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27 南の村

 ウルフの討伐が終わったので、依頼人である南の村に報告しに行く。


 ゴブリンの討伐証明は左耳、ウルフは尾だそうだ。ちなみに破損が酷い場合は別の部位でも良いが、数を誤魔化すことが出来ないよう、右耳にしたら全て右耳と、部位を揃えなければいけないらしい。

 …適当にミンチにしたらダメってことですね、了解しました。


 午前のゴブリンの方の報告は東の村でさらっと終わったので、南の村もすぐ終わるかと思ったら──


「まああんたたち! 一体どうしたんだい!?」

「か、母ちゃん!」


 パワフルな壮年の女性がデールとサイラスに目を見開き、デールが狼狽える。


「母ちゃん?」

《2人はこの村の出身なんだよ》

「あ、なるほど」


 道理で、ものすごい勢いで人が集まって来るわけだ。もはや2人の姿が見えない。いつものことらしく、私の隣でギルド長が遠い目をしている。


「なんだなんだ、すげー小綺麗になってるな!」

「色気付きやがって! なんだ、とうとう彼女でも出来たのか!?」


 いや、今までが酷すぎただけ。


 私が内心で突っ込んでいると、だー!とデールの叫びが聞こえ、群衆の真ん中あたりで両手が挙がった。


「離れろっつーの! 先に仕事片付けさせろよ!」

「なんだよ、真面目だなあ」

「昔はただの悪戯小僧だったくせに」

「昔のことをほじくり返すな!」


 ブーブー言いながらも村人たちが離れて行く。それと入れ違いに、壮年の男性がデールに近付いた。

 デールが渋面のまま、男性に大きな革袋を渡す。


「…はいよ。ウルフの討伐証明。尻尾が17本。確認してくれ」

「ああ」


 何だかやり取りがぎこちない。そして男性、何となくデールと似ている。


「…もしかしてあの人、デールのお父さん?」

《当たり。この村の村長でもあるんだぜ》

「ほっほーう」


 つまりデールは、意外と坊ちゃんだったと。


 遠巻きに見守っていると、村長はウルフの尾の数を確認し、深く頷いた。


「──確かに、依頼達成を確認した」


 デールの差し出した書類にサインして、表情を緩める。


「最近はどうだ? 何か面白いことはあったか?」

「あーっと…」


 デールは照れ臭そうに視線を巡らせ、こちらを見る。

 村人たちの目が私に集中し、デールが何か言う前に、少年が叫んだ。



「この人、デールのカノジョか!?」



 瞬間、デールが盛大に狼狽える。


「ち、違う!」

「じゃあサイラス!?」

「ちがーう!!」


 2人とも青くなっている。まあ私はカノジョじゃなくて『姐さん』だからな。5つも年上だからな。恋人呼ばわりされても困るわな。


 …何か釈然としないけど。


「どうも、新人冒険者のユウです。デールさんとサイラスさんにはお世話になってます」


 私がぺこりと頭を下げると、村人たちの興奮が一気に冷めた。


「なーんだ、違うのか」

「そりゃそうだよな、この悪童どもにこんな育ちの良さそうなお嬢さんが捕まえられるわけないか」

「おい」


 デールもサイラスも冒険者として頑張っていると思うのだが、村では悪童呼ばわりされているらしい。多分昔の行いのせいだろう。


 しかし、ウォーハンマー背負ってるのに『育ちが良さそう』とはこれいかに。まあ一応返り血とか土埃はルーンが丸洗いしてくれたから汚れてはいないけど、それは他の面々も一緒なわけで。


「…お前、見た目だけは大人しそうっつーか、粗暴な感じは無いからなあ…」


 ギルド長がしみじみと言う。中身は違うとでも?

