24 仲間が増えました
「次から次へと、お前らは…」
ノエルとシャノンをギルドに連れて帰ったら、丁度外から帰って来たギルド長たちと出くわした。
まだ何も説明していないのだが、私が背負った大きなリュックと、パンパンに膨らんだバッグを抱えるノエルとシャノン、平然としているグレナとルーンという取り合わせに色々と察したらしい。深々と溜息をつかれる。
私たちに呆れる前に、例によって血みどろ埃まみれの己の姿を省みたらどうだ。
「ルーン、丸洗いスタンバイ」
《イエス、マム》
「え、ちょっ」
ルーンが尻尾をピンと立てると、ギルド長が狼狽え、その後ろのデールとサイラスは悟った顔で目を閉じる。
「今日はそんなに汚れてないだろ!?」
「威力:強でGO」
《洗浄!》
「ごぼぼぼぼぼっ…!」
もはや定番の光景だ。魔物の討伐は形振り構っていられないものだろうし、全員近接戦闘系だから仕方ない部分もあるんだろうけど…もう少しスマートに仕事出来ないもんかな。
「…わあ…」
あ、ノエルとシャノンがドン引きしてる。
ギルド長たちが綺麗になった後、全員で受付カウンターの前に集まって、改めて事情を説明する。
ノエルをギルド職員に、シャノンを冒険者見習いに、と言ったら、ギルド長はあっさりと首を縦に振った。
「ああ、もちろん良いぞ」
「えっ!?」
ノエルが驚いている。
「そ、その…私、仕事自体したことがないのですが…良いんですか?」
「最初は誰だって未経験だろう? それに、料理とか掃除は出来るんだよな?」
「は、はい…でも、家事の範囲内で…」
「それだって立派な仕事だろ。大掃除で必須依頼を出させて、昼食と夕食を作るって依頼で荒稼ぎしてる奴も居るくらいだしな」
恨みがましい目でこっちを見るな。
「料理の依頼で依頼料がかさむのは、ギルド長たちが醤油とか味噌とか使うメニューばっかりリクエストするからでしょ。どんなメニューだろうと、私の懐に入る金額は一定なんだから」
現状、主に材料費が原因で食事作りの依頼料はバカ高くなっている。まあ自業自得だけどね…みんな滅茶苦茶食べるし…。
多分その辺のルールを根本的に変えるか、メニューを見直さないと、ギルド長たちは遠からず食費で破産する。
その意味でも、こっちの世界の『普通の』食事が作れるノエルの参戦は大変ありがたいのだ。
まさか家事の経験がそのまま仕事として評価されるとは思わなかったのだろう。説明を受けたノエルは目をしばたいて、数秒後、嬉しそうに微笑んだ。
「…分かりました。不慣れでご迷惑をお掛けすることもあると思いますが…娘共々、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
こうして、弱小ギルド支部に新しい仲間が加わった。
ノエルとシャノンは3日ほど仮眠室に寝泊まりしていたが、書類手続きで無事にキースとの離婚が成立すると、エレノアと同じギルドの寮に入居した。
エレノアはノエルに『先輩』と呼ばれて盛大に狼狽え、『私の方が年下ですし敬語はナシで! むしろ『ノエル先輩』って呼ばせてください!』と叫んでいた。なお呼び名は結局『ノエルさん』『エレノアちゃん』になった模様。平和で何よりだ。
そんなエレノアは、ノエルとシャノンに触発されて自室の片付けを始めた。ノエルたちの部屋に招待された際、すっきり片付いているのを見て衝撃を受けたらしい。『お2人を招待できる部屋を目指します!』と、ルーンの助言を受けつつ奮闘している。
ルーンはそっと遠い目をしていたが。
ノエルは、ギルド職員としてメキメキと成長している。
元々頭の回転が速い人で、しかも主婦だ。複数のことを並行して片付けるのは当たり前、作業に慣れるのも早い。書類仕事はエレノアに教わりながら少しずつ学んでいる最中だが、その他がすごかった。
彼女が掃除を担うようになって、ギルドの清潔感は一段階上がった。『不快な臭いがしない』ではなく、『何かすっきりした良い匂いがする』レベルに達している。食器棚の中や備品庫など、とりあえず物を詰め込んだだけの場所もきちんと分かりやすく整理され、格段に使い勝手が良くなった。
ちなみに昼食・夕食作りは現在、私とノエルが交替で行っている。ノエルは毎日でも大丈夫だと言ってくれたのだが、それだとノエルの負担になるので、ノエルが4日作ったら私が1日作る、という割り振りにした。
