30 一獲千金
翌朝。
「たーのもー!!」
丁度皆が揃ったところでバーンとギルドの扉が開き、カーマインが飛び込んで来た。
「マリア!? お前何やってんだ!?」
ギルド長が声を上げると、カーマインはカツカツカツと足音を立てて素早くギルド長に詰め寄り、胸倉を掴み上げる。
「それはこっちの台詞よ唐変木。一体誰の許可を得てその名前を吹聴して回ってんの? アアン?」
「やめ゛っ…首が、締まる…っ!」
カーマインは背が高いので、キレるととても迫力がある。至近距離でドスの利いた恫喝を受け、ギルド長が青い顔でカーマインの腕を叩いた。ギブ。
「カーマイン、おはよう。どうしたの?」
「ああユウ! 昨日の毛皮、まだあるわよね!?」
ギルド長をぺいっと放り投げ、カーマインがこちらに向き直った。じゃらりと音を立てる革袋をカウンターに置き、
「買い取り資金を用意して来たわ! 毛皮1匹分につき金貨20枚、しめて金貨340枚でどう!?」
『はあ!?』
ポーンと出て来た冗談のような金額に、ギルド長たちが目を剥いた。
…やっぱり昨日の、見間違えじゃなかったかー…。
「そんな価格で買い取って大丈夫なの?」
「卸し先も決まってるから大丈夫よ。ウチの利益差っ引いてもそれくらいの金額は出せるの。って言うか出させて。でないと毛皮そのものの価値が大暴落するから」
なるほど、他の毛皮との兼ね合いもあるのか。
「分かった。じゃあそれでお願い」
「おまっ…どんだけ高額取引する気だよ!?」
ギルド長が私に非難めいた目を向けるが、
「だってウルフ系最上位のポーラウルフの毛皮が、1匹分で金貨10枚だよ? この国にしか居ない固有種の毛皮で、大昔に流通した分は『幻獣の毛皮』なんて伝説扱いされてて、しかも魔物自体はポーラウルフと同格だっていうんだから、これくらいが妥当でしょ」
「うんうん。ユウの言う通り」
カーマインが深く頷いている。
「ユウ、見る目があるわね。ウチで働かない?」
「冒険者の方が気楽で良いのでお断りします」
スカウトは笑顔で拒否しておく。
「あら残念。気が変わったらいつでも言って頂戴。──というわけでこれが今回のお代ね。確認して」
「では有り難く」
革袋を開け、金貨をカウンターに10枚ずつ積み上げて行く。
「…うおおおお…」
「すげえ…」
デールとサイラスが気圧されたように後退った。1件の依頼でこんなまとまったお金になるのは初めてなのだろう。これからは多分これが普通になるけど。
きっちり340枚あることを確認したら、それを5つに分けて行く。80枚の山が4つ、20枚の山が1つ。
…うん、壮観だ。
「デール、サイラス、ギルド長。これ、それぞれの取り分ね」
金貨80枚の塊を指し示したら、男性陣がギョッと目を見開いた。
「い゛っ!?」
「え、俺らの分!?」
「討伐して解体もしたんだから当たり前でしょ?」
「いやでも、毛皮持ち帰ろうって言い出したのはお前だよな?」
確かに言い出しっぺは私だが。
「作業はみんなでやったんだから、山分けは当然でしょ。で、残りの20枚はギルドの施設の利用料と、『ケットシー基金』行きってことで」
今回、ギルドの倉庫改め『解体部屋』を使わせてもらったので、部屋の使用料と水の魔石の代金が掛かる。
残りは実質、ルーンのお手伝い料だ。『ケットシー基金』は最近新設されたこのギルド限定の積み立て金で、ルーンや他のケットシーに依頼を手伝ってもらったら、そこから材料費などを拠出してケットシーに報酬──主に料理を振る舞うことになっている。
《なるほど、理に適ってるな》
ルーンが嬉しそうに呟いた。
デールとサイラスとギルド長がびくびくしながら金貨を受け取り、私も自分の分を財布代わりの革袋に入れる。ずっしりと重くなった手応えに、思わず口元が綻んだ。
…これで『自分の家』に一歩、近付いた。予算的には、もう少し稼ぎたいところだ。
エレノアがギルドの利用料とケットシー基金に回す分の金貨を預かり、一旦バックヤードに引っ込んだ。
そこまで済むと、私はカーマインが差し出した書類にサインして、その控えを受け取る。
「これで商談成立ね」
「カーマイン、良ければ毛皮、今からお店に届けようか? 圧縮バッグだったら目立たずに運べるから」
「助かるけど…良いの?」
「一括で買い取ってくれたお客様へのサービスです」
キリッとした顔で答えると、カーマインは破顔した。
毛皮を無事カーマインの店に納品し、『次も売ってね! 絶対!!』と懇願するカーマインと固く握手を交わしてからギルドに戻る。
「おっ、帰ったかユウ。じゃあ今日の依頼を割り振るぞー」
ギルド長はすっかりいつもの調子に戻っていた。デールとサイラスは──まだ夢見心地みたいだな。まあ気持ちは分かるけど。
「今日は街の中の依頼は買い出しが1件と…草むしりが2件か。…これ結構広い家だな。シャノン、行けるか?」
「はい、大丈夫です」
《今日はスズシロが暇だっつってたから呼んでおくぜ。シャノン、スズシロは知ってるだろ?》
「茶白のケットシーよね?」
《おう》
ギルドの依頼に街のケットシーたちが首を突っ込むのはもはやいつものことだ。主に報酬のジャーキー目当てらしいので、在庫を切らさないよう、私とノエルが料理のついでにちょこちょこ作っている。材料費と手間賃はケットシー基金持ちだ。
「街の外は…ゴーレムだな。北の村だ」
ギルド長が言った途端、デールとサイラスが我に返った。
「ゲッ、ゴーレムかよ」
「俺あいつら苦手…斬れないし…」
ゴーレムは主に岩で構成された魔物だ。身体が身体なので、生き物と認定すべきか否か、未だに意見が割れているらしい。
とりあえず、剣で戦うには分が悪い。が。
「それって私が思いっ切り暴れて良いってこと?」
ウォーハンマー片手に訊いたら、男性陣があっと呻いてこちらを見た。
「…そうだ。こいつが居たわ。計測器を素手でぶっ壊す化け物が」
「そういえば」
「そうでしたね…」
化け物とは失礼な。
「暴れても良いが、討伐証明部位まで壊すなよ」
「ゴーレムの討伐証明部位って…ああ、頭だっけ」
ゴーレムは体長1メートルから5メートルほどで、基本的には二足歩行、魔法は使わない──いや、この国のゴーレムは使うんだっけか。
「頭だけ残したら目からビームとか出したりしないよね?」
「まあ出すが」
出すのかよ。
「大丈夫だ。頭だけになったらオレらが片っ端から目玉潰してくから」
「…分かった。じゃあ本気出す」
結果──
「ふはははははは……!!」
「速い! 速すぎるぜ姐さん…!」
「目潰しが追い付か──うわ危ねぇ!」
「本気出しすぎだアホー!」
だるま落としよろしくゴーレムの胴体を叩き砕いて回る私の背後で、ギルド長たちは悲鳴を上げることになった。
…ヒトのことを化け物扱いするのがいけないんだよ。
あースッキリした。