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42 ゴーレムは目を潰せ

 魔物鑑定士殿が眼球が潰れていないゴーレムの頭部をご所望だったので、最後の1体だけは四肢を胴体を丁寧に砕き、頭部はそのまま残しておいた。


「姐さん、そいつまだ生きてますよ」

「うん何か眼球観察したいみたいだったし?」


 その頭部は現在、顔面を地面に押し付ける形で私が上に乗って押さえ付けている。時々ドバン!ってちょっと飛び上がるけど、ボディが無いせいか目からビームも私を弾き飛ばすほどの威力は出せないらしい。…しかし頭だけなのに力尽きないなこいつ。

 ビームより地面から突き出す岩の槍の方が私を退かすには向いていると思うのだが、どういうわけかひたすらビームだけ撃っている。槍の方は、見えないと狙いが定められないのかも知れない。


「…ゴーレムの『本体』って、ボディと頭、どっちだと思う?」

「本体ですか?」

「ほら、前にうっかり頭だけ砕いちゃった時、ボディの方も暫く動いてたでしょ? で、今、頭だけになってるけどまだ目からビーム出してるし」


 以前爆誕させてしまった首無しゴーレムはその後速やかに破壊したので、ボディだけでずっと生きていられるのかどうかは分からない。この頭だけゴーレムも同じだ。考えてみるとつくづく不思議な生き物──いや、生き物かどうかも怪しいんだっけ、ゴーレムは。


「むしろ両方…ボディと目が『本体』なんじゃないですかね」

「両方?」

「この国のゴーレムを倒す時は、『ボディを砕いて』かつ『眼球を潰す』のが基本じゃないですか。両方達成して初めて動かなくなるんで…」

「ああ、なるほど」


 デールの仮説は確かにそれっぽい。ならば、


「この『頭だけ』を放置したら、そのうちボディが生えて来て再生したりしてね」

「うげっ、嫌なこと想像させないでくださいよ」


 サイラスが顔を歪めた。自分で言っといてアレだけど、眼球とボディ、どっちか片方が無事だったら勝手に再生するとかだったら嫌だな。再生力自慢の微生物(プラナリア)並みの生命力ってことになっちゃう。


 そしてふと気付いた。…この仮説、チャーリーにバレたらやばくね?


「デール、サイラス」

『?』

「今の『ゴーレムの本体』の話、チャーリーには秘密だからね。…検証したいとか言い出しかねない」

『…!!』


 真顔で呟いたら、2人は顔色を変えて頷いた。



 暫く待っていると、ギルド長とチャーリー御一行がやって来る。チャーリーは相応に土埃がついているが、自称冒険者どもはあんまり汚れてない。『護衛だから』っつって作業に参加してないなあいつら。


「やあ、ご苦労。…ん? 何故座っているのかね。目上の者を迎える時は立っているのが礼儀というものだろう」


 ほう、活きの良いゴーレムの頭を野放しにして良いと。


「立っても良いですけど、どうなっても知りませんよ?」

「うん?」


 言ってる間に、またボフン!と爆発が起きて一瞬浮き上がった。チャーリーが胡乱な目で首を傾げ、私が座っている物を見てサー…と青ざめる。


「まさかそれは…!」

「じゃあ立ちますねー」

「ま、待て!」


 ドバン!


 私が立った途端、ゴーレムの頭部は目からビームの爆発で宙に舞った。青い顔のチャーリー御一行が目で追う中、私はゴーレムの頭をキャッチする。


「はい、ご所望の『眼球が潰れてないゴーレムの頭』です。どうぞ」

「や、やめろ、こっちに向けるな! 今ビームを出していたではないか!」

「ちょっとだけ下を向かせてるんでぶっ放されても大丈夫だと思いますよ。あと、この距離で人間を認識したら多分目からビームじゃなくて──」


 私が言い終わらないうちに、ズン!と音がして地面から岩の槍が生えた。


「うわあ!?」


 足を取られてチャーリーと重戦士のエドガーが派手に転倒し、手をついたすぐ横にも鋭い岩が屹立しているのを見て絶句する。一歩間違えたら串刺しになってたね。…ちょっとくらい刺さっても良かったのに。


「──とまあこのように、至近距離に敵を認識すると岩の槍を生やす魔法を使います。頭だけでもまだ生きてますし、目を潰さないと延々このままじゃないですかね。…で、まだ観察します?」


 私が小首をかしげると、チャーリーは即座に叫んだ。


「さっさと始末したまえ!」

「デール、どーぞ」

「了解です!」


 ゴーレムの頭を抱えたまま、くるりとデールに向き直る。デールは即座にゴーレムの眼球を長剣で砕いた。石と言っても眼球部分だけはそれほど頑丈ではないので、剣を叩き付ければ割れるのだ。


 沈黙したゴーレムの頭を、改めてチャーリーに差し出す。


「ご指示通りに眼球潰しましたよ。要ります?」

「う、うむ」


 自分で目を潰せと言ったのだから文句は出ないだろう。チャーリーは受け取ろうとして、ぴたりと動きを止めた。


「…地面に置いてくれたまえ。また砕くのは御免だ」

「あらそうですか」


 ギルドでゴーレムの頭を取り落としたのをちゃんと覚えていたらしい。ちなみに今は倒した直後──新鮮な状態なので、ギルドに持って帰った時より格段に重い。多分20キロ以上ある。


 ゴーレムの頭を地面に置いて改めて立ち上がると、ギルド長が視界に入った。今にも爆笑しそうな顔で目を逸らして口元を押さえている。楽しんでもらえて何よりだよ。


「…何なんだあいつ…」

「バカなのか?」

(聞こえてるぞ阿呆ども)


 デュークたちがこそこそと話している内容は丸々聞こえる。音量管理がなってないし、馬鹿はそっちだ。ゴーレムの頭を向けた時、チャーリー置いて全力で逃げようとしてたろ。


「この頭と繋がっていた胴体は何処だね?」

「全力で粉砕したんで残ってませんよ。そこら辺に散らばってる瓦礫がそうです」

「…次からは胴体を観察したいのだが」


 ゴーレムの頭をけしかけられて怖かったのか、チャーリーが若干勢いを失っている。そのまま礼儀も直してくれたら良いんだけど…まあ無理か。


「留意します」


 私は適当に頷いておいた。


 …留意って言葉、便利だよね。相手の希望に沿えなくても『留意したけど出来ませんでした』って言い訳が立つもん。





 ゴーレムの頭は持ち帰らなくて良いというので、一通り現地調査をした後、北の村に依頼完了報告をしてギルドに帰還する。


 北の村ではチャーリー御一行が村の様子を見てあからさまに侮蔑の表情を浮かべていたが、流石にその場で侮辱するような発言はしなかった。代わりに、帰りの道中『あんな一時代前の生活様式をまだ続けているとは』『家もボロいし人もみすぼらしい』『民度が知れる』とか何とか延々聞くに堪えない言葉を垂れ流してたけど。


『……』


 デールとサイラスが今まで見たこともないほど殺気立っている。


 2人は南の村の出身だ。この国で『村』と呼ばれる場所に住む人たちがどれほど努力して生活しているのか、一番よく知っている。私も正直奴らの頭を順番に掴んで思い切りシェイクしたい気分だ。


 その農村の人たちが丹精込めて生産したものを食べて生活してるんだよ、私たちは。崇め奉れとまでは言わないけど、敬意を持て。民度が知れるのはお前らの方だ、世間知らずども。






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