第七十六話:『子供に「欲しいのはこれじゃない」と叩きつけられるクリスマスプレゼント』
『さぁ、フォークドゥレクラ、まず魚を三枚におろすのです。違います。頭を齧ってはいけません。それは私のお昼ごはんですし、川魚なのですから生で食してはいけません』
「また変な芸を仕込もうとして。食べ物関連は毛が入るかもしれないって言ったじゃないですか」
『問題ありません。手袋を装備させています』
「お腹空いているのなら、俺が作りますよ」
『違います。これは貴方が転生している間にも、他人の手料理が食べたくなった時のための訓練なのです』
「他人というか他リスですよね」
『今のところお菓子の袋を開けさせるところまでは仕込めました。レンジのスイッチもあたため程度ならば押せます』
「手料理とは」
『なので次はと包丁を覚えさせようとしているのですが、所詮はリスですね』
「所詮のリスですからね。でもフォークドゥレクラは結構賢いですよ。俺も色々芸を仕込んでいますし」
『ほう。冷凍食品をレンジで温めさせる以上の芸ができると』
「フォークドゥレクラ、煉獄剛炎雷鳴冥界蹴」
『使えちゃったかー』
※紅鮭師匠の奥義。今なら七割引で覚えられるそうです。
「ヤドカリや紅鮭ですら覚えられるんですから、リスだって覚えられますよ」
『否定できないけど否定してあげたい気分ですね』
「最近は田中さんのレミュアクターシェザリーアステトとかも覚えさせようとしていますが、あのへんは俺でも覚えるのが大変でしたからね」
※田中の奥義。バフが掛かる。
『自身によく分からない物凄いバフが掛かるアレですか。散々転生しておきながら、未だに理解の範疇にないのはどうなのですかね』
「いえ、レミュアクターシェザリーアステトは『現段階の自分』がよく分からないレベルの物凄いバフが掛かる奥義なんですよ。なので使用者によって効果量が違ったりします」
『それ私が使ったらどうなるんですかね』
「女神様でもよく分からない物凄いバフが掛かるんじゃないですかね」
『一部の創造主達が欲しがりそうな奥義ですね』
「女神様的には興味がない感じです?」
『ないですね。バフが必要だと感じたことないですから。どちらかと言えばデバフの方が欲しいところですね』
「それでしたら俺の奥義をば」
『レモン汁を手から放つくらいなら、冷凍レモンを投げつけますよ』
「あ、それ強そうですね。今度魔王とかと戦う時になったら使ってみます」
『レモンそのものも出せるようになっていたのですか』
「果肉付きだとちょっと寿命削りますけど、いけますよ」
『対価なしにレモン汁を放てることと、対価ありでレモンを生み出せること、どちらに疑問を抱けばいいのやら』
「ん、どうしたんだいフォークドゥレクラ?ああ、転生の時間か、ありがとう」
『タイマー機能も覚えさせたのですか』
「俺にできることは一通り覚えさせておきたいですからね」
『物理と魔法が通じない不死のリスが、貴方と同等の能力を手に入れたら神々にとっても脅威なのですがね。まあ私はいつでも処分できるので構いませんけど』
「大丈夫だよ、フォークドゥレクラ。調子に乗らなければ処されないから。俺を見てちゃんとラインを覚えるんだよ」
『散々ライン超えしているので、いい反面教師ですね』
「それでは転生先はっと。はる@いぶさんより、『子供に「欲しいのはこれじゃない」と叩きつけられるクリスマスプレゼント』」
『既視感』
※多分第十八話参照。失敗作と叩きつけられる皿。
「異世界転生でも追放系とかあると聞きますからね。叩きつけられ系もその亜種みたいなものかと」
『そこまで違うとただの別種なのですよ。しかしクリスマスプレゼントですか。今夏だというのに』
※現在令和三年、七月。未来向けメモ。
「叩きつけられる前世を経験している立場ですからね、無双してきてやりますよ」
『活かしようのない経験のはずなのですがね』
◇
『違います、フォークドゥレクラ。それは中濃ソースです。特濃ソースはこちらです』
「帰ってきたらよく分からない調教をしている女神様がいた」
『おや、おかえりなさい。どうもこのリスは一般常識を知らないようなので、まずは調味料から学ばせています』
「一般常識は学ばせたことなかったなあ」
『ソースと醤油の区別はできるようになりましたが、ソースの判断がまだ甘いですね。それで子供に「欲しいのはこれじゃない」と叩きつけられるクリスマスプレゼントでしたか』
「はい。冒険の舞台はジュナハンという八歳の男の子の家で行われたクリスマスパーティでした」
『えらく狭い冒険の舞台ですね。いえ、昨今では玩具などが主人公となる例もありますので、クリスマスプレゼントならば妥当な広さとも言えますか』
「俺はジュナハンの母親に用意されたクリスマスプレゼント。中身は流行最先端のホビーセットです」
『普通の子供なら喜びそうですね』
「ええ、ですが俺は叩きつけられるプレゼントとして転生した身。必ず叩きつけられるだろうと、ジュナハンの手に握られた瞬間から、既に待ち構えていました」
『最初から叩きつけられる前提で待ち構えているクリスマスプレゼントって、全世界でどれくらいいるのでしょうかね』
「しかしここで予想外のできごとが」
