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93 みんなの知らない話

「…ええと、つまり…」


 その後場所を受付ホールに移してこちらの状況を説明しつつ、マグダレナと精霊馬の話を聞いたところ、誰も知らないような話がボロボロ出て来た。


「精霊馬──スピリタスは実は『建国の勇者コテツ』の友で、歴代勇者に力を貸すと約束していて? マグダレナ様は初代王の仲間の『魔法使い』その人で、つまり建国当時に例の魔素消費装置を作った張本人?」

《せやな》

「犯人扱いされている気がしないでもないですが、そうですね」


 スピリタスとマグダレナが平然と頷く。


 ちなみに今、スピリタスは本来の半分くらいのサイズになっている。

 元のサイズのまま屋内に入ろうとしたら頭をぶつけ、マグダレナに『邪魔です』と笑顔で言われた後、何か唸ってると思ったら身体がスルスルと縮んだ。精霊馬にとって、身体なんてあってないようなもん、なんだそうだ。


 そんなスピリタスは、今でこそ馬の姿を取っているが、別の姿にもなれるらしい。姿を変え、時には名も変えて、歴代勇者と共に在り続けてきた。


「…話が壮大すぎる…」

《そうか? ダチのお願いやったら聞くやろ》


 遠い目をするギルド長たちに、スピリタスが首を傾げる。多分色々と基準が違う。主に時間スケールとか。


《まあ正直、今回の勇者はハズレっちゅーか、コテツとの約束を無かったことにしたくなる程度にはアレやけどな》


 スピリタスが半眼になった。


「そんなにひどいのか?」

《フッ、聞いて驚け。あの勇者と聖女、毎日毎日ろくに運動もせんと喰っちゃ寝ばっかしとるせいで、体重が1.5倍になっとるんやで! ことあるごとに奴らを乗せてるワイが言うんやから間違いない!》


 そういえばこの精霊馬、噂ではたまに聖女も乗せてるんだっけか。私は見たことないけど。


 半年…いや、スピリタスが初めて奴を乗せたのはもっと後だから、ざっと4ヶ月くらいで1.5倍かあ…。なかなかの肥育っぷりだな。

 私が変なところで感心していると、スピリタスは鼻息荒く続ける。


《ワイに乗せろとか言うわりに乗馬の練習もせんでアレクシスに引っ張ってもらって満足しよるし、乗せるたんびに重くなっとるし、一々上から目線でハラ立つしぃあーもう!》


 並べ立てて段々エキサイトしてくるスピリタスの頭をスパンと叩き、マグダレナが溜息をつく。


「挙句の果てに、制御部分の鍵の持ち去り、ですか。完璧すぎて涙が出ますね」


 とか言うわりに、据わった眼には涙の気配すらない。


 マグダレナは魔素消費装置を開発した後、制御部分を作った『建築の勇者トラジ』にも色々アドバイスしていたらしいから、その努力を無にしかねないあの阿呆に心底腹を立てているんだろう。


 一方、元々馬鹿2人の横暴振りに辟易していたスピリタスは、あの阿呆が制御部分の鍵を『伝説の勇者の剣だ!』と意気揚々と振り回し、周囲もその正体に気付かずにわざとらしい態度で褒め称えているのを見てブチ切れた。

 魔物退治を冒険者ギルドが請け負っているのは知っていたし、ギルド長や私のことも知らないわけではなかったから、隙を見てこちらに助けを求めるためにここへ来たんだそうだ。


 …じゃあ何で中庭で『働きたない!』とか叫んでたんだろうな。本心が漏れた?


「それで…どうしたら良いんでしょう…?」


 シャノンが首を傾げると、マグダレナは軽く頭を振る。


「まずは、例の勇者に鍵を戻してもらう必要があるでしょうね。あの鍵には自動発動型の防衛術が掛かっているので、抜いた人間にしか触れないはずです」

「…あの馬鹿に説明して、やらせなきゃいけないんですね…。…そういやギルド長、国のお偉方は今回の事態をちゃんと理解してるの? あの馬鹿のせいだ、って」


 スピリタスの言い分を聞くに、望み薄だけど。

 案の定、ギルド長が昏い顔で呻いた。


「いや…。そもそも禁足地の中に魔素消費装置なり制御装置なりがあると知ってる人間が居なかった。国王ですら知らないらしい。農村の連中を避難させるのだって、オレらが勝手にやるって体で許可をもぎ取ったくらいだ。デールとサイラスとお前が遭遇した魔物の大量発生も局所的なモンだっただろ? 城の連中は、外の状況が変わったなんて誰も信じちゃいないと思うぞ」


 私が行った南東の村方面だけでなく、南の村の近くでもほぼ同時刻に魔物出現ポイントが集中発生していた。キャロルたちが助けに入ったから何とか対処出来たものの、デールとサイラスもかなり危なかったそうだ。


