第五夜 熱にはやっぱ、玉子粥
(熱い……。身体中が焼けるに熱い)
内から燃えるように熱がじわじわと広がる。身体中が酷い痛みに襲われて魘される。
(苦しい……)
意識はあるが全然身体は動かせず目を開ける力さえ残ってなかった。
深手の傷により高熱に見回れ、体力も奪われていく。爬虫類と似た体温調節機能である男の体は変温動物と同じで己の力では体温を調節することができず、自身から発せられる異常な熱に苦しめられていた。
苦しさのあまり獣のように唸ると、そっと誰かの手が額に置かれる。
『よしよし……』
すると途端に頭が急に冷たくなり、体に走っていた節々の関節の痛さも割れるように酷かった頭痛も嘘のように引いていき、楽になった。
痛みが引き、身体が楽になったせいか睡魔がやって来る。
少しでも体力を回復せねばと思い、暫しの安息に感謝して男は泥のように眠りについた。
「んっ……?ここは……」
暫くして下から聞こえる僅かな物音で目を覚ますと、見たこともない天井が広がっていた。
体を起こしてみるとあんなに血まみれで血生臭かった体も清潔に拭かれおり、いつの間にかに脱がされたのか上の衣服も横に新品のように洗われ綺麗に折り畳まれていた。怪我も適切に処理されており上に包帯が巻かれていた。辺りを見渡すがどれも見たことがない物や道具で溢れていた。
そっと額を触ると何かが貼られてきた。気になり剥がしてみると、ペラペラとした表はさらさらとしていて裏は何故かひんやりと冷たいプルプルとしたスライムの感触に似ている、謎の物が貼られていた。
このベッドも少し変わっており地面に直接、布を置いているようだが全然背中は痛くなかった。其れ処か柔らかく肌ざわりの良い上質な布は傷ついた身体を優しく包み込んでくれる。この毛布もそうだ、とても暖かく気持ちがいい。きっとかなりいい羽毛を使っているに違いない。
こんな良いものを用意できるは金持ちぐらいだ。とても農民では半年分の稼ぎを出しても買える値段の物ではない。
それにここにあるものはどれも売ればそこそこ言い値がする一級品と思える物ばかりであった。
きっとどこかの名のある貴族の家に拾われたのであろう、それなら尚ここから早く離れなければ。
男はまだ傷が痛む身体に鞭を打ち、立ち上がろうとする。
(もし、僕の正体がバレたらきっと只じゃ済まされせない……)
本当は助けてくれたお礼を言ってから出て行きたかったが仕方なくそっと出て行こうと思ったその時。
「あっ、目が覚めたんだねぇ~!」
「!?」
扉から姿を現したのはあの変わった身なりをした人間の少女だった。
「あららら~、まだ熱下がってないのにひえピタとっちゃダメだよ」
そう少女が言うとまた『ひえピタ』という物を出して、透明な膜みたいなのを剥がし男の額に張り付けた。
「冷たっ…!!」
さっきより冷たいにそれに驚く男。だが、熱で火照った身体には丁度よい冷たさで気持ちがいい。
「んっ……?……いい匂い」
鶏の玉子と僅か香るスパイスの刺激が食欲をそそる旨そうな匂いが漂う。少女が運んできたお盆を見てみると陶器のような白い鍋に見た事のない文字が書かれている赤色の薬剤が入った小瓶と美しい透明な硝子に入れられた水が置いてあった。
「身体、凄く汚れちゃってたから、勝手に綺麗しちゃってごめんねぇ?でないと手当てやお布団にも寝かせられないし~」
そう言いながら少女は白い鍋の蓋を開け男の前に差し出す。
「はい、私特製の玉子粥だよ~!」
「たまご、ガユ??」
「うん。まずご飯食べなきゃ、お薬飲めないからお粥作ってきたの」
『たぁーんと召し上がれ~』と言われ、渡された鍋の中からは玉子のいい香りと出来たての印である蒸気が漏れでる。スプーンで掬ってみると細かく刻まれた緑色の薬味に玉子が程よく絡まったどろどろと柔らかく煮込まれた白い粒のような物が出てきた。
(これは人間たちの口にしている……確か、米と言っていた)
少女に見守られながら恐る恐る男は玉子粥を口にする……。
(う、美味いっ……!!)
