28 討伐の事後処理
「ただいまー」
「みなさん、お帰りなさい」
ギルドに戻ると、エレノアが笑顔で迎えてくれた。ノエルもわざわざキッチンから出て来て『おかえりなさい』と言ってくれる。
街で依頼をこなしてた時も思ったけど、こういうの、何か良いな。帰ったら明かりがついてて、出迎えてくれる人が居るってシチュエーション。
…『奴』は家に居ても、私が帰る時間には確実に寝てたもんな…。体調不良で一日中寝てるはずなのに連日そうで、よくずっーと寝てられるなって思ってたけど、真っ昼間に浮気相手とイチャコラしてたんだったら当たり前といえば当たり前か。クズが。
…おっと。平常心平常心。
「ユウさん、初めての討伐はいかがでしたか?」
「意外と何とかなったよ。色々驚くことも多かったけど」
エレノアの問いに笑顔で答える。
含みのある言葉にエレノアが首を傾げているところに、ギルド長が渋面で歩み寄った。
「エレノア、最寄りの支部に魔物鑑定士の派遣を依頼してくれ」
「ま、魔物鑑定士ですか? まさか新種の魔物が…?」
「…いや、従来種だ」
ギルド長がカウンターに肘をつき、頭を抱える。
「……従来種が、他の地域には居ない固有種だということが分かった……」
「……え」
エレノアが固まった。
そういえば、エレノアはこの街出身で、他の地域にはそれほど行ったことがないらしい。デールとサイラス、ギルド長も同様だ。
図鑑などできちんと知識を蓄えているならともかく、先人の言うことを素直に聞いて素直に呑み込んでいたら、魔物の種類に関して疑問に思うこともないだろう。冒険者はベテランから指導を受けるのが普通だというし。
「…依頼料の改訂のため、魔物鑑定士を呼ぶ。オレの鑑定魔法で『固有種』と出たからほぼ確定だとは思うが…その結果だけじゃ本部は認めてくれないからな」
「わ、分かりました。至急手配します」
魔物鑑定士は、冒険者ギルドに所属する魔物の専門家だそうだ。魔物の種類を特定し、新種の認定も行う。『鑑定』と名がついているが鑑定魔法が使えるわけではなく、その知識に基づいて仕事を行う専門職。…ちょっとカッコイイ。
当然ながら、この支部に魔物鑑定士は居ない。なので、馬車で丸1日掛かる隣国の商業都市の支部に派遣を依頼する。あちらはこの街を凌ぐ規模の大都市で、冒険者ギルドの支部も相応に大きく、魔物鑑定士も複数人在籍しているそうだ。
…そんな至近距離にデカい支部があったら、そりゃあ冒険者もこの支部からさっさと出て行きますよね、分かります。
書類手続きをエレノアに任せ、ギルド長と私たちは奥の倉庫に入る。
以前はゴミの海に沈んでいたこの部屋も、今はすっきりと片付いている。と言うか、何も無い。棚も床もがらんとしている。
代わりに、片隅に簡易式の流し台が準備されていた。これは大掃除の際に発掘されたものだ。石畳の床に排水口が備わっていることを考えても、この部屋は本来倉庫ではなく、持ち帰った獲物を解体する部屋だったのだろう。
…だって外で解体するの、不衛生だもんね。
そんなわけで──
「よーし、出すぞー」
「了解っす」
「準備よーし」
「うい」
ギルド長がサイラスから受け取ったバックパックを床に下ろし、蓋を開けて逆さにすると──でろん!と大量の毛皮が床に流れ出て来た。
流れ出て来るというのは比喩ではなく、どんどん床を流れて広がって行く。その量は、バックパックの見た目の容量を明らかに超えている。
実はこのバックパック、容量が見た目の10倍くらいある特殊な魔法道具なのだ。通称、『圧縮バッグ』。内容物の圧縮だけではなく重量軽減の効果もあり、冒険者御用達の装備なのだという。
「やっぱすげぇなこれ。ホントに全部入ってたんだよな…」
「なあ」
冒険者御用達…のハズなのだが、デールとサイラスが珍しいものを見るように目を輝かせている。
それもそのはず。この圧縮バッグ、例によって大掃除でゴミの山から発掘されたのだ。デールもサイラスもギルド長も、今まで圧縮バッグは使っていなかった。
そのため、討伐依頼の副次収入になるはずの魔物の毛皮や牙などの素材を持ち帰ることが出来なかったらしい。ただでさえ依頼料が割安になっていたのにそれは痛い。デールもサイラスも、よく辞めなかったなと思う。
…多分最初からそうだったから、それが普通だと思い込んでいたんだろうけど。
あと、ただのウルフとかゴブリンとかの素材って買取価格そんなに高くないから、死体から素材を剥ぐ労力を惜しんだんだろうな…。
今日同行してみて分かった。あんなのと連日戦ってたら、そりゃあ血まみれ泥だらけになるし疲労も蓄積する。食べられるもの以外は解体したくないって思いもする。
今回は素材回収の実習したいってゴリ押しして、主な素材だけは皆で回収して来たけどね。
「よし、じゃあ洗うか」
血みどろの毛皮を前に、ギルド長が腕まくりする。
今日持ち帰ったのは、ゴブリン──ユライトゴブリンの牙と、ユライトウルフの毛皮。どちらもざっくり解体して切り取って来ただけだから、牙の根元には血が付いているし毛皮の中には一部肉が残っていたりもする。このままでは売り物にならないので、水で洗いながら不要な部分を除去していく算段だ。
《牙は俺が洗っとくぜ。終わったら毛皮を乾燥させるから、置いといてくれな》
「ああ、頼む」
ルーンが圧縮バッグのポケットを漁り、牙を取り出して告げる。
今回はルーンに頼りっぱなしだ。道中、血みどろかつ泥だらけになった私たちを手際よく魔法で洗浄してくれたし、初心者向けの解説とフォローも完璧だった。冒険者パーティは1パーティにつき1匹、ケットシー様を雇うべきだと思う。
…ちなみに今回のルーンの報酬は、私とノエルが開発した手作りジャーキーで良いそうだ。ハイ喜んでー!
