31 ゴーレムは儲からない。
ゴーレム討伐の報酬は、数の関係上ゴブリンよりも多かった。が。
「シケてんな」
「言うな!」
ギルドに帰還して報酬を受け取り、チッと舌打ちしながら呟くと、そこはかとなくボロボロのギルド長がギッとこちらを睨んだ。
八つ当たりか。目潰しが間に合わなくて目からビームで黒焦げにされかけたからって。
「…まあウルフの毛皮の売り上げと比べたらなあ…」
「ゴーレムは売れる部位も無いもんな…」
デールとサイラスが溜息をつく。
それも勿論だが、例によってゴーレムもただの『ゴーレム』として処理されているため、依頼料自体が安いのだ。鑑定魔法で『固有種:ユライトゴーレム』と出たので、これも魔物鑑定士に調査してもらうことになった。
…もうこの界隈の魔物、片っ端から調べてもらえば良いんじゃないかな。
ちなみに北の村の村長にも『今後依頼料が上がるかも』と伝えたら、南の村の村長と同じ反応をされた。
「早く鑑定士の方が来てくれると良いですね」
依頼書の処理を終えたエレノアが苦笑している。
既にギルド長の名前で隣国の商業都市のギルド支部へ魔物鑑定士の派遣を依頼しているが、まだ返答は無いそうだ。
まあ専門職っぽいしな。あっちの仕事との兼ね合いもありそうだし、本格的に調査するなら日程調整と事前準備に時間が掛かるわな。
「そういや、呼んだとしてどこに泊まってもらうの? ギルドの仮眠室?」
「いや、それなりに良い宿に泊まってもらう予定だ。そういう条件で依頼を出した」
VIP待遇だなと思ったら、ギルド長が暗い顔でぼそりと呟く。
「…でなきゃこんな辺鄙な所に来てくれないからな、あの御大尽どもは」
お、おう。
珍しく闇を背負っているギルド長に、私だけでなくデールもサイラスもエレノアも引いている。
「…魔物鑑定士と、仲悪いんですか?」
うわ、デールが踏み込んだ。
ギルド長は死んだ魚のような目でデールを見て、フフフ…と笑った。
「…『こんなクソ田舎で生きてられるか』っつって出てったオレの幼馴染が、今隣国の商業都市のギルド支部で魔物鑑定士やってる、って言やあ分かるか?」
「うっわあ……」
「…理解シマシタ」
あちらの支部に所属している魔物鑑定士は複数人居るらしいから、そいつが担当にならないことを祈る。
…日本企業の感覚を当て嵌めると、『経費で里帰り出来るよ! そう取り計らってあげるオレ親切ゥ!』とか悦に入って本人の了承無く要らんことする上司が居てもおかしくは──…いやまさかね。
…居たんだよね…部下を九州にある親会社の地方拠点に出向させて『あいつ四国出身だし、こっちに居るより里帰りしやすくなるだろ?』って本気で言ってたダメ上司。
九州は九州でも親会社の地方拠点はびっくりするほどの山の中で、飛ばされた彼の実家は本人曰く『四国の果てのド田舎』だったから、実家への所要時間はむしろ東京からの方が短かったし、本人別に頻繁に実家に帰りたいわけでもなかったっていう…。
…出向した人? 出向期間終わっても帰って来なかったよ。
3年間九州で頑張って働いて、ようやく元の会社に戻れると思ったら『一旦東京に戻って来て、半年後に東北な!』ってそのダメ上司に笑顔で言われたのがトドメになったんだって。『次は定住出来る会社選ぶ』って宣言して辞めてった。
何か私が働いてた会社、『親会社の地方拠点への出向経験、5年以上』が出世の必須要件ってのが暗黙の了解だったらしいんだけどね…だったら新卒の募集要項に書いとけよ。『うちの会社、支社も支店も無いけど、管理職候補は親会社に出向して日本全国どこにでも行く可能性があるよ!』って。
『折角俺が目を掛けてやってたのに』とか鼻息荒く文句言ってたダメ上司には、辞めた彼の気持ちは一生理解できないんだろうな…。
──まあともあれ。
ギルド長の幼馴染殿がどの程度故郷を嫌ってるのか分からんけど、来たくないならちゃんと拒否できると良いね。ギルド長の心の平穏のためにも。
「そういえば、ゴーレムってよく魔石落とすって図鑑に載ってたんだけど」
ここらで話題を変えてみる。
「あー…それなあ」
ギルド長は知っていたらしい。肩を竦める。
「この辺に出るゴーレムどもは落とさないな。多分魔法を使うせいで、魔石が出来るほど体内に魔素が溜まらないんじゃないか?」
「なるほど」
