11 剛力主婦、爆誕
しかし正直、スキルがあるとか言われても実感が湧かない。
パソコンスキルとかそういうのはあるよ? 資格取る暇無かったから証明手段は無いけども。
『剛力』って…どう考えても一介の主婦が持ってるとは思えない。
アレか。パンチングマシーンのやり込み過ぎか。ゲーセンにそんな効能があるとは知らなんだ。
…そういえば昨日まで居た職場でも、重い物運ぶ時に男性じゃなくて私が呼ばれてたような気もするけど…あの会社、内勤の男性はモヤシみたいな青白い顔したひょろ男か階段上がるのも苦労するような肥満体しか居なかったからなー…。
「…剛力ねえ…」
私が自分の拳を見下ろして首を傾げていると、パネルを消したギルド長が呆れた目でこちらを見た。
「自覚無かったのかよ。──ならちょっとこっち来い」
え、なに、何かまた怪しいお誘い?
「疑わしい目でオレを見るな! 丁度良い検証方法があるんだよ!」
ギルド長について歩き出したら、何故か全員ついて来た。
受付が空っぽになるけど良いのか?と一瞬思ったが…この汚部屋に敢えて来る人間も居ないだろうな…泥棒なんか入ったってそもそも分らんだろうし…。
受付カウンター横の廊下を通り過ぎ(なおここもゴミだらけだった)、ギルド長が建てつけの悪い木の扉を苦労して開けると、そこは裏庭らしき場所だった。
そんなに広くない、多分石畳敷きの空間。石と石の隙間から結構立派な雑草が繁茂しているのを見るに、ここも手入れはされてないっぽい。
外縁部なんてススキみたいなでっかい雑草が生い茂ってて、隣との境界がどうなってるのか分からないし。
ギルド長は建物側の一角、金属っぽい物が積み重なっている場所を熱心に漁っている。
「──あった!」
程無く取り出したのは、サビ一つ無い銀色の円柱。太さは成人男性がギリギリ抱えられるくらい、高さは成人男性くらい。底面は平らではなく緩やかな半球状になっていて、側面の一部に、上から下まで木の板が貼られている。
「ミスリル銀製の力量測定器だ。この木の部分を殴ったり蹴ったりすると、こっちに力の数値が表示される」
くるりと反対側を見せてくれる。そちらには、天辺付近に黒板のようなものが貼られていた。
異世界版パンチングマシーン、キックも可。そんな感じか。
引きずりつつも一人で運べているあたり、見た目より軽いらしい。雑草を踏み潰して裏庭の中央に設置すると、ギルド長はドヤ顔でこちらを見た。
「本職の拳闘士の一撃も測定できる最高級の測定器だ。殴ってみろ」
何故だろう、『壊せるもんなら壊してみやがれ』って言われてる気がする。
…どうでも良いけど、ミスリル銀って高級なんじゃないの? しかも最高級の測定器って言った? こんな所で金属ゴミに埋もれてて良いモンじゃないと思うんだけど。
(お説教追加)
心に決めて、測定器の前に立つ。
間合いはパンチングマシーンを殴る時と同じくらい。どこを殴っても良いみたいだから、一番良い記録が出る私の胸より少し下くらいの高さを狙おう。
ちなみにゲーセンでは身長が足りなかったので、勝手に近くに置いてある踏み台を借りて高さを調整していた。閑話休題。
「…本気で行って良いんだよね?」
スッと拳を構えながら、ギルド長に念押ししてみる。
本職の拳闘士でも測れるって言うんだから素人がゲームで鍛えたパンチなんて全然問題無いんだろうけど、今の今までゴミの山に埋まっていた物体である。劣化していないとも限らない。
それで壊れて弁償とか言われたら、私はギルド長にキレる自信がある。
「え? あ、ああ。良いぞ。壊すくらいのつもりでやれ」
言質は取った。
では遠慮なく。
「──」
想像するのはあのアホ面。『誠心誠意お仕えするって言うなら養ってやってもいい』とかいうあのセリフ。
──ふざけんなよド阿呆が。
…良し、チャージ完了。
ぐ、と全身に力を籠め、左足を一歩踏み出す。
重心を右足から左足に、下半身からのひねりを上半身に伝播、右肩の回転から右拳を抉り込むように奴の鳩尾に──撃つべし!
