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第十三夜 先代の言葉とおはぎ

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※少し今回は長めです。



「はぁーい、お茶どうぞ」


「ありがとう、サクラ」


リビングに案内され、ちゃぶ台の前に座り込むサクラとアクアと燐火。取り合えず、燐火にはアクアのことを説明した。


「なるほど……。事情はわかったよ」


相変わらず燐火の鋭い眼光がアクアを突き刺すように飛ばされる。


(僕はなんでこんなに睨まれてるんだ……?)


アクアは昔の仕事柄、疎まれたり憎まれたりの悪意や殺意には慣れっこだった。だが、燐火のそれはどれにも当てはまらなかった。

燐火の瞳からは只の純粋な敵意だけが感じられた。


「でも、うちはこれ以上アクアさんがサクラと一緒にいるのは反対だな」


「燐火ちゃん……?」


「…………」


「だって、店の前で血まみれで倒れてたんでしょ?どう見ても怪しいし普通じゃないじゃないか!しかも、凄い傷だったっていうことは只の喧嘩で作った怪我じゃないんじゃないの?」


何も言えなかった。アクアは今まで自分が何をしてきたか。過去のことなどをサクラには一切話していなかった。いや、怪我のこともサクラが聞いてこないことをいいことにアクアは話そうとしなかった。


「その怪我は何をしてできたか説明してよ、アクアさん」


「……」


燐火はどんどんとアクアを責め立ていく。


「なんで黙りなの?そんなに説明できないほどの危険な仕事でもやってたの?だったら、うちは……!」


興奮し、ちゃぶ台をバシッ!と叩いた燐火。その時。



「燐火ちゃん」



燐火の震える手の上にそっと手を重ねるサクラ。


「燐火ちゃん、なんで私がアク君をお家の中に入れてあげようって思ったか分かる?」


「怪我をしてたから…でしょ?」


「うん、それもね理由の一つだけどね。……一番の理由はねぇ、私がお菓子やご飯を出した時、凄く美味しそうに食べてくれたの」


「……えっ?な、何それ?」


たったそれだけの理由?呆気に取られる燐火。


「だ、だったら!うちだってサクラお菓子やご飯好きだよ!!毎日だって……!」


「ううん、それとは少し違うの」


そう言うとゆっくり静かに首を横に振るサクラ。


「アク君はね、お菓子を食べる時、物凄く目がキラキラして本当に幸せそうな顔をしてて…。つい、先代(おじいちゃん)のこと思い出しちゃった」


「渋三朗さん…」


(もう、二年も経つのか……)


先代の『月見草』の店主であった渋三朗が他界してもう二年経とうしていた。

だが、渋三朗の葬式の時もサクラは決して皆の前で涙を流すことはなかった。



「……僕、そんな顔してましたか?」


「うん。こうきらきらぁ~!って感じで凄く輝いてたよー」


言葉にははっきりと言わないが、サクラには目を見れば分かった。渋三朗はサクラが作るものはなんでも黙って美味しそうに食べてくれた。元々無口で厳格な人であったが、サクラとっては自慢であり世界一の祖父であった。

サクラはそんな不器用な一面もあった渋三朗にどこか近いものをアクアに感じていた。


「私はアク君の瞳を見て感じたの。だって、『うちの和菓子を好きな人に悪い人はいない』から」


『うちの和菓子を好きな奴に悪い奴はいねぇ』それが先代の口癖のようなものであった。


「あっ……」


燐火の声が震える。



「だからそれだけで、充分なんだよ。燐火ちゃん」


「店長……」


そっと優しく包み込むようにサクラは燐火の手を握りしめた。


「サクラ……私」


「燐火ちゃんは只、私のことを心配して思ってくれてるから言ってくれてるだけなんなだよねぇ?」


燐火がアクアに向けていた敵意は只サクラが危険なことに巻き込まれていないか心配で仕方なかったからであった。

サクラも燐火が誰より自分のことよりも先に他人のことを考えてあげることが出来る思いやりのある優しい人物だっと知っていた。



「だって、私も燐火ちゃんの親友だもん」


祖母と祖父である先代が死んでからたった一人でこの店を守ってきたサクラ。だから、私がちゃんとしっかりしてサクラを守ってあげなきゃ。

そう思っていた、だが。


(もう、あの泣き虫だった頃のサクラじゃないんだね)


