37 魔物ラッシュ
討伐ラッシュは何故か数日間にわたって続き、最後の方にはみんな目が死んでいた。
毎度のことだと言うが、絶対おかしいと思う。半日そこそこ外を精霊馬がうろついてたからって、いつもの3倍以上の魔物が連日出てくるって異常でしょ。大サービスにも程があるよ。どうなってんのこのインフレっぷり。
「…もう騎士団には『無意味な見回り何かすんじゃねぇ、邪魔だ!』って苦情入れた方が良い気がする…」
「それ言っちまうと騎士団の存在意義がだな…」
「じゃあ、『精霊馬ナシで街の外10周して来い!』」
「…3周目くらいでへばるんじゃないですかね」
「と言うかそれ、魔物に襲われたら一巻の終わりじゃないですか?」
「いっそ終わってしまった方が私のストレスは軽くなる」
「断言しないでください姐さん! 気持ちはすっごく分かりますけど!」
サイラスに突っ込まれ、私は半眼で周囲を見渡す。
「だってさ──奴ら、こういう光景見たことすらないわけでしょ?」
『……』
見渡す限りの血まみれ炭化スプラッターと、瓦礫の山。ゴブリンとウルフとゴーレムとの大乱闘の跡である。
最初は北の方にゴーレム、東の方にゴブリン、南の方にウルフって感じで出没エリア分かれてたのにね…何か今日は『北に全部』だった。全部。依頼書の内容見た時は冗談だろって思ったけど、マジだった。
ギルド長曰く、騎士団巡回後の魔物ラッシュの最後は毎回こんな感じで魔物の混成部隊が現れるらしい。とはいえ、
「まあ…オレもここまでの大群はあんま経験無いけどな」
「すごかった……」
「正直生きてるのが信じらんねぇ…」
「…同感」
顔を見合わせ、げっそりと呟く。
「なんだい、情けないね」
一人平然としているのはグレナである。状況が状況だからと顧問の役割を無視して参戦、後方から火の玉やら炎の槍やらをぶっ放しまくっていた。おかげで接近戦にもつれ込む──つまり私やギルド長たちが直接相手にしなければならない魔物の数はかなり減った、それは確かなのだが…
(…黒焦げになるかと思った)
至近距離に着弾する火魔法は、正直滅茶苦茶怖かった。
グレナは大ベテランだから味方を巻き込むようなミスはしないが、ベテランゆえに『巻き込まないギリギリの線』を狙って来るのだ。戦っている間中、肌がヒリヒリした。二重の意味で。
多少の怪我はしたが、全員死なずに討伐を完了出来たのは間違いなくグレナのお陰だ。が、精神的疲労の原因もまた半分以上グレナな気がする。文句を言える立場じゃないけど。
「…で、だ」
ギルド長が足元に転がるウルフの死体を見下ろして言う。
「……解体、するか? これ…」
「…どう…しますかね……」
デールが思い切り言葉に詰まった。言いたいことは分かる──面倒臭ぇ。
まずこの中からウルフだけ掘り起こすのが重労働だし、焦げていないやつだけ選別しようとしたらもう無理だ。全員疲労困憊、しかももうすぐ日が暮れる。1匹分で金貨20枚になると分かっていてもこのまま放って帰りたい。
だってこの連日の討伐で、状態の良いウルフの毛皮が40匹分くらい回収出来てるからね。ケットシーさまさまだよ…。
ちなみに魔物の死体は、地面に置いて放っておくと2、3日で跡形もなく消える。
消える前に剥いだ皮とか牙とかの素材はそのまま残るけど、どうやら本体は急速分解されるらしい。でなきゃこの辺、今頃魔物の死体の山になってるよね…。
つまり今ここで毛皮を剥いでおかないと、今日倒した分はじきに消えてなくなってしまう。…んだけども…
「…もう良いんじゃないかな!」
あまりの疲労に、薄ら笑いと共に本音が出た。途端、デールたちが妙に明るい顔になる。
「そうですね! もう十分回収出来てるし!」
「討伐証明だけして帰りましょう!」
「よし! そうするか!」
「…やれやれ」
グレナが肩を竦めた。
グレナ以外、テンションがおかしい。ナチュラルハイになってる。目は死んでるけど。
…だって仕方ないよね! 連日ウルフとゴブリンとゴーレムぶっ飛ばして血の海と瓦礫の山を量産してたら感覚も麻痺するよ! うん!