『プレゼントが意思を持っており、叩きつけられることを想定とした心構えを抱いている以上に予想外があるのですか』
「ジュナハンはなんとプレゼントを抱きしめて、喜び始めたのです」
『そっち方面の予想外でしたか。叩きつけられるプレゼントとして転生したはずなのに、叩きつけられる素振りがなかったと』
「はい。これには流石の俺も驚き、どうしたものかと思案します」
『まあ叩きつけられなければ、それにこしたことはないのですが』
「ですがさらに予想外のできごとが」
『まだあるのですか』
「なんと、俺が叩きつけられていたのです」
『過去系とな』
「はい。俺としたことが、叩きつけられていたことにも気づかなかったのです。叩きつけられた俺は唖然としながらも、それがジュナハンのフェイントだったことに気づきます」
『子供がプレゼントにフェイント掛けてきたのですか』
「俺は悟りました。ジュナハン、こいつは本物の叩きつけリストだと」
『聞いたことないのですが、なんですか叩きつけリストって』
「皿に転生した時にコレワッタルから聞いた話で、勇者が魔王を倒す使命を持つことと同じように、物を地面に叩きつける使命を魂に刻み込まれた存在です」
※十八話登場。陶芸家巨匠(創造主)。
『聞いた上で言いますけど、なんですか叩きつけリストって』
「皿に転生した時にコレワッタルから聞いた話で――」
『聞き逃したわけじゃないですよ。しかしその様子からして、その子供は転生者とかなのでは』
「いえ、ジュナハンはその世界に生まれた在来種ですよ」
『異世界転生者を外来種みたいな言い方しないでください』
「油断していたのは事実。俺は敗北を認めその場を撤退し、次のクリスマスにリベンジすることを決めました」
『プレゼントが撤退しないでください』
「そして迎えたジュナハン九歳のクリスマス。修行した俺は完璧な精神状況で挑みます」
『プレゼントが修行したのですか』
「はい。ナイアガラさながらの滝で滝行をみっちりと」
『中身壊れていませんかね』
「大丈夫です。流行も過ぎたので、中身はその後入れ替えましたので」
『大丈夫ということにしておきましょう』
「俺はラッピングを取り替え、ジュナハンの元へと向かいます。流石に同じラッピングじゃ面が割れていますからね」
『ラッピングを面と呼ぶ人がどれほどいるのやら』
「ジュナハンは再び俺を掴み上げ、去年と同じように笑顔を見せます。ですが滝行で鍛えた俺は決して油断しません。ただひたすら冷静に、ジュナハンの全身の動きに注視し続けました」
『抱き上げられながら警戒するというのも変な話』
「ですが、気づいた時には俺は地面へと叩きつけられていました」
『油断していなかったのに、どうして』
「ジュナハンは予備動作すらなく、俺を叩きつけていたのです。無拍子の叩きつけというやつです」
『九歳の子供が使う技じゃないのは確かですね』
「俺に油断はありませんでした。だけど俺はジュナハンの実力を見誤っていたのです。彼は同格どころか、俺や紅鮭師匠よりも上の次元にいたのです」
『しれっと紅鮭も下に据えるのを止めなさい』
「でも紅鮭師匠も叩きつけられていましたよ」
『いたんですか。しかもプレゼント枠で』
「紅鮭に綺麗なラッピングをしていましたね」
『間違いなく欲しいのはこれじゃないと叩きつけられますね』
「ラッピングは変えたんですがね」
『紅鮭に結ばれている紐が変わる程度でしょうに。ちなみに貴方の中身は?』
「家庭用プラネタリウムです」
『普通にチョイスは良いのが無駄に腹立ちますね』
「再び敗北した俺は気絶した紅鮭師匠を連れ撤退しました。あの時箱がクシャクシャになるまでに涙を流した悔しさは忘れません」
『紅鮭が気絶しているあたり本物ですね。あとそれ滝行で濡れたのでは』
「やっぱり箱も変えたほうが良かったですかね」
『それはそうですよ』
「俺と紅鮭師匠は滝に打たれながら作戦会議をしました。叩きつけリストであるジュナハンの叩きつけレベルは、叩きつけられリストである俺達のレベルを遥かに凌駕していました。正面から挑んだのでは、返り叩き討ちにされてしまう。なので正攻法ではなく、多少なりとも邪道と言えるような手段で挑むべきではないのかと」
『もう少しツッコミを入れる余白をください。そもそも叩きつけられリストってなんですか』
「皿に転生した時にコレワッタルから聞いた話で――」
『もういいです。とりあえず正攻法以外で挑むということですよね』
「はい。どうしても叩きつけられるのを防げないのであれば、ジュナハンが本当に欲しいプレゼントを用意すれば良いのではと、俺達はジュナハンが十歳になるまでの間、彼を監視し続け、その好みを徹底して調べ上げました」
『十歳の少年の日常を監視するプレゼント箱とラッピングされた紅鮭』
「そしてきたるジュナハン十歳のクリスマス。俺達は各々の努力の集大成を持って挑みます」
『ちなみにプレゼントの内容は』
「俺は現金十万円。紅鮭師匠は金メッキされた紅鮭です」
『少年が現金な性格であることはわかりました。そして叩きつけられたのでしょう』
「よくおわかりで」
『わからいでか』
「俺は惜しかったと、泡を吹いて気絶していた紅鮭師匠を連れ撤退します」
『よく惜しいと思いましたね』
「現金だと悟ったジュナハンが