41 ここのゴーレムは近接タイプではありません。
次の日の午後。
「さあ、ゴーレムの調査に行こうじゃないか! 現場に案内したまえ!」
「………おう」
相変わらず偉そうなチャーリーに、ギルド長が抑揚のない声で応じた。『頑張る』という昨日の決意は何処へ。
…気持ちは分かる。朝、『今日はゴーレムの調査をしたいから他の討伐は午前中に全部片付けろ』と魔物鑑定士サマの無茶振りを受けたのだ。
どうやら昨晩、『ゴーレムの調査には絶対に瓦礫を片付ける人員が必要だ』と自称護衛の連中に説得されたらしい。奴ら汚れ仕事やりたくないだけだろ。自称ベテラン冒険者から自称冒険者に格下げすんぞゴルァ。
──で、午前は八つ当たり気味にゴブリンを始末して来たのだが…
朝からギルドに隣国御一行が居座っていたためノエルが出勤出来ず──まあ私が昨日『連中、午前中ギルドに居座るらしいから、ノエルとシャノンは明日、午後から出勤で!』って強硬に主張したからだけど──昼食は屋台で適当につまむことになってしまった。
…それだけだったらまだ良かったんだけど。
自称護衛ども、午前中に暇を持て余してギルドのキッチンに入り込んで、勝手に保冷庫開けてケットシー用のジャーキーと鶏ハム喰い尽くしやがったんだよね…。
『味が薄い』『調味料ケチり過ぎだろ』『こんな美味くもないモンしか無いのかよ』ってありがたーいお言葉がありましたヨ。ええ。なら食うな。全部食っといてどの口が言うか。
ちなみにその事件に真っ先に気付いたのは、屋根に退避して昼寝をしていたルーン。『よし、死ね』ってリアルに呟いてた。私も心からそう思う。
──そんなこんなで、ものの2日で我々の我慢は限界に達しつつあるわけで。
(まだ…まだ耐えるんだ…夕食はチキンのカリカリ焼きだってノエルが言ってた…!)
もはや私の理性は夕飯のメニューで保たれている状態である。多分デールとサイラスも似たようなもんだろう。無言無表情なのに目だけが異様に輝いているし。
出来るだけ奴らを視界に入れないように歩き、北の村の近くの目的地に着いた。昨日ゴーレム5体を粉砕して回ったのとは別の場所だ。1回討伐すると、その場所には1ヶ月くらい魔物が寄り付かなくなるのだという。死体は2、3日で消えても墓場みたいな気配は残るんだろうな。
少し遠くにゴーレムが1体、闊歩しているのが見える。よし、まずはいつも通り、気付かれないように間合いを詰めて──
「おお、あれがこの国のゴーレムか!」
ゲッ!
チャーリーが叫んだ瞬間、ゴーレムがギン!とこちらを見た。何てことすんだド素人…!
「自分から居場所を知らせてどうする!」
「何を言う。どうせこれから倒すのだから遅かれ早かれ同じことではないか」
「全っ然違ェよ…!!」
ギルド長が絶望的な表情で剣を抜いた。普通のゴーレムならともかく、この国のゴーレムにこの距離で気付かれるのは大変マズい。何故なら、
「おい護衛役、チャーリーを連れて出来るだけ遠くに離れろ!」
「それでは魔法をじっくり観察できないではないか!」
デールとサイラスが青い顔で武器を構える。私も疲労感を何とか堪えて、ウォーハンマーを左下に構えた。
ギルド長がウルフもかくやという殺気立った唸り声を上げる。
「阿呆か! ──ここはとっくに、奴の間合いの中だ!」
──轟──!!
