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18 胃袋を掴む甘辛醤油味

 お米を炊く間に、煮上がった肉を加工していく。


 ケットシーたちはどのくらいのサイズが好みか分からないので、少し大き目に切り分ける。細かくしたければ魔法でどうにかするだろう。


 人間用の肉は気持ち厚めにスライス。まあ切るまでもなく、ホロホロになってるんだけど。

 これを炊き上がったご飯に乗せて食べる──嫌いな人は居ないだろう。ふはははは。


 しかしこれだけだと野菜が足りないので、貰い物の玉ねぎの出番だ。くし形に切って、人間用の肉を煮込んでいた鍋に放り込んで加熱。煮汁を煮詰めながら玉ねぎにも火を通す。

 肉を煮ていた時ともまた違う、食欲をそそる甘い香り。匂いだけでご飯がいけそうだ。


 エレノアはギルドの入口に戻り、不燃ごみの依頼受付を再開している。グレナも一緒だ。ちょっと調べたいことがあると言っていた。


 …それにしても、まだ午前中なんだよね。もう建物の丸洗いも終わったみたいだし、すごい進行速度だな。


 やがて、米の炊ける独特の匂いが広がる。加熱を止めて少し蒸らして、ちょっとだけ味見。


「──よし」


 少し硬めの仕上がりだけど、肉体労働の後は食べ応えがある方が良いだろ。


 ギルドの受付まで出て行ったら、細々した物を拭いたり整理したりしていたケットシー一同と人間たちが一斉にこちらを見た。

 目がギラついている。


「紳士淑女の諸君、メシだぞー!」


 言った瞬間、


『メシー!!』

《肉!!》

《やったあ!》


 すごい歓声が上がった。


 キッチンでは狭いので、ケットシーたちに手伝ってもらってホールのテーブルに鍋と皿とマグカップを並べる。

 人間は洗面所で手を洗うように指示した。何かギルド長とエレノアがグレナの後ろで順番争いしてるけど…どっちみち全員手を洗わないと配らないよ?


「ケットシーのみんなはどれくらい食べる?」

《いっぱい!》

「じゃあとりあえず1塊ずつね。あ、最初にキッチン掃除手伝ってくれた茶トラの子と三毛のレディと白長毛の御方はちょっと大きい塊にするから」

《…よく覚えてるな…》

「え、基本でしょ?」


 一度見た子のことは忘れない。ネコ好きの嗜みである。


「ルーンはこの一番大きい塊ね」

《おう、ありがとよ》


 目の前に皿を置いても、みんな食べるのを待ってくれている。可愛いなオイ。


「ホラそこの醜く争う人間ども。順番はどうでも良いからさっさと手を洗って戻って来い」

「ケットシーとの扱いの差!」


 何かギルド長が叫んでるな。私は米をよそうのに忙しいんだが。


 大きめのスプーンで深皿にご飯を盛り、その上に肉を並べ、さらに飴色に染まった玉ねぎを盛る。もう見るからにヤバい。何という危険物。

 ほうじ茶か何かが欲しいところだが、そんな高尚な物は無かった。なのでマグカップの中はただの水だ。今度茶葉を経費で購入してもらおう。


「…そういえば、こっちの世界って『いただきます』で良いの?」


 こっそりルーンに訊いてみたら、


《両手を胸の前で合わせて『いただきます』だ。歴代の勇者の影響だな》


 …今『歴代の』って言った?

 いやいや、今はご飯に集中しなければ。


「では」


 全員にご飯と水が行き渡ったのを確認して両手を合わせると、人間だけでなくケットシーたちまで後ろ足で立ち上がって前脚の肉球を合わせた。


 ぐふっ。鼻血出そう。



《『いただきます!』》



 煩悩に気を取られている間に声が揃った。


 皆が一斉に皿の中身を口に入れ──静まり返る。

 …あれ、口に合わなかったか──って泣いてる…!?


