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36 作っただけじゃ『料理した』とは言わない。

 着々と調理は進み、米が炊き上がる頃には豚丼の具とスープも良い感じに仕上がっていた。


「…で、出来た…!」

「やってやったぜ…!」

「腹減った…」


 四苦八苦しながら料理をやってのけたギルド長たちが、深く溜息をつく。ゾンビのような顔をしているのに目だけ達成感に輝いているのがなかなかシュールだ。


 ちなみに一番苦戦していたのは米研ぎ──炊飯前に米を洗う工程だった。

 私やノエルがいつもやっているように炊飯に使う鍋に直接米を放り込んで洗ってもらったところ、排水する時に米も一緒に流してしまった。排水の勢いが強すぎるのと、分づき米で普通の白米より水に浮きやすいのがいけなかったらしい。最終的に、鍋で直接米を研ぐのではなく、ザルとボウルを使って研いでもらった。


「じゃあよそいますか。デール、はいこれ」

「…これは?」

「しゃもじ。これでご飯を皿に盛る」


 調理出来たからってそれで終わりではない。きょとんと首を傾げるデールの前で、鍋からご飯をよそう。


「こういう感じで鍋底からすくい上げるようにご飯をほぐして、これくらいの量、皿に盛ってね。盛り過ぎると足りなくなるから気を付けて」

「は、はい」

「サイラスはご飯を持った皿をデールから受け取って、豚丼の具をご飯の上に盛り付けて。ちょっと控え目に…これくらいの量ね。お代わり分も残しておきたいでしょ?」

「はい!」

「ギルド長は野菜スープを深皿に入れてください。零れやすいので、こんな風に…」

「お、おう」


 私とノエルで見本を見せた後は、3人に任せて様子を見守る。量がまちまちだったりスープを皿の縁から零したりとなかなか大変そうだが、何事も経験だ。


「あれ、量が増えてる…?」

「こっちは足りなくなりそうだ…」

「熱っ!?」

「火傷しないように気を付けてねー」

「先に言えー!」


 そんなこんなで一騒動ありながらも、盛り付けてトレイに載せて行く。


 準備が出来たところでデールを伴って受付ホールに顔を出すと、エレノアとシャノン、それにグレナが待っていた。


「お待たせー…ほら、デール」

「め、メシが出来たぞー!」


 デールが顔を赤くしながら声を張ると、エレノアたちが笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます!」

「待ってたよ」

「すぐ行きます!」

「お、おう」


 照れてる照れてる。


 内心ニヤニヤしながらみんなでキッチンに向かい、それぞれトレイを持ってホールに戻る。


「今日は豚丼なんですね!」

「美味しそうです!」

「良いメニューじゃないか。贅沢だね」


 エレノアたちがにこにこしているのを見て、男性陣は挙動不審になっている。自分たちが作った料理がどう評価されるか、気になって仕方ないのだろう。…初めて調理実習した小学生みたいだな。

 いただきます、と全員で手を合わせ、早速料理に口をつける。


「うん、美味しい」

「大成功ですね」


 調味料はきちんと計量して入れたから、味付けはばっちりだ。多少野菜の大きさがバラバラだったり盛り付けの量がまちまちだったりするが、初めてとは思えない出来栄えだと思う。

 私とノエルが笑顔で頷き合っていると、エレノアとシャノン、それにグレナも口々に美味しいと褒める。ギルド長たちはひたすら食事にがっついているが、耳が赤い。多分ものすごく照れてる。


