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第七十七話:『姑がこするホコリ』

「女神様、フォークドゥレクラに新たな芸を覚えさせましたよ」

『やりだしたのが私なので強くは言えませんが、まだ続いていたのですね』

「転生前にやることが家事と女神様くらいしかなかったもので」

『私を趣味にしないでください。修行でもすれば良いでしょうに』

「次の瞬間にはリスポンするような環境ですし、常に緊迫感を持って生きていますよ」

『抗えてないですけどね』

「一応死ぬ瞬間に変顔する余裕はできました」

『嫌な抗い方しやがりますね。他にないんですか』

「リスポンする度に肉体の強さはリセットですからね。技術くらいは磨けますけど、技術に体が追いつかないですね」

『人間で出来る範囲の修行では、もう貴方の成長は望めそうにないですか』

「出来ることといえば、転生後に最効率で強くなるイメージトレーニングとかですかね」

『そのイメトレのせいで、気づいたら世界最強になっているパターン多いですよね。それで新しい芸とはどんなのものですか?』

「ああ、そうでした。フォークドゥレクラ、トランプタワー十段」

『おお、フォークドゥレクラが素早い動きでトランプタワーを組み立て始めましたね』

「からの妥協」

『十段と言われたのに、七段でやりきった雰囲気を出しましたね。妥協する芸ってなんですか』

「仕込めば色々とそつなく覚えられるんですよ。でもそれだと見ている側からすると、あまり心を打たれないなと思いまして。こう、雰囲気をかもしだすことで感動を演出しようかなと」

