12 まずはゴミの分別から。
何はともあれ、その後無事に冒険者登録は済んだ。
登録料の金貨2枚は分割の後払いにしてもらって、現在の所持金は金貨2枚と銀貨5枚。今日も例の高級宿に泊まるのは決まっているので、残りは金貨1枚と銀貨5枚。
とりあえず、無一文になる前に生活の目途を立てなければ。
その第1歩として──
「じゃあ掃除しますか」
腕まくりをして掃除に取り掛かろうとして──他の面々が所在なさげに立ち尽くしているのに気付いた。
「…掃除の依頼、出たよね?」
「出したな」
「受けたよね?」
『受けました』
「じゃあ何で動かないの」
突っ込んだら全員、とても決まり悪そうに目を逸らして行く。
口を開いたのはエレノアだった。
「……その……どう掃除して行けば良いのか分からなくて…」
あっ。
ルーンが呆れ顔でカウンターの上に乗る。
《じゃあまずだな、要る物と要らない物を分けて行くぞー。要る物は部屋の中央に出せ。要らない物はドアの横に積んで行け》
まさかのケットシーの音頭で、ギルド長たちが動き出した。
《ユウは要らない物を可燃と不燃に分けてくれ。分かんないやつは不燃で良い》
「分かった」
ルーンによると、この国の廃棄物処理は可燃と不燃の2種類。
基本、可燃はご近所さん同士で集めて火魔法を使える者が燃やすか、専門業者に依頼して焼却してもらう。灰は土に埋める。
不燃の方は、圧縮して廃棄場に持って行くそうだ。そちらは特殊な設備なので、国が管理しているのだという。
動き始めると、ゴミが積み上がるのも早かった。
「あっ、失くしたと思ってたペン!」
《それもう使えないだろ、捨てろ》
「ビンテージもののワイン…中身が無い!?」
《底抜けてんぞ》
「誰だよここに食べかけのパスタ捨てたの!?」
「パスタか? それ。…って、ウジの蛹の塊じゃねぇか!」
ちょっと耳に入れたくない単語が飛び交っている気がするが、無心でゴミの分別を進めて行く。
なおウジの蛹は潔く可燃に放り込んでおいた。燃えてしまえ。
「この靴は修理したらまだ使える…」
《無理だな。カビてるしへたり過ぎだ。大体、今履いてる靴以上に使うか?》
「…使わないな」
「これは…昔の様式の申請書か。裏面をメモに」
「使えないんで、捨ててくださいギルド長。害虫に食べられてぐずぐずになってます」
「うおっ!?」
「短剣発見……あ、根元がぐらついてんな。壊れたやつか」
「こっちは割れたコップが出て来たぜー」
作業を進めて行くうちに慣れたのか、捨てる捨てないの判断が早くなって行く。
そうこうしているうちに、ごみの分別が終わった。
いつの間にか外は暗くなり始めている。エレノアが備え付けの魔石ランプを灯すと、部屋の3ヶ所に積み上げられた物の山が薄闇に浮かび上がった。すごい迫力だ。
「これで大体終わりか?」
《いや、まだだぜ。なっ?》
ルーンに視線を向けられたので、私は大きく頷く。
「必要判定された物が多すぎるから、ここからさらに捨てるよ」
『ええっ!?』
「で、でも、必要だって思ったからここにあるんですよ!?」
「じゃあこれは?」
必要だという物の山の中から、コップを一つ引っ張り出す。
一見薄汚れただけのコップだが、よく見ると持ち手にひびが入っている。手に持った拍子に割れてもおかしくない。
ギルド長が決まり悪そうに手を挙げた。
「それ、俺のお気に入りのコップなんだよ」
「じゃあ家に持って帰れ。そもそもお気に入りをゴミの山の中に放り出しておくな」
「うっぐう」
コップをギルド長に押し付け、というわけで、と手を叩く。
「物としては使えるけど数が多い物は減らす。個人的に思い入れがある物は家に持って帰る。どうしても判断がつかない物は私に回して。はい、開始!」
