26 魔物討伐デビュー
この国の国土は、とても小さい。
首都アルバトリアと、その周辺に点在する4つの農村。それがこの国の全てなんだそうだ。国というより県、いや、市くらいの規模だろうか。
魔物の討伐は、その4つの農村から依頼されることが多いという。
《首都は外壁に囲まれてるから、街の中に住んでれば魔物に遭うことも無いしな。けど、農村は田んぼとか畑とかが集落の外にあるから、魔物の被害に遭うことが多いんだよ》
田畑を首都の外壁並みの壁で囲うのは現実的ではない。魔物避けの草を植えたり、犬を訓練して見張りをしてもらったりと色々手を尽くしているそうだが、どう頑張ったって根本的な解決にはならない。
結果、魔物が出たら冒険者ギルドに討伐を依頼する、イタチごっこのような流れが出来上がる。
「村の人たちで倒せれば良いのにね」
《まあなあ。けど、一般人に戦えってのは厳しいだろ》
いやいや、農業に就く人のパワーを侮っちゃイカンよ。鉈1本でツキノワグマを返り討ちにする猛者も居るし。
ルーンと話していたら、前を行くギルド長が苦笑した。
「他の地域じゃそういうこともあるらしいけどな。この辺じゃ無理だ。この辺の魔物は、みーんな魔法を使うからな」
(…うん?)
その発言に首を傾げる。
…ゴブリンもウルフも、魔法は使えないんじゃなかったっけ?
「──居た! ゴブリンだ!」
先頭のデールが鋭く囁いた。
東の農村に続く街道の途中、平原の中に木立が点在するエリア。その木立の向こうに、複数の生き物の影が見えた。
私より小柄な二足歩行の立ち姿で、一見、やせ細った人間──いや、地獄絵の『餓鬼』を思わせる。
歪に尖った大きな耳と黒褐色の肌は、確かに魔物図鑑で見た。見たが──
…あれ、『ゴブリン』って名前じゃなかったと思うんだけど。
「よし、やるぞ!」
私が考えているうちに、ギルド長たちはいきなりゴブリン(仮)に斬り掛かった。
ギルド長の初撃で一番近くに居た1体が血しぶきを上げて地面に沈み、サイラスの横殴りの一撃で別の1体が上下真っ二つになる。速い。
一番遠くに居た1体が棒のようなものを振り上げた途端、虚空から火の玉が飛び出して来た。デールが水を纏った剣で火の玉を斬り裂きながら突っ込み、迷わず首を刎ねる。
…本当にゴブリンが魔法使ってるよ。
ギルド長がもう1体斬り捨てた。これで4体。
──残りの1体はどこに?
《ユウ!》
「!」
背中がぞわっとして、ルーンの警告と同時に前に出ながら振り返る。
一瞬前まで私が居た空間、丁度心臓くらいの高さに、地面から生えたゴブリン(仮)がナイフのようなものを突き出していた。
ギギッと濁った声がして、ゴブリンが顔を歪める。
「──せい!」
その頭目掛けて、私はウォーハンマーを横殴りに振り抜いた。
バキャン!とちょっと曰く言い難い音がして、地面からすっぽ抜けたゴブリン(仮)が数メートルばかり吹っ飛ぶ。
止まった先でぴくぴくと痙攣する身体、その頭部はまるで──
「……うっわあ……」
潰れたトマ……いや、うん。ちょっと、言葉で表現するのは自主規制しようかな…。
「ユウ! 大丈──……」
心配そうな顔をして駆け寄って来たギルド長たちが、スプラッターな物体を見て呆然と足を止める。まあそうなるよね。
「いやあ、ウォーハンマーってヤバいね」
「ヤバいのはお前の腕力だ」
誤魔化すために呟いたらしっかり突っ込まれた。分かってるよ。流してよそこは、大人なら。
《ユウ、よく反応出来たな》
「ルーンが警告してくれたおかげだよ」
あと、出発の時に『武器は手に持っておけ』って教えてくれたのも大きい。ホルダーに入ってたらどうしても一瞬遅れちゃうもんね。
ちなみにそのホルダー、背負ったままで武器が取り外せるよう、特殊な構造をしている。
日本で売ってた、壁にモップとか箒とかを浮かせた状態で固定できるホルダー。あれみたいなのが2個、斜めに配置されてて、ウォーハンマーを斜めに背負えるようになってる。ベースは厚めの革で、胸と腰あたりにベルトを回して固定する形。
ちなみに体格の良い人向けのホルダーだから、私が装着したらベルトが余りまくって、武具工房の主人がその場でベルト穴開けてサイズも調節してくれた。ありがたや。
慣れると、背負った状態から外しざま、居合いみたいにいきなり攻撃に移れるようになるらしい。格好良いので是非マスターしたいところ。
──さて、とりあえずゴブリン(仮)は片付いたのだが…
「よーし。じゃあ討伐証明部位を回収するぞー」
何だかんだ私に教えてくれるつもりなんだろう。ギルド長が促すが、私はそこに待ったをかけた。
「ギルド長、質問」
「お? 何だ」
「これってホントにゴブリン?」
「あん?」
ギルド長が眉根を寄せ、デールとサイラスが顔を見合わせる。…言葉が足りなかったか。
「図鑑で見たんだけど、ゴブリンって本来、魔法が使えないらしいんだよね」
「あ、ああ。けど、この辺りのは魔法が使える。さっきも言ったろ?」
「うん。だからね…」
私はスプラッターな死体に近付き、足の指の本数を確認した。
本来5本指のハズの足に、6本の指がついている。
「これ、ゴブリンじゃなくて、上位種のアークゴブリンか、デモンズゴブリンじゃないかなって」
『………は?』
体色が黒褐色、かつ足の指が6本となると、その2種しか該当しない。どちらも魔法が使える上位種だ。
ギルド長たちはぽかんとしているので、とりあえず鑑定魔法で見てみるよう促す。
「鑑定っつってもなあ…」
「出来るでしょ?」
「まあ出来るけどよ…」
ブツブツ言いながらスプラッターに手を翳し、数秒後、ギルド長はぴしりと音を立てて固まった。
「何だった? やっぱりアークゴブリン?」
「……いや……」
おや?
ギギギ、と視線を巡らし、見てみろと言うので、みんなでパネルを覗き込む。
「……固有種、ユライトゴブリン…?」
一番大きく書かれている文字をデールが読み上げる。サイラスが眉間にしわを寄せた。
「何だそりゃ。聞いたことないぞ?」
《見た感じ、強さはアークゴブリンとかと同じくらいっぽいな…魔法適性もあるし》
まさかの第三の種族。ひょっとして…
「この国ではこのゴブリンしか出て来ないから、みんなこれが普通のゴブリンだって思い込んでた…とか?」
もしくは、最初はきちんと別種と認識されていたが、略して呼んでいるうちにそれが定着してしまったか。
そして私は、一つの可能性に思い至る。
先程ギルド長は、『この辺りの魔物はみんな魔法を使う』と言っていた。本来魔法が使えないはずのウルフもだ。
「…もしかしてこの辺の魔物って、みんな固有種?」
「いやそんなまさか」
ギルド長は引き攣った顔で否定していたが。
昼食後、それなりに苦労してウルフの群れを殲滅し、鑑定魔法を使ったギルド長は、無言でその場に崩れ落ちた。
──種族名『ユライトウルフ』。
案の定固有種だったそいつらは、ウルフ系最上位種に匹敵する戦闘能力を持っている、と出たらしい。
「…こんなのを『ウルフ』と同じ依頼料で討伐してた俺らの苦労…!!」
「……ドンマイ」