34 買い出しの現実
仮に精霊馬を連れずに外に出たら、騎士団はどうなるのだろうか──一瞬スプラッターな想像が頭をよぎり、背中がぞわっとする。
私たちがこんなに苦労してるのに、と思わなくもないが、命のやり取りをする現場にそれっぽい格好してるだけの素人が来ても困る。難しいところだ。
…私も数日前までは素人だったんだけどね…慣れって怖い…。
「…じゃあ実質、この国の魔物被害は俺らが抑えてるってことか…」
「騎士団の巡回も即効性があるって点では無意味じゃないけどな。代わりに翌日以降に狩らなきゃいけない魔物が増える」
「え゛、それ気のせいじゃなかったんですか!?」
「残念ながらな」
悲鳴を上げるサイラスに、ギルド長が疲れた笑顔で答える。
「つまり今日討伐しない代わり、明日以降がヤバい?」
「おう。覚悟しとけよー。昼メシも食えないかもな」
そんなにか。
…食事作りの当番、明日なんだけどな。
「ユウさん、良かったら明日の昼食と夕食は私が用意するわ」
「え、良いの?」
悶々と考えていたら、ノエルが提案してくれた。
「ええ。普段の買い出しでも助けてもらっているもの、これくらいはやらせて」
「ありがとう! 助かる!」
男性陣の食事量が多いので、食材の買い出しはなるべく私が居る時に、一緒に行くようにしている。何せ米とか30キロの袋で買うから…ノエルだけじゃ運べないんだ…。
そして私はノエルの思わせぶりな視線に気付く。
…あ、これチャンスか。
「じゃあ、買い出しは今日行っちゃおっか。デールとサイラスも一緒に」
「えっ、俺らもですか!?」
「どうせ今日は討伐依頼受けても意味ないんでしょ? だったら自分たちの食事がどんな風に用意されてるのか経験しとけ」
「ま、まさか、今日の夕飯の準備とかも…?」
デール、察しが良いな。
「丁度良い機会だよね。あ、ギルド長もだから」
「俺もかよ!?」
「書類仕事があるだろうから買い出しは免除するけど──いい加減『誰かが食事を作ってくれる』のは当たり前じゃないってことを痛感すべきだと思うの」
スッと声のトーンが落ちて、ギルド長たちがびくっと肩を揺らす。
ほほう…これ多分、色々自覚があるな。
「料理は自分で出来るに越したことはないしね」
「り、料理は、女性の方が適性あるだろ…?」
どうしてもやりたくないらしく、ギルド長が目を逸らしながら呟く。が、その言い訳はどう考えても通用しない。何故なら、
「世の『料理人』はほぼ全員男性なわけだけど、『適性』とやらが影響するとでも?」
『あっ』
料理に必要なのは適性とか才能じゃない。
レシピと材料と道具とそこそこ動ける人間、それだけだ。
「まいど!」
「ありがとうございます」
野菜を扱う店の店主からお釣りを受け取り、ノエルがにこやかにお礼を述べる。
その後ろで、デールが何とか買い物袋を持ち上げた。ふはは、不定形の野菜が詰まった袋は持ちにくいだろう。
商店街にはあまり来たことがないらしく、デールもサイラスも微妙に居心地悪そうにしている。まあこの街、食堂とか飲み屋とかは商店街とは別の通りにあるからね。ジャンルで区画が分かれてる感じ。
つまり日用品とか食料品とか買う人でないと、この辺りには近付かない。
「さて、次は肉屋?」
「ええ。今日は枝肉が安いはずよ」
「ま、まだ買うのか!?」
米袋を抱えたサイラスが悲鳴を上げるが、
「当たり前でしよ? まとめ買いが基本だし」
「と言っても、これで野菜は3日分、お米も10日分くらいだけど…」
「み、3日分…?」
「こんなにあるのに…?」
「みんなよく食べるからねー」
その『みんな』筆頭はこの2人だ。若いし体を動かすので、カロリーが足りないらしい。日本の成人男性2〜3人分くらい食べているのに太らない。羨ましい。
今日はその体力を、買い出しと料理に費やしてもらう。
「こんにちは」
「豚肉と鶏肉ある?」
