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39 魔物調査とフラストレーション

 翌日からチャーリー御一行は早速討伐に同行し、手始めにウルフを観察し始めた。のだが…


 曰く、


「ウルフの魔法をよく見たい。最低でも1匹につき2、3発撃たせてから倒してくれたまえ」


「歯並びが確認できなくなるので頭部への攻撃は禁止だ」


「ああっ、そんなにぐちゃぐちゃにしたら解剖出来なくなるではないか!」


(うるっせえ…!!)


 安全圏からひたすら注文を付けてくる魔物鑑定士に、私は内心で悪態を吐く。力任せに振るったウォーハンマーがウルフのあばら骨を直撃し、ウルフは派手に吹っ飛んだ先で動かなくなった。


 言いたい事は分かる。結論を出すにはきちんとした調査と検証が必要だ。しかし──



「倒し方が美しくないな。もっと華麗に出来ないものかね」


(あ゛?)


「倒し方に美しさもクソもあるか!」



 ブチ、と頭の中で音がした瞬間、ギルド長の怒声が響いた。くそ、キレるタイミングを逃した。


「文句があるなら自分でやれ!」

「何を言うのだね。これは君らが受けた依頼だろう?君らが片付けるのが筋というものだ」


 当然の顔で宣うチャーリーの横で、連れの冒険者3人もニヤニヤ笑っている。これがまたムカつく。突っ立ってるだけでチャーリーの護衛をしてることになるんだとさ。ウルフけしかけてやろうか。


「デール!」

「おらよ!」


 サイラスの大剣を避けた最後の1匹を、デールがズバッと斬り捨てる。それでようやくウルフの群れが片付いた。魔物の数は昨日までより格段に少ないけど、後ろでひたすら文句言ってるうるさいののせいで余計に時間が掛かってる。今日はまだ北でゴーレムの討伐もあるのに。


「ふむ…この程度の数に手こずりすぎではないかね」


 うるせェ眉毛(むし)るぞ。


 殺気立つ私の肩を、ギルド長が叩いた。ぼそぼそと耳打ち。


「ユウ、お前はデールとサイラス連れて北のゴーレム片付けて来い。この世間知らずの相手はオレがする」

「え、良いの?」


 まさかギルド長がそんな仲間に配慮した判断をするとは思わなかった。目をしばたいて見上げると、ギルド長はフッと遠い目をする。


「…この中じゃオレが一番このバ──世間知らずの言動に慣れてるからな。あとお前、このままじゃ隣国ギルド御一行全員まとめてミンチにしかねないだろ」

「まさかそんな人聞きの悪い。…この辺のウルフに()()()()()()()()()()良いんじゃないかなーとは思ってるけど」

「奇遇だな、オレもだ」


 自分の手は汚したくないけど、ちょっと──かなり──いや大分痛い目には遭って欲しい。ここまでぴったりギルド長と意見が一致するのは初めてではないだろうか。

 深く深く頷いたギルド長は、ウルフの死体を検分するチャーリーをちらりと見遣り、小さく首を横に振った。


「ただな、それは今すぐじゃない。タイミングはきっちり見極める。お前らはとりあえず、そのストレスを発散して来い」

「りょーかい」


 有難く頷いて、私はデールとサイラスに目配せする。行くよ、と歩き出しながら身振りで促すと、2人はすぐについて来た。


「何かあったんですか?」


 デールが首を傾げる。そっとその場を離れながら、私はこそこそと答えた。


「私らでゴーレム片付けて来いって。奴らの相手はギルド長がしてくれるらしいよ」

「マジっすか」

「神…!」


 デールもサイラスも相当フラストレーションが溜まっていたらしい。一瞬2人が振り返り、ギルド長を拝むポーズをした。ギルド長は苦笑して、ひらひらと手を振る。──早く行け。



