑑定魔法は色々な情報が見られるから、その中身が正しいと証明できれば、表示された内容をそのまま魔物図鑑とかに記載できちゃうわけか。…でもそんな証明、出来るのか?
「うちの支部周辺に出没する魔物の情報は、私が網羅しているからな。それと同等の内容が鑑定魔法で分かるなら、鑑定魔法が正しいと見做せるのだよ」
チャーリーが少し得意気に言う。ちょっと調子が戻って来たな。
「…それが出来るならもっと早くやれば…」
ぼそりと呟いたら、ギルド長がぐっと言葉に詰まった。
「…出来れば支部を空けたくなかったんだよ…」
ああ、証明するってことは本人が長期不在になるのか。なら気持ちは理解出来る。何だかんだ、討伐依頼はギルド長が中心になってこなしてたし、剣も魔法も使えるから戦力としても大きいもんね。
「──そういうわけで、今日の討伐が終わったらオレはチャーリーとイーノックと一緒にここを発つ。出来るだけ早く帰って来るつもりだが、留守の間は任せたぞ」
『了解です』
デールとサイラスは多分昨日のうちに聞いていたんだろう。驚くでもなく頷いた。私もすぐに了承を返す。
「任せといて。バンバン毛皮狩っておくから」
「……やり過ぎるなよ」
ギルド長の目が語っている。お前また荒稼ぎする気だな?
やだなあ、決まってるじゃないですか。
──もう仮眠室に泊まりたくないんだよ、私は。
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