『なるほど。なるほど?』

「他にも、フォークドゥレクラ、シャドーボクシングからの苦戦」

『シャドーボクシングを始め、適度に打たれたフリをしていますね。あ、ダウンした』

「どうです?ちょっとした感動があるでしょう?」

『なんとなく物語が語られている感はありますね』

「俺にはとてもできない芸当です」

『できないことをリスにさせないでください。以前謎の物体になりきったでしょうに』

※第六十八話参照。

「あれはほら、形から入って役作りまでしていたからこそです」

『なら苦戦するリスに転生すれば、なりきれると』

「いけますね。魔王と勇者を秒殺したあと、苦戦したように見せる完璧な演技を見せてあげますよ」

『そのためだけに秒殺される魔王と勇者が不憫なので遠慮しておきます』

「でもそういって、案外この目安箱からそんなお題が出るかもしれませんよ」

『本当に引きそうだから、そういう前フリをしない』

「ええと、もずくさんより、『姑がこするホコリ』ですね。フラグの立て方が足りなかった」

『そもそもリスのお題が入っているのかすら、怪しいですがね。少し因子を調べてみますか……ふむ』

「どうです?」

『アノマロカリスならありましたね。あと以前引いたクリスマスプレゼント』

「おしい」

『もっと本質的に惜しさを感じなさい』



『フォークドゥレクラ、割り箸割り失敗からの絶望。……意外と楽しいですね』

「ただいま戻りました。おや、あるあるネタをやらせ、サイレントお笑い的な娯楽中ですか」

『解説しなくていいです。それで姑がこするホコリでしたか』

「はい。それではまず紹介するのは、この物語の主人公とも言える女性。フォニアです」

『流れるようにプロジェクターで紹介してきますね。格好は一般層の街人といった感じでしょうか』

「そうですね。フォニアは街の鍛冶職人の娘で、レデラという商人と結婚したばかりの新妻という設定です」

『昨今勇者とか魔王関連が多い中、鍛冶職人の娘というのは珍しいですね』

「ええ、それに人妻ですからね。中々背徳感ありましたね」

『持たんでよろしい。ふむ、旦那の方は随分とイケメンですね』

「レデラはその国の第三王子ですからね」

『おや、中々複雑そうな』

「レデラは第二王妃リムリーンの子でして。そのリムリーンは王位争いに幼いレデラを巻き込みたくなくて、レデラと共に城から逃げ出した過去があるのです」

『なるほど。誅殺されることを考えれば、賢い身のわきまえ方ですね。つまりこの第二王妃が姑ということですか』

「はい。リムリーンはレデラが鍛冶職人の娘なんかと恋愛結婚したことが面白くなかったようで、ことあるごとにフォニアに絡んでいたのです」

『登場人物の関係はおおよそわかりました』

「フォニアが掃除を済ませた後、リムリーンは窓枠を指でこすります」

『でましたね、定番』

「リムリーンが指を見ると、そこにはほこりに隠れた自分の指先が」

『普通に掃除不足じゃないですかね』

「いびるだけのつもりだったリムリーンも二度見してましたね。フォニアもてへへと舌を出していました」

『姑にいびられる新妻の話かと思ったのに、新妻がなかなかしたたか』

「リムリーンはハンカチで指を拭き取りながら、フォニアを叱ります」

『叱られても仕方ないですね』

「しかしそれでもほこりは取れません」

『大きなカブみたいな言い方。ハンカチじゃ拭えないのですか』

「煤混じりでしたからね。ハンカチ程度じゃ落ちませんよ」

『窓際に煤が溜まるって、家の中で煙でも充満していたのですか』

「フォニアが新しい包丁を打っていたからですかね」

『民家で包丁をこしらえていましたか』

「フォニアに掃除のし直しを命じ、リムリーンは指を洗いにいきました。そして再び戻ってきて、今度はシンクの上を指でこすります」

『いびりは継続するんですね』

「リムリーンが指を見ると、そこにはボロボロになった自分の指先が」

『なぜに負傷を』

「シンクの上には大量のほこりと、金属片が飛び散っていましたからね」

『なぜに金属片が』

「フォニアがそのへんで新しい包丁を打っていたからですかね」

『台所が作業場でしたか。というかほとんど掃除できてないじゃないですか』

「床はピカピカでしたよ。石張りの床でしたが、鏡のように磨き上げられていましたからね」

『それもう掃除じゃなくて鍛冶屋の磨き上げですよね』

「リムリーンも『そこまでしなくていい』と引いていましたね」

『床が鏡面仕上げされていたら、どんな姑でもドン引きでしょうよ』

「フォニアに掃除のし直しを命じ、リムリーンは指を治療しにいきました。そして再び戻ってきて、今度はベッドの下を指でこすります」

『怪我しているでしょうに』

「リムリーンが指を見ると、そこにはべっとりとオリーブオイルまみれになった自分の指先が」

『オリーブオイルを床に撒くなと』

「つい。でもほこりに油を吸わせた方が、掃き掃除が数倍楽になりません?」

『拭き掃除が数十倍面倒になりますよ』

「リムリーンはハンカチで指を拭き取りますが、そこで気づきます」

『ハンカチで拭っても油は落ちにくいでしょうよ』

「先程金属片でボロボロになった自分の指が完治していることに」

『そんな効果ありましたね』

※第十一話参照。保湿効果があるから、実質エリクサー。

「まあ結局フォニアは叱られましたが」

『そらそうでしょうよ。しかし散々イビリ根性満載の姑ですが、旦那は助け舟を出してくれないのでしょうか』

「フォニアもレデラにリムリーンのことを相談しましたが、『母なら確かに言いそうだね』と優しく笑みを向けるだけでした」

『ワリとダメな亭主じゃないですかね、その旦那』

「まあフォニアはレデラにべた惚れだったので、その笑みだけで満足していましたが」

『ちょろいけど、ダメでしょうに』

「フォニアはレデラが王子であったことを、本人から打ち明けられていて知っていました。リムリーンが自分に厳しいのは、自分が元王子の嫁として不相応だと思われているからだと理解していたのです」

『隠し事にはしなかったのですね』

「王子云々はおいておいても、自分が嫁として未熟なのは重々承知していましたからね。レデラが帰ってきた時、台所にあったのは打ち立ての包丁だった時とかしょっちゅうでしたし」

