第六夜 とろとろ絶品!みたらし団子
「あっ、いけない!下にお客さんが待ってるんだった!!」
下で仕事が残っていることを思い出し、慌てた様子で鍋と薬を片付ていくサクラ。
「?誰かいらしてるのですか??」
「うん。常連さんのお客さんでねぇ~」
片付けた薬と鍋をお盆に乗せ、急いで襖を開けるサクラ。
「ごめんなさい、アクアさん。すぐにまた戻ってきますねぇ~!」
「あっ!?ちょっ…!まっ」
パッタン…。
一方的にアクアに言い残し、襖を閉じてサクラは階段を降り、下にいるという客のところに行ってしまった。
(まだ聞きたいことが色々と残ってたんですが……)
いきなり部屋に一人残されてたアクアは戸惑いはしたがそれよりも部屋の中にある見たこともない物
や書物に心を奪われていた。
布団から出ると先程から目に入っていって気になっていた前に立ち、使い古した灰汁色の木製の本棚にそっと手を触れる。そこに並んでいる一杯の本は一つ一つ表紙がなんとも言えない美しい色を放っており、つい気がつくと手が伸びてしまっていた。
勝手に閲覧するのはよくないと分かっていたが見たこともない本を目にしてしまってはアクアの知的好奇心がうずうずと疼き、止められなかった。
最初に手に取ったのは他の本より比べて少しサイズが小さく、幾つか隣に同じ形の文字が書かれた本が数冊並んでいた。
(絵とここの地域の文字なのか……?ここまで繊細な風景と人物画を描ける器用な画家がいるとは……。この文字が読めないが残念だが、ある一定の人間の男女らしきものが頻繁に書かれているということはもしかするとこの書物は、人間同士ついての『恋』というものを題材としたものか)
アクアは人間のこともある程度の知識は得ていたがあくまで任務で必要だったことだからだ。人間の生態、人口、暮し、繁殖の仕方など知識として頭に入れていた。
だが、所詮これらは本の世界の見た情報にしか過ぎなかった。
本物の人間とは一切言葉なんて交わしたこともない。する意味も必要性もなかったからだ。
(初めてだ、あんな笑顔を向けられたのは)
少女の笑みを思い出すと不思議と胸が温かくなり、普段と慣れない感情に支配され落ち着かない。
アクアが最後に覚える人間の顔と言えば、アクアの一撃で致命傷を喰らい、頭から血を流して虚ろげな瞳ながらも己に向けられた激しい怒りと憎悪に満ちた目した男の顔ぐらいだった。
前にアクアが人間に関する本を黙読した時、冷静に考察した結果、人間というのは他の種族に比べ手先が器用で喜怒哀楽という感情が激しい生き物だということが分かった。
特にその中で特別なのが『愛』と『恋愛』というもの。曖昧でかつ非合理的な感情が理解出来ずアクアの頭を悩ませた。
それに比べ、亜人種たちは実に単純で効率的、合理的である。
エルフは悠久の時を生きる生命力と知識に、ドワーフは小さな体ながらも頭の上から落ちてきた岩も砕く頑丈な肉体を持ち、自分の体の何十倍の重さをする物を運ぶことできる恐ろしい怪力。
獣人族は優れた五感と身体能力を活かした狩りを得意にし、人間並の知能もある。
どの種族も人間より遥かに優れた能力を持つ種族であるため、奥底に秘められた祖先たちの野生という本能の血に強く呼び掛けられる。よって本能的に優れた相手を求め、優秀な子孫を残すことを無意識にやってのけるのだ。
どの種族も一夫多妻制などが当たり前らしいが人間は違う。
凄い力があるわけではないが短い生涯を通し、『恋』というものをし、自分だけの番を見つけ一生を共にするらしい。
なんと、種族を超えた禁断の『恋』をしたものがいたらしい。ゴーレムやデュラハンや人魚、時には天敵であるはずの吸血鬼や狼男などと『恋』に落ち、生れ故郷を捨ててさえも、結ばれたという文献もある。
そして、そこには必ず人間の存在がいた。
(分からない。生物は常により良い子を多く残し絶えぬよう、その種を繁栄させることを考える。)
いくら考えてみても理解出来ず、アクアは一度だけある人物に質問してみたことがあった。幼児期から共に困難な訓練を受けて育った姉弟子とも言える信頼できる人物だ。
『恋はね、人や時に人外でさえもおかしくてしてしまうものなのよ』
若干何かをぐらかした様に聞こえたがそれ以上も聞けず結局、姉弟子の答えの意味もアクアは理解出来なかった。
(……。ある意味、人間のことを学ぶのに役に立つかもしれない)
多分この変わった本はシリーズ作品なのであろう。こちらは時間がかかりそうなので後でゆっくり見せてもらおうと本を戻し、違う本を手に取ろうとした瞬間、何かが地面に落ちる。