そうして『必要な物』の山を再度分別すること小一時間。
山は半分以下になり、不用品の山はその分大きくなった。
判断がつかないと言って私に回された物を全部ゴミ判定したからだけど。
それぞれが持って帰る物はルーンが丸洗いして袋に詰めてくれる。洗浄乾燥といい袋詰めといい、魔法って便利だな。
再分別が終わったら、今日の作業は終了だ。
何だかみんなヘトヘトになっている。一見すると物を移動させただけで、むしろいつもより散らかっているように見えるから仕方ないか。
「じゃあ今日はここまで。明日は朝からゴミ捨てと掃除だからね」
『うへぇい…』
返事なのか抗議の呻き声なのか分からない声が返って来た。
その後、ルーンに全身丸洗いしてもらい、宿に戻った。
夕食を食べながら、そういえば昼食を抜いてしまっていたと気付く。
他の面々はちゃんと夕食を食べているだろうか。食事は活力の源だから、疎かにして良いものではないのだが…何だか適当に済ませている気がする。
(…そういえば、ギルド長たちが今日狩って来たイノシシの肉、ギルドの保冷庫に入ってたよね…)
不幸中の幸いというか、保冷庫──冷蔵庫のような大型の魔法道具はちゃんと稼働していて、イノシシの肉を置ける程度にはスペースもあった。
当然のようにミイラ化した野菜や何だかよく分からない茶褐色の液体なども入っていたが、それは今日廃棄対象として運び出し、中身をざっと拭いてある。
明日はキッチンを優先して片付けて、あの肉を使ってみんなの分の昼食を用意しても良いかも知れない。
──そう、驚くべきことにあの支部、仮眠室やキッチン、洗面所、シャワールームなどもあったのだ。全部腐海に──もとい、ゴミの山に埋もれていたが。
昼食を作るからと言って先にキッチンを片付けて、どさくさに紛れて仮眠室なども優先して片付ければ、明日以降はあそこに泊まれるのではないだろうか。そうすれば宿代が浮く。
…卑怯だって? 承知の上だ。どうせ全部片付けなきゃいけないんだし、優先順位をちょっといじっても昼食でお茶を濁せば問題無い。無いはず。
…問題があるとしたら、あのギルド全体が汚部屋臭に包まれているということだが。
(…ルーンの魔法で洗ってもらうにしても、全部の場所をルーンだけでってのは無理がある…)
美しくソテーされたトリ肉をナイフで切り分けながら考える。
あ、ちなみにこれは普通の、農村で育てられた『鶏の肉』だそうだ。少なくともニワトリは存在していて、家畜として飼育されているらしい。一安心。
──ええと。
ケットシーは魔法に長けた種族だが、魔力自体はあまり多くないらしい。帰り際に私たちを丸洗いする際、ルーンは『今日はこれで打ち止めだからなー』とちょっと疲れた様子で宣言していた。
掃除自体は出来るだけ早く終わらせたいし、ルーンだけに任せるのは現実的ではない。床や壁の低い位置など、届く場所は人力でやるべきだろう。
しかし、あの洗浄力の高さは大変魅力的だ。出来ることなら、全体を洗浄魔法で綺麗にしたい。
「……ん?」
ふと窓の外を見ると、尻尾をピンと立てたネコ──もとい、白いケットシーが、優雅な足取りで通りを歩いていた。
もう夜だが、この宿が面する大通りは魔石ランプの街灯があるのでかなり明るい。魔石ランプの白い灯りに、白い毛並みがキラキラと輝いている。
こちらの視線に気付いたのか、白いケットシーが足を止めた。
綺麗な琥珀色の瞳がこちらを見て──ぱちり、ウインク一つ。
(おぅふ)
ヤバい、可愛い。
何という破壊力。
胸を押さえた私は、同時にとても良いことを思い付いた。
1匹じゃ大変なら──数を増やせば良いんじゃないか?