「よっし」


 十分離れたところで、私はウォーハンマーを握り直した。


「ちゃっちゃと片付けて帰るよ! 今日はハンバーグ!」

『はい!』


 チャーリー御一行から思い切り意識を逸らす。でなきゃ正直やってらんない。アレに付き合えるギルド長を、多分出会ってから初めて心の底から尊敬する。

 …慣れてんのかな。慣れたくはないな、ああいうの。





 その後、軽い足取りで北へ移動した私たちは──



「ひゃっは──!!」

「砕けろやゴルァー!」

「ふははははは……!!」


 奇声を上げながらゴーレムを破砕しまくり、ものの数分で討伐を終えた。何か最後、ゴーレムが逃げ惑ってた気もするけど。


 遠目にそれを見ていた北の村の住民曰く、悪魔や悪鬼が暴れているのかと思ったそうだ。


「目ェがな、焦点合ってねぇんだ。そのくせものすごい勢いでカッ飛んで行くしな」

「ん。『触らぬ神に祟りなし』ってのを実感した」

「デールもサイラスもユウも、時々おっかねぇな」

「全くだ」


 そんなことを言われるが──大丈夫。魔物には当たり散らすけど依頼人には八つ当たりしないよ。


 北の村の村長に討伐完了のサインをもらい、夕刻、幾分すっきりした気分でギルドに帰還する。



「遅かったじゃないか。ゴーレムのパーツは当然持ち帰って来たんだろうね?」



 扉を開けたら至近距離にチャーリーの顔。私は思わず力一杯扉を閉めた。


「ぶっ!?」


 バン!と閉まる扉の向こうで、くぐもった声が上がる。


「あ、姐さん…」

「いや、つい」

「気持ちは分かりますけど」


 改めてゆっくり扉を開けると、チャーリーは2、3歩退いたところで鼻を押さえていた。ちょっと赤くなっているくらいで、鼻血も出ていない。チッ、面の皮が厚いな。


「いきなり閉めるなんて酷いじゃないか。どんな躾をされてきたのだね」

「いやーすみません。私の身近には扉閉めたらぶつかりそうな至近距離で待ち構えてる()()()人間は居なかったもんで」


 予想通り嫌味を付け足して来たので、私も笑顔で皮肉を返す。受付カウンターに(もた)れたギルド長が無音で噴き出した。


「で、ゴーレムのパーツでしたっけ? ハイこれ」


 ()()()()()がまた何か言う前に、圧縮バッグから取り出した岩っぽいもの──ゴーレムの頭部を差し出す。すんなり受け取ったのでパッと手を離したら、


「うおっ!?」


 チャーリーは一瞬も耐えられずにゴーレムの頭部を取り落とした。ゴィン!と大きな音がして、床に落下した塊はバラバラに砕け散る。あーあ、足で受けてたら砕けずに済んだのにね。代わりに足がイカレてたかもだけど。


「い、いきなり何をする!」

「え? ゴーレムのパーツ寄越せって言ったのはそっちですよね?」


 討伐後時間が経ったゴーレムの頭部は見た目ほど重くない。精々10キロから15キロくらいだ。動いている間はかなり硬くて頑丈で重いが、倒し切ると急速に脆く軽くなる。

 それでも取り落としたのは──本人の筋力の問題だな。魔物鑑定士は非力でも務まるらしい。


「こんなに重いと思わないだろう!」

「ゴーレムのパーツが軽いわけないじゃないですか」


 スパッと言い返すと、チャーリーはぐぬぬと呻いた。フッ、勝った。


 横を通り過ぎて、カウンターで依頼完了の処理を済ませる。エレノアが笑いを堪える顔になっているところを見ると、奴らはまた彼女を苛立たせるような言動を取っていたのだろう。まあ多分何言ってもそうなるんだろうけど。


「──はい、確認しました。おつかれさまです」

「ありがとう」


 報酬を受け取り、デールとサイラスと山分けする。チャーリーが勝手に書類を覗き込み、不満そうな顔をした。


「5匹も居たのに1匹分の頭しか持って帰って来なかったのかね。少しは調査に協力したまえ」


 討伐証明部位は依頼主に見せさえすれば良いので、現地で依頼人に確認してもらえばギルドに持ち帰る必要は無い。それをおして私たちがわざわざ持って帰って来た唯一のパーツを自分で落として割ったくせに、反省する気は無いらしい。私は笑顔で応じた。


「私たちみたいなのが適当に持ち帰った死体を検分しても、出来ることには限りがあるでしょう。明日以降、実際に動いている様子を観察して、どれを持ち帰るか自分で決めて、納得出来る保存方法で()()()()()()()()に運んでもらってください。信頼できない冒険者には頼らずに」


「…おお! そうだな!」


 ポンと手を打つチャーリーの向こうで、デュークたちがうげっと顔を歪めた。自分たちが運搬役に指名されていると分かったらしい。


 少しは働け、自称ベテランども。





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