「ノート……?」
随時と日焼けし、ヨレてしまっているが大切に手入れをされているのが手に取れば分かる。
ノートを捲って見ると先程、手書きで書かれた文字と下で見たものと同じ様な菓子の写真が出てきた。
「これは……レシピ?」
真っ直ぐと綺麗な文字で沢山の珍妙な菓子についてのレシピが見易くまとめられていた。
(まるで誰かの為に残してるみたいだな)
文字も読めず、意味すらも分からないのにこのノートに込められた持ち主の強い想いに惹かれた。
暫く動かずノートのページを捲り一ページずつ食い入る様に見るアクア。本を読み始め、何時間経つだろう。どこからか微かに甘い香りが漂う。
「なんだ?この匂いは……」
砂糖を焦がしたような匂いとは違うが甘く香ばしい、いい匂いが下の方から流れてくる。
先程食べたはずなのにもう腹がすいてるのか、ぐぅ~っと何十年ぶりに聞いた自分の腹の音に驚きつつも下の様子が気になってしまう。
少し覗きにいくぐらいならと自分に言い聞かせ恐る恐る障子に手をかける。
人間より回復力が高い体とは言えまだ完全に癒えていない体を庇いずつ、下から溢れる光を頼りに薄暗く細い階段を降りる。
どうやら、もう店じまいらしく客も帰った後で椅子も机に上げられ床も埃一つ落ちてない。
綺麗に掃除されていた。
「あれ?降りてきちゃったの?」
物音を聞き、ひょっこりと調理場から顔出してきたサクラ。
しょうがないなぁ~と言いつつも相変わらずへにゃりと優しい顔で笑う。
「あの!色々お聞きしたいことがあ……っ!」
ぐぅ~~!
「「!!」」
「あっ…!えっと……これは、その」
は、恥ずかしい!!
自分で話しを切り出しだした手前、盛大に腹の虫を鳴らすとは。アクアはかっと顔を赤くした。アクアは元の皮膚が青いため、よりそれが目立ってしまう形となってしまった。
目の前のサクラは最初は何が起きたか分かずきょとんとした顔だったが、アクアの腹の虫の音と理解するとクスクスと笑い始める。
「うふふ、気にしないでいいよ~。お腹空いちゃったんだねぇ」
こっちに来て!と柔らかな手に引かれ、案内されたのはまた別の部屋だった。
「まだちょっと洗い物が残ってるから、ご飯は悪いけどもうちょっと待っててねぇ。代わりに今、いいもの持ってくるよぉ~」
「いえ、あの!お構い無く……」
ドタバタと忙しい感じの音が響く。
世話しなく動くサクラを見てアクアはご飯と怪我の件に関してもそうだがサクラは命の恩人。
なのに、さっきからこっちばっかりが至れり尽くせりでなんだか、申し訳なくなってしまう。
ここまで他人に親切にされたことがなかった。最初は何か見返りを要求されるのかと警戒したがサクラの、のほほんとした顔を見るとどうしてもそうとは思えなかった。純粋な善意だけだった。だからこそ、どうしようもない不安に駆られるのだ。
小さな丸い机の前に案内されたアクアはサクラの言われた通り大人しく机の前で腰を降ろし、胡座をかいて待っていた。
干し草で編まれた床、尻に敷かれた四角布、そして機械で出来た謎の赤い小さな箱。
この部屋も不思議な物で溢れかえっていた。部屋を観察すること暫くするとサクラが調理場から小皿を持って戻ってきた。
「はい、どうぞ~」
「これは……?」
丸く形成された白い餅のようなものが四つ串に刺さり、その上からは見たこともない輝きを放つ黄金のソースがかけらている。
持ち上げてみると、歪みない綺麗な球状の餅にねっとりと絡みつくように離さない純度の高い蜂蜜みたいに光輝くソース。まるで金をドロドロに液状にと溶かした時にようだった。
そして、食欲をそそられるなんとも言えないこの匂い。
先程の嗅いだ香ばしい香りは正体これだったのかと確信する。
「みたらし団子だよ~」
「みた、らし?ダンゴ……??」
「そうだよ~。うちのお団子はもちもちしてて美味しいよぉ~!さぁ、召し上がれ♪」
ゴクリと喉を鳴らす。
ここまで食に関して興味を持つのが始めてだった。
アクア自身も急速な心の変化に内心驚きを隠せないでいた。
普段なら他人の進めた物など滅多に口にしないアクアなのだが、何故かサクラに言われると食べてみたいという気持ちにされてしまっていた。
アクアは大きな口を開け、ゆっくりと団子を入れた。
「!!」
米の優しい甘さと噛む度にもちもちと硬すぎず、軟らか過ぎない弾力のあるしっとりとした餅。
カリッと焼き上げられた焼き目が更に餅のもっちり感を高める。
噛むのをやめられない。
そして、この餅に、いや!この餅だけのために存在しているかのような濃厚に煮詰めた甘いソース!!
