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21 小遣い稼ぎ終了のお知らせ

 デールとサイラスとギルド長が魔物の討伐依頼で丸1日街の外に出る時は、昼食用にお弁当を持たせることになった。『昼食も食べたいから帰って来る!』と主張するギルド長たちに対し、『仕事しな阿呆ども!』とグレナが一喝した結果である。胃袋掴まれすぎだろ男性陣。


 …弁当作って送り出して片付けしてゴミ出ししてご近所さんとお話しして、って、完全に主婦の行動だよね…いや主婦だけども私は。

 何か『冒険者』としてそれで報酬貰えるって、嬉しいけどフクザツ…。今まで無料でやってきたことって何だったんだろうなって思っちゃうよ。


 まあでもそのお陰で、それなりにお金も貯まってきた。もう少し懐に余裕が出来たら、新品の服とかも買えそうだ。


 あと、住まいね…あれからかれこれ10日以上、ギルドの仮眠室に泊まってるんだけど、いい加減ちゃんと探した方が良い気がする。仮眠室は仮眠室だし、私物が増えたら置き場所も無いし。


 ただねえ…何だかんだ便利なんだわ、あの場所。

 職場まで徒歩30秒ってなかなか無いよね。夜に読む暇つぶし用の本も充実してるし。


 …そういう問題じゃない?


「おっユウ、今日もゴミ捨てか?」


 物思いに耽りながら歩いていたら、近所の店のおやっさんに声を掛けられた。


「毎度どーも。ゴミ出しの依頼ならギルドまでどーぞ」


 その手に不燃ゴミが握られているのを見て釘をさしたら、途端におやっさんが苦笑いした。


「何だよツレねーな。良いじゃねぇかちょっとくらい」

「ダメ。こっちも生活掛かってんだから」


 渋面を作って応じる。依頼だからやっているのであって、無料でやる義理はないのだ。


 最近、ちょいちょいこういうことがある。酒ビン1本とか、家で溜めておいてまとめてギルドに依頼すれば良いのに、どういうわけかゴミ運搬中の私に直接声を掛けて来るのだ。


 …童顔だし背も低いから、押せば何とかなると思われてる?

 由々しき事態だ。


 とりあえず、


「酒のビンなら販売店に持って行けば小貨と交換してくれるでしょ。自分でやれ」

「ちぇっ、うちの家内と同じこと言いやがって」


 奥さんに言われてるなら尚更やるなよ。


「変なこと言ってるとおかみさんに言いつけるよ」

「ゲッ、やめろ、晩酌がなくなる!」

「なくなってしまえ」


 ハハンと笑って通り過ぎる。


 まあ言いつける気も機会も無いけどね。戦々恐々としてれば少しは大人しくなるだろ。


 両手に抱えた不燃ゴミは今日も満員御礼、しかもこれからさらに増える。予約だけで一杯一杯なのだ。


「ノエルさん、おはよう。不燃ごみの回収に来たよー」


 裏通りの民家の前で声を掛けると、すぐに扉が開いて笑顔の女性が顔を出した。


「待ってたわ、ユウ。おはよう」


 不燃ゴミは重いことが多いので、大量にある場合は依頼者の要望に応じて家まで回収に行くこともある。ゴミ出しから派生したサービスだ。依頼料はちょっとだけ上乗せになるが、案外希望者が多かった。


 ちなみにこのおっとりとした笑顔が素敵な奥様、依頼は3回目だ。1回目と2回目もこの家まで回収に来たが、その時のゴミは大量の割れたお皿や植木鉢だった。

 さて、今回は──


「…また派手に出ましたねぇ…」


 思わず呟く私の横で、ノエルが困ったように微笑む。


 今回もまた、割れた皿。あとガラス。見れば、リビングのそこそこ大きい窓が窓じゃなくなってる。

 今朝、出来れば急ぎでと依頼を出して来たから、多分割れたのは昨日の夜だ。


「大丈夫ですか? 怪我とかしませんでした?」

「ええ、私は大丈夫…」


 問い掛けると目が泳いだ。左手で覆われている右手に、ちらりと白っぽい布が巻かれているのが見える。


 グレナ情報によるとノエルの旦那さんは結構な酒乱で、しかも物理的に暴れるタイプらしい。

 酔いが醒めると何も覚えていないし、普段はとても優しくて真面目な人だから…と、ノエルは酒を飲んで暴れる旦那にじっと耐え、甲斐甲斐しく世話しているのだそうだ。


 『暴れるって自分で分かってて飲む阿呆は捨てて良いと思うんだがね』とはグレナの言である。私も全面的に賛成だ。むしろ自制が利かないただの馬鹿は2、3発殴って不燃ゴミに出して良いと思う。

 私、成人男性一人くらいだったら余裕で運べるよ?