「──ふんっ!」
──ドガン!!
…あ、何かヤバい音がした気がする。
「!?」
一瞬宙に舞って大きく傾いた円柱が、ずざっと地面に着地した後、起き上がりこぼしのような動きで元に戻った。
ぐらんぐらんと揺れる、その側面の木の板が割れて銀色の円筒本体が──大きくひしゃげている。
…あーあ。
「こっ、こっこっこっこ…」
何かギルド長がニワトリみたいになってる。
…そういやこの世界、『ニワトリ』って居るんだろうか。
普通の家畜が居なくて肉は基本野生動物とか魔物肉オンリーだったらちょっと嫌だなあ。
「壊れたあ!?!?」
まあうん、壊れたなあれは。
頭を抱えて絶叫するギルド長の横からエレノアが走り出て、測定器の裏側を見た。あっと声が上がる。
「測定、出来てます!」
「なにっ!?」
ギルド長も走り寄り──ピシッと音を立てて固まった。
私も近付いて見てみると、黒板っぽいものに表示されていたのは──
「OVER KILL──測定不能って意味? これ」
《あー、そうだな》
装置が測定できる範囲を超えたってことだな、とルーンがご丁寧に説明してくれる。
冒険者2人は背後で青くなっていた。やっぱりこれが壊れるって相当なんだろうな。
まあさっきのは今までの中でも断トツで良い感じの一撃だった気がするし。
私の奴への苛立ちはそれほど深かったということか。ふははは。
「どうすんだよこれ! うちには一台しか無いんだぞ!?」
「知らん。壊すつもりでやれって言ったのはそっちでしょ」
「まさか本当に壊すとは思わないだろ普通!」
「鑑定魔法で『取り扱い注意』って出てたのに『普通』が適用されると思ったか」
「うぐっ…」
ギルド長が言葉に詰まる。言ってて自分でもちょっと悲しくなってきた。
これじゃホントに取り扱い注意の危険人物じゃんか。
「あ、あの、ユウさん。手は大丈夫ですか?」
エレノアに言われて気が付いた。そういえば、いつもはゲーセンにある付属のグローブ使ってたけど、今回は素手だった。
必殺の一撃を放った右拳をぐーぱーしてみる。板が割れて金属がひしゃげるくらいの衝撃があったはずなのに、特に怪我は無いし痺れてもいない。
ヒビあかぎれが多くて節くれ立っててあんまり綺麗じゃないのはいつものことなので目を瞑る。
「…うん、全然平気だね」
ルーンが肩に乗って来て、手を覗き込む。
《スキル『剛力』持ちは、無意識のうちに魔力で皮膚とか骨格を保護するって言うからな。そのせいだろ》
何それ便利。
あと、もっふもふが頬に当たって滅茶苦茶気持ち良い。良いぞもっとやれ。
…そういえば、さっきからやたら冒険者2人が静かだけど、どうしたんだろ。
ルーンの腹に思いっ切り頬を押し付けながら振り返ると、2人は青い顔のまま固まっていた。
私と目が合った途端、びくっと肩を揺らして同時に背筋を伸ばす。
そして。
『生意気な口利いて申し訳ありませんでしたぁ!』
お、おう。
ビシッとそろった90度のお辞儀を繰り出したまま、2人は声を揃えた。
『姐さんと呼ばせてください!』
「……………はい?」
『ありがとうございます、姐さん!』
いや待て違う、今のは肯定とか許可を意味する『はい』じゃない。
ユウ、27歳、主婦、スキル『剛力』持ち。
異世界生活2日目にして、舎弟2人ゲット。
………意味が分からん。