第七十八話:『勇者のヒロインの姉の彼氏の婚約指輪』
「断捨離~断捨離~だんだんシャリシャリ減らしてく~」
『なんですかその歌』
「最近使わない物とか増えてきたので、一度断捨離でもしようかなと思いまして」
『そんなことをしなくても、この空間は私が創り出したものですから、風化もしなければ領域くらい惑星規模で簡単に拡張できますよ』
「それは知っていますよ。むしろそうだからこそ、つい物を増やしすぎたというか」
『ふむ。例えば何を捨てようとしているのですか?』
「例えばこちらの最新式掃除機」
『劣化しないから実質新品同様じゃないですか』
「――の同機種を七十台ほど処分しようかなと」
『なんで同じ掃除機が七十台もあるのですか』
「なんかセット販売だと安かったので……」
『それ家電デパートとか向けの仕入れ価格ですよね』
「一台で十分なものは一台に抑えようかなと」
『賢明ですね。いや、賢明でないから今があるのですが』
「でもルンバ百台は一度に解き放つと壮観なんですよね」
『それはちょっと見てみたい』
「ただ新品を捨てると、もったいないお化けが出るんですよね」
『出はしないですが、役目を果たされずに処分されては、製造者としても良い気分ではないでしょうね』
「なので他の文明の発達が遅い異世界にランダムに届けようかなと思います」
『オーバーテクロノロジーの押し付けは止めなさい。そもそもコンセントの規格が違えば、使うことすらできないでしょうに』
「神様として崇めてもらえたりしないかなと」
『否定しきれない。とにかく角の立たない処分方法にしなさい』
「じゃあ異世界転生を斡旋している神様達のところに送りますか」
『なぜに』
「いやほら、俺のように転生待ちをしている人達って結構いるじゃないですか。そういう人達って何もないところで待たされるでしょうし。備え付けの家具としてなら有効利用してもらえるかなと」
『社員寮みたいな感覚なのがちょっと気になりますが、それならまあ良しとしましょう』
「コンセントの規格については気にしないのですね」
『対応規格のコンセントを用意できない神がいるとは思えません。用意しないのは転生者に対して、住処を提供する気のない神でしょうし』
「あー、そのへんのことも考慮する必要があるのか。俺あんまり神様達の諸事情に詳しくないんですよね」
『詳しかったらそれはそれで嫌ですね』
「とりあえずそのへん詳しそうな紅鮭師匠のところの神様に相談しておきます」
『でも一部の神とは交流があるんですよね』
「面白いものを見るような感じはありますけど、意外と友好的な神様もいますよ」
『面白いものを見るような感じなのでしょうね。おや、よく見ればさっきからうろちょろしていたルンバの上に紙が』
「ああ、それは俺が改造した掃除兼転生先抽選機能を持つルンバですね」
『そこを自動化したら楽しみ減りません?』
「そこなんですよね。しかも転生待ちの時間が終わる前から抽選済みで、周りをうろつかれているものだから、気になって気になって」
『まあ来世の自分の姿が書かれた紙が周囲を徘徊していたら、気にはなるでしょうね』
「帰ったらこの機能は外して、代わりにググゲグデレスタフ達の餌やり機能でもつけよう」
『一応植物なのですから、餌やりとは言わないであげましょうよ』
「ええとカロンさんより、『勇者のヒロインの姉の彼氏の婚約指輪』ですね」
『それ勇者のヒロインの姉の婚約指輪と同じものですよね。サイズが少しだけ大きい程度では』
「俺としては男物の装飾品はちょっとハズレ感ありますね」
『貴方個人へのささやかな嫌がらせということで受け止めておきましょう』
◇
『この違法改造ルンバ、短距離ながら瞬間移動機能があるのは凄いのですが、掃除ロボとしては致命的ですね』
「ただいま戻りました。おや、俺のルンバに瞬間移動機能がついてる」