 ギルド長は口だけもぐもぐ動いて表情が固まってるし、デールとサイラスは何か滂沱の涙を流しながら食べてる。平和に食べているのはものすごい笑顔のエレノアとにやりと口角を上げているグレナだけだ。

 なおケットシーたちは皿の中の肉を食べるのに夢中で、全く周囲を見ていない。


 一歩遅れて、私も豚──違う、イノシシ丼を口にする。


 じゅわっと溢れる煮汁と甘さのある脂、玉ねぎの甘さに噛み応えのある分づき米──うん、ほんのり残った酸味が良い仕事してる。想像していたような野生動物の肉の臭みは感じない。むしろ、引き締まって脂身の少ない肉質がたまらん。

 これに温玉でもトッピングしたら最強じゃないだろうか。


「これは美味いね。味付けは醤油かい?」

「醤油と砂糖と塩、あと多分…赤ワインビネガーです」

「多分って何だい」

「ワインみたいなビンに入ってたんですけど、ギルド長が試飲したらワインじゃなかったらしいので」

「お前あれ使ったのか!?」


 ギルド長が我に返った。ギョッとした顔をしているが、とりあえず頬についた米粒を回収しろ。


「そんな味全然しないぞ?」

「ビネガーの酸味は加熱するとまろやかになるんですよ」


 そして甘さと爽やかさとフルーティーな香りが残る。赤ワイン煮込みとかも美味しいけど、私は酸味がちょっとだけ残るビネガーの方が好き。…うん、美味しい。


 もっきゅもっきゅと食べていると、エレノアが溜息をついて皿を見下ろした。


「…こんなに美味しい料理、初めて食べました…」


 初めては言い過ぎじゃないだろうかと思ったが、目がマジだ。食文化に関しては国地域や種族なんかで違いもあるだろうから、この辺では食べられない味なのかも知れない。


「砂糖醤油の味付けはよくあるが、そこにワインビネガーってのは新しいね」

「ワインビネガーは無くても、米酢とか使ったりしません?」

「いや、そういうのは聞かないね…。そもそも醤油が高級品だ」

「あっ」


 そうでした。


 どれくらい高級なのか訊いてみたら、小瓶1本で金貨1枚分くらいだった。

 どうしよう、この丼まさかの超高級料理だよ。あの醤油結構大きめのビンに入ってたけど、もう2割くらい使っちゃったよ。


「…ギルドの経費で醤油を」


 ぼそり、エレノアが呟く。途端、デールとサイラスもビシッと挙手した。


『賛成!!』


 口いっぱいに肉を頬張って感涙しながら挙手するのやめなさい。

 というか、醤油だけあっても困るでしょ。砂糖と塩と香辛料類も欲しいし、何より野菜が足りない。大体、ギルドに食材があったって、誰が料理作るんだ? ──…え、私?


《…美味かったー!!》


 ルーンの念話が響いた。

 見れば、ケットシーの面々の半分くらいは既に自分の分を食べ尽くしていた。空になった皿を熱心に舐め回している子も居る。どうやら、気に入ってくれたらしい。


《脂の甘みがたまりませんね!》

《こんなに柔らかいイノシシ肉初めて…》

《良いものを食べた》

《おかわり無いのー?》

「あるよ。食べたい?」

《食べたい!》

《俺も!》

《オイラも!》


 声を掛けたらすごい勢いで食いついた。待って、まだ食べ切ってない子もおかわり要求してるんだけど。


《これ、うちの子に持って帰りたいです。ダメでしょうか?》


 三毛のケットシーがおずおずと訊いて来た。私は即座に頷く。


「良いよ、持って行って。ちょっと小さめに切ろうか?」

《ありがとうございます!》


 ぱあっと顔を輝かせるのがとても可愛い。



 …そんな感じでケットシーと絡んでいる間に、ギルドの面々の間では、私に対して『ギルド関係者への昼食・夕食提供』なる依頼を継続して出すことが決まったらしい。


 材料費と光熱費はギルド持ち。調理にはギルドのキッチンを使用、調理器具などは必要に応じてギルド側が用意。自分の分も作って食べて良し。報酬には手間賃を加算。


 私にはとてもオイシイ依頼だが…そこまでして食べたいか、私の手料理。定食屋とか屋台とか、もっと安いところあるんじゃないの?


「言っただろ? 他人の作ってくれた料理には、それだけの価値があるんだよ」


 グレナだけは、訳知り顔で笑っていた。





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