44 自称冒険者の告白
そうしてデュークやエドガーも退避させれば、後は私たちの舞台だ。水の刃が走り大剣が唸りを上げ、ハンマーと蹴りが乱れ飛ぶ。
10分ほどで、ウルフの群れの討伐は完了した。
その後討伐証明部位を集めていると、デールがぼそりと呟く。
「…何か、今回は楽でしたね」
「数はそんなに多くなかったし、ウルフの注目が奴らに集まってたからじゃない?」
「ああ…なるほど」
自分たちに注目が集まっていると、攻撃を躱されることも多くなる。今回はウルフたちが注意散漫になっていたから、横から不意打ち出来た。
戦えなくても役には立ったな、自称ベテラン冒険者。次回もやってもらおうか。
「おつかれさん」
ギルド長が安堵の表情でやって来る。その後ろで、チャーリーがデュークたちに渋い顔をしていた。
「この私に回復魔法を使わせるとは、護衛失格ではないかね」
「ウルフが素早すぎたんですよ」
いやお前ら、私たちが戦ってるの散々見てただろ。何でそれで分からないんだよ。
「…チャーリー氏って回復魔法使えたんですね」
「それなりにはな。本人は面倒臭いっつって使いたがらない」
サイラスの呟きにギルド長がヒソヒソと答える。
それにしても、全く懲りていないらしい。その神経の図太さは称賛に値するが、一歩間違うとあの世逝きだぞ向こう見ずども。
「で、ウルフの強さはどんなもんだった?」
ギルド長が訊くと、デュークたちは一瞬ぽかんと口を開けた。自分たちが何故戦っていたのか忘れていたようだ。
「…た、大したことなかったな」
数秒後、デュークが薄笑いを浮かべる。そういう痩せ我慢は、その膝の震えをどうにかしてから言え。
「なあ、エドガー」
「ああ、前戦ったヤツの方が強かった」
「…」
エドガーは引き攣った笑みで追随するが、イーノックは青い顔で沈黙していた。何やらショックを受けているようだ。
…っていうか、『前戦ったヤツの方が強かった』なら、どうして1匹も倒せてないんだろうなこいつら。
「む、群れになってたから戦い難かっただけで、一匹一匹は大したことないだろ」
「そうそう。ちょっとすばしこいだけで」
絶対違うと思う。
明らかに遊ばれてたもんね、ウルフに。ウルフが魔法を使わなかったのがその証拠だ。もし相手が本気だったら、今頃デュークたちは風の刃で三枚おろしになっているだろう。
「なるほど、群れか! 確かにそれは戦い難かろうな!」
チャーリーはデュークたちの言い訳で納得するらしい。それで良いのか、魔物鑑定士。
翌日はゴーレムと2回、その次の日はゴブリンと1回戦ってもらったが、結果は散々だった。
初回のゴーレムには接近中に気付かれて目からビームの洗礼を受け、何とか近付いたら岩の槍で串刺しにされかけ、肝心の攻撃は全く通らない。エドガーなんてわざわざ戦斧ではなくウォーハンマーを装備していたのに、某一般人参加型歌唱番組の『もっと頑張りましょう』の鐘1つ、みたいな『カーン!』という軽い音と共に弾かれていた。
なお私たちが助けに入って初回のゴーレムを殲滅した後、エドガーが『武器がおかしい』と言い出したので試しに私のウォーハンマーと交換して2回目に挑んでもらったが、結果は同じだった。というかエドガーの動きが鈍くなって余計にダメだった。
…多分私の武器が重すぎたんだろうな。エドガーのウォーハンマー、私のやつの半分くらいの重さだったし…。私のやつ、武具工房で見せてもらった中では一番軽かったはずなんだけど。どーなってんの?