『えっ』
「えっ」
『この機能は貴方が付けたのではないのですか』
「そんな便利なものがあったら、自分の足をキャタピラに改造した時とかに搭載していますよ」
『確かに』
※第七十一話参照。
「うーん、見た感じだと変なパーツとかはついていませんが、まあハッシャリュクデヒトのように付喪神がついたのかもしれませんね」
※付喪神の付いた元魔物元魔王元マスコットのぬいぐるみ。
『ま、良いでしょう。報告を聞きましょうか。勇者のヒロインの姉の彼氏の婚約指輪でしたね』
「切り替えましたね」
『マンドラゴラや不死身のリス、不条理の権化がいる環境で今更変な機能のついた掃除機程度ですし』
「自分のことを不条理の権化だなんて」
『貴方ですよ、貴方。ほら、報告する』
「では最初に紹介するのは勇者のヒロインの姉、ムーイです」
『勇者でも指輪の持ち主でもなく、そこからですか』
「発端の人物ですからね。ムーイはわりとその場のノリと勢いで行動するやんちゃ系お姉さんでした。ちなみにこちらの写真の隣に写っているのが、その婚約者、俺の持ち主であるラルブです」
『活発そうな女性と、少し小柄で穏やかそうな男性のツーショットですね』
「ちらりと俺も写っているのでスリーショットですよ」
『貴方は人として数えません』
「悲しい。ちなみに俺は二人が婚約し、指輪をつけたタイミングで憑依した形です」
『概念的な転生ですね』
「ラルブは面倒見の良い青年で、勢いで他人を振り回すムーイに唯一ついてこれた猛者でもあります」
『猛者て』
「こちら振り回されているラルブの光景です」
『わぁ、人間ってこんなに簡単に振り回せるのですねってくらいには振り回されていますね』
「勇者のヒロインことメーイも怪力系ヒロインでしたからね。その姉ともなれば相応の怪力ですよ」
『ヒロインも異質な力を持つ類の流れでしたか』
「ムーイは意外に繊細な面もあり、寂しがり屋でしたからね。自分が振り回してもちゃんと付き合ってくれるラルブのことを好いて勢いで婚約したという感じですね」
『男性側に多少の災難感はありそうですが、比較的幸せそうですね』
「ですがそんな平穏も勇者の物語の始まりとともに終わりを告げます」
『物理的に振り回されている段階で、平穏とは言い切れませんよね』
「村が魔物の襲撃を受け、ムーイの妹メーイ、そのボーイフレンド的ポジションのリルブが勇者として覚醒した頃の話です」
『王道的な流れではありますね。ところで勇者の名前的に、兄弟なのでしょうか』
「はいラルブとリルブは生みの親が違っていましたが、兄弟でしたね」
『それ兄弟ではないのでは』
「ラルブの親が村の牧師でして、捨て子だったリルブを育てたという過去があります」
『兄弟として育てられたということですか』
「はい。面倒見の良い兄貴として、ラルブはリルブからも尊敬されていました」
『ここまで聞くと中々の人格者ですね』
「特に毎日のようにムーイに振り回されても、穏やかに笑っているラルブには畏敬の念を抱いていたようです」
『兄弟として抱くにしては、少々物々しい感情ですね』
「リルブが勇者として覚醒し、メーイと共に魔王討伐の冒険へと出発する光景を見送った時のことです」
『最初の村の光景としてはほぼラストですね』
「ムーイが『妹の彼氏が勇者として冒険に出たのに、私の婚約者が村にいるなんてつまらない』と、ラルブを連れて冒険に出発します」
『妹に張り合っちゃいましたか』
「はい。勢いで魔王討伐の冒険へと」
『勢いあり過ぎですね』
「この展開にはさすがのラルブもムーイを止めていましたね」
『常識人らしい苦労してますね』
「ラルブは言います。『ムーイ、せめて荷造りくらいはしていこう』と」
『何も持たずに冒険するところだったのですか』