 …否定はしないけどね。


「ようやくお前らも『先輩』になったってことか。これは気が抜けないな」

「仕事場で始まる恋!なんてのもあるんじゃないの?」


 村人たちがニヤニヤとデールたちをからかう。今は違っても将来は分からないと言いたいのだろうが、私に限ってそれはない。


「いやー、()()()()()()()()()んで、そういうのはもういいかな」

『……?』


 私がへらりと笑ったら、村人たちが不思議そうな顔でこちらを見て──数秒後、


『……はあ!?』

「既婚者? いや、バツイチ!?」

「嘘だろその歳で!」


 大変な騒ぎになった。


「多分勘違いしてると思うんであえて申告しますけど、私、27歳です。デールさんたちより5つ年上です」

『!?!?』


 村人の皆さんは期待通りの反応を返してくれる。

 ここまで来ると一周回って面白いな。


「だーもう、いいだろ姐さんのことは!」

「姐さん…」

「なるほど…」


 デールが叫んだら、何人かが納得の表情を浮かべた。何をどう納得したんだろ、今。


 デールはそれ以上そのことには触れずに、ギルド長に話を振った。


「ギルド長! この辺の魔物のこと、話すんですよね!?」

「お、おう」


 ゴブリンやウルフが固有種だったことを依頼人にきちんと伝えて、依頼料の値上げ交渉をした方が良い──ウルフまで固有種だと発覚して、そういう話になった。


 きちんと調査してみないとはっきりしたことは言えないが、この国に出現する魔物は全て固有種の可能性がある。何せ、図鑑では物理特化型と記載されているゴーレムまで魔法を使うというのだ。

 …もっと早く気付けよ、とか言ってはいけない。


 ギルド長がデールと交代して、村長に事の経緯を説明する。村長は真面目な顔で聞いていた。


「──ってわけで、この辺の魔物は他の地域と比べてかなり特殊らしい。調査で上位種相当と判定されたら、今後依頼料が上がる可能性がある。その…すまない」


 依頼料の改訂には、魔物のランク付けが必須になる。そしてそのランク付けのためには、大きなギルド支部から専門家を呼んで調査してもらわなければいけない。

 その関係上、今すぐにではないが…討伐の依頼料が上がれば村には大打撃だろう。何せ魔物は無限に湧いて来る。一般人には倒せないから、ギルドに依頼するしかない。


 頭を下げるギルド長に、村長は暫し考え──



「分かりました。()()()()()()()ということですね」


「……へ? ──あっ!」



 ギルド長がぽかんと口を開けた後、何かに気付いたように声を上げた。


 …昔の水準に戻る?

 え、じゃあまさか今の依頼料って、実は『値下げ後価格』だったってこと?


「…ギルド長、説明求む」


 私が据わった目で呟いたら、ギルド長がびくっと肩を揺らした。


「え、ええっと…だな…」


 今までで一番激しく目が泳いでいる。産卵期のコイみたいに落ち着きがない。


「ルーン、何か知ってる?」

《おう》


 ルーンに話を振ったら、即座に答えがあった。


《数年前にギルドの規約が改訂されてな。それまではある程度、各支部の裁量で依頼料を決めてたんだが、討伐に関しては『魔物の種類と個体数に応じて一律とする』ってルールになったんだよ。まあオプションで『地形難易度による増額』とか『他種族混合の場合の割増料』とかあるんだけどな。──んで、この国の魔物に関しては『ゴブリン』とか『ウルフ』とかって名前で認知されてたから、()()()()()()になっちまったわけ》


 その頃就任したばかりだったギルド長は、特に何も考えずにホイホイそれに従った。結果、依頼料は下がり、当然冒険者への報酬も値下がった。


「…もしかして、小王国支部に所属する冒険者がやたら少ないのって、そのせい?」

《まあそれもある。上位種相当の魔物を相手にしてるのに依頼料が基本種と同水準じゃ、割に合わねぇもんな》

「だね。今まさに私もそう思ってたトコ」


 それだったら、本当の『ウルフ』や『ゴブリン』の居る地域で弱い魔物をちまちま狩っていた方が楽だしリスクも少ない。


 『割に合わない』と言えば簡単に聞こえるが、強い魔物と戦うのには命の危険が伴うのだ。とてもではないが、高リスク低リターンの仕事など受けていられない。


 村長が済まなさそうに眉を下げた。


「…そういう事情だったのですね。我々としては、値下がったのは有難いとばかり…申し訳ない」

「い、いや、謝らないでくれ! 確認不足だったオレが悪いんだ!」


 本当にな。


 頭を下げる村長と、ひたすら慌てるギルド長。


 半眼になる私の横で、衝撃の事実を聞いたデールとサイラスは魂が抜けたような顔をしていた。




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