45 三度目の正直は無い
気まずい空気のままギルドに戻り、エレノアに依頼完了手続きをお願いする。一応検証に付き合ってくれてるってことで、報酬はデュークたちとも山分けだ。…殆ど活躍してないけどね。的になってくれてるからね。
「…くそっ!」
…あ、デュークとエドガーがまた勝手に奥に行こうとしてる。
ちらりとギルド長に視線を向けると、無言の頷きと共に親指を立てた握りこぶしがくるりと180度回転した。──やっちまえ。
そろりとデュークとエドガーの後を追うと、案の定、奴らはキッチンの扉の前で足を止めた。キッチンではノエルとシャノンが作業中のはずだ。邪魔をさせるわけにはいかない。
「…また閉まってやがる!」
エドガーがドアノブを回そうとして舌打ちした。盗人が居るんだから当たり前だろ。性懲りも無く来やがって。
デュークが苛立ち紛れに扉を蹴ろうと右足を上げた。はい、アウト。
カチリ、頭の中で『剛力』のスイッチが入る。
「ちょいとそこ行く阿呆ども──歯ぁ食いしばれ」
「は? ──ゴフッ!」
振り返るエドガーの腹に右ストレート1発。廊下の奥まで吹っ飛んだ大男が仰向けに倒れる。それを見たデュークが呆然とこちらを向き──私が拳を握っているのを認識して顔を引きつらせた。
…ああ、歯ぁ食いしばれじゃなくて、腹筋に力を入れろ、の方が良かったか。どっちみちその程度じゃ防ぎようがないけど。
「い、いや、これは、その」
「問答無用」
「ガフッ!」
こちらも鳩尾にパンチ1発で床に沈む。2人とも、防具着けてて良かったね。脱いでたら内臓破裂じゃ済まなかったかもよ。
悶絶する2人の襟首を引っ掴んで、ホールまで引きずって行く。ギルド長たちがこっそりサムズアップしたり音を立てないようにそっと拍手したりする一方、チャーリーはギョッと目を見開いた。
「い、一体どうしたのだ!?」
「こいつらがまた勝手にキッチンの保冷庫漁ろうとしてたんで少々拳でオハナシアイを」
「何故わざわざ拳で!? 話せば良いだけではないか!」
「何言ってんですか」
私はゴリッとした笑みを浮かべる。
「2回目の時点で、ギルド長が『次は無い』っつってたでしょうが。それを無視してまたやらかそうとしたんだから、何されたって文句は言えないでしょ」
初回は成功し、2回目は未遂に終わった。その時点で、ギルド長はきっちり警告していた。もっとも、その警告を受けたデュークとエドガーは薄ら笑いを浮かべていたから、警告も口だけだと思っていたんだろうけど。
…口だけで終わるわけないんだよね。食べ物の恨みは恐ろしいのだよ。
「だ、だが、そんな野蛮な」
「冒険者がお上品なわけあるか」
スパッと言い放ち、私はホールの床に2人をまとめて転がす。お腹を押さえて声も無く悶絶しているが、意識はあるようだ。
「そもそも出先の保冷庫勝手に開けて中身食べてる時点で有り得ない。商人の護衛依頼受けて取引先に同行したら、そこの厨房に勝手に入って食べ物食い漁っても許されるわけ? そっちの支部は随分野蛮な教育してんだね」
「えっ……あっ……」
例えを出したことで、何故私たちが怒っているのかチャーリーはようやく理解したらしい。
ここは彼らのホームではなく、依頼で出向いた場所。我が物顔で振る舞うのはおかしい。ホームであっても、他人の食べ物を勝手に食べるのは処刑ものだけど。
…日本に居た頃は、夕食のデザートにしようと思って買ってたスイーツ、2つとも昼間のうちに食べられてたとか、よくあったなあ…。多分1人じゃなくて、阿呆2人で食べてたんだろうけど。あの肉食系女子に冷蔵庫漁られてたと思うとゾッとするわ。
「…本当にすみません…」
イーノックはすっかり小さくなっている。そういえばイーノックだけは、最初に怒られて以降、キッチンに入ろうとはしてなかったっけ。積極的に協力してると言うよりは、振り回されてる感が強い。素の性格もデュークやエドガーとは全然違うみたいだし。
「…余計なお世話かもだけど、お近付きになる相手は選んだ方が良いと思うよ、イーノック」
「……はい……」
思わず忠告したら、イーノックは神妙な顔で頷いた。
「…く、くそ…」
デュークとエドガーがようやく動けるようになったらしく、のろのろと起き上がる。悪態を吐いていたのに、私と目が合った途端、びくっと肩を揺らした。また殴られるとでも思ったか? まあ態度次第では容赦なくやるけど。
少しは懲りたかと問い掛けようとしたら、2人はじり、と後退り──
「お、覚えてろよ!」
何とも情けない捨て台詞を残して、一目散に逃げ出した。
『……』
一同、呆然とそれを見送る。乱暴に開け放たれた外へと続くドアが、ギイ、と抗議するような音を立てた。
「…ええと…」
「…すげえ小物感…」
「シッ、言っちゃダメだサイラス」
サイラスが正直に感想を述べ、デールが突っ込む。否定はしていないところを見ると、多分デールも同じことを思っているのだろうが。
クッとギルド長が笑いを漏らした。
「あれはダメだな。自分の非を認められない奴に成長の余地は無い」
ギルド長が珍しくマトモなこと言ってる──内心驚いていたら、ギルド長とバッチリ目が合った。
「おい、何だその顔は」
「その顔?」
「言いたいことが色々ありそうだな」
ほう、よく分かったな。
「否定はしないけど、言っても良いの?」
私が訊くとギルド長は一瞬何か考える仕草をして、とても嫌そうな顔になった。
「……やっぱいい」
「まあそう遠慮せず」
「要らん! 絶対良くない内容だろそれ!?」
「そりゃあまあ、ねえ?」
「なら言うな!」
思い切り叫んだ後、ギルド長はチャーリーに向き直る。
チッ。『片付けられない男がよう言うたな』とか『自分は反省してるんだねギルド長』とか、言いたいことは色々あったのに。
「チャーリー! お前が連れて来た護衛役だ、お前が監督しろ!」
「それは無茶というものではないかね? 私はただの依頼人であって、奴らの上司でも責任者でもないのだよ」
「うるせェお前んトコの支部所属の冒険者だろうが!」
ギルド長は全力で話を逸らすことにしたようだ。チャーリーに詰め寄り、指を突き付ける。
「パーティメンバーから『実力不足』の申告があったんだ。自分のお気に入りだからってなあなあで流すんじゃねぇぞ。護衛続けさせるにしても、相応の理由がなきゃオレたちは納得しないからな。──そもそも平気でああいう態度を取るってことは、そっちの支部でも裏で問題児扱いされてるんじゃないか? あいつら」
「…そ、そんなことはないぞ!」
否定するチャーリーの目が泳いでいる。多少なりとも思い当たることはあるらしい。それなのに何で気に入ってるんだ。
(…もしかして、類は友を呼ぶとか、そういう…)
…考えるのはよそう。