「ムーイは勢いで行動していますからね。ちなみにエプロン姿でしたよ」
『計画性がないにも程度が』
「そんなわけで俺が追従したのは、勇者リルブとそのヒロインであるメーイの冒険の後を追う姉と婚約者の冒険譚といった形です」
『観測する側としては一味違った面白みを感じる展開ですね』
「最初にムーイ達の行く手を阻んだのは、ゴブリンの群れです」
『定番ですね』
「ムーイは楽しそうに『さぁ、私達の冒険の第一歩。頑張りましょう』と腕まくりをします」
『人を振り回せる程度の怪力なら、そこそこ戦えそうではありますからね』
「それに対しラルブは『いや、僕しがない庭師だし……』と臆病っぷりを発揮」
『しがない庭師なら、当然の反応だとは思います』
「戦闘後、そこにはピンピンとしているムーイと、ボロボロのラルブの姿がありました」
『予想通りの光景』
「同じような展開が数度繰り返され、ひとまずラルブはムーイに自分を強くするための修行をつけてくれとお願いしました」
『村を出る前にやりたかった展開ですね』
「ですが勢いで生きているムーイの特訓では、ラルブを強くするためには色々と問題が多かったのです」
『そもそもしがない庭師ですからね』
「そこで立ち上がったのが俺ですよ。俺」
『ちなみに本当に立ち上がったのですか』
「はい、それはもうスックと足を生やして」
『たまにはその足を生やす過程で、躊躇したりしても良いのですよ』
「じわじわと生やすともどかしいじゃないですか」
『そういう意味ではない』
「つまり恥ずかしそうに生やせば良かったです?」
『そういう意味でもない。ほら、続き』
「見ていて飽きない二人でしたが、このままではリルブ達に追いつく前に物語が終わりそうだと思いましたからね。俺はラルブの特訓の教官として名乗り出たのです」
『婚約者の指輪が突然名乗り出たら、驚いたでしょうね』
「いえ、ムーイは『ひいおばあちゃんの代から継いできた指輪だし、付喪神がついていても不思議じゃないか』とすんなりと受け入れました」
『異世界でも付喪神存在したのですね』
「ファンタジーですから、付喪神がいても不思議じゃないですよ」
『付喪神以上に不思議な存在がいますしね』
「ラルブの方も『いや、この人多分異世界からの転生者だよ』と冷静でしたね」
『冷静過ぎませんかね。その世界では異世界転生は珍しくなかったのですか?』
「いえ、結構珍しい感じです。初代勇者の扱った剣に、異世界の者の魂が宿っていたとか、そんな伝説が語られていた程度です」
『その程度の伝承で、貴方を付喪神ではなく異世界転生者と見抜けたしがない庭師とは』
「ラルブはしがない庭師でしたが、面倒見の良い奴でしたからね。物事を見る能力は日常から培っていたのですよ」
『培い過ぎな気もしますが、勇者や人を振り回せる怪力の持ち主とかもいますしね』
「ムーイよりも植物の方がまだ会話になるとかも言っていましたね」
『植物は自分を振り回してきませんからね』
「まあそんなこんなで、俺はムーイを倒しつつラルブを特訓する教官となったわけです」
『どんなこんなで倒したのですか』
「いやまあ『ラルブを鍛えるに相応しい指輪かどうか、私が確かめてあげるわ』とかいう感じで戦闘になりまして」
『倒したのですか』
「合法的に女の子に触れる良い機会でした」
『手加減はしていそうですが、侮蔑の目を向けたくなりますね』
「そんな女神様の視線も嫌いじゃない。それで俺はラルブにやや地獄の特訓を施します」
『やや地獄て』
「隣で婚約者のムーイが応援してくれたり、夜には疲れた体を労ってくれたりしていましたからね」
『確かにやや救いはありますね』
「ええ、俺も妬ましさでやる気倍増でしたよ」
『地獄の業火に油を注ぐ行為でしたか』
「そして修行の成果もあり、ラルブは見違えるほどに強くなりました。こちら写真です」
