前へ次へ
47/199

43 自称中級ベテラン冒険者の実力

 翌日午前にゴブリンの討伐と検分を済ませ、午後からは再度ウルフの討伐──というところで、ギルド長が思わせ振りな態度で提案した。


「午後のウルフの討伐は、デュークたちに頼みたい。良いだろうか?」

「む? 彼らは私の護衛役だが」


 チャーリーの発言は予想済みだ。ギルド長は平然と切り返す。


「この辺りのウルフが実際どの程度の戦闘能力なのか、俺らが戦ってるだけじゃ分からないだろう? 普通の『ウルフ』や上位種との戦闘経験のある人間に検証してもらいたい」

「おお、それは良い考えだ!」

「えっ!?」


 デュークたちが声を上げた。護衛役の自分たちが戦うことをチャーリーが了承するとは思わなかったのだろう。ギルド長曰く、チャーリーは『目の前のエサに後先考えずに食い付く習性があるから、ちょっと利を示せば簡単に意見を変える』らしい。なるほど確かに。


「折角だ、君たちの実力を知らしめてやりたまえ」


 チャーリーが満面の笑みで命じる。一瞬顔を見合わせた後、デュークが嫌な笑いを浮かべた。


「分かりました。任せてください」


 自信満々に頷いているが──安請け合いしているようにしか見えないのはきっと昨日までの行いのせいだな。


 昨日ギルドに帰った後、依頼完了手続きをしている間にデュークとエドガーは勝手にチャーリーのもとを離れ、当然という顔でまた無許可でキッチンに入ろうとした。

 幸いキッチンの扉は内側から鍵が掛かっていたし、前日の『ジャーキー鶏ハム喰い尽くし事件』を受けて警戒したルーンが扉自体を魔法で強化してくれていたので扉を開けられることは無かった。が、奴らは行動を咎めたギルド長の言葉を右から左に聞き流し、『ギルドのキッチンは共同利用のはずなのにどうして締め出されなきゃならない』とまで言い放った。


 …ギルドのキッチンは利用料を払って初めて使用可能で、ただギルドに来ただけの冒険者が勝手に入って良い場所じゃない。まして、別の誰かが作って保管しておいた保冷庫の中身を勝手に食べるなど言語道断。一度やらかして注意されているのに全く理解していない態度はもはや救いようがない。


 しかもこの時、キッチンの中にはノエルとシャノンが居た。『何で開かないんだよ!』と扉を蹴って彼女たちに恐怖を与えた阿呆ども、許すまじ。


 結論──有罪(ギルティ)



 そんな私たちの考えを知らず、デュークたちは勿体ぶった態度で武器を構えた。デュークは長剣、エドガーは柄の長い戦斧、イーノックは杖。3人でウルフの群れに向かって間合いを詰め、途中でイーノックは足を止め、その場に留まって集中し始める。


 そして──



「──はあああっ!」



 気合いの声を上げながら、デュークとエドガーがウルフの群れに突っ込んで行った。ウルフは声に反応し、即座に臨戦態勢を取る。振り下ろされる剣と戦斧を余裕で避け、ぱっと散開。


「…あの距離で叫ぶとか…」


 デールがぼそりと呟いた。目に呆れが浮かんでいる。

 私たちも戦闘中に叫ぶことはあるが、少なくとも初撃の前、あんな遠くで意味もなく大声を上げたりしない。わざわざ魔物に自分の居場所を教えて『これから攻撃しますよ』と宣言しているようなものだ。


 案の定、ウルフはすぐに冷静さを取り戻し、一定の距離を保ってデュークとエドガーの周囲を徘徊し始めた。即座に攻撃に移らないのは人間を警戒しているからだろう。

 こうして見ると、ウルフたちが連携を取っているのがよく分かる。デュークとエドガー、それぞれの武器の間合いギリギリに1匹、そのすぐ後ろに数匹。様子見役と追撃役という感じだろうか。


 その均衡は、ものの数秒で破れた。



「──火球(ファイアボール)!」



 イーノックの火魔法が放たれる。のだが…


(…ピンポン玉…)


 ファイアボールと銘打つにはいささか小さい火の玉が、幼児のボール遊びくらいのふんわりした速度で飛んで行く。当然そんなものが当たるはずもなく、ウルフたちは余裕で避けた。


