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24.5 閑話 新人冒険者の武器


「ヘクター、邪魔するよ」


 カランコロンとドアのベルが鳴り、珍しい客が入って来た。


 ここはこの街唯一の武具工房。と言っても、今は炉に火も入っておらず、ほぼ開店休業状態だ。

 何せ客が居ない。この街の冒険者ギルドに所属する冒険者は2人しかおらず、その2人も武器を頻繁に買い替えるほど金持ちでもない──いや、物持ちが良い。たまに刃欠けの修理や全体のメンテナンスに来ることはあるが。


 こんな状態でよく経営できるなと言われることもある。実は包丁や農具の研ぎや修理も請け負っているので、そっちで収入を得ているのだ。最近では武具工房ではなくただの鍛冶屋だと認識されているのが、少々引っ掛かるところではあるが。


「グレナさん。あんたも包丁の研ぎ依頼かい?」


 入って来たのは、冒険者ギルド小王国支部、前支部長のグレナ。かつては『焦熱の魔女』と呼ばれ恐れられた、火魔法の使い手だ。


 俺がこの工房を継いだ時には既に現役を引退していたし、魔法使いが主に使う『杖』はこの工房では専門外になる。だからてっきり、日用品のメンテナンスに来たのだと思ったのだが──



「…ん?」



 その後ろから入って来た小柄な人影に、俺は眉を寄せた。


 紺色の髪に緑色の目。この辺りでは見ない顔だ。興味深そうに工房内を見渡しているし、間違いなく初めて来る客だろう。


 それにしても、若い女性客、それもグレナが連れて来るというのは…一体どういう繋がりだろうか。


「包丁の研ぎなら自分でやるさ。珍しくちゃんとした客を連れて来てやったってのに、ご挨拶だね」

「ちゃんとした客?」


 グレナの視線に釣られて女性を見遣る。目が合うと、女性は丁寧に頭を下げた。


「初めまして、新人冒険者のユウです」

「ああ…」


 なるほど、冒険者繋がりか。

 だが、冒険者にしては礼儀正しいし妙に落ち着きがある。俺も思わず背筋を伸ばした。


「俺はここの工房主の、ヘクターだ」


 よろしく、と握手を交わして、思ったより手の皮が厚いのに驚く。見た目は普通の、それこそ街の中を呑気に歩いていそうなお嬢さんだが、実は武術の心得でもあるのだろうか。


 グレナがこちらの内心を見透かしたように笑った。


「今日はこの子に合った武器を見繕いに来たんだよ。初心者向きで刃物じゃない武器を紹介しとくれ」

「刃物じゃない武器? 武器の扱いは慣れていないのか」

「刃物は包丁と小さいナイフくらいしか扱ったことないです」


 申告内容が完全に素人のそれだった。いや、包丁を扱ったことがあるだけマシか。


 …フォークより重い物を持ったことがないくせに『大剣を寄越せ』とか言う馬鹿も居るからな…。

 つい先日現れたド素人の男女を思い出し、思わず遠い目をする。


 城の兵士に護衛されて現れた若い男女は、目の前でやたらイチャイチャしながらひとしきり武器を物色し、最終的に『こんな場所に俺に相応しい武器があるわけがないな』『やだダーリン、カッコイイ〜』という訳の分からない会話を繰り広げて帰って行った。

