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33 騎士団の実情


 そして──



「わあああっ!」


「勇者様、聖女様ー!!」



 オープンタイプの豪華な馬車が見えて来ると、大通りはとんでもない興奮に包まれた。


 2頭立ての馬車に御者はおらず、左右についた兵士がそれぞれ馬を引いている。花吹雪を浴び続けているらしく、兵士も馬も馬車も花弁まみれだ。馬が何だか迷惑そうな顔をしているように見えた。


 その馬車の上から手を振るのは、一組の男女。その衣装を見た瞬間、頬が引き攣った。


「…あのマント…」

「…例の『ウルフの毛皮』、だな…」


 ギルド長も、デールとサイラスも曰く言い難い顔をする。


 ごてごてと飾りがついた豪奢な衣装の一番外側、背中を覆う長くて分厚い毛皮のマント。青く光を反射する青灰色は、どう見てもユライトウルフだ。


「あのマントって…」

「まさか、『幻獣の毛皮』じゃと!?」

「すげえ! あれがそうなのか!」

「初めて見たわ!」


 住民たちにどよめきが広がる。


 デールが乾いた笑いを浮かべた。


「…あれ、俺らが売ったやつ、ですよね、多分…」

「間違いなくそうだろうな…」

「…何匹分使ってんのかな…5日でマントに加工されてるってことは、特急料金も掛かってるよね…」

《ユウ、そういうのは『下世話』ってやつだぞ》


 ルーンの言うことももっともだが。


「…原価と大元の魔物の姿知ってると、何か微妙な気分にならない?」

「それ言ったらお終いだぜ、ユウ」


 ギルド長が苦笑いと共に首を横に振った。


 そんな会話をつゆ知らず、『勇者()』と『せいじょ』は芝居掛かった優雅な笑顔で手を振り続けている。


 …それにしてもやつら、髪の色も目の色も変わってないな。

 浮気野郎は黒髪黒目のままだし、肉食系『性女』は明るいブラウン系の髪に黒目のままだ。まあそっちに関しては髪が伸びてきて、プリン頭になりつつあるけど。


(色が変わったのって、私だけか)


 自分の紺色の髪を摘んでみる。どう見ても地毛だ。


 …まああっちは城で贅沢三昧してるみたいだし、私と違ってても当然か。

 1ヶ月でそれなりに肥えたな。顔のシルエットが若干変わってる。


「…あれがユウさんの元旦那さん…」

「え、エレノアちゃん」


 ぼそり、エレノアが呟くと、ノエルが焦った顔をする。私は苦笑した。


「そんなに気にしないでよ」


 何と言うかマントのインパクトが強すぎて、本人たちに対しては何の感慨も湧かない。あの服とか馬車とかパレードの開催費用とかが全部税金で賄われてるって考えると微妙な気分になるけど。