ゴーレムの目が光った途端、ヂッ!と赤みを帯びた光線が放たれた。チャーリーとデュークの間を貫き──着弾した地面が爆発を起こす。
「うわああああ!」
「なんだ?!」
「ば、爆発した!?」
隣国御一行が一瞬にしてパニックに陥った。爆発自体は直撃しなければそれほど危険ではないのだが、あのビームに触れたら大火傷するし有効射程が恐ろしく広い。この距離ではゴーレムの独壇場だ。
「さっさと物陰に隠れろ!」
「も、物陰などどこにあると言うのだね!?」
「知るか手前ェで探せ!」
チャーリーを一蹴し、ギルド長が剣を振る。氷の槍が何本もゴーレムに殺到し、目を庇ったゴーレムが足を止めた。
「私が突っ込むからフォローよろしく!」
『承知!』
私が走り出すと、即座にデールとサイラスが左右についた。
本来の基本戦術は、『可能な限りゴーレムに気付かれないよう接近して、初撃で足を崩すか目を潰す』。特に私の場合、こちらの間合いに持ち込めば手足も胴体も砕き放題だ。ただし接近戦になると、ゴーレムが殴る蹴るの他、地面から岩の槍を突き出す魔法を使うようになるので、短期決戦必須なのは一緒だが。
「!」
2回目の光線をサイラスが大剣で弾き、3回目はデールの水魔法が受け止めて相殺する。4回目が放たれる前に、再度ギルド長の氷の槍がゴーレムの視界を奪った。
「──砕けろ!」
そこでようやくゴーレムが私の間合いに入った。
ウォーハンマーを力一杯斜め上に振り上げて両脚を砕き、そのまま切り返し真横に振り抜いて胴体を破壊する。頭部が落ちて来て、ギラ、と目が輝いた。
「させるか!」
両側から大剣と長剣を叩き込まれ、ゴーレムの目が潰れる──いや、砕ける。
ゴーレムの眼球は、わずかに赤味掛かった透明な石なのだ。
『…』
その目から完全に光が消えるまで、警戒しながら待つ。ボディが砕けても、完全に動かなくなるまで安心はできない。何せ頭だけになっても目からビームが出せるのだ。嫌すぎる。
「…や、やったのか…?」
やがてゴーレムが完全に沈黙すると、私たちは深く溜息をついた。恐る恐るやってきたチャーリーの問いに答える気にもなれない。今回は何とかなったが、遠距離でここのゴーレムに気付かれるのは本来致命的なミスなのだ。
「チャーリー」
「!」
ギルド長の低い声に、流石のチャーリーもびくっと背筋を伸ばした。うわギルド長珍しく本気で怒ってるよ。
「魔物を見付けたら騒ぐな。まずは静かに様子を窺え。ギルドでそう習うはずだな?」
「そ、それは冒険者の初心者講習の話だろう? 私は魔物鑑定士だぞ?」
初心者講習とかあるんだ。正直初耳だけど…今は黙っていよう。
「初心者講習の内容だって知ってるっつーことはルール自体を知ってるってことだろうが! 冒険者に同行するなら最低限冒険者のルールを守れ!」
「うっ…」
チャーリーを怒鳴りつけた後、ギルド長は般若の顔でデュークたちを睨む。
「お前らもだ! この国の魔物は他と違うから調査を依頼してんだ! 油断して呑気に構えてんじゃねぇ!!」
「ぐ…」
至極真っ当な説教に、デュークたちが言葉に詰まる。が、その目は不服そうに歪んでいた。
ビーム1発でパニックになって対処しようともしなかったくせに、一丁前に不満だけは抱くのか。へー。ほー。ふーん。
「…と、とにかく! ゴーレムはこれで倒せたのだろう!? 調査に入らせてもらうぞ!」
チャーリーはあからさまに話題を逸らそうとしている。目が砕けたゴーレムの頭を見下ろし、
「…それにしても、眼球を残しておこうという気遣いは無かったのかね」
──ああ、うん。
何も反省してねェなコイツ。
ゴーレムはあと3体居ると言ったらチャーリー御一行はその場に残ると主張して来たので、残る3体は私とデールとサイラスで始末することになった。
「死ねぇぇぇぇ──!!」
「クソ野郎どもがあああ!!」
「邪魔してんじゃねぇぇぇ──!!」
…誰に向けた台詞かって?
そりゃまあ………ねえ?