38 魔物鑑定士と書いて、無礼と読む
隣国の商業都市の支部から派遣された魔物鑑定士は、案の定、ギルド長の幼馴染だった。
「魔物鑑定士のチャーリーだ。私に万事任せてくれたまえよ。──それにしても、折角来たのに出迎えの一つもないとはどういうことかね」
発言が一々偉そうだ。ギルド長が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そんな余裕は無い。大体、事前連絡もないのに出迎えなんぞ出来るか」
「それはおかしなことだな。ほら、派遣予定日を書いた手紙もここに」
と、チャーリーは懐から封筒を取り出す。おい待て。
「手紙をお前が持っててどうする! 事前にこっちに届いてなきゃ意味無ぇだろうが!」
「……おお!」
「今気付いたのかよ!?」
ギルド長が必死に突っ込む。
この人『こんなド田舎に住んでられるか』ってこの街を出て行ったって聞いてたけど…何か想像してたのと違うな…。変なところで抜けてるし、言葉の端々にものすごく自然に嫌味を挿入して来るし。悪気は全く無いって分かるから余計に始末が悪い。
「まあそう怒るな朋友よ。血圧が上がるのは健康に悪い。仕事の話をしようではないか」
「誰のせいだ、誰の」
ギロリと睨み付けつつも、ギルド長は椅子に座った。
テーブルを囲み、お互いに自己紹介する。今回の関係者ということで、こちらはデールとサイラスと私も参加しているのだが…
「ふむ、初級者2人に新人1人か。頼りないにも程があるな。ギルド長が同行しなければ討伐もままならないのだろう?」
「余計なお世話だ」
ギルド長が唸る。
冒険者は完遂した依頼件数や討伐した魔物の種類に応じてランク付けされる。デールとサイラスはDランク──中級に限りなく近い初級だ。ただし…今まで倒してきた魔物が全て『基本種』扱いされてるから、だけど。
チャーリーが連れて来た冒険者は、全員中級のベテランだという。私と同年代の剣士のデューク、少し若い重戦士のエドガー、そして若い魔法使いのイーノック。
…私を小馬鹿にする雰囲気が隠し切れてないし、多分一番年下かつ素人だと思われてるな私。敢えて年齢教えてないからだけど。
デールとサイラスもそれに気付いているようだが、口の端を引きつらせて耐えている。大人の判断力だ。
「──で、魔物の特徴だが…全ての種族が魔法を使うと?」
「ああ。ウルフもゴブリンもゴーレムもだ」
「他の魔物は出ないのか?」
「この辺りじゃ、この3種だけだ。お前も知ってるだろ」
「私が知っているのは10年以上前の状況だけだ。何か変化があってもおかしくない時間だとは思わないかね? …ああ、この国はその程度の期間では様変わりなどしないか」
一々言い方が癇に障る。
「…しかし、魔法を使えるゴーレムなど数えるほどしか前例が無い。本当にゴーレムどもは魔法を使っているのかね」
「地面から岩の槍を突き出す方法が魔法以外にあるなら教えて欲しいもんだな」
ギルド長が皮肉ると、デュークがぼそりと呟いた。
「…自分で転んだのを魔法のせいだって言い訳してるだけじゃないか?」
(あ゛?)
一瞬声が出そうになった。何とか我慢してそちらを見ると、エドガーもイーノックも笑いを堪える顔をしている。
…なるほど、よろしい。
戦争だな?
