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第十夜 愛の伝道師

今日は二話投稿したので次の話は明後日、更新します。

※豆腐→豆乳に直しました すみません

「アク君、じぁ練習通りね」


「は、はい…」


普段はクールで冷静なアクアも今回ばかりは少し緊張した面持ちであった。

そう、今日はアクアにとって和菓子処『月見草』の接客係として初デビューの日なのである。

アクアの仕事は主に皿洗い、お客さんにメニューとお絞りを渡し飲み物を聞く、注文をとるなど一般の飲食店のアルバイトとあまり変わらない業務内容であった。

アクアは流石は元暗殺者だけあってか順応性が高く、要領よく仕事を次々と覚えていった。

だが、一つだけある部分で問題があった。接客に欠かせないもの、それは笑顔である。

一度、サクラと共に笑顔の練習をしたのだが一番にアクアの笑顔を見たサクラの感想はというと。


『アク君…!お顔が般若みたいになってるよ…!!』


戻して、戻して!と、あのいつものほほんとしているサクラでさえ本気でアクアの作り笑顔に恐怖を感じていた。その後も一生懸命笑顔の矯正をしたのだが結局治らず、それからはアクアには無理せずにできる範囲の笑顔でいいからと苦笑しながら言ったサクラ。

そんなこともあり、アクアは若干の不安を覚えつつも今日も元気に月見草、夜の営業開始します―――。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



開店してまもなくすぐに扉が開く音がした。


「いらっしゃいませ」


「あっらー?見ない顔の子ねぇ?」


そう言ったのは客として入って来た奇妙な仮面と派手な紫色の帽子にお揃いのマントを身につけた透明人間(ゴースト)であった。

姿は透明のため見えないが、女らしい口調とは似合わない男らしいバリトンボイスがインパクト抜群であった。


「サクラっちはー?」


「店長なら今、裏で仕込みをしてます」


「あら、そうなのぉー?貴方、ここに新しく入った子ぉ?」


「はい、今日からここで働かせてもらってるアクアと申します」


「あらそうなのぉ~!私は只のしがない愛の伝道師のミッドナイトよ。よ・ろ・し・く・ね♥」


ミッドナイトはアクアにウィンクする。


「ていうか、あらやだぁ~!アクア君、よく見るとイケメンじゃな~い!!」


「ひっ……」


いきなり顔を近付けてきたと思えば、がっしりとお尻を鷲掴み揉まれたアクアは瞬時にミッドナイトとから距離を取る。当の本人であるミッドナイトはケロっとしており、もっとしっかりと化粧すればよかったわぁー!っと、ぼやいていた。

だが生憎、アクアにはミッドナイトの真っ赤な口紅以外どこが一体どう変わるのか知らない。透明だし。

ミッドナイトから殺意とは違う別の何かを感じ取ったアクアはさっさと席に案内することにした。


「こ、こちらのお席どうぞ……。メニューとお絞りとなります」


「ありがとう♪でも、もう私のメニューは決まってるの」


ミッドナイトはお絞りで手を拭いた後、きちんとたたみ机の端へと置く。


「『トフニューワラビモチ』とホウジチャを下さる?」


「『トウニューワラビモチ』ですね。かしこまりました」


注文を受け、裏の調理場に注文を伝える。先に飲み物の準備の方ができたのでミッドナイトに差し出す。


「お先にホウジチャの方をお持ち致しました」


「ありがとう、アクア君…。いえ、正しくは『嫉妬の罪アクア』君って呼んだ方がいいかしらぁん?」


ピクリと一瞬だけ、アクアのお茶を置く動きが止まった。


「……僕のことご存じなんですね」


「あら…?あまり、驚かないのね。流石は最強元・暗殺者様ねぇ♪」


知ってるっていってもちょっとだけなのよ?

お互い静かな口調だが既に探り合いが始まっていた。


「でもそりゃまぁ、さっきのあんな見事な動きされちゃ…。蒼い鱗を持つ大蜥蜴(リザードマン)にその私が痺れちゃうの程の強大な魔力量…♥それに私があんた程のイケメンを見逃すはずないじゃない」


アクアが「どうぞ」と言うとミッドナイトは「ありがとう♪」とほうじ茶を受け取り、優雅にほうじ茶を飲み始める。


「人間・魔族側のどちらにもつかず金次第で何でも殺しの依頼を受ける、謎の暗殺組織『断罪者』。メンバーは人間と魔族で構成されており数は百人を越える。その中で特別に戦闘力が高く一人で大国も一夜にして滅ぼせる力を持つ「憤怒」「怠惰」「色欲」「嫉妬」「暴食」「傲慢」「強欲」の七人。特に仲間からも畏れられ、リーダーである「傲慢」に寵愛されて最高の傑作と謳われた『嫉妬の罪アクア』……。まさか、こんなところで会うとは想像もしてなかったけど………」


「全然ちょっとどころじゃないじゃないですか!」


思わずアクアがつっこんでしまうが「あらそうかしらぁ~」とすとぼけるミッドナイト。


「…アクア君はなんでこの店に?」


「死にかけていた所を店長が拾ってくれました。怪我が治るまで取り合えず面倒をみてもらうことに」


「でも、あんたその肩と腕の怪我。もう治ってるんじゃない?」


「…………なんのことでしょうか」


今度はアクアがミッドナイトに対しすっとぼける。


「意外と悪い子ねぇ~。まぁ、私は別にいいけどねぇ……。でもね」


さっきまでの惚けた様子は何処へやら、席を立ち真剣な声でアクアの前に出る。


「私は先代の時からここの常連でねぇ……ここ和菓子もサクラっちもちろん好きだけど、先代(ダチ)からもサクラっちをよろしく頼むって言われてるだわ~……だからさぁ」


奇妙な仮面から鋭い視線が発せられた。


『もし、あの子を泣かせるようなことしたら只じゃおかねぇぞ?ゴラァ』


耳元に確かに男である低い声が響いた。


「そんなこと、言われなくても分かってます」


奥にいるサクラには聞こえないよう静かに両者譲らず睨み合っていると。


「お待たせしましたぁ~!」


調理場から出てきたサクラは今回巫女服ではなく和菓子の仕込みをする時に汚れても大丈夫な着物を着ていた。


「あら~~!サクラっち今日も変わらず可愛いわねぇ!!お願いだから、ずっとその可愛いらしい姿でいてねぇ?」


コロっとミッドナイトは女口調に戻り、さっきの険悪な雰囲気はあっという間に消え去っていた。


「いらっしゃい~、ミッドナイトさん」


「やっほ、サクラっち。ここでやっぱり『トウニューワラビモチ』を食べないとお肌の調子がよくないのよぉ~!それに今やってる連続恋愛ドラマ『チョメチョメ♂パラダイス』の続きも気になるし、テレビ見ながら早く食べましょ!」


ミッドナイトに急かされ、アクアとの話は結局うやむやのまま話終わってしまった。

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