『……ちら。怖いもの見たさに慎重に見ましたが、外見的には何一つ変わっていませんね』
「ちなみにこちらがムーイとのツーショット」
『婚約者よりも遥かに大きく、全長が二倍近くなっていませんか』
「見違えるでしょう?」
『なにをどう修行したら、人間が同じ姿のまま二倍のサイズになるのですか』
「俺も内心驚きを隠せませんでした」
『原因不明なのですか』
「まあ世の中にはキノコを食べるだけで背が伸びる主人公とかいますし、そういう類なのかなと」
『そういう類であってほしくはないですね、いろいろな意味で』
「この成長にはムーイも大満足でしたね」
『婚約者の身長が二倍になったら、嬉しいを通り越して恐怖を覚えそうなものですが』
「いつも振り回していた側だったのが、抱き上げてもらえるようになりましたからね」
『意外に乙女』
「一個だけ問題があったとすれば、俺がラルブの指のサイズに合わなくなったことですかね」
『比率そのままに巨大化すれば、指も太くなるでしょうからね』
「まあ日頃のストレッチを怠らなかった俺は、伸縮自在にはなっていたので大した問題ではなかったですがね」
『金属の指輪が毎日ストレッチすれば、金属疲労で折れると思うのですが』
「強くなったラルブとムーイのコンビは相当なもので、次々と難敵を倒していきます」
『強そうな魔物とかも結構倒していますね。……なんだか紅鮭のような魔物の写真もありましたが、触れないでおきます』
「そして修行で遅れこそしたものの、ついにムーイは妹のメーイと勇者リルブに追いつき再会することができました」
『散々怪物を生み出してきた貴方のコーチングですからね。追いつくとは思っていましたよ』
「ちなみにこちらその時の写真です」
『勇者らしき青年と、可愛らしい女性が、その姉と婚約者と向き合っていますね。婚約者の後ろに魔王の玉座らしきものが見えなければ、感動の再会なのでしょうが。魔王倒しましたね?』
「ちょっと先んじてしまいまして」
『先んじちゃダメでしょうに』
「一応空気を読んで、魔王は倒さないように気をつけてはいたんですよ。でもムーイが勢いで魔王城に乗り込んでしまいまして……」
『貴方でも舵取りできないのは相当ですね』
「ええ。俺もつい悪ノリして魔王に良い蹴りを入れちゃいましたね」
『共犯じゃないですか』
「まあそんなこんなで、魔王を倒してしまったので、ラルブが代わりに魔王になることになりまして」
『倒したのならそれで良いじゃないですか』
「魔王を倒すと、もれなく次の魔王になる権利が与えられまして」
『勢いで魔王になっちゃいましたか。ヒロインの姉の方が魔王になれば良かったものを』
「そこはほら、トドメを刺したのがラルブでしたから」
『あら、それは意外』
「俺の蹴りで飛んでいった魔王が、ラルブに命中して絶命しましたからね」
『そういう判定なんですね』
「やる気満々のムーイ、覚悟は決めたもののやや申し訳無さそうにしているラルブ」
『色々と複雑そうですね』
「そしてラルブが巨大になっていることに困惑しているリルブとメーイ」
『兄だったり姉の婚約者だったりする人物が、久しぶりにあったら全長二倍ですからね』
「俺もとりあえずリルブ達の側に回って、困惑しているフリはしておきました」
『貴方魔王側且つ原因でしょうに』
「いえ、立場的には中立でしたよ。ムーイからは絶対に手を出すなと言われましたからね」
『勢いで魔王サイドになった破天荒からも敬遠されましたか』
「戦うことを躊躇っているリルブ達にムーイは言いました。『勇者と魔王の戦いなんて、兄弟喧嘩のようなもの。気楽に決着を付けましょう』と」
『実際に兄弟喧嘩ですからね』
「その言葉でやる気になったリルブとメーイ」
『なっちゃいましたか』
「伝説の格闘家の血を継ぐムーイとメーイの戦いはほぼ互角。着目すべきは勇者リルブと魔王ラルブでしたね」