「水出すぞー」
「じゃあ私は肉をこそげ落としてく」
「俺もー!」
デールがざっと泥汚れを落としたら、サイラスと2人、ナイフを使って毛皮の内側を綺麗にしていく。肉を削ぎ落したらギルド長に渡し、仕上げ洗いをしてもらう。
「この肉食えないのかなー…」
「硬くて食えたもんじゃなかっただろ」
デールとサイラスは、ユライトウルフの肉を試したことがあるらしい。肉食獣の肉は癖が強いと言うし、まして魔物だ。なかなかのチャレンジャーだと思う。
「普通のウルフの肉は食用にすることもあるらしいけどね…」
「え、マジっすか姐さん」
「図鑑に書いてあった」
とりあえず、デールとサイラスは図鑑を読んでいないことが分かった。せめて流し読みくらいしとけよ。結構大事な情報載ってるぞ、あの資料室の本。
「じゃあ頑張ればユライトウルフの肉も食えますかね?」
「どうだろ。普通のウルフの肉も洗って叩いて湯がいてスパイスに漬け込んで…って、食べるまでに相当手間掛かるらしいから。この辺じゃ普通のシカとかイノシシとか捕まえる方が早いんじゃない?」
「そんな夢の無い」
「食欲の前に夢は無力なのだよ」
「ぐっ…反論できない…!」
サイラスがナイフの柄をギュッと握り締める。
実際、ウルフを食用にしているのは周辺に魔物しか生息していない辺境の話だ。この国には普通の動物も生息しているし、鶏や豚などの家畜も飼育されている。敢えて魔物の肉に挑む必要はないだろう。
「そういや、尻尾どうします? 持って帰って来てますけど」
「あー…一応毛皮だけ確保しとくか。何か尻尾だけ毛が長いしな」
「分かった」
「了解」
そんな話をしつつ尻尾も解体し、毛皮を洗い終え、血みどろになった床も水洗いする。
最後にルーンに人間を丸洗いしてもらって終了だ。
「床を洗うのもルーンに任せれば良かったんじゃないか?」
「出来ることは自分でやった方が良い。だって人間の丸洗いからの乾燥はルーンにしか出来ないもんね」
《まっ、そういうことだな》
ルーンの魔力も無尽蔵ではないのだ。ここぞという時に使って欲しい。
…人間の丸洗いは『ここぞ』じゃないって? いやいやまあまあ。
「…にしても、すごい数だな」
ルーンの魔法で乾燥させた毛皮が、棚にずらりと並んでいる。色はみな、わずかに青み掛かった灰色。角度によって光を反射し、キラキラと青く輝く。
胴体に当たる部分に触れると、ふかっと手が埋まった。尾の部分は胴体部分より一段と艷やかで、ふかっと言うよりサラッとしている。魔物と対峙していた時は魔物も人間も薄汚れていたし、正直観察する余裕もなかったが、とても綺麗だ。
(…これ、毛皮として売り出したらすごい値が付くんじゃ…)
日本に住んでいた頃にムートン──羊の毛皮に触れたことはあるが、それよりさらに手触りが良い。あと、色が独特だ。光沢感のある青灰。この世界の毛皮のラインナップがどういうものか知らないが、こういう色はなかなか無いんじゃないだろうか。
それが、17匹分。上手く売れば、依頼料の差額分を埋めてお釣りが来るのでは──
「よし、じゃあ売却処理するか」
「ちょい待ち!」
慣れた様子で言い出すギルド長に、私はビシッと手を挙げる。
「ギルド長、売るのって『ウルフの毛皮』としてじゃないよね?」
「え、いや、現状そうするしかないだろ? ここのウルフは『ウルフ』としてしか認識されてないんだから」
「そうか…」
「そうですよね…」
ギルド長の言葉に、デールとサイラスがしょんぼりと肩を落とす。
私はにやりと笑った。
「それ、冒険者ギルドが買い取ったら、だよね? じゃあ、直接商人に持ち込んだら…どうなる?」