ちっちゃい頃はよく、サクラは青い瞳と金髪の派手な容姿のせいで近所のに住む男子たちにからかわれ、泣いていたサクラ。

そして必ずその場に燐火が駆けつけ、サクラを虐めたいじめっこたちを追いかけ回し懲らしめていた。


「うち、サクラのこと少し甘く見てたかもしれない。ごめんね、サクラ」


「ううん、心配してくれてありがとう~。燐火ちゃん」


ちょっぴり幼馴染の成長が寂しくも嬉しくもあった燐火であった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「燐火ちゃんの好きなおはぎと燐火ちゃん家のお餞別、皆で仲良く一緒に食べよぉ~」


サクラが出してきたのは『月見草』のメニューでもある、漉し餡ときな粉の二種のおはぎと燐火の家で作られている醤油煎餅であった。


「おはぎ……!久しぶりだな~」


燐火は小さい頃から必ずここに遊びに来ると渋三朗が作ってくれたこの二つおはぎをサクラと一緒にここで食べてた。



「「「いただきます」」」


(うん。やっぱりこのおはぎが一番美味しい)



滑らかな口当たりのよい漉し餡と甘じょっぱさと豆の風味が強いきな粉。そして、いい感じに半殺しにされた米。この若干、米と餅の絶妙な潰し具合いがいい。

ここのおはぎの味を知ってしまえば他のところのおはぎなんて食べられなかった。



「美味しいよ、サクラ」


「うふふ、ありがとう~。燐火ちゃん」


(それにしても男なら一言ぐらい気の利いた言葉を言えないの?)


そう思い、ちらりと燐火がアクアの方に目をやってみると。


(うわぁっ!)


燐火の目に写ったのはキリッとしたいい顔でおはぎを綺麗に食べる大蜥蜴の姿であった。燐火が我ながら変な所を見てしまったと思っていると。


「ねぇ、可愛いでしょ?」


「う、うん……。そうだネッ……!」



(た、確かにあんないい顔して美味しそうにおはぎを食べる人?はいないかも……)



おはぎを食べ終わると、次は燐火の家の『持田屋』で作った醤油煎餅に手を伸ばす。



「これは一体何で出来てるんですか?」


初めて見る煎餅を不思議そうに見るアクア。茶色で丸い型をしており、触って見ると石のような手触り。表面は硬く、とても食べ物には見えなかった。



「お米だよ~」


「これが米ですか……」


「正確には米を粉末状にしたやつね。うちの家は自家栽培した、あきたこまち・つや姫・コシヒカリの三種類の米を精米をしてブレンドした米粉にしたもの使ってるんだ!」



えっへん!と言わんばかりに胸を張り、家の煎餅のことを説明する燐火。


「なるほど……」


(わざわざ三種類の米を用意して作るとは……。本当にここの世界の食べ物は凄いな)


素直に燐火の説明を聞いたアクアはそこまでこだわって作られたという煎餅に感心する。

そして、醤油煎餅を口の中に運ぶ。


(!)


パリッと弾ける音と共に口に広がるのは香ばしく焦がされた醤油の味。ダイレクトに醤油の味が伝わり、薄く伸ばされ焼かれた米の生地と合わさる。

今まで、米はもっちりしている方が上手いというアクアの固定観念がひっくり返された瞬間であった。



「燐火ちゃん家の醤油煎餅、美味しいねぇ~!」


「でしょ!でも、焼き立てが一番美味しいから」


焼きたては熱く、店でも人気であった。


「燐火さん」


「ん?」


燐火に声をかけてきたのはアクアだった。


「美味しいです」


「えっ」


煎餅を持ち、優しく頬笑むアクア。


「『センベイ』、凄く美味しいです」


「あ、ありがとう……」


(なんだ、言えるんじゃん……ちゃんと)


美味しそうに自分家の煎餅を食べるサクラとアクアの姿を見た燐火は。


(無理、私にはこの二人を引き離すことなんてできないや)


完全に燐火の負けであった。

それに何となくサクラの言った意味が分かってしまった。


「はぁー……やっぱりサクラには叶わないや」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「じぁ、そろそろうちは帰るよ」


「うん、じゃあまた明日ね。燐火ちゃん~!」


昼間の営業になってしまったので燐火は家に帰ることにした。鞄を持ち、靴を履いて店の扉の前に立つと最後にちょいちょいとアクアを手招く燐火。


『まだ私はアクアさんを認めてあげたわけじゃないから。でも、またうちの煎餅が食べたくなったら言ってね。特別に安く売ってあげる』


耳元でこそっとサクラには聞こえないように言う燐火。


「はい、ありがとうございます。燐火さん」


燐火の申し出にお礼を言うアクア。


「燐火さんは店長のご友人なんですから、僕のことは別に呼び捨てとかでいいですからね?」


「あっー……そう?そっちの方が気楽でいいなら分かったよ。アクア」



性格はとても厳しかったが、頼もしい人間の知り合いが増えたと喜ぶアクアであった。


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