「くそっ! ちゃんと足止めしてくれよ!」


 イーノックが苛立たしげに叫ぶ。…いや、足止め以前の問題だと思うわ。ここらのウルフの毛皮は弱い火魔法耐性もあるし、当たっても軽く焦げるかどうかくらいじゃない? あれ。


 距離が遠すぎると思ったのか、イーノックは2、3歩前に出て改めて集中を始める。


 が、その動きは一番の悪手だ。


 弱いながらも火魔法を使いウルフの注目を集めたこと、少しだけ前に出て来てウルフに注意も払わずに集中し始めたこと、そのイーノックを庇える位置にデュークもエドガーも居ないこと──素人に毛が生えたくらいの私でも分かる。狙ってくれと言ってるようなもんだ。


 案の定、1匹がデュークの包囲を離れ、そろりとイーノックに向かった。本人は気付かない。目を閉じているらしい。…ええ…。


「ぎゃあ!?」


 エドガーの悲鳴が上がった。左腕に1匹のウルフが盛大に噛み付いている。血の匂いに興奮した他の個体も、吠え立てて駆け回り始めた。


「くそっ、来るな!」


 デュークが我武者羅に剣を振り回す。当然、そんな攻撃が当たるはずもない。最初は警戒していたらしいウルフたちが、今は明らかにデュークたちを弄んでいる。


「ひっ…!」


 ようやく目を開けたらしいイーノックがその場に尻餅をついた。目の前まで来ていたウルフは上半身を低くして、今にも飛び掛かりそうだ。



 …さて、ではそろそろこちらも行こうか。



「ギルド長」

「おう、行ってこい」


 良いかどうか一応聞こうとしたら、その場でゴーサインが出た。ここ数日で格段に意思疎通が速くなってる気がする。

 デールとサイラスに視線を向けると、無言の頷きが返って来た。2人が剣を抜き、私はウォーハンマーを構え──


「行くよ!」

『応!』


 地を蹴るのは同時だったが、走りはデールが飛び抜けて速い。足を滑らせ転倒したデュークに襲い掛かろうとするウルフの首を刎ね、振り返って別のウルフに相対する。



「ウォォォ──!」



 サイラスが雄叫びを上げた。至近距離で放たれた遠吠えそっくりの声にエドガーを取り囲んでいたウルフの陣形が崩れ、そこに本人が突っ込む。


「オラァ!」


 大剣の間合いは広い。一振りで2匹のウルフが吹っ飛んだ。


 そして私は、ウォーハンマーを横向きに構えたまま、イーノックの前に走り込む。


 ──ガアッ!


 大きく口を開いて真っ直ぐ飛び掛かって来たウルフに、猿ぐつわのようにウォーハンマーの柄を噛ませる。突進の衝撃を一瞬膝を曲げて殺し、


「ふんっ!」


 右足で力一杯ウルフの胸のあたりを蹴り上げると、ギャンと悲鳴を上げたウルフは数メートルばかり跳ね跳び、そのまま動かなくなった。

 …最近これが一番確実だって気付いたんだよね…。ウルフの行動の先読みは出来ても、デールとかサイラスみたいにウルフの動きについて行けないし。ウォーハンマーは大振り過ぎて、躱されると隙だらけになっちゃうから。


 …ウォーハンマーを持ってる意味が無い? いやいや、ウルフの突進を止められるのはこの武器のお陰ですヨ。


「…へ?」


 ちらりと振り返ると、イーノックがへたり込んだままぽかんと口を開けていた。まだウルフはそこら辺にうじゃうじゃ居るんだけど。こいつ状況分かってんのかな。


「ギルド長のとこまで退避して」


 邪魔──と吐き捨てるのは辛うじて我慢する。


「は、はいっ!」


 イーノックは弾かれたように立ち上がり、大慌てで駆け出した…んだけど…


(お、遅い…!)


 その走りはびっくりするほど遅かった。一般人と大して変わらない──いや、あれじゃ多分走るのが得意な少年とかには余裕で負ける。

 当然、それを見逃すウルフではない。2匹がイーノックの後を追おうとする。


「ひっ…!」

「阿呆、振り返るな!」


 振り返って悲鳴を上げるイーノックに、ギルド長の叱責が飛んだ。続けざまに氷の槍が放たれ、1匹が凍り付いて1匹がたたらを踏む。

 そこに私がウォーハンマーを叩き付けた。足止めされた1匹はなすすべもなく地面に沈む。


「ギルド長ナイス!」

「バックアップは任せろ! お前らは残りを片付けてくれ!」

『承知!』





前へ次へ目次