「…うまい…」


 やがて、一息ついたデールが、不思議なものを見る目で皿を見下ろした。


「…これ、俺らが作ったんだよな…?」

「何か信じられないよなあ…」


 サイラスも首を傾げている。グレナが喉の奥で笑った。


「自分たちでやったんだろ? 胸を張りな」

「いやだって、野菜切るのも一苦労だったんですよ?」

「玉ねぎがあんなに攻撃力高いなんて知らなかったし」


 玉ねぎの攻撃力。言い得て妙だな。


 その後も米研ぎやら火力調整やらの話題で盛り上がりながら、いつもより少しだけ遅い昼食を終える。

 ごちそうさまでした、と満足そうに席を立とうとする男性陣を、私は笑顔で呼び止めた。


「ちょい待ち」

「え?」

「まだ片付けがあるよ」

「か、片付け…?」

「食器と調理器具洗って片付けんの。だからまず、自分たちが使った食器は自分たちでキッチンに持って行こうか」

『あっ』


 最近すっかり皿を放置して逃げるのが習慣化していたから、完全に忘れていたのだろう。が、そうは問屋が卸さない。


 忘れるなら、身体が覚えるまで言ってやろう、何度でも。


 戸惑うギルド長たちを急かし、食器を持ってキッチンへ向かう。流し台は既に調理器具で溢れていた。

 …私やノエルが料理する時は、煮込んでる間にボウルとか洗っちゃうからこんなに溜まらないんだけどね。今回は何事も経験ってことで、敢えて何も洗ってない。


「うっ…」


 山盛りになった洗い物を前に、男性陣は既に逃げ腰になっている。とりあえず作業台に食器を置き、ガシッとデールの肩を掴んだ。


「じゃ、洗おうか。心配しなくても途中で交代して、全員にやってもらうからね」

『…ハイ…』


 男性陣は顔を引きつらせながら頷いた。




 その日の夕食の準備と片付けもきっちり巻き込んだ結果、その後彼らが食器を放置することはなくなり、デールとサイラスは買い出しや仕込みを時々手伝ってくれるようになった。

 …ちなみにギルド長は、調理師を雇うことを真剣に考え始めたらしい。予算無いんじゃない?




 翌日。


「来たぞー、依頼。北の村はゴーレム、東の村はゴブリンとゴーレム、南東の村はゴブリン、南の村はウルフの群れ」

「全部か…」

「早いな…」


 ギルド長が依頼書の束を掲げ、デールとサイラスが悟った表情になる。


「毎度のことですけど、本当にすごいですよね」

「だ、大丈夫でしょうか…」


 苦笑するエレノアの横で、シャノンが心配そうに呟く。彼女は討伐の手伝いを申し出たのだが、今の状況は危険だからとギルド長が却下したのだ。

 こればかりはギルド長が正しい。もう少し数が少ない時に経験を積むべきだろう。


「心配おしでないよ」

「まあこれくらいなら許容範囲だ。今回は()()()()()()のユウも居るしな」


 グレナとギルド長が言う。

 …ヒトに変な渾名をつけるんじゃない。


「…けど、この数だと流石にウルフの毛皮を回収するのは厳しいですかね…」


 サイラスが呟く。先日の金貨の山ですっかり味を占めたらしい。正直私もそれは惜しいと思う。


《なら、俺らが手伝ってやろうかー?》


 ルーンがカウンターの上に飛び乗った。艶々の胸毛を見せびらかすように胸を張り、


《ウルフの死体から毛皮剥いで洗って乾かすだけなら、荒事に向いてないやつでも出来るからな》

「本当か! 助かる!」


 ギルド長が食いついた。


 結果、


「まず全員で南のウルフを片付けて、毛皮の回収はケットシーたちとグレナ様に任せて二手に分かれる。北のゴーレムはユウとルーンとサイラス、南東のゴブリンは俺とデール。それぞれ終わり次第、東のゴーレムとゴブリンの掃討に移る。出来ればそこで落ち合おう。これで良いな?」

「分かった」

「了解です」

「任せな」

「承知」

《任せとけ!》


 それぞれ了承を返し、頷き合う。

 エレノアが笑顔でいつもの台詞を口にした。


「ではみなさん、お気を付けて、行ってらっしゃい!」

『行ってきます!』


 いつもと違う状況でも、突き詰めればやることはいつもと同じ。

 私たちはいつもの台詞を返し、魔物の討伐に出発した。





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