『しれっと伝説の格闘家の血が混ざってきましたね。納得ではありますが』
「勇者としての力を振るうリルブに対し、しがない庭師としての力で対抗するラルブ」
『そこは新魔王としての力を振るえば良いでしょうに』
「そして決着がつきます。勝ったのはラルブ達でした」
『しがない庭師の力で勇者に勝っちゃいましたか』
「勇者の力は元々魔王特攻のものですからね。純粋に鍛え上げたラルブの戦闘能力だけで戦った方が勝算高かったんですよ」
『なるほど、計算ずくではあったのですね』
「ええ。それにラルブは面倒見の良い奴ですからね。幼い頃からリルブや、婚約者の妹であるメーイのこともしっかりと見てきていましたから」
『誰よりも勇者のことを知り尽くしていた魔王ですか、確かに強敵ですね』
「命を失うことはありませんでしたが、魔王ラルブに敗れたリルブは勇者の力を失ってしまいます。その結果、魔界の勢いが増すことに」
『魔王特攻を持つ唯一の勇者が敗れたら、そうもなりますよね』
「ただムーイとラルブは魔界の頂点として、人間界と和平を結ぶ選択をとりました」
『勢いついでに世界でも滅ぼしそうでしたが、穏便に終わりましたね』
「二人共元々人間ですしね。でもまあ、その後もちょこちょこ問題はありましたよ」
『人間が魔王となって勇者を倒し、人間界と和平するわけですからね』
「まあラルブが負けることはありませんでしたけどね」
『貴方が地獄の特訓を施しましたからね』
「ムーイだけではなく、リルブやメーイも影で支えてくれていましたからね」
『元勇者の助けもあれば、百人力というやつですね』
「お土産ですが、女神様宛に手入れ用の園芸セットをラルブからもらってきました。俺がいない時などの新たな趣味に役立てれば幸いですと」
『貴方が私のことを話したのでしょうが、そこまで気遣いされるとは』
「ちなみに俺の最期ですが、日課のストレッチをやっていると、突然ボキっと体が折れてしまいまして。年だったのでしょうかね」
『金属疲労でしょうよ』
◇
『ふむ、趣味の範疇でなら園芸も楽しいですね。この園芸セット、私の手に異様にフィットしていますし……彼は私のことをどれほど詳細に話したのでしょうかね。おや、道具の奥に手紙が――』
親愛なる指輪の君へ。
毎日ストレッチを欠かさずにやっている君だけど、なんかそろそろ金属疲労で折れそうな気がするので、君が死んで最愛の女神様の元へと帰った時に読んでもらおうと、今こうして筆を取っている。
君はいつもムーイと共に、物凄いテンションで生きているから、こうして僕の心中をゆっくりと吐露する機会はこういう手紙くらいでしかできないだろうからね。
『死ぬ未来まで予測されていますね』
リルブは始めから勇者として生きることを約束されて生まれた。リルブが勇者として戦えるまで無事に成長できるようにと、国から父に預けられて育てられていた。
ムーイとメーイも、弟にとって心強い味方となるようにと世界に用意された一族の末裔だった。魔王を倒す勇者として、世界はリルブに期待をし、入念な準備を行っていたんだ。
リルブは仲間として、年の近いメーイを選ぶことになるだろう。幼い時から僕はその未来を感じ取っていた。村の、国の、世界の視線が、それを物語っていたからね。
僕は勇者を引き取った牧師の息子。それ以上でも、それ以下でもなかった。将来の仕事も好きに選ぶことができたし、なんの使命も背負う必要がなかった。
でも、だからこそなのかな。勇者として途方もなく重大な責任を背負う未来が待ち構えている弟を見て、いたたまれない気持ちになってしまったのは。
『――勇者とは世界の物語にとって、欠かせない因子ですからね』
僕には負い目があった。リルブを支えるため、世界の意思と同調していたムーイに僕の気持ちを伝えてしまったことだ。