その次、つまり本日のゴブリン戦はゴーレムよりさらにダメだった。こっちのゴブリンは魔法に長けているので、火球に水球に風刃と、まるで属性魔法の見本市。ゴブリンお得意の地面に潜って背後から不意打ちする戦法が出たところでフォローに入ったんだけど、何とデュークもエドガーも自分が殺される寸前だったと気付いてなかった。
奴ら的には『自分のすぐ近くまで来た獲物を格下が横取りした』って認識になったらしく、突き飛ばして攻撃から逃れさせただけなのに滅茶苦茶文句言われた。…いっそ刺されてから助けた方が良かったか。
そんな中、イーノックだけは少しずつ様子が変わって行った。
少し離れたところから全体を見渡しているせいか、それとも自分の魔法がゴブリンの魔法にあっさり呑み込まれたのを目の当たりにしたせいか、当初の勢いは鳴りを潜めている。
ゴブリン討伐完了の報告を済ませ、街に帰る道すがら、デュークとエドガーがブツブツ文句を言う後ろで、イーノックは暗い顔をしていた。
「あそこで邪魔が入らなけりゃな」
「だよなあ。マジ勘弁して欲しいぜ」
「…」
邪魔というのは私たちのことだろうか。自分たちのへっぽこっぷりを棚に上げて、随分偉そうなことを言う。
前を歩く私たちの冷ややかな空気を察したのか、間に挟まれたチャーリーが居心地悪そうに目を逸らしている。
「………ちがう」
イーノックの小さな声が、妙にはっきり聴こえた。
足音が途切れて振り返ると、立ち止まったイーノックがデュークとエドガーを睨み付けている。
「は? 今なんつったよイーノック」
よほど苛立っているのか、デュークが高圧的に問い掛ける。イーノックは一瞬息を呑んだが、大きく首を横に振って息を吸った。
「邪魔なんかじゃない。今日はあの時突き飛ばされてなきゃ、2人とも死んでた」
『……は?』
「昨日のゴーレムだって、僕の魔法でもデュークやエドガーの攻撃でも傷一つ付いてなかった。あのまま僕たちだけで戦ってたら消耗して倒れるだけだった。一昨日のウルフになんか、手も足も出なかったじゃないか」
「はあ?」
デュークの声がワントーン下がった。
「それは手前ェの魔法が弱すぎたからだろ!? 他人のせいに──」
「そうだよ! 弱すぎるんだ、僕も、デュークも、エドガーも!! 速さも攻撃の威力も判断力も、何もかも足りてない!」
イーノックは心底悔しそうに、だがはっきりと叫んだ。
「ここの魔物は強すぎる! 正直、自分が今生きてるのが信じられないくらいだ! 上位種を2、3回見たことがあるくらいじゃ太刀打ち出来るはずない!!」
表情は真剣そのものだが──オイちょっと待て。
…上位種を2、3回、見たことがある? 倒したことがある、じゃなくて?
「…お前らまさか、上位種と戦ったことは無いのか?」
「ありません」
ギルド長が眉間にしわを寄せて問い掛けると、イーノックは即答した。デュークとエドガーが目を剥く。
「なっ、お前…!」
「だから、ここの魔物が強いってことは分かりますけど、上位種と同等かどうかは分かりません。僕らは他パーティとの合同依頼で上位種とかち合って、他のパーティが倒すのを見てただけなんで」
マジか。
「……なるほどな…」
ギルド長が瞑目して呻いた。チャーリーが慌てて口を開く。
「いや、だが、『上位種も大したことはなかった』と言っていたではないか。それに、討伐実績にもちゃんと載っているぞ?」
「…複数パーティが合同で依頼を受けた場合、個別の申し出がない限り、倒した魔物の種類は全てのパーティの『共通実績』として記録されるはずだな」
ギルド長が低い声で指摘する。…え、つまり自分たちで倒さなくても実績になっちゃうってこと? 何そのタダ乗り事案。それ悪用したら、実際に魔物倒さなくてもランクアップ出来ちゃうじゃんか。
「その通りです。『大したことなかった』って言ったのは、実際に戦った上級冒険者のパーティがあっさり倒してたからです。大したことないように見えたってだけです」
「イーノック!」
デュークとエドガーが顔を赤くして叫ぶのに構わず、イーノックは深々と頭を下げた。
「みなさん、生意気な態度取ってすみませんでした。──チャーリーさん、ここでの護衛依頼は、僕には荷が重いです。このまま依頼をし続けるかどうか、考えてください」
「…う、うむ…」
チャーリーが目を泳がせながら頷く。まさか自分が鳴り物入りで連れて来たお気に入りの冒険者に『荷が重い』と言われるとは思っていなかったのだろう。連中の大言壮語を真に受けて、討伐実績の中身をきちんと精査してなかったなこいつ。
デュークとエドガーは怒り狂った顔でイーノックを睨み付けている。彼らにとっては裏切者って感じか。まずお前らがチャーリーの信頼を裏切ってるってことを自覚しろ。