魔物の体内で生成される魔石も、地下で生じる魔石も、本質的には『高濃度の魔素または魔力が何らかのきっかけで結晶化したもの』だ。魔法として外に放出していたら、確かに体内に溜まることはない気がする。
「魔石が出たら売れると思ったんだけどなあ…」
「俺らも今んとこ見たことないですよ。この辺の魔物が魔石持ってんの」
「だよなあ」
デールとサイラスの証言からするに、望みは薄そうだ。
エレノアが首を傾げる。
「今の状態だと、魔石が出て来てもただの『ゴーレムの魔石』になっちゃいますから…それほど良いお値段にはならないんじゃ…?」
「……魔物鑑定士早く来てー!!」
結局そこに帰結するのであった。マル。
「戻りましたー!」
何とも言えない空気になったところで扉が開き、シャノンと茶白のケットシー、スズシロが帰って来る。
「おかえりシャノン」
「おう、おつかれ」
「おつかれさまです! 今日は早かったんですね」
「ゴーレムだったからな。姐さんがこう…ばったばったと」
デールがウォーハンマーを振り回す動作をすると、シャノンが目を輝かせる。
「すごいですね! 私もユウさんみたいに早く討伐に出られるようになりたいです」
「いや、姐さんの真似はしない方が良いぞーマジで」
シャノンと話すのに慣れてきたのは良いが、ヒトをネタにするのはやめなさい。
「どういう意味かなーサイラス」
「そりゃあ言葉通──いや何でもないですスミマセンっ!」
こちらが静かに拳を握っているのを見て、サイラスがものすごい勢いで距離を取る。
「…まあ冗談はさておき。シャノンは魔法の才能があるんだから、まずはそれを伸ばせば良いよ」
ギルド長の見立て──と言うか鑑定魔法によると、シャノンには回復魔法と風魔法の適性があるらしい。
風魔法に関しては、グレナが多少使えるからと言って教師役になってくれた。しかし、回復魔法は身近に使い手が居ない。騎士団に声を掛ければ一発だが、そうするとシャノンは騎士団に入らざるを得なくなる。本人的には、それは避けたいらしい。
曰く、『騎士団に入ったら父と関わらざるを得なくなりそうで…』とのこと。あいつ牢屋に居るもんな。とても納得した。
結果、回復魔法の勉強は保留になっている。
「慌てなくても、時間はたっぷりあるし」
「はい」
シャノンは素直に頷いた。
ちなみにシャノン、魔法の他に、簡単な護身術も教わっている。
教師役はエレノアだ。ギルド職員は就職直後の教育で護身術を叩き込まれるそうで、彼女も結構な腕前だった。
腕力に頼るのではなく相手の力を利用する動きなので、非力な女性にうってつけ。シャノンもいずれ討伐依頼を受けてみたいと言っているし、万一のことを考えて魔法以外にも身を守る術を身につけておいた方が良いという話になったのだ。
ついでに、街の中でゴロツキに絡まれても対処できるように…あと、何かの間違いでDV野郎に遭遇してしまった時の対策でもある。よって、ノエルも一緒に教わっている。
私も最近思うところがあり、時間がある時は参加させてもらうことになった。
…ほら、私がそこらへんのゴロツキ殴ると流血だけじゃ済まない可能性があるから…腕力使わないで相手を無力化する方法を学んでおいた方が良いかなって…。まだやらかしたわけじゃないけど。DV野郎はノーカウント。
《そういえばさー》
シャノンから報酬のジャーキーを受け取って口いっぱいに頬張ったスズシロが、念話で告げる。
《何か近々、『勇者』と『聖女』のお披露目があるらしいぜ。召喚に成功したって告知が出てた》
その情報に、私たちは思わず顔を見合わせた。
勇者と聖女って言ったら、あの『勇者()』と『せいじょ』だろう。
「……え、いまさら?」
口を突いて出たのはそんなコメントだった。
「今更って、お前な」
「だって1ヶ月も前だよ、召喚されたの」
この場に居合わせる者は全員、私の事情を知っている。周知が遅すぎないかという私の感想に、デールとサイラスが頷いた。
「確かに、遅いですね」
「今まで何の発表も無かったし」
「あっちにも色々あるんだろ。体裁を整えるのに準備が必要だったんじゃないか?」
ギルド長だけは訳知り顔で肩を竦めた。
「お披露目の衣装を仕立てるのにも時間が掛かるだろうしな」
「……とりあえず、あの阿呆どもが間違いなく贅沢をしてるんだろうなって事は分かった」
良いご身分だな。
まあ勇者と聖女だしな。
…妬ましくなんかないぞー。