『だから家で鍛冶るなと。家事りなさい』

「その台詞、リムリーンも言っていましたね」

『言うでしょうよ。旦那も食卓に新品の包丁出されたら困るでしょうに』

「いえ、その出来栄えに感激し、フォニアを褒め称えていましたよ」

『頭の中も王子ですね、その旦那』

「実際にフォニアの打った包丁はとても良い値段で売れましたからね。その包丁も丁重に装飾を施し、軍の兵長に売ったそうです」

『妻が洋食家事らず、鍛冶って打った包丁、丁重に装飾、兵長に売ったと』

「お、韻を踏んできますね」

『踏まされているのですよ、セイホー』

「ホー。リムリーンはフォニアの姿勢は認めていましたが、それはそれ、これはこれ。王家の跡取り候補の妻に相応しい存在になるように、徹底していびり倒そうとしました」

『陰湿な家庭環境かと思ったら、じゃっかんスポ根入っていませんかね』

「こちらその時の映像」

『劇画タッチだ。そして新妻相変わらずハンマー握っていますね』

「そして一年が経過しました。厳しいリムリーンのいびりに耐え、フォニアの人妻力は以前とは比べ物にならないまでに上昇しました。もう周りに新妻とは言わせません」

『人妻力て。そもそも一年経ったら新妻と呼ばれなくなるのは普通のことでは』

※諸説あり。でも心は新妻でありたいって気持ちはあるよね。

「フォニアの掃除を見届けたリムリーンは、窓枠を指でこすります。そして自分の指を見て、静かに笑いました」

『そんなことで成長を確認しても』

「そこには綺羅びやかに輝く、自分の指があったのです」

『こすりすぎて指紋とか消えてませんかね』

「怪我とオリーブオイルパックの繰り返しでしたからね。彼女の指は名匠の鍛え上げた剣よりも洗練されていましたよ」

『そういう感じに強化されることはないと思いますが』

「リムリーンはフォニアに向かって言います『よくぞここまで人妻力を高めました。姑として、貴方に言える苦言はもう台所で鍛冶ることだけです』と」

『そこは直さなかったのですね』

「『貴方をいびり鍛え上げたのは、ただ貴方が気に入らなかっただけではありません。貴方にレデラを支えきれる胆力が持てるかどうか確かめたかったのです』と」

『気に入らなかったのは事実なのですね』

「『もう間もなく、レデラは立場あるものとなるでしょう。そうなればあの子を支えられる者はどんどん減っていきます。最後まで傍にいられるのは、貴方だけなのです』と」

『おや、それはどういうことなのでしょうか』

「実はですね、王位争いはまだ続いていたのです。第一、第二王子は互いに王位を狙い、その結末はお互い同時暗殺に成功という皮肉な結果に終わりました」

『そうなると、王位争いから逃げ出した第三王子が……ということですか』

「はい。間もなくして、城から迎えのものが現れ、レデラは正式に王位を継ぐこととなります。そしてフォニアは王妃となったのです」

『物語の主人公らしい出世ですね』

「ええ。ですがレデラやフォニアを疎む者は少なくありませんでした。第一、第二王子にも子供はいましたからね」

『ドロドロした展開は続きそうですね』

「いえ。リムリーンによって鍛え上げられたフォニアは、もはやそのへんの有象無象の嫌がらせなど意に介さないほどに強靭なメンタルになっていましたからね。むしろ城内で包丁を打ち、相手をひるませていましたよ」

『そこは鍛え上げた要素ではなく、直せなかった要素では』

「城の生活も落ち着き、少しの月日が経過したある日、レデラはフォニアと共にある場所に出かけます。そこは王族の眠る墓でした」

『王が病に倒れたと言っていましたね』

「ええ。レデラは墓に花を添えながら、少しだけ寂しそうな顔で呟きました。『幼くして城を去った私は父のことを良く知らない。だけど母を愛していたことは知っている。それだけで尊敬できる人物だと確信できる。今頃きっと、二人共仲良く私達を見守ってくださっているのだろうね』と」