その勢いのまま討伐証明部位だけ回収し、北の村に持ち込む。村長は目の前に山と積まれた魔物の身体の一部を見てドン引きしていた。…私らが血まみれ泥だらけなのに変なテンションになってたのも原因かもしれんが。
「と、討伐確認しました。その…大丈夫ですか?」
「おう心配すんな! 帰ったらメシ食って寝るから!」
村長、数をちゃんと確認しないで依頼完了宣言しちゃったよ。まあこんな汚いモン触りたくないよね。分かる。
じゃあなー!と北の村を出て、街に戻ると、門の外でルーンが待っていた。
《おつかれ──ってすげぇ格好だな》
「まあな!」
《よーし洗うからそこ動くなよナチュラルハイども》
グレナがすっと後ろに動いた直後、私たちはルーンの洗浄魔法に包まれた。意外と目を開けていても痛くないが──目の前がみるみるうちに赤褐色に染まっていく。うわあ。
《──ほい、一丁上がり!》
水が消えて温風がおさまると、全身すっかり綺麗になっていた。毎度思うけど、やっぱり一家に1匹、ケットシー必須じゃない?
「ありがとルーン。お礼はジャーキーで良い?」
《今日は鶏ハムの気分だな》
「分かった」
頷いて、私は首を傾げた。
「…ところで、門の外で待ってるなんて珍しいね。何かあった?」
丸洗いされてちょっと気分が落ち着き、頭が回るようになってきた。
ルーンは基本、討伐に同行しない時にはシャノンと行動を共にするかギルドで寝ているか、とにかく街の中に居るはずだ。門の外に居るのは珍しい。
ルーンは肩を竦める。
《ギルドに客が来ててな。居心地悪いんで出て来た》
「客…?」
《まっ、行けば分かるって》
連れ立って通用門をくぐれば、ギルドはすぐそこだ。
ギルドの扉を開けた途端、うげっとギルド長が呻いた。そこに居たのは──
「──だから、この私がこの辺鄙な場所に、わざわざ助っ人も連れて、来てやったんだろう? さっさと魔物の出る場所に案内したまえよ」
「…ですから、ご案内出来るような人材は現在出払っておりまして」
「出払う!? 普通は緊急時に対応出来るよう余剰人員を待機させておくものだろうよ。ここのギルド長は何を考えているのかね」
…うわあ、殴りたい。
エレノアに絡んでいるのは明るい緑色の髪の男。少し離れたところに、いかにもベテランです、みたいな格好をした冒険者3人組も居る。装備からして、剣士と重戦士、それに魔法使いだろうか。全員他人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべていて、お近付きにはなりたくないタイプだ。
ギルド長の気配が一気に冷えた。
「──たとえ余剰人員が居たとしても、お前の案内なんぞさせねぇよ。緊急でも何でもないだろうが」
荒々しい足音を立てて近付くギルド長に男が振り向き、なんだ居たんじゃないか、と目を細める。
「やあ久しぶりだねカルヴィン。どうせ人手不足だと思って、魔物鑑定士のこの私が一番信頼している冒険者パーティを連れて来てあげたよ。彼らが居れば百人力だ。感謝したまえ!」
瞬間、ギルド長とデールとサイラスと私の心が一つになった。
『遅ぇよ畜生!』
くそ、せめて3日前に来れば討伐デスマーチの半分くらいは押し付けられたのに!