25 ユウさんは稼ぎたい。
この世界に来て1ヶ月が経った。
街の中で完結する依頼が少し落ち着き、シャノンも仕事に慣れてきた。
ということで──
「今日から私も討伐依頼を受けマス」
朝、全員が揃ったところで宣言したら、男性陣がギョッと目を見開いた。
『えっ!?』
「あれ、昨日も言わなかったっけ?」
「…冗談かと…」
冗談でそんなこと言うか。
私が半眼になると、グレナが苦笑する。
「街の中の依頼はシャノンが回せるようになってきたからね。ここらで討伐戦力も増強しときたいだろう?」
「いや、でも姐さんは…戦闘は素人ですよね?」
サイラスの言葉ももっともだ。しかし、
「正直言うと」
「言うと?」
「いい加減仮眠室暮らしを卒業したいので、報酬高めの依頼も受けたい」
私が言った途端、男性陣があっと呻いて沈黙する。
この1ヶ月、私は仮眠室に寝泊まりし続けている。もはやヌシと言っても過言ではない。
それなりに稼いではいるが、服を買い足したり生活必需品を買ったりしているので、なかなかお金が貯まらないのだ。
この街のアパートや借家は、初期費用もしっかりお高い。主産業が湖を目玉にした観光で上流階級向けの別荘なんかもあるので、地価が高くなっているせいもあるんだろう。長期滞在向けの宿屋も同様だ。
なおこのギルド支部自体が弱小なので、提携している地主さんとか宿屋とかも特に無い。冒険者登録するときにエレノアが言ってた『冒険者のメリット』はあくまで一般論で、この街では適用されないのだ。詐欺じゃね?
…まあ仕方ないけどね。
ちなみにギルド長は借家住まい、デールとサイラスはこの街に住む親戚の家の離れを間借りしているそうだ。
つまりこの中で、家が無いのは私だけ。
「さっさとちゃんとした家なり宿なりに落ち着きたい」
据わった目で呟いたら、目を逸らされた。
パン、とグレナが手を叩く。
「この子の度胸はお前たちも知ってるだろ。無駄な心配するんじゃないよ。──ユウ、昨日買ったアレを見せてやりな」
「はい」
グレナは冒険者もギルド職員も引退したはずだったが、つい先日『顧問』という肩書でちゃっかりギルドに復帰した。曰く、面白くなってきたから、らしい。
そんなオババの言葉には逆らえないので、仮眠室に置いてあった『昨日買ったアレ』を持ち出す。出発の時にお披露目するつもりだったけど、ちょっと予定が早くなったな。
「持って来たよ」
それを肩に担いで降りて行ったら、ギルド長たちがあんぐりと口を開けた。
「…ウォ、ウォーハンマー!?」
「うん、そう」
長い柄を備えた巨大なハンマー。別名『戦鎚』。普通はサイラスよりさらにガタイのいい『重戦士』が使う武器である。
私が持っているのはその中でも比較的小型な方らしいが、全長は私の身の丈に近い。
昨日、そろそろ街の外の依頼もやりたいと呟いたら、グレナがこの街唯一の武具工房に連れて行ってくれた。色々試して、一番しっくりきたのがこのウォーハンマーだ。剣と違って刃筋とか気にしなくて良いし、殴る前提なので壊れにくそうなのが良い。
ちなみにお代はグレナ持ちだ。アパートの初期費用も払えないような懐事情で、ホルダー込み金貨50枚なんて大金は出せるわけなかった。ちゃんとした生活が送れるようになったら、お金貯めて一括で返済するんだ…。
「つ、使えるのか…?」
「使えるよ」
疑り深いギルド長たちの前で、軽く武器を振り回してみせる。
ブオン、と空気をかき乱す音に、男性陣が後退った。デカい分、音も派手だからな。
結局私も近接系の武器になっちゃったから、パーティとしてはバランスが悪いままだけど…まあ何とかなるだろ。資料室の記録を読んだ限りだと、この街の周辺、弱い魔物しか出ないみたいだし。何事も経験だ。
「ちなみに防具は?」
「服の下に鎖帷子仕込んである」
ぱっと見いつもと同じ服装だが、そのへんは抜かりない。
なおこの鎖帷子はグレナの家の物置に仕舞い込まれていたものだ。古い知り合いが置いて行ったものだそうで、何と素材はミスリル。