ムーイもメーイも、リルブが勇者であることを知らされていたし、それを支えるために日々厳しい鍛練も行っていた。だけど僕の言葉のせいで、ムーイはリルブとメーイのことを憐れんでしまった。
その時からムーイは、自分の感情に任せて生きるようになってしまった。周りからは勢いだけで生きる問題児として、疎まれるようにもなってしまった。
『……面倒見が良かったのは、そういう理由も含まれていたということですかね』
ついにリルブが覚醒し、魔王を倒す旅に出発してしまった。村の皆が期待に満ちた目でリルブとメーイを送り出す光景を見て、ムーイは我慢ができなかった。
二人だけに世界の命運を背負わせるなんて、そんなことはあってはならないと、一人で魔王を倒しに行こうとした。
僕は彼女を冷静に諭そうとしたけど、結局は無理だった。だからせめてと僕も一緒にいくことになった。ムーイが村の皆に言い放った言葉は、彼女なりの虚勢だったのだろう。
勇者として魔王を倒す準備を整えている最中のリルブ達に対し、真っ直ぐに魔王を倒そうとするムーイ。このままではムーイは無理をしたまま倒れてしまうかもしれない。
説得が無理なら、せめてリルブ達と足並みを合わせられるようにしたい。
僕はムーイに強くして欲しいとお願いした。ただのしがない庭師が特訓したところで、たかが知れているだろう。それでも、リルブ達が追いつくまでの時間は稼げるかもしれない。僕の情けなさで冷静になるかもしれないと色々と後ろ向きの思惑があった。
だけどそんな後ろ向きの行動が、良い結果を生み出すことはないと知った。全然強くならない僕に対し、ムーイは僕を置いていき、再び一人で魔王を倒しに行こうと考え始めていた。
僕に彼女を止める術はもうない。僕が変えてしまったムーイを、このまま見殺しにするしかないのかと、絶望していた。
でも、そんな時に君が名乗りを上げてくれた。君が僕に可能性を与えてくれたんだ。
『ただのしがない庭師でも、彼なら……ですか』
ムーイをも圧倒した君の言葉に、彼女は思い留まってくれた。僕はムーイを足止めできるのならばと、喜んで君の課した修行に取り組んだ。
そして僕は本当に強くなることができた。強くなったことで、ムーイだけではなく、リルブとメーイも助けたいと本気で思うことができるようになった。
そして魔族から聞き出した情報、魔王を倒せば魔王になることができることを知ったことで僕の覚悟は決まった。
僕が魔王となり、リルブとメーイを使命から解き放つ。勇者なんて存在に頼らなくても、世界を救えることを証明するのだと。
『……姉の方が主体かと思っていましたが、こちらが発端だったのですね』
君はストレッチ中で聞いていなかったようだけど、ムーイは僕の覚悟を聞いて、喜んで手伝うと言ってくれたんだ。今まで以上に素敵な笑顔で。
あとはもう君と一緒に体験した結果だ。僕等は勇者を倒し、世界を平和へと導けた。君が与えてくれた可能性で、僕はこれ以上にない未来を手にすることができた。
なにも背負うことがない人生だと思っていたけど、君のおかげで大切な人達の未来を背負う覚悟を持てたんだ。本当にありがとう。
『背負う必要がなくとも、背負うことはできるということですね。もっとも、彼が本気で誰かを導こうとする時は、最初から可能性を感じ取れた時だけですからね。この人には世界の意思に左右されない、確かな見聞の才があったようですし』
最後に一つだけお願いがあるんだ。急いでいるわけでもないし、必要性もそこまであるわけじゃないのだけれど、なんで僕大きくなったのか、原因が分かったら教えてほしい。
『結局そこは謎のままですか』
ラルブが大きくなった理由。それはきっと……。
月一更新目安だったけども、月末に引っ越しやらで間に合わなかったい。11月までにあと一回更新がんばりたいです。