「…ところでこのパレード、何か意味あんの?」


 金の無駄ではないかと呟いたら、ギルド長が目を逸らした。


「あー…、まあ、こういうのは形式が大事なんだよ」


 ゴニョゴニョと苦しい言い訳。

 つまりアレか。箔付けとか外堀を埋めるとかそういう感じか。奴ら、国の発展に貢献出来るようなスキル持ってない気がするんだけど…まあそれは私が気にすることじゃないな。


 パレードは進み、ギルドの前を最後尾が通過した頃、荘厳な鐘の音と共に街と外を繋ぐ大扉が開いた。


「おお」


 いつもは大扉は閉まっていて、すぐ脇にある通用門から出入りしている。デカい扉はハリボテだと思っていたが、ちゃんと機能するらしい。


「そういや、騎士団が見回りに出るんだったか」


 王立騎士団は月に一度くらいの頻度で各村とその周辺を巡り、魔物被害などの様子を確認しているという。


「今回は勇者と聖女の顔見せも兼ねてるんだろうな」


 視線の先、阿呆2人がオープンタイプの馬車を降り、無骨な箱馬車に乗り換えているのが見えた。毛皮のマントを石畳に引きずっている。


「うわ、あのマント着て行く気かよ。村で馬車降りたら一発で泥だらけになるぞ」

「『幻獣の毛皮』使い捨てか?」

「あー…あの2人都会育ちだし、そもそも私らの国だと土がむき出しになってる道ってあんまり無いんだよね。農村がどういう環境か分かってないかも」


 日本の場合、大体全国どこへ行っても公用道路はアスファルトかコンクリートで舗装されている。

 だがこの国では、石畳敷きになっているのはこの街の中だけで、一歩街の外に出たら街道すらただの地面だ。農村に至っては、ほぼ全域土が剥き出しになっている。

 多分、村の周りをぐるっと防壁で囲った時点で満足しちゃったんだろうな。それか予算が尽きたか。

 首都と農村で明らかに設備レベルが違うし、『田舎に()く予算は無ぇ!』ってお国の思考が透けて見えるわー…。


 …まあとにかく、阿呆2人はそんな内情も現実も知らんだろうし、多分日本の田舎に観光に行くくらいのつもりなんだろうな。…あーあ。


「村に行ったら、外に出て挨拶したりするのかね?」

「多分なあ…。村にも情報が出回ってたしな」


 ここ数日、討伐の報告に行ったらどこの村も浮足立っていた。勇者と聖女を一目見たいという思いは、この街の住民より強いだろう。果たしてあの阿呆2人に、服が汚れてもなおそれに応える甲斐性はあるのか。


(…無さそうだな…)


 フッと遠い目をする私をよそに、民衆の歓声に包まれて、騎士団の精鋭らしい者たちに守られた箱馬車が出発する。鐘の音と共に大扉が閉まると、ギルド長がやれやれと肩を竦めた。


「騎士団が出るなら、今日はオレらの出番は無いな」

「騎士団が魔物を倒してくれるってこと?」


 外へ向かった騎士たちは皆いかにも勇猛そうな槍や剣で武装していた。国の(よう)する武力集団だし、さぞ強いんだろう──と、思ったのだが。


「いや、魔物が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

「えっ」


 上位種から最上位種に相当するゴブリンやウルフが、あの馬1頭だけで雲隠れするとはどういうことか。そんなに強いのか、あの馬。


 ……あれ、待てよ?


「…騎士団の見回りって、騎士団長が毎回必ず精霊馬に乗って行くの?」

「ああ」

「で、魔物は馬を警戒して出て来ない?」

「騎士団の連中は『自分たちに恐れをなしている』って勘違いしてるけどな」


 それは…つまり…



「………騎士団って、魔物との戦闘経験、ゼロ?」



 ぼそりと呟いたら、ギルド長が皮肉な笑みを浮かべた。


「よく気付いたな」

『ええっ!?』


 声を上げたのは他の面々だ。


「いや待ってくださいよ! 騎士団ですよ!? そんなはずは」

「…あーでも確かに、やつらが俺らみたいに血みどろ泥だらけになってるとこ、見たことねぇな」

「それはこう…俺らとは違って…華麗に戦えるんだよ。返り血なんかつかない」


 デールは何やら騎士団に幻想を抱いているようだ。


「…不燃ゴミ廃棄場で平民に賄賂せびってた兵士も騎士団員だったわけだけどそれは」

「ゔっ」


 私が指摘したら見事に言葉に詰まった。エレノアも記憶を辿るように視線を彷徨わせ、


「…言われてみれば確かに、見回りに出た騎士団が魔物を倒したとか、そういう話は聞きませんね。毎回『平和だった』って言うだけで」

「ギルドにこれだけ討伐依頼が来るのに『平和』って…」


 シャノンが眉を顰めると、デールがとうとう遠い目になった。


「…騎士団…」


 ちょっといじめ過ぎたか。


「まあまあ。立場が変われば見えるものも変わるって言うし。騎士団にとっては、『街の周辺はいつも平和』なんだよ。騎士団にとっては」


 大事なことなので、2回言ってみた。

 




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