『……ん?二人?』

「先代の第二王妃、リムリーンは数年前に病で亡くなっていました。レデラがフォニアと結婚する少し前にです」

『ですが少し前まで人妻をさんざんいびり倒していて――』

「リムリーンはかつて国の未来を占う巫女でした。先代の王とは恋愛結婚だったそうです。自分は後から湧いた存在、愛する人との証である息子さえ無事ならそれでいいと王位争いから身を退けていたのです。病を患い、自分の命が消えゆくことも、一つの結末として受け入れていました。ですが死ぬ間際に、最後に愛する人の未来、王国の未来を予知して王位争いの結末を知ったのです」

『第一、第二王子が共倒れになることですか』

「はい。リムリーンは自分の息子が王になることを知り、喜びと不安を抱きました。レデラはこの先、厳しい世界に身を投じることになる。彼を支えられる人物はもう間もなく命を失う自分だけ。そんな時、自分を見舞いに来たレデラから、彼の恋人の話を聞いたのです」

『……』

「リムリーンはフォニアがレデラを支えられる女性なのか知りたかった。だけど自分にはもう未来を予知する力も残っていなかった。リムリーンは『息子は大丈夫。だからせめて、息子の妻となる人を導かせてください』と神に願いました」

『その願いが叶えられたということですか』

「はい。ちょうど転生してきた俺が叶えました」

『えっ』

「俺が彼女を幽霊として現世に残し、フォニアと接触させる機会を作ったんですよ」

『窓枠とかにいたほこりじゃないんですか』

「えっ、違いますよ。リムリーンがフォニアに求めた、王の妻としての誇り、その概念として転生したんですよ」

『埃じゃなくて誇りに転生していたのですか』

「はい。リムリーンがフォニアに王の妻としての誇りを持ってもらえるように、その意思を繰り返し示し続けている限り、俺は彼女にその機会を与え続けたのです」

※同じネタを繰り返すことを『こする』という言い回しで表現することがあります。最近のインターネットミーム。

『こするって、そっちの意味だったのですか。窓際にたっぷりだったり、シンクに金属片と共にあったりしていたのに』

「アレはただのフォニアの掃除不足ですよ?」

『床のオリーブオイルは』

「新婚夫婦が妬ましかったので、嫌がらせで撒きました」

『誇りがオリーブオイルを撒き散らしたんですか』

「概念的にスペックが高かったので、ヒール効果割増しでしたね」

『そもそも幽霊なのに、窓際やシンクの埃に触れたり、怪我したり、オリーブオイルで回復っておかしくないですか?』

「概念でもオリーブオイルを出せるんですから、幽霊に実体を持たせるくらい造作もないですよ」

『ぐうの音もでない。夫が相談された時笑っていたのは、そういうことだったのですか。既に亡くなった母の話題だから――』

「はい。レデラはフォニアの相談を、不思議ちゃんの電波のようなものとして受け取っていたようです」

『それはそれで大概ですよね』

「フォニアとレデラが去っていった後、俺とリムリーンはその姿を見届けていました。俺は言いました。『もう良いかい?』と。リムリーンは『ええ、もう十分。新婚生活を邪魔した姑は大人しく墓に入っているわ』と」

『そういえば城から逃げ出したのに、王家の墓には入れたのですね』

「リムリーンの死を聞きつけた先代が、手配してくれたそうですよ。その当人も愛した人が死んだことですぐに病気で亡くなっちゃいましたけどね」

『夫が先代の王を尊敬できていた理由はそこでしたか』

「お土産ですが、リムリーンと一緒に埋葬されたフォニアの打った包丁です。『こんなもの要らないわよ』と持たされました」

『良い包丁ですね。……いや、むしろ良すぎではないですか?これ、そのへんの名刀よりも質が高いですよ』



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