 俺の手元には、口止め料として兵士から渡された銀貨数枚と謎の疲労感だけが残った。


 まあ確かに、ここにはあいつらに相応しい武器は無かった。出せと言われたから出した大剣はまともに持ち上げることも出来ずに、数秒もしないうちに諦めてたからな…。


「刃物以外の武器の扱いは?」


 今回の客は、あの連中よりは話が通じそうだ。

 俺が訊くと、ユウは周囲に視線を巡らせ、あ、と呟いた。


「片手で持てるくらいのハンマーとかなら…釘を打つのに使っただけですけど」

「なるほど」


 ハンマーの経験があるのは珍しい。近親者に大工でも居たんだろうか。


 視線の先にあるのは、俺が愛用している鍛造用のハンマーだ。大工が使うのとはまた違う造りだが、系統は似ている。


「メイスはあるかい?」


 グレナに訊かれ、俺は首を横に振った。


「最近は作ってないな。需要が無いんだよ」


 メイスは打撃系武器の一種、主に戦士が使う武器だ。だが鈍器という特性上、対魔物用の武器としては剣より決定打に欠けると言われ、使い手は極めて稀。


 …そういえばこのばあさん、魔法使いで武器はメイスっつー、かなりぶっ飛んだ装備だったらしいよな…。


 魔法使いや回復術師は、基本的に杖を使う。術の威力を増したり詠唱を補助したりする機能があるからだ。悪路を歩くのにも使えるから、戦士と比べて体力的に劣る彼らが愛用するのも頷ける。

 逆に言えば、体力的に戦士とタメが張れて術の補助機能が要らないなら、武器が杖である必要は無い。


 …にしても、殴りに行く魔法使いってのはなあ…。


「なんだい、この街唯一の武具工房のくせに情けないね」

「弱小工房に過大な要求をせんでくれよ」


 俺は渋面で応じる。


 初心者向けに一通りの武器を揃えておいた方が良いのは分かるが、この街はその『初心者』が現れないのだ。


 小王国はその名の通りとても小さい。首都と言えば聞こえは良いが、この街だけで人口の9割を占める。後は周辺にある4つの村、それがこの国の全てだ。


 この国で冒険者を志す者は皆、隣国の商業都市にある冒険者ギルド支部に行く。乗り合い馬車で1日しか掛からない上、そっちの方が圧倒的に規模が大きいからだ。

 商業都市の方が武具工房も武器屋も多い。だから、冒険者登録する者は武器もそっちで買う。うちのような個人経営の工房など太刀打ち出来ない。


 それはともかく、折角の新規顧客だ。可能な限り対応しよう。


「刃物じゃない方が良いってのは、やっぱり血を見るのが嫌だからか?」


 女性ならそういう者も多いだろう。そう思ったのだが、ユウは首を横に振った。


「いえ、血は平気です。鶏とか魚とか捌いたりもするし」


 お、おう、なるほど。


「剣とかって、扱いにコツが要るというか、我流じゃどうしようもないところあるじゃないですか」


 特定の相手に師事するのは金銭的にも時間的にも厳しいので、直感的に扱ってもそれなりに使える武器が欲しいらしい。

 冒険者には我流で剣を振るう者も多いのだが…結構ちゃんと考えてるんだな。


 しかしその理屈だと、剣以外だったら何でも良いってわけでもない。


「なら、弓と槍も駄目だな」


 弓は言うまでもなく。槍も素人が扱うのは難しい。となると、それこそグレナが言っていたようにメイスなどの鈍器が候補に挙がるが…基本的に戦士用の装備だ。ユウのように小柄な女性にはキツイんじゃないか?


「…ちょっと待ってろ」


 とりあえず、工房の奥から鈍器系統の軽めの武器を出してみる。


 鍛造用のハンマーに近い片手用の鎚、『棍』と呼ばれる金属の棒、どちらかというと歩行補助用の、魔法補助機能の無い杖…武器と呼んで良いのか若干怪しいものも混じっているが、仕方あるまい。


 持ってみろと促すと、ユウは一つ一つ手に取って確かめ始めた。


「シケてるね。もうちょっとマトモなのはないのかい」

「無茶言うな」


 グレナと軽口を叩いていると、一瞬視界の端に妙なものが映った。


「うーん…」


 …あれ、今こいつ、棍を片手で振り回してなかったか?


 ただの棒と言っても、身の丈近くある長い金属だ。重量はそれなり、少なくとも小柄な女性が片手で振り回せるような重さではないはずだが。


 一通り候補を触ったユウは、微妙な顔でこちらを向いた。


「どうだい、ユウ」

「…何かしっくり来ないです」

「だろうね」


 何故かグレナが訳知り顔で頷く。


「ヘクター、もっと重量のある武器はないかい?」

「もっとって…あとは重戦士用のやつくらいしかないぞ」


 それで良いと言うので、再び工房の奥を漁る。サイズ的にも重量的にも無理があると思うんだが…。


 カウンターの前に並べたら、案の定、ユウは目を見開いた。


「大きい…!」

「重戦士用の戦鎚(せんつい)──ウォーハンマーだ。一番軽いのでも30キロ近くあるから、落とさないように気を付けろよ」


 落とす前に、持ち上げられない気もする──そう思ったのだが。


「おお…ずっしり」

「何で片手で持てるんだよ!?」


 それこそ片手用ハンマーくらいの気軽さで、ユウがひょいと戦鎚を持ち上げた。何だこりゃ、さっき俺が持ち出した時は確かに重量物だったのに…目の錯覚か?