 でもそれは、この街からは見えない距離で起きた事象。

 よって、城の人間は誰も把握していないし、言ったところで信じない。


「なにそれ…」

「魔物の大群を目の当たりにしなければ実感出来ない、ということですか。──平和ボケにも程がありますね」


 ひやり、場の空気が冷える。


 薄い笑みを浮かべたマグダレナは、テーブルの上で静かに手を組んだ。


「禁足地に何があるのか、王族さえ把握していないのですね? 流石は()()()()()の子孫と言うか…。一度きちんと()()し直さなければいけませんか」


 『教育』が『処刑』と聞こえたのは気のせいだと思いたい。


 でもそうか。『建国の勇者コテツ』と知り合いなら、当然初代王のことも知ってるのか。何かマグダレナの発言に棘があるしスピリタスも深刻な顔で頷いてるし、あんまり良い印象なさそうだけど。


 うわあ、と内心で呻いていると──



「──すまない! こちらに精霊馬は来ていないか!?」



 バン!と扉が開き、入って来たのは騎士団長のアレクシスだった。息を切らして室内を見渡し、サイズの変わったスピリタスに目を見開く。


「…精霊馬、か…?」

《あーあ。もう来よった》


 スピリタスが溜息をつく。


「え、まさか本当にこっそり城から抜け出して来てたのか? あの体格で!?」

《あのザル警備かいくぐるくらい朝飯前やで》


 ザルなのか。じゃあ仕方ないな。

 私が納得していると、アレクシスがぽかんと口を開ける。


「せ、精霊馬が…喋った…?」

「…スピリタス、もしかして城ではずっと黙ってたの?」

《ワイ、この口調やろ? むかーしお偉いさんに馬鹿にされてな、以来喋る相手は選ぶって心に決めたんや》


 そのわりに、ギルドでは滅茶苦茶喋ってるって言うか、叫んでるけど。

 …あ、城外だから別に良いってこと?


 スピリタスはよっこらしょ、と立ち上がり、足取り重くアレクシスに近付く。


《ハイハイ、精霊馬が来ましたよー。で、なんや。ようやく騎士団も異変に気付いて出動か?》


 スピリタスの期待の視線を受けたアレクシスは、訳が分からないという顔をした。



「いや、俺は精霊馬が居なくなったと知らされて、探しに来ただけだが」


『………』



 ギルド長たちの顔から表情が抜け落ちた。多分私も似たような顔になっていると思う。

 …そっかー。そんな感じかあ…。魔物討伐、ギルドに丸投げ状態になってるだけのことはあるわー…。


「…アレクシス、お前なあ…」


 ギルド長が低い声で唸った。


「オレ、全部説明したよな? 魔物の大量発生の恐れがあるっつったよな? 騎士団は国民を守るのが仕事だよな? 周囲の見張りの強化とか、夜警の準備とか、当然やってるよな!?」


 城の連中が誰もその話信じてない時点で無理だと思うよ。

 私がそっと目を細めていると、アレクシスは思い切り首を傾げる。



「…あれは相手をして欲しい()()()()()殿()()の冗談だと、ケネスが──」


「んなわけあるかあ!!」



 ギルド長がアレクシスの胸倉を掴んで絶叫した。


「誰が、そんな性質の悪い、ガキみたいなことするか!! 城に籠りっきりでろくに街の外にも出ない野郎の言葉を信じてんじゃねぇ! 騎士団長なら自分で確認しやがれ!!」


 と、いきなりこちらを指し示す。


「農村の連中を避難させてる時点で、ウチのデールもサイラスもユウもルーンも死に掛けたんだよ! 魔物の種類も数も出現地点も、今までと全っ然違う! 街の中で魔物が湧いてもおかしくねぇんだ! 手前ェらが後生大事に肥え太らせてる『勇者』のせいでな!!」


「ゆ、勇者殿のせい? そんなことは誰も」


 暖簾(のれん)に腕押し、(ぬか)に釘。

 その極めて鈍い反応に、私の頭の中で何かがキレた。


 ギルド長が城で説明したんだろうが。何を聞いてたんだこいつ。


「ギルド長、そいつ一発殴って良い?」

「良いぞ、やれ。オレが責任を持つ」

「ルーン、衝撃吸収(パワー・アブソーブ)スタンバイ」

《任せろ》


 ルーンが立ち上がり、ギルド長がサッと場所を譲ってくれる。呆然としているアレクシスに、私はスタスタと歩み寄り──




「──ちったぁ自分で考えろ!!」


 ドゴォッ!!


「!?」




 ルーンの魔法が掛かったのを確認してから、アレクシスの鳩尾に思い切り拳を叩き込んだ。









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