47 風邪をひいたら休みたいんだが?
翌日。
「風邪だね。熱が下がるまでは安静にしているように」
「…ハイ…」
ギルドの仮眠室で初老の医師の診察を受け、私は肩を落として頷いた。
昨夜の時点で倦怠感と寒気があり、嫌な予感はしていた。長めにシャワーを浴びて身体を温め、早めに就寝したのだが…その程度でどうにかなるもんじゃなかった。
…一応、ごく普通の日本育ちなもんでね。ずぶ濡れ凍結寸前まで行って乾くまで結構掛かったし、耐えられるわけなかったよ…。
「ユウさん、入って良い?」
「良いよ」
医師が帰るのと入れ違いにノエルが入って来る。両手で持ったトレイに、卵粥が載せられていた。
「これ、食べられそう?」
「うん。ありがとう」
朝食は自分で用意する気力が無かったので、とてもありがたい。
ちなみに医者を呼んだのはルーンである。私は寝てれば治ると主張したのだが、『ダメな奴ほどそう言うんだよ』と取り合ってくれなかった。…医者が苦手だって見抜かれたかな。
ギルド長たちに私の状況を伝えてくれたのもルーンだ。ギルド長たちからの返事は、『ゆっくり休め』。
風邪だと申告したら『じゃあテレワークな! パソコンあるだろ!』とナチュラルに在宅勤務を要求してくる会社に勤めていた身としては、休んで良いと言ってくれるのはありがたい限りである。
なお私が風邪をひいた場合、どこぞの阿呆は『俺のことは心配するな! 自分で何とかする!』とドヤ顔でカップ麺や外食やコンビニ弁当で食事を済ませ、ゴミはそのまま放置していた。よって私は自分の食事は自分で用意しなければならず、ゴミの片付けにも余計な労力を費やさなければならなかった。体調不良なのにね。
…ちなみに奴が風邪をひくと、『うどんが良い』『雑炊が食べたい』『デザートはイチゴ指定』『加湿器の水は?』『スポーツドリンクが切れた』だの何だの、当たり前の顔で私に世話を要求して来た。
ホントろくなもんじゃねぇな。
「…ごちそうさまでした」
誰かが作ってくれた卵粥を食べるなんて、子どもの頃以来だ。ノエルの卵粥はやさしい味噌味で、とても美味しかった。ノエル、味噌と醤油の使い方がすっかり上手くなったなあ…。
「おそまつさま」
ノエルはにっこりとトレイを受け取ってくれる。
一旦トレイを脇に置き、私の額に手を当てて少しだけ首を傾げた。
「…かなり熱があるわね。氷枕は要る?」
「え、氷あるの?」
ギルドには保冷庫はあるが、冷凍ではなく冷蔵だ。氷の魔石はかなり希少らしいし、温暖なこの街で氷にお目に掛かったことはない──ギルド長とかゴブリンの氷魔法を除いて。
私が驚きに目を見張ると、ノエルは微笑んで頷く。
「ギルド長にお願いして、出発前に少しだけ氷を作ってもらったの。すぐ融けちゃうでしょうけど、無いよりはと思って」
まさかのギルド長の魔法由来だった。ノエル、段々遠慮がなくなってきたな…良いことだ。
ありがたく使わせてもらうことにしたら、ノエルはすぐに氷枕を持って来てくれた。表面はぷにぷにと弾力がある風船のような物体で、中に氷水が詰まっている。
この表面──というか袋は、スライムのボディを材料にして錬金術師が作る特別な素材だ。少々お高いが、水を通さないので様々なところで重宝されている。
氷枕に綿布を巻いて枕の代わりに置き、頭を乗せる。柔らかくてひんやりとした感触が気持ち良い。
「じゃあ、ゆっくり休んでね」
「ありがとう」
ノエルが部屋を出ると、私はフー…と息を吐く。
関節に鈍い痛みがあって、頭も痛い。薬はさっき飲んだので、次は夜に飲めば良い。…ものすごく苦かったけど…。
(早く治れば良いな…)
こっちでは日本と違ってちゃんと休める。きっと回復も早いだろう。
毛布を口元まで引き上げ、私は目を閉じた。
「……てるか?」
「…ああ……」
(…?)