「あ、すみません」


 ユウが戦鎚の先端を床に下ろした。ズン、と振動が伝わる。重さは変わってない。

 グレナが喉の奥で笑った。


「そういや、言ってなかったね。ユウは『剛力』のスキル持ちなのさ」


 オイ。



「そういうことは先に言え!」



 思い切り突っ込むが、グレナはニヤニヤと笑うばかり。


 そうだよ。このばーさん、こういう性格だった…。工房を継いだばかりの頃、祝いの品として『ちょっと珍しい金属だよ』とか言ってミスリルのインゴット渡して来たこともあった…なあ…。


 思わず遠い目になりかけ、頭を振って思考を切り替える。


 『剛力』持ちなら話は早い。重戦士用の戦鎚だろうと余裕で持てるだろう。戦鎚にも当然扱いのコツはあるが、持てさえすれば使うのはそれほど難しくない。何せ本質的に『当たれば良い』武器だからな。


「重さと柄の太さと長さで扱いやすさが変わる。振って確かめてみろ」

「分かりました」


 ユウが少し離れ、素直に素振りを始める。


 上から下、下から上、左右に横殴り、振りかぶって斜めに振り下ろし──いや、もう、普通の使い方じゃないし風切り音だけで魔物が逃げて行きそうな迫力があるんだが。重戦士でも振り上げはやらんぞ、力のロスが大きすぎて。


「どうだい?」


 一番軽い戦鎚をひとしきり振り回したユウにグレナが声を掛ける。

 ユウはケロリとした顔で答えた。


「もっと重くても良いかも」

「待て待て待て、早まるな!」

「何だいヘクター、うるさいね」

「いや普通止めるだろ! これ以上の重量になると柄の長さが身長を超えるぞ!」

「あ、そっか」


 元々大柄な戦士向けの武器なのだ。今ユウが持っているのは小型な方で、それでもユウの身の丈近い。これ以上長い武器は持ち運びに苦労する。それに、


「ちょっと軽いな、くらいで止めとけ。魔物と連戦する時に疲労が蓄積してるとヤバい」

「なるほど」


 ユウは存外素直だった。


「じゃあこれで」

「まあ待て。後は握りの調整をしてやる。太さは問題ないか?」

「多分…?」


 首を傾げるので、改めて手を見せてもらう。…身長のわりに手がでかいな。これなら確かに、今の太さでも問題なさそうだ。


「じゃあこのまま、滑り止めの薄い革を巻くぞ。金属剥き出しだと取り回しがし辛いからな」


 先程の動きを見る限り、そんな心配はなさそうだが…用心に用心を重ねるのが冒険者の鉄則だ。

 好みの革を選んでもらい、振るう時に握る位置を確認して、それより少し広い範囲に革を巻く。


 もう一度素振りして、感触を確認……速度が1段階上がったなあ…。


「これ良い! すごく振りやすくなった!」


 …そりゃあ何よりだ。


 その後グレナとユウ、どちらが支払いをするかで揉めていたが──お互い自分が払うって言い張るケースは初めて見た──ホルダー込みの値段を伝えたらユウがスン…と静かになった。


 そりゃあな。全部で金貨50枚とか、新人に払える値段じゃないよな。戦鎚はデカい分、値が張るんだよ。


「…お金貯めて後でちゃんと返します…」

「期待せずに待ってるよ」


 支払いを終えて意地の悪い笑みを浮かべるグレナが、何だかとても楽しそうだ。




 扉が閉まると、俺は思わず笑みを浮かべた。


 久し振りに武器が売れた──それもある。だがそれ以上に、戦鎚を軽々と振り回すあの新人冒険者がこれからどんな活躍を見せるのか、それが楽しみでならなかった。






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