米に玉子の味わいがしっかりと付いており、まるで鶏の骨ごと何時間煮込んだかのような濃厚な味がぎゅっと米に染み込んでいた。玉子も全然茹ですぎで固くなっておらずふわとろに仕上がっていた。
この緑色の薬味もほのかな辛味が更に玉子の旨さを上手く引き立てていた。
そして、この米についている黒い小さな粒々と粉のようなものがスパイスなのか塩加減と丁度合い何度でも食べたくる味に男は食欲を刺激された。
男は無心に玉子粥を食べ続けた。ここまで食べ物に執着し感動したのは初めてのことであった。
気づけばあっという間に鍋は空っぽになっていた。男には少し物足りない量であった。
「うふふふ、いい食べっぷりだねぇ~。じぁ、お薬飲もうねぇ」
鍋を下げ、次は赤色の錠剤を三粒と水を手渡された。
「あの僕に人間の薬は効かないかと……」
「大丈夫だよぉ、そのお薬は人間にも『魔族』の人にも効くコロポックルに伝わる秘薬らしいよ!」
「コロポックル族の秘薬だって……!?」
コロポックルと言えば小人族の中でも特に警戒心が強く、他の種族に姿を見られるのを酷く嫌う。
なので会うのどころか姿を見ることさえ難しいというのに、中でもおとぎ話の一説に登場する伝説のコロポックルの秘薬が自分の目の前にあった。
その一粒さえあれば不治の病と宣告された病も治り、二粒あれば失った身体を取り戻すことができ、三粒あれば一国が買えるという。
もし、その言い伝えが本当なら今手にしているものは大変な代物であった。
「?どうしたの??」
突然固まってしまった男を見て、不思議そうに首を傾げる少女。
(この子はこの薬の価値を知らないのか……)
それもそうだ、でなければこんな貴重な薬を簡単に見ず知らずの魔族に渡すはずがない。ますます男は少女の存在が気になる。
最初はどこかの貴族の娘かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。特にコロポックルの秘薬など、あれは金があれば手に入るという代物ではなかった。
「お礼が遅れました、助けてくれてありがとうございます。僕の名前はアクア。君の名前は?」
「兎月サクラだよ~。よろしくねぇ、アクアさん」
大きな魔族を前にしても恐れず、裏表ないのない笑顔を見せながら自己紹介をするサクラに対し色々と警戒しと情報を探ろうとしていたアクアの毒気が若干抜かれていく。
「えっと、それでサクラさん…。助けて貰った身で失礼ですが、ここは一体どこなんでしょうか?」
「ここはねぇー、私がやってる和菓子処『月見草』っていうお店だよ」
「わがし…や?……とは??」
「えっとねぇ、簡単に言うと私の国のお菓子屋さんのことだよ~」
(成る程、異国の菓子屋の名称か……)
初めて聞く言葉にアクアは興味を引かれた。アクアは大型の魔族には珍しい勤勉で賢い魔族であった。
大概の大型の魔族は頭を動かすことやちまちまとした細かい作業を嫌い、その強靭な肉体を活かした力業を得意とする。なので凶悪で血の気の多い性格が多数おり、なんでも力で解決しようとする粗暴な考え方するならず者たちが後を絶たない中、アクアは異色の存在であった。
勿論、組織の『任務』ために各区地の知識や語学をある程度学ばなければいけないという理由もあったが、その地の風土や暮らす種族、歴史や文明などを調べることが元々好きで何の苦でもなかったのである。
知識を次々と蓄えたアクアはその才能を買われ、組織による多くの任務に参加し、『暗殺者』として実績を積んでいった。
組織の中で誰よりも冷酷で命令に従ってターゲットを仕留め、頭の回るアクアはとても組織内では一目を置かれた『作品』であり重宝されていた。
だから、組織も思いもよらなかったであろう……。
そんな彼が裏切って組織を壊滅に追い込むとは。