肉屋で店内に声を掛けると、分厚いエプロンを着けた恰幅の良いおっちゃんが出て来た。私とノエルを見た後、その後ろのデールとサイラスに目を留めて破顔する。
「おお、今日は噂の大喰らいどもも一緒か! たっぷり買ってってくれよ!」
「う、噂の大喰らい?」
デールが目をぱちくりとさせている。主婦の世間話で身内がネタにされるのは必然なのだよ。
「豚も鶏も入荷したてだ。今なら好きに解体出来るぜ」
言って店主が示すのは、天井から吊り下げられた豚の骨付き肉──と言うより、皮を剥いで内臓を取り除いた豚の身体。大まかに切り分けられただけの、『枝肉』というやつだ。
解体現場はイノシシやシカで見慣れているが、巨大な肉が店頭に並んでいるのはまた違った迫力がある。ノエルが楽しそうに肉を眺め始めた。
「じゃあ、豚肉はバラ肉を骨付きで、それからモモとスネと…」
なかなかの量を指定する。店主が破顔して無骨な肉切り包丁を手にした。
「おう、任せろ。鶏肉はどうする?」
「丸鶏を3羽、あと、訳あり肉はあるかしら?」
訳あり肉とは、病気や怪我などで死んだ豚や鶏の肉のことだ。日本では有り得ないが、こちらでは普通に食用として流通している。血抜きや殺菌処理もきちんと行われているし、普通の肉より少しお安い、庶民の味方だ。
ちなみに訳あり肉は人気なので、普通の肉と一緒に買うのが暗黙のルールとなっている。
「あるぜ。あとな…」
店主が不意に声を潜めた。
「鶏皮がやたら余ってるんだが、買わないか?」
「鶏皮?」
「ああ。鶏は好きだが皮はブヨブヨしてて脂っこくて食いたくないって奇特な客が居てな。わざわざ皮を剥いで肉だけ買って行くんだよ」
ほほう。
そいつは鶏皮の真価を知らないとみた。
「ちなみに買うとしたらおいくら?」
「ああ──」
店主が提示したのは、相場の半値。私はノエルと視線を交わし、同時に頷く。これは──買いだ。
「分かりました。あるだけ買います」
「マジか!? いや、目茶苦茶あるぞ!?」
どんだけ鶏肉好きなんだその人。
「大丈夫、食べるから」
私が自信満々に言うと、店主は私とノエル、デールとサイラスを順に見て、ああ、と納得した。
「こいつらが食うなら大丈夫か…よし分かった。訳あり肉もおまけしてやる」
「ありがとうございます」
ノエルは終始笑顔だ。
以前はDV野郎から渡される生活費で何とかやりくりしていたから、肉一つ買うにもなかなか財布の紐を緩められなかったらしい。お察しの通り、DV野郎は3人家族で1ヶ月にどれくらいのコストが掛かるのかきちんと把握せずにどんぶり勘定で生活費を設定していて、その金額は実際の生活費には全く足りませんでした、というオチである。
そのくせ本人は好きなだけ酒飲んで好きなだけ暴れてたって言うんだから救いようがない。一生牢屋から出て来るな。
…ゴホン。
「はいよ、お待ち!」
店主が肉の塊を大きな油紙に包み、でん!とテーブルの上に置く。見事に山になった肉を見て、デールとサイラスが変な呻き声を上げて後退った。
これを手で抱えて行くのはサイズ的に結構しんどい。ここらで秘密兵器の出番かな。
「じゃーん」
「あっ、圧縮バッグ!」
「何で持ってんだ姐さん!?」
「ギルド長から強だ──借りて来た。今日は外に行く依頼も無いしね」
小王国支部には圧縮バッグが1つしかない。いつもだったら魔物討伐に出るメンバーが持って行ってしまうので買い出しに使えないのだが、今日だけは別だ。使えるものは使うべきだろう。
「それ持ってんなら全部入れられるじゃないですか!」
「ダメ。入れるのはこの肉だけ」
「何で!?」
抗議の目を向けてくる2人に、私はゴリっとした笑顔を向けた。
「買い出しの苦労を実感してもらおうと思ってるのに、普段使わない物使ったら意味無いでしょ? なに楽しようとしてるのかなー?」
「うぐっ…」
「キビシイ…」