『着られるんだったら持って行きな』と古着と同じノリで渡されたけど…これ絶対目の玉が飛び出るほど高い。だって武具工房にあった『ミスリル混』の剣、鉄製の剣の10倍以上の値段だったもん…。混ぜただけであのお値段なら、全部ミスリル製の鎖帷子なんて普通は手が出せない超高級品だよ…。
(私もう、グレナさんに足向けて寝られない気がする)
内心で呟きつつも胸を張る。貰ったものは有効活用してこそだ。
「…そ、そうか。なら今日は…」
改めて、ギルド長たちが今日対応する依頼を選び始める。
普通の支部なら依頼書は掲示板に貼り出され、冒険者が好きな時間に来てその中からやりたい依頼を選ぶらしいのだが、ここでは毎朝全員集合して依頼の割り振りを決める。人手が足りないので、そうしないと仕事が回らないのだ。
ちなみに最初、街の中の依頼を『全部まとめて片付ける』と言ったらギルド長たちに大層驚かれた。
基本、依頼は受注して処理してギルドに戻って報告して、次のを受注して…と、一つ一つ順番に片付けて行くものだったらしい。
人が多ければ依頼の独占を防ぐためにその方が良いかも知れないが、ここは競争相手も居ない弱小ギルドだ。全員で協力して依頼を片付けているのだから、依頼件数の偏りなど気にしなくて良い。場所が近くて簡単な依頼だったらまとめて処理した方が早く終わると説いたら納得してくれた。
以来、街の中の依頼も外での討伐や採取の依頼も、まとめられるものはまとめて受注して片付けるようになり、ちょっとだけ効率が良くなった。──閑話休題。
「街の中は買い出しが2件、道の掃除が1件、街灯の点検が1件だな。シャノン、行けるか?」
「はい、大丈夫です」
「今日は私がそっちに同行しようかね。ちょいと件数が多いだろ」
「ありがとうございます、グレナ様」
シャノンが少しホッとした顔になった。今までも私と手分けして仕事をすることはあったが、単独行動は初めてなのだ。顧問なので直接協力はしないものの、アドバイスをくれるグレナが一緒に行ってくれるなら心強い。
「で、街の外は…東方面でゴブリン5体、南方面でウルフの群れの討伐だな。午前に東、午後に南にするか」
「またウルフですか…最近多いですね」
「地下の魔素が増えてるらしいからな」
ここで言う『ウルフ』は、動物の『狼』ではなく魔物の『ウルフ』のことだ。
『狼』はごく一部の地域にしか生息しておらず、人や家畜を襲うこともないが、『ウルフ』は魔素から生まれてどこにでも現れ、積極的に人里を襲う。1体1体はそれほど強くないものの、群れで行動し仲間と連携する知恵もあるので厄介らしい。資料室にある魔物図鑑に書いてあった。
ギルド長がこちらを見る。
「…ってことなんだが、ユウ、行けるか」
「うん」
何をそんなに心配してるんだ。
私が内心眉を寄せていると、溜息をついたルーンがぴょんとカウンターに飛び乗った。
《なら、今日は俺もそっちに同行してやるよ。ユウの面倒は任せとけ》
「そ、そうか。よろしく頼む」
ギルド長があからさまにホッとする。
「え、何その態度」
《まあ怒るなって。こいつらな、人の出入りが無いせいで新人育成の方法が分からないんだよ。ほら、ユウは戦闘経験もないだろ? 血を見たら倒れるんじゃねーかとか、要らん心配をしてるわけ》
「なるほど」
そういえば、武具工房の主人も血を見るのは大丈夫かとか何とか言ってたっけ。
しかし彼らは重要なことを忘れている。
「魚は捌いてるし鶏も潰してるしシカとかイノシシの解体も手伝ってるし、なんだったら野郎を素手でぶっ飛ばして鼻の骨と鎖骨折って鼻血噴き出させたりもしてるわけだけど、それでもやっぱり勝手が違うから心配?」
『あっ』
自分でもちょっと驚いたんだけど、鶏とかシメるの、意外と平気だったんだよね。
DV野郎をぶっ飛ばした件については微塵も後悔していない。私の神経は、存外図太いらしい。