40 悪巧みとご褒美
チャーリー御一行が宿に帰ると言ってギルドを出た途端、場の空気が一気に緩む。
「…っだああああ…」
「はああ……」
溜息だか罵声だか分からない声で呻くデールに、カウンターに突っ伏すエレノア。サイラスはいつになく疲れた様子で椅子に座り、ギルド長は頭を抱えて溜息をついている。正直私もその場に座り込みたい。が、何とか堪えてカウンター奥の収納から箒を取り出した。砕けたゴーレムの頭がそのままだ。
「あっ、すみませんユウさん!」
「手伝います」
「ありがと」
駆け寄って来たエレノアとサイラスの手も借りて、瓦礫を裏庭に運ぶ。地面に直接置いておけば消えてなくなるのは魔物の死体の良いところだと思う。
受付ホールに戻る途中、ふと覗いた解体部屋に、氷漬けのウルフの死骸が置いてあった。
「うげっ、持って帰って来たのか」
「どうしても解剖したいそうで、一部屋貸せと…すみません…」
「謝らなくて良いよ、エレノア。立場上断れる内容じゃないもんね」
エレノアがしょぼんと耳を伏せる。曲がりなりにもこちらが呼び寄せたのだ。調査に必要な場所や設備を提供するのは当然だろう。…あの態度を見ると協力する気が失せそうになるが。
「ギルド長ー、あのウルフの死骸ってさ」
ホールに戻って声を掛けると、ああ、とすぐに返答があった。
「明日の午前中、あのウルフを解剖するそうだ」
ギルド長は肩を竦める。
「今日倒した分の毛皮も回収して来なかったし、多分調査が終わるまでは部屋自体が使えなくなる。すまんが我慢してくれ」
「毛皮でボロ儲けは暫くお預けか…。まあ奴らにウルフの毛皮がバカ高く売れるって知られない方が良いですもんね」
「特に自称ベテランのあの冒険者どもにはね」
ぼそりと呟くと、全員が深々と頷いた。
「何なんですかねあの連中。口が悪いというか、口だけというか」
「実力的には大したことないだろうな。魔法使いのイーノックも、感じる限りでは魔力量がデールより低い」
「えっ、それで魔法使い名乗ってんですか?」
サイラスが目を見開いた。
一般的に、魔法使いと魔法剣士だったら魔法使いの方が魔力が高いと言われている。魔法の専門家なのだから当然だろう。魔法剣士は『剣に魔法を纏わせて戦う』のが基本なので、純粋な魔法による範囲攻撃などは出来ない者が多い。
デールは典型的な魔法剣士だ。そのデールより魔力が低いとなると…果たして本当に実戦に耐えうる魔法使いなのかという話になる。いや、魔力の量だけじゃ判断できないけど。
…ちなみにギルド長は例外で、『魔法による範囲攻撃が可能な魔法剣士』である。むしろ魔法適性の方が高いそうだ。なのに何で魔法使いじゃなくて魔法剣士なのかと訊いたら、『杖より剣の方が格好良いし、いざという時、杖で殴るより剣で斬る方が攻撃力が高いから』と半分は現実的な答えが返って来た。なるほどギルド長っぽい。
──閑話休題。
「…っつーかさ…」
私はかねてから思っていたことを口にする。
「奴らが弱いって可能性もあるけど…こっちの基準がおかしいってこと、ない?」
「え?」
「だってこの周辺、上位種か最上位種相当の魔物しか居ないでしょ? それが普通なら、それを相手にしてる冒険者のレベルも相応に高くないと…死ぬよね?」
『あっ…』
「魔物が『基本種』扱いされてるから見かけの冒険者ランクはそんなに高くないけど、実力で言ったら他の支部の『上級冒険者』相当なんじゃないの? デールもサイラスも」
「お、俺たちが?」
本人に自覚は無いらしい。まあこの国生まれこの国育ちで、隣国すら滅多に行かないというから、当然と言えば当然か。
「試しに『隣国ギルド支部のベテラン中級冒険者』だっていうあの連中にウルフと戦ってもらいなよ。そしたらはっきりするから」
私たちにとっては『苦労はするが倒せない相手ではない』ウルフに苦戦するなら、あの連中が見掛け倒し、あるいはこちらの面子の実力がおかしいと分かる。昼間ギルド長と『あいつらウルフと戦わせてやりたい』という話が出たし、丁度良いだろう。
「それにほら、『普通のウルフ』とかの強さを知ってる人が戦わないと、魔物の強さも測れないし」
「なるほど、一理あるな」
「俺ら、普通のウルフとか知りませんしね」
男性陣が次々に頷く。大義名分が出来たよ、やったね!
