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13 助っ人のご相談


 翌朝。


 宿を引き払ってギルドに出向き、私はルーンとギルド長に昨日の思い付きを相談してみた。


「…というわけで、街のケットシーのみなさんにお手伝いをお願いできないかなって」

「なるほど」

《手伝いなあ…》


 ルーンは首を傾げて唸っている。

 やっぱり自分のナワバリに他のケットシーを呼ぶのは抵抗があるんだろうか。よりによって汚部屋の掃除の助っ人要請だし。


《頼んでみるのは良いけど、あいつら、報酬が無いと働かないぜ?》

「あー…」


 そりゃそうだ。私だって『汚部屋の片付け手伝ってよ。タダで』とか親しくもない人間にいきなり頼まれたらその場で断るわ。


 …職場じゃ断れなかったけどね。上司の机の上片付けないと仕事が進まないし、重要書類が行方不明になるから。


 ちなみに上司の机の上で一番取っ散らかっていたのは書類でもゴミでもなく、パソコンのデスクトップ画面である。

 共有のクラウド的な所にデータ保存して、個人のパソコンにはデータを置いとくなって言われてるのに、何も考えないでデスクトップ画面にデータを保存しまくり、画面が常にアイコンで埋め尽くされていた。


 なおその後パソコン本体にコーンスープをこぼし、あわやパソコンのデータが全部消えるという危機に見舞われていた。ある種のお約束だ。

 …そっち系の専門業者に依頼して、ギリギリ3日前の自動バックアップデータまではサルベージ出来たけどね。会社に滅茶苦茶怒られて、データのサルベージ料は自腹で払ったらしいけどね。


 ちなみに一瞬反省はしたらしいが、1ヶ月もするとデスクトップ画面は元の状態に戻っていた。代わりに、『これなら液体が掛かっても大丈夫だろ!』とパソコン本体にカバーが導入されていた。違うそうじゃねェ。


 ──ごほん。


(ケットシーへの報酬ね…)