だが、甘いだけではなく僅かにしょっぱい……?けど、甘い!
甘みの中にある深い味わいと共に僅かに発酵した独特の味が確かに舌の上を掠める。
『甘さ』と『しょっぱさ』の全く二つの正反対の味が絶妙に合わさった味だった。
(う、うまい!!)
モチモチとつるりと喉越しがよく、米をどうしたらこんなに美味しくできるか分からないがこの白くて丸い餅したことによって米の甘みが最大限に引き出され口一杯に広がる。
一回、米というものは食べたが所々硬い部分がありこの程度のものかと思っていたが……。
「お団子美味しい?」
「はい!!……あ」
あまりの美味しいさに勢いよくサクラの方を見て、返事をするアクア。はっと気づき、静かにまた団子食する。
「美味しいよねぇ~。私もここのお団子、大好きなんだ~」
アクアの美味しそうに食べる顔を見て嬉しそうに笑うサクラ。
「このソース……甘くてしょっぱいのは一体なんなんですか?一瞬、発酵ならではの独特の味を感じたんですが……」
「このタレのこと?」
「たれ?っていうんですか、これは」
そう言われて見ればソースなどに比べるとドロッとしており粘り気がある。
よく肉や魚などにかけるソースなどはサラサラしており、材料の臭みなどを消すために使われているので獣臭さや生臭は確かに薄れるがあまり味の質は好ましくなかった。
「このみたらしのタレの主な材料は砂糖、醤油、味醂、片栗粉の四つ出来てるんだけど……。このタレの一番のきもは、醤油なの」
「ショウユ、ですか?聞いたことのない食品ですね……」
「んー、醤油はこっちの世界の調味料だからねぇ~。あっちの世界にはないかも」
(これが異世界の人間の食べ物……!)
知りたい…!この子の最も詳しく話しを聞いてみたい!
もっちもっちの純白の餅に病みつきになってしまいそうな甘じょっぱい黄金のタレ。
アクアにとってこの魔法のような食べ物、『ミタラシダンゴ』。
アクアの知的好奇心は爆発寸前だった。
「でもなんでしょうか……?前、黒き森に訪れた時に食べた悪鬼樹の豆に近い味がしますね……。自らの種を、口内の唾液で分解し熟成させた匂いで動物や虫などを誘いだし補食する、肉食植物なのですが……。他に食べるものもなく試しに狩ってそのまま豆の部分を食べてみましたが、匂いと味がキツ過ぎてショウユみたいに美味しいとはあまり思えませんでしたがね」
「醤油は大豆っていう豆を潰して液体にしたものだから似た味になったのかも。だけど醤油には醤油麹っていう菌が必要でね、毎日発酵に必要な温度や湿度の管理も徹底して造られてるから美味しいんだよぉ~」
「成る程……。でも、この深い甘みはショウユではないですよね?」
「うふふ、それはねぇ~お砂糖に黒糖を使ってるからだよぉ」
「コク、トウ……?とはなんですか??」
「えっとねぇ~、黒糖っていうのは黒いお砂糖のことなんだけど普通のお砂糖よりもビタミンやミネラルも豊富で栄養もあるんだよ」
次々と聞いたことのない物や食べ物の話。アクアにとって今まで生涯の中で実に充実した時間であった。
何をしたいもなく、只命じられるままに同じ動作を繰り返し動く操り人形。空虚と虚無感を溢れかえっていた世界を。この短時間であっという間に埋めてくれた。
色のなかったモノクロだった世界が嘘のように鮮やかに染まっていく。
また子供のように質問責めしてくるアクアに嫌な顔をせず、サクラも嬉しそうにアクアの話しを聞いた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、気付けばミタラシダンゴも真っ白な皿にタレも一つ残さず完食し串の山だけが残った。