どれほど時間が経ったのか、ひそひそ声で目が覚めた。
部屋の入口、扉の向こうから声がする。何を言っているのかよく聞き取れないが、誰なのかは分かった。デュークとエドガーだ。
(何で奴らが2階に)
とりあえず寝たふりをしたまま待機する。すると、数秒もしないうちに扉が開いた。
「…ほら、寝てるだろ?」
「そうだな」
声量を落としているが丸聞こえだ。嫌いな奴の声ってよく聞こえるよね。クソ。
ただでさえ眠りが浅いのに邪魔しやがって。
眉間にしわを寄せないように我慢していると、2人は無遠慮にこちらへ近付いて来た。嫌な予感しかしねェ。
「マジで風邪だったみたいだな」
「これなら…」
ギシ、とベッドが軋んだ。足元に1人と、顔の近くにもう1人。気配からして、こちらに覆いかぶさるように接近している。
「…寝てりゃあそれなりに可愛げがあるのにな」
下卑た笑いと共に、失礼極まりない発言と顔面に掛かる吐息。…気持ち悪い!
「──っざけんなド阿呆ども!!」
ゴッ!
『!?』
勢いよく上体を起こしながら頭突きを喰らわせると、目の前に居たデュークが盛大に吹っ飛んだ。
同時に、右足を跳ね上げるように蹴りを放つ。こちらの両サイドに膝をついて半ば跨るようになっていたエドガーは、当然その一撃を股間に喰らった。一瞬長身が浮き上がり、目を見開いたままベッドサイドに転がり落ちる。
「…くそ、起きてたのか!」
デュークが鼻っ柱を押さえながら立ち上がった。チャーリーといいこいつといい、隣国の連中はどいつもこいつも面の皮が厚いらしい。私がゆらりと立ち上がると、デュークはエドガーを見遣り──
「おいエドガー……エドガー?」
「…………」
床に転がったエドガーは、両手で股を押さえて真っ青な顔で泡を吹いていた。…そういやさっき蹴り入れた時、何か潰れるような感触があったような。まあ同情の余地は無いけど。
「病人の寝込みを襲うような奴は不能になればいい」
ぼそりと呟いたら、デュークが愕然としてこちらを見た。
「お、お前、風邪ひいてたんじゃなかったのか!?」
「風邪? ああバッチリひいてるよ。誰かさんの無茶振りのお陰で」
頭がフラフラする。足はおぼつかないが、怒りのせいか思考はクリアだ。
「だからちょーっと『剛力』の力加減間違っても仕方ないよね」
「ごっ…剛力だと…!?」
気付いたところでもう遅い。
ざっと青ざめるデュークに私は躊躇なく踏み込んで膝蹴りを放った。どこを狙ったか、なんて──言わなくても分かるよね?
「オラァ!!」
「──っ!!」
…数秒後。
「ユウ! どうし……!?」
仮眠室に駆け込んで来たギルド長たちは、入口のところで立ち止まって絶句した。
泡を吹き、股間を押さえて床に転がるデュークとエドガー。そして、立ってはいるがフラフラしている私。
「ギルド長」
「!」
「そいつら、婦女暴行未遂の現行犯」
「なんだと…!?」
私が告げると、ギルド長が一瞬で殺気立った。チャーリーも険しい表情になる。
「…なんという下衆な」
汚物でも見るような目だ。…これは2人とも終わったな。
頭が痛い。怒りと安堵と今更戻って来た現実感と体調の悪さで頭がおかしくなりそうだ。でも、これだけは言っておかなければ。
「そっちできっちり処理してね。──クソ野郎どもの下半身を治してやるかどうかも含めて」
そこまで告げて──私は意識を失った。
自重しない主人公。下衆は滅べばいい(←真顔)
なお、潰したブツの感触については全力で気にしないことにしているようです…。