「…姐さん姐さん、落ち着いて」
すうっと目を細めると、隣のサイラスに止められた。くっ、大人だなサイラス。
「知らないからあんなことが言えるんですよ。今後体験してもらいましょう、じっくりと」
「…うむ」
よく見たらサイラスも瞳孔が開いていたし、その隣のデールも険しい目をしている。
そりゃそうだよね。2人はこの国出身で、この支部で冒険者登録してずっと活動して来たんだ。この国出身のはずなのに息をするようにこの国を貶す魔物鑑定士と、この国の魔物のことを何も知らないくせに見かけの冒険者ランクだけで他人を侮る『中級』冒険者に、何とも思わないはずがない。
デールとサイラスが我慢しているのだから、私が今ここでキレるのはお門違いというやつだ。
そう自分に言い聞かせて深呼吸していると、サイラスのお腹が鳴った。
「…あ」
「…今日は昼飯もまともに食えなかったからなあ…」
デールもお腹を押さえて肩を落とす。
折角ノエルたちがおにぎりを持たせてくれたのに、今日はゆっくり座って食事する時間もなかった。交代で周囲を警戒しながら立ったままおにぎりを咀嚼したので、正直食べた気がしない。
ちなみにそのおにぎりやお弁当は、こっちの世界の米につく『ヤバい害虫』が入り込まないよう、その害虫が嫌う植物の葉に包んで持ち歩いている。見た目はホウ葉のような幅広の葉だが、匂いが何故か海苔っぽい。あと、若干の塩分を含んでいるらしく、包んでいると少しだけ中身に塩気が移って美味しくなる。身体を動かす職業の人たちのお弁当に必須のアイテムだ。
…今日は味わってる余裕もなかったけどね。
──閑話休題。
「今日はもう遅い。実際の調査は明日からにしてくれ」
ギルド長が面倒臭そうに隣国御一行に告げる。
「それはおかしな話だな。まだ外は明るいのだから、一通り案内すべきだろう?」
確かにまだ明るいは明るい。日が長いからだ。
が、だからと言ってその要求に従う義理はない。
日がな一日馬車に揺られていただけで元気が有り余っている連中と違って、こっちは大乱闘魔物ラッシュを何とか切り抜けた後。正直もうヘトヘトなのだ。
…ルーンが全身丸洗いしてくれて見た目は綺麗になってるから分かんないだろうけど。血まみれ泥だらけのまま来た方が良かったかな──いや、そんなことしたら余計な嫌味の一つや二つや三つ、飛んで来るか。それはそれで面倒だ。
「オレたちは討伐依頼を一通り片付けてやっと帰って来たんだよ。今日はもう店仕舞いだ。さっさと宿へ行け」
「我々を呼んだのはそちらだろうに…」
ねえこいつ殴って良い?
来訪日や同行者の事前連絡なし、こちらの都合もお構いなし。自分が最優先されると信じて疑わない言動に一々癪に障る話し方。ずっと聞いていると吐きそうだ。
「いいから行け! お前の実家の部屋を押さえてあるから!」
ギルド長が何やら焦った表情で言う。…あ、ひょっとして殺気漏れてた?
若干青い顔をしているこちらの面々に対し、仕方ないな、と肩を竦めて立ち上がる魔物鑑定士と護衛たちは何も気付いていないようだ。この冒険者パーティ、ホントにベテランなんだろうか。
「ウチの宿か、気が利くな。久し振りに顔を見せてやるとしよう」
チャーリーの実家は宿屋を経営しているらしい。わざわざそこを押さえているあたり、ギルド長は何だかんだこいつが来ることを予期していたんじゃないだろうか。…従業員、すごく嫌がりそう…。
隣国御一行がギルドから出て行った後、私はギルド長に聞いてみた。
「宿の予約って、魔物鑑定士1人分じゃないの? 護衛まで連れてって大丈夫?」
「大丈夫だ。今は宿の繁忙期でもないし、あの宿、値段が高いわりに支配人がやたら上から目線で気分が悪いって、人気が無いからな」
ちなみに現支配人がチャーリーの父親らしい。何代も続く老舗の高級宿で、先代──チャーリーの祖父が支配人を務めていた頃は評判が良かったので、その頃の情報を元に来訪して『裏切られた』と憤る客が後を絶たないとか。
子も子なら親も親。というか…
「…え、まさかあの失礼極まりない言動って…親の影響?」
「…」
ギルド長は黙って頷いた。