「あの、凄く美味しかったです」
「お口に合ってよかったよー」
サクラは空になった皿を下げ、気になっていたある質問をする。
「アクアさんって……怪我が治ったら、どこか行くあってとこかあるんですか?」
「いや、それは……まだ」
もう帰る場所などない。
もし、元の世界に帰ったとしても自分はもう組織から追われる身であり一生安息できる日もやって来ないだろう。
組織を崩壊させた後、他のメンバーもそれに便乗して其々の好きな道へと散り散りに離れていった。
ならば、今やるべきこと一つのみ。
初めて操り人形が意思を持った瞬間であった。
覚悟を決めてアクアはサクラの方向き、畳に頭をこすりつけ懇願する。
「あの、助けて貰っておいて図々しいのは承知の上でお願いします!僕をここで雇って貰えませんか!」
今まで誰かに命ごいで頭を下げられたことはあったが、自分が頭を下げたことなど一度もなかった。
だが、そんなことはどアクア気にはしてなかった。
それ程、このお店が気に入ってしまったからである。
「怪我が完治するまでの期間でもいいので此処で働かせて下さい!」
「うん、いいよぉ~」
「お願いっ……、てぇ、あれっ!?そ、そんなあっさりに決めていいんですか!?」
「うん、私が店長だから大丈夫だよ~!」
「え、えっえ~!……」
「実はねぇ私、丁度和菓子に興味があって一生懸命に働いてくれそうな人を探したの。あっ!でも、働くのはせめてお腹の傷が治ってからしようねぇ」
話しがあまりにも円滑に進むものだから言い出しっぺであるアクア自身もサクラの会話のスピードについていけない。
「取り合えず、今アクアさんの寝てる部屋はもう空き部屋だからはアクアさんの好きに使っていいよ~。ちょっとお給料はこれから詳しく決めたいから、その代わりに食事や日用品はこっちで用意するね」
立派な家に美味しい食べ物。そして、貧困も戦争のない平凡な暮らし。
これが大体、このニッポンという国のどの一般家庭でもある普通の暮らしらしい。
どうやら異世界に住む人間たちは自分の世界に住む人間より日々の生活という面でもかなりのレベルで突き放されていることに驚かせるアクア。
「そんな、部屋や食事までお世話になってしまっているのにその上、賃金なんて貰えません」
「アクアさん、店長命令だよ~?」
「うっ……!」
命令と言われると弱かった。
「わ、分かりました……っ!そこら辺のことは全て店長にお任せします。けど、一つだけ言わせて頂きます」
「?」
「店長は私より立場が上なられたわけですから、私がさん付けで呼ばれるのは些か気になります。呼び捨てや好きな様に呼んで下さって構いません」
「う~ん、でもアクアさん私より年上でしょ??」
「人間の歳に計算し直すと大体20代ぐらいかと。けど、貴女はこの店の主です。そして、店長は僕の命の恩人でもあります」
「ん~、アクアさんは真面目だねぇー。じゃあ~…アク君で!」
「あ、アク君……ッ!」
今までそんな風に呼ばれたことがなく、愕然としているアクア。
でも、それも無理もない。
なぜなら、それは……。
伝説の暗殺組織『断罪者』の中でも史上最強の水魔法の使い手と謳われ、冷酷無慙でその瞳に睨まれた者は石の様に体が動かなくなり躊躇いもなくその首を跳ねる。
仲間の中でも最も恐れられた『断罪者』元メンバー、七つの罪の一つ。
『嫉妬の罪』アクア。
最強最悪の暗殺者だった。
これがサクラとアクア、通称『アク君』の出会いであった。
だが、この事をサクラが知るのはまだ先の話し。
『嫉妬の罪』アクア、取り合えず和菓子処『月見草』従業員として採用決定!!