 お金じゃ喜ばないだろう。ブラッシング…はブラシが無いし。

 ならば。


「イノシシ肉のやわらか煮、とかどう?」

《イノシシ肉》


 ルーンの耳がぴくっと動いた。おお、良い反応。


「ちなみにケットシーって食べちゃダメな食材はある?」


 ネコはネギ類とかブドウとかカカオ系とか絶対食べちゃダメな物が結構あったけど、ケットシーはどうなんだろう。


《あっちのネコとは違うからな。まああんまり濃い味の物は避けた方が良いが、大体何でも食べられるぜ。毒でも魔法で解毒出来るし》


 それはダメってことじゃないだろうか。

 …とりあえず、ケットシー向けの料理に濃い味付けとか香味野菜たっぷりとか、そういうのはやめよう。


「じゃあ報酬はイノシシ肉のやわらか煮。壁とか床を洗って乾かせるケットシー募集。これでどう?」

《それなら物好きは来るだろうな》

「おい待て、そのイノシシ肉はどこから出すんだ?」

「そこの保冷庫にあるやつを私が調理する」

「それ昨日オレたちが獲って来たやつだぞ!?」

「売っ払わないってことは元々自分たちで食べるつもりだったんでしょ? ちょっとくらいケットシーたちに渡しても良いじゃない」


 そもそもケットシーに手伝ってもらうのは、ギルド長たちが散らかしまくったこの支部の大掃除である。言わば尻拭いである。


「専門業者に頼むよりよっぽど安上がりだと思うけど」


 早く片付けたいでしょ?と圧を掛けてみる。

 …早く片付けないのは私が今日ここに泊まりたいから、というのは秘密である。多少なりとも楽が出来るならそれに越したことはないはずだ。

 何より、ケットシーが集まって魔法を使うたまらん光景を見た──いや何でもない。


「…わ、分かった」


 ギルド長は渋々頷いた。

 一応、フォローしておく。


「ついでに人間用のお昼ごはんも作るから」

「何っ!? 本当か!?」


 ギルド長の目が輝き──何故かとても不思議そうな顔になる。


「何、その目は」

「…いや、お前料理出来るんだな」

「……私を何だと思ってんの」


 我、主婦ぞ。





 その後全員集まったところで、今日の予定を話し合う。


《まずゴミ捨てだな。可燃物はデールが燃やせるだろ?》

「おう、任せとけ!」


 この支部所属の冒険者2人のうちの1人、灰色の髪に鉄鈍色の目のデールは火魔法を主に使う魔法剣士だそうだ。

 ちなみにもう1人の、プラチナブロンドに碧眼のサイラスは大剣使い。

 ギルド長のカルヴィンは元冒険者で魔法剣士。主に氷魔法を使うらしい。


 …というか、


(…この3人、何でこんなに顔面偏差値高いのにあんな汚ェ格好してたんだろ…)


 デールは実直そうな顔立ちで、多分髪を短めに刈り込んだら爽やかスポーツマン系のイケメンになる。

 サイラスは彫りの深いベビーフェイスだ。大剣使いでかなり体格が良いが、そのギャップが良いというご婦人方は多いのではないだろうか。

 極めつけはギルド長だ。片付けられない筆頭のくせに、乙女ゲームのクール系メインヒーローみたいな黒髪ストレートに紫紺の瞳。切れ長の目は涼しげで、黙って立っていればそこら辺のお嬢さんから貢物が山と届きそうな見た目をしている。中身は残念極まりないけど。


《不燃ゴミは俺が圧縮するから、サイラス、持って行くの手伝ってくれ》

「分かった」

「あ、私もついて行って良い? ゴミ捨ての場所知っておきたい」


 わりと失礼なことを考えていたのを悟られないよう、平静を装って挙手する。


《そうだな。じゃ一緒に行くか》

「うい」

《エレノアとギルド長は裏庭の金属ゴミの中を確認しといてくれ。昨日みたいに必要な物が紛れてるかも知れないからな》

「分かりました」

「おう」


 その『必要な物』は残念ながら昨日私がぶん殴ってゴミの仲間入りをさせてしまったが、他にも似たような物はあるかも知れない。

 しかしすっかりルーンの指示が板についているが…良いのか、それで。


 …良いか。可愛いし。


 ちなみに、街のケットシーたちには既に伝言が回っている。『冒険者ギルド小王国支部の掃除手伝い募集。洗浄・乾燥魔法が使えるケットシー限定、報酬はイノシシ肉のやわらか煮。参加希望者は午前10時までにギルド前集合』という具合だ。

 ルーンは近くを通り掛かったサバトラ柄のケットシーに伝えただけなのだが、現時点で既に、近くの屋根の上とか塀の上とかに何匹かのケットシーの姿が見える。


 恐るべし、ネコネコ──違う、ケットシーネットワーク。


《ようルーン! 面白いことしてるな!》


 不燃物の塊を持って外に出たら、塀の上の茶白のケットシーが軽やかに近付いて来た。ふんふんと鼻をひくつかせ、ゲラゲラと笑う。


《くっせえ! どんだけ溜め込んでたんだよ!》


 サイラスが小さくなっている。流石にケットシーに笑われるのは恥ずかしいらしい。


《スズシロ、冷やかしなら帰れよ》

《いやいやいや、帰らねぇよ? イノシシ肉がタダで食える絶好の機会、逃すわけにはいかねぇって》


 じゅるり、スズシロが涎を垂らす。どうやらイノシシ肉はケットシーに好まれる味らしい。

 まあ肉だしな。肉は正義よな。


 仕事の時間になったら呼べよなー!と言い置いて、スズシロは隣の屋根の上に登って行った。


「…とりあえず、協力者はいっぱい集まりそうだね」

《…そんなに宣伝しなきゃよかった》


 ルーンが半眼で呟いた。


《俺の取り分が減る》



 …ケットシー用の肉は、多めに用意しておこう。





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