10 ユウ、27歳、主婦。取り扱い注意。
「──つーわけなんで、鑑定魔法、使ってみても良いか?」
使う前に訊いて来るあたり、どこぞの偉い人よりギルド長の方が常識的だった。
「構わないけど、変な情報が出て来ても驚かないでよ」
偉い人の鑑定魔法の結果には、『主婦』としか表示されていなかった。でも年齢を確認するのに鑑定魔法を使おうとするってことは、やろうと思えばそれ以外の項目も調べられるってことだろう。
召喚された日本人であるところの私の鑑定結果に何が表示されるのか、正直見当がつかない。
「何でそこで脅して来るんだよ」
《まあユウは訳アリだからなあ》
ギルド長が怯み、ルーンが訳知り顔で頷く。
ごほん、と咳払いしたギルド長は、表情を改めてこちらに手を翳した。
「──じゃあやるぞ」
「どうぞ」
ギルド長が何事か呟くと、ウォン、と例の音がして、身体の中を何かが通り抜ける例の感覚があった。
すぐにギルド長の眼前にパネルが表示される。が──
(…ちゃんとこっちの言葉になってる…)
鑑定結果が日本語表記ではなかった。それに1項目だけじゃなくて、色々書いてあるようだ。
「名前はユウ、年齢は………やっぱり27歳、だな…」
「もういい加減疑うのやめたら?」
鑑定結果と人の顔を一々見比べるんじゃありません。
童顔だってことは本人が一番分かってるんだよ。
「スマン。で……──お?」
ギルド長の表情が変わった。
数秒の沈黙を挟み、
「…ユウ」
「なに」
「……お前召喚されたのか」
わあ、秒でバレた。
「そうだけど」
『ええ!?』
私が頷いたら、周囲から驚愕の声が上がった。
「しょうかん? 召喚って…あの召喚ですか!?」
「どの召喚かは知らんけど、いきなり知らない場所に連れて来られたのは間違いないね」
「じゃ、じゃあ、勇者コテツと同じ!?」
「誰それ」
「この国の建国の英雄だよ! 何で知らないんだよ!」
「いや、私この国の人間じゃないし」
この国どころか、この世界の人間ですらない。知らないのは当たり前だ。
…あれ、でも昨日、『勇者コテツ』って単語は聞いた気がする。どこだっけか。
(うーん…?)
《勇者コテツは、こいつの言う通り小王国の建国の英雄だな。この国の名前にも入ってるぞ。『偉大なる開祖セオドリック・オールブライトと勇者コテツを讃える聖地ユライト湖および小ユライト湖のほとりに佇む白き都アルバトリアを首都に持つ始原の約束された繁栄の地に栄える王国』ってな》
「ごめん覚える気が無い」
《だよな。分かる》
ルーンが答えを教えてくれた。ついでに、私の意向にも同意してくれる。
誰だよ、こんな覚えにくい名前考えたの。
あと改めて聞いて思ったけど、略して『小王国』って、略す場所間違ってない?
まあ略して『偉大王国』とか言われても困るけど。呼びたくないけど。
「お前よく覚えてるな…」
《話のネタになるから便利だぜ。実用的じゃないけどな》
国民に『よく覚えてるな』って言われてケットシーにネタ扱いされる国名って相当だと思う。
それはともかく。
「その勇者コテツって人も、召喚された人だったの?」
そういえば、『あっちの世界から召喚されたり落っこちて来たりする奴はそれなりに居る』ってルーンが言ってたっけ。勇者コテツもそのうちの一人なのか。
…コテツって『虎徹』とか『小鉄』とか『虎鉄』とかかな。すっごい古風な日本人っぽい響きだけど。
《そうだって話だぜ。初代国王に召喚されて、協力してこの国を作ったんだと》
「ある日突然無理矢理こっちに連れて来られて『勇者』として祭り上げられて良いように使われていたと。大変だね」
嫌だそんな人生。
「お前何でそう物事を捻じ曲げて解釈するんだよ…」
「立場が違うと見えるものも違うって言うよね」
この国の人たちから見たら勇者コテツは英雄なんだろうけど、同じ召喚された側の立場から見るととんでもない。どう考えても選択の余地のない強制労働だ。周りから『勇者』『勇者』言われてたら嫌とも言えなかっただろうし。
…あれ、何か似たような称号で同じような状況になってる人間が居たような、居なかったような…。
ああでもアレは自分で望んでそうなったみたいだから良いのか。あとは知らん。私はもう他人だ。
「けど、じゃあ、お前も勇者なのか…?」
冒険者の片方が恐る恐る訊いて来たので、私は首を横に振った。
「いや、『主婦』」
「しゅ、主婦?」
「そう」
「……確かに、『主婦』って出てるな…」
だって主婦だもんね。
もう『奴』とは無関係だから、『元主婦』と言えなくもないけど。
「…いや待て。何か備考に変な文章が……」
備考欄、あるんだ。
ギルド長はパネルに顔を近付け、目を眇めて呟いた。
「…スキル『剛力』所持、取り扱い注意…。──『剛力』だあ!?」
取り扱い注意って相当失礼だなオイ。
私が内心で突っ込むのをよそに、ギルド長は何か得体の知れない生き物を見る目でこちらを凝視する。
「マジかよ、嘘だろ、このちんちくりんな見た目でそんな…」
この男、失礼すぎる。
「とりあえずぶん殴って良い?」
「おいバカやめろ、『剛力』持ちがそれは洒落にならねぇ!」
胸の前で手を握り合わせ、バキバキバキっと関節を鳴らしながら訊いたら、ギルド長はものすごい勢いで後退った。
パンチ力にはそれなりに自信がある。『奴』が会社に行かなくなってから、唯一のストレス発散方法が『会社帰りにゲーセンでパンチングマシーンをぶん殴る』だったからだ。
最初は殆ど記録らしい記録は出なかったが、コツを掴んだらあとは早かった。右手部門と左手部門両方でランキングを独占するくらいには良いパンチが繰り出せるようになった。
…まああのゲーセン、昭和かってくらい古い機械ばっかりで、パンチングマシーンのランキングもその機械の中だけだったし、そもそも利用者が私以外居なかったって説もあるけど…。
女性で120キロって結構良い記録だと思うんだよね。多分。
「あ、あの、ギルド長。スキル『剛力』って何ですか?」
エレノアが丁度聞きたかったことを訊いてくれた。
ギルド長はきっちり私から距離を取りながら応じる。
「『剛力』は、文字通り本来の筋力の数倍から数十倍、場合によっちゃ数百倍の力を発揮する能力だ」
書いて字の如くってやつか。
「基本戦闘向き。過去、同じスキルを持ってた冒険者の中には、生きたシーサーペントを素手で陸揚げした猛者も居る」
「えっ!?」
シーサーペント。
よく分からなくて首を傾げていたら、ルーンが説明してくれた。
シーサーペントは、最大体長50メートル以上になる巨大な蛇型の魔物。海に潜み、近くを通り掛かった船を沈めるとても迷惑な輩。
…それを、素手で陸揚げしたって?
怖っ。
「…言っとくが、お前のスキルのことだからな、お前の」
「私はシーサーペントを陸揚げした事は無いので分かりマセン」