私の方が頻度が低いのはコストの兼ね合いがあるからだ。私が『依頼』として受けると制度上どうしてもギルドの中間マージンが発生するため、依頼者側の負担が重くなる。ノエルなら業務の一環として対応できるので、実質、食べる側の負担は材料費と水道光熱費プラスアルファくらいで済むのだ。
ノエルには味噌や醤油などの東方由来の調味料を使ったメニューもいくつか教えたから、男性陣が好きな『照り焼き』や『肉丼』も作れる。というか、基本のメニューを教えたらどんどん応用開発し始めて、最早レパートリーは私より多い。…本職の主婦の底力よ…。
シャノンの方は、冒険者見習いとして私やルーンと一緒に街の中で完結する依頼をこなしている。
新米と見習いという組み合わせで良いのかって話だが、デールとサイラスは魔物の討伐に掛かりっきりだし、何よりシャノンの前でキョドるのでダメだった。
…あれだけ顔が良いのに、異性に免疫なさすぎでしょ…。
なお、初めて会った時に何で私の前ではキョドらなかったのか、という点については考えないことにしている。
で。
「おっ、ユウにシャノン! 今日も仕事か?」
「テッドさん! おはようございます」
「おはようございます」
食料品店の店主に声を掛けられ、私たちは足を止めた。
今日は足の悪いマダムから買い出しを依頼されたので、商店街に来ている。
ついでに、そのご近所さんから商店街に住む親戚への届け物、買い出しが終わったら住宅街の側溝掃除と、街灯に使われている魔石ランプの点検。
大部分はノエルとシャノンの知り合いからの依頼だ。2人が冒険者ギルドに入ったことが知れ渡り、応援目的で自分でも出来るような仕事をわざわざこちらに回してくれる人が多いらしい。
一つ一つは小さな案件だが、順番を考えてまとめて片付けて行くと、私とシャノンで報酬を山分けしても結構な収入になる。ありがたいことだ。
「今日はステラさんから買い出しを頼まれたんです」
「そうか! ウチの店で買えるような物はあるか?」
「ええと…」
シャノンが品物のメモを読み上げるのを、店主のテッドがにこにこと聞いている。
シャノンは当初、自分が足を引っ張るのではないかと私とペアを組むのを躊躇していたが、とんでもない。街に知り合いが多く礼儀正しい彼女は、街の大人たちに大人気だ。一度会っただけの相手の名前もちゃんと覚えているし、対人スキルがびっくりするほど高い。
…私、他人の名前覚えるの苦手なんだよね…。
「小麦粉と醤油以外の食品はウチにあるな。用意しといてやるから、他の買い物を済ませたら取りに来い」
「ありがとうございます! じゃあお値段は──」
こういう時、私は荷物持ちに徹する。何とシャノン、値切り交渉まで出来てしまうのだ。ノエルの見様見真似らしいけど…あのおっとり美人が値切る場面の方が想像出来ない…。
ひとしきり話し合った後、シャノンとテッドは固く握手を交わした。
「交渉成立だな」
「はい!」
妥結して何よりである。
その後いくつかの店を回り、消耗品や高級食材を買い込む。
東方の品を扱う店で醤油も買ったが、ギルドで使ってるのの2倍のお値段のやつだった。くそう、ステラさん金持ちだな! クッキー焼いてそうな名前なのに──いや実際、この街じゃ小麦粉とバターをふんだんに使うクッキーは超高級品ですけども!
小麦粉は富裕層向けの店にしか置いてないし、単価がバカ高い。主食にこんな値段つけるなよって突っ込みたくなるレベルだ。お好み焼きとか作りたかったんだけどね…かくなる上は、米粉を自作するしかないかって最近思ってる。
「ユウさん、重くありませんか?」
思考を明後日の方向に飛ばしていたら、シャノンが顔を覗き込んで来た。私はすぐに笑顔で応じる。
「これくらいなら大丈夫だよ。シャノンは買い忘れがないか、チェックよろしく」
「もちろんです!」
シャノンの快活な笑顔に、私は心から思った。
──DV野郎が向こう20年くらい、禁固刑に処されますように。
…ちなみに。
ノエルとシャノンが訴えたキースの罪状は、身内への暴力と家屋の損壊のみだったため、禁錮半年で済むはずだったのだが──
親しくなった看守と飲酒 → 大暴れして刑期加算 → 懲りずに看守と飲酒…と繰り返した結果、本当に暫く牢屋から出て来られなくなった。
…いや、何やってんだよ看守。グッジョブだけども。