 しかしそれを言っても、ノエルは首を縦には振らない。むしろ自分が支えなければとますます献身的になる。多分それ、どつぼにハマるってやつだと思うけど。

 ノエルには子どもも居る。14歳の女の子だそうだ。経済的に旦那に依存しているから、離婚するのも難しいんだろう。世界が違っても、そういうところは共通してるんだよな…。


「他に何かあります? ゴミに出したいやつ」


 お宅の旦那とか…とは口には出せないが。


「そうね…」


 ノエルは少し考える素振りをして、あ、と呟いた。


「ゴミではないんだけど…去年仕込んだあんずシロップがあるの。うちじゃ余らせちゃうから、持って行って使ってもらえないかしら?」


 それはゴミ出しではなくおすそ分けというやつでは。

 しかし甘味が貰えるのは有難い。デザート系にも使えるし飲み物にも使える。…そういやこっちでデザートは作ったことなかったな。


「良いんですか? ありがとうございます! じゃあ、帰りに取りに伺いますね」

「ええ」


 私がぱあっと顔を輝かせて礼を述べると、ノエルもふふっと笑って頷いた。

 …いやホントこの人可愛いな。私より5歳以上年上とは思えないんだけど。


 こんな素敵な奥さんを前に暴れる馬鹿野郎は、自分で割ったガラスで足の裏でもざっくり切ってるといいよ。




 …で。


 その後別ルートでゴミを回収してくれていたルーンと合流し、不燃ゴミ廃棄場でゴミをぶん投げていたら、何か柵の向こうから騎士団長──アレクシスがやって来た。


 髪と目の色が変わってて、服装もこっちの平民と似たような感じになってるせいか、私が例の『主婦』だとは気付いていないっぽい。意外と目が節穴だな。

 私がゴミを直接投棄すると賄賂が貰えないから、何とかしようと兵士が呼んで来たみたいなんだけど…これちゃんと正直に事情を話してないな。私が『賄賂』って口にしてざっくり説明したら、何か雰囲気変わったし。


 アレクシスが睨み付けて説明を求めても、兵士たちは目を逸らして気まずそうにもじもじするばかり。アレクシスの顔に怒気が滲んだ直後、私の背後から声がした。


「──なら、私が説明しようじゃないか」


 振り返ると、グレナがニヤリと笑いながら近付いて来るところだった。アレクシスが顔色を変える。



「…『焦熱の魔女』…!」



 え、『焦熱の魔女』ってグレナさんのこと? ヤダ似合う。呪文一発でそこらへん焼き払ってそう。

 グレナはすたすたと柵に歩み寄り、アレクシスに紙の束を突きつけた。


「私が聞き取った、ここ最近のゴミ出しに関する証言だ。いつ、誰が、何をどのくらい出していくら払ったかの一覧だよ」


 調べてたのってこれか。流石は前ギルド長、仕事が出来る。


 アレクシスは気圧されたように紙の束を受け取り、読み始めて──みるみるうちに眉間にしわが寄って行った。



「…何だ、この金額は」


『!』



 背後の兵士たちがびくっと肩を揺らした。多少なりともヤバいという自覚はあったらしい。あーあ。


 グレナが肩を竦める。


「見ての通りさね。こんなに金取られるなら、冒険者ギルドに多少金払ってでもゴミ出し依頼しようって連中が増えるのは当たり前だろう?」

「先程本人からも聞いたが…彼女は本当に冒険者なのか」

「期待の新人さね。騎士団にスカウトするのはやめとくれよ」


 私の名前を出さずに、グレナが釘を刺してくれる。アレクシスはちらりとこちらを見たが、すぐに頷いた。


「承知した。──後はこちらの問題だな」


 アレクシスの視線を受けた兵士たちが、青くなっていく。一体どれくらい荒稼ぎしたんだろうなこいつら。

 ゴミを大穴に捨てに行くのは面倒だろうし、報酬が欲しいのも分かるけど…やり過ぎたね。残念。



 その後兵士たちには処分が下ったらしく、顔ぶれが半分くらい入れ替わり、賄賂を取ろうとする者も居なくなった。


 代わりに、正式に『ゴミ処理料』なるものが設定された。ギルドに依頼するより直接持ち込んだ方が安いということが明示され、ギルドへのゴミ出し依頼は激減した。チッ。




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