少しだけ悪い──もとい、明るい顔になったところで、
「みなさん、おつかれさまでした! 夕食の準備が出来ましたよ!」
奥からシャノンがやって来た。
「待ってました!」
「すぐ行くぜー!」
ノエルとシャノンには、隣国御一行となるべく鉢合わせしないよう、ギルドに来る時間をずらしたり、裏──と言うかキッチンに籠って作業するようお願いしてある。あの連中があのノリでノエルとシャノンに絡んで行ったら、私がブチ切れる自信があるからだ。危険予知大事。
ちなみに、夕方キッチンから良い匂いがしていると奴らが『食わせろ』と言い出す恐れがあるので、料理中はキッチンの扉を閉め切り、換気扇全開で作業してもらっている。なので今、受付ホールには食べ物の匂いがしていなかったのだが──
「うおおおお…!」
「良い匂いだな…!」
「今日はトマトソースのハンバーグですから」
開け放たれたキッチンの扉から、すごい勢いでたまらん匂いが広がって行く。キッチンではノエルが笑顔で待っていた。
「おつかれさまです、みなさん。さあ、持って行ってくださいな」
「ありがとう!」
「いただくぜ!」
トレイに載せられた大皿には、果肉ゴロゴロのトマトソースに浸かった分厚いハンバーグが2つ。そのハンバーグの上には、ほんのり黄色掛かった白色の──
「ち、チーズかこれ!?」
「今日は特別です。国産チーズをいただいたんですよ」
目を見開く男性陣に、ノエルが悪戯っぽく笑った。
この国には牧草地に適した土地が少ないので、牧畜、特に乳牛の飼育は殆ど行われていない。乳製品は基本、輸入品で、チーズもバターも高級品だ。そしてそれより高価なのが、国産の乳製品である。
材料は、乳牛ではなく、田起こしなどに活躍する水牛の乳。水牛は牛乳のための家畜ではないので、採れる季節も乳の量も限られている。当然、それを原料にした乳製品は希少な一品だ。貴族が好んで食すためそちらに買い占められ、街では店頭に並ぶことすら滅多にないという。
…あっちの世界にもあったなあ、水牛のチーズ。水牛モッツァレラとか、普通のモッツァレラと少し風味が違って美味しかったよねえ…。
…で、それを貰った? え、タダで?
「今日、南の村の村長さんがいらしたんです」
超高級品を前に思考が停止している討伐メンバーに、エレノアが種明かしした。
「ここ数日、連日のように討伐に出ていたでしょう? で、今日も隣国御一行がぼーっと突っ立ってる前で鬼気迫る形相でウルフを倒しているのを、村の方が見ていたんだそうです」
その後村人たちで話し合った結果、頑張っている村出身の若者とその仲間たちにチーズをあげよう、という話になったそうだ。南の村でも水牛を飼っているので、乳をチーズ加工業者に納める代わりに、出来上がったチーズを少しだけ貰えるらしい。で、その希少な味見用チーズを私たちに分けてくれた、と。
「伝言も預かっていますよ。『いつも討伐依頼にすぐ対応してくれてありがとう。無理をするなとは言えないが、体に気を付けて頑張ってくれ』だそうです」
なんということでしょう。
「…見てくれてる人は居るもんだねえ…」
しみじみと言ったら、デールとサイラスが天井を見上げた。
「…気遣いが泣ける…!」
「くうっ…!」
涙を零すまいと耐えている2人の横で、ギルド長が深々と頷いた。
「…明日からも、頑張るか」
その日のトマトソースのチーズハンバーグは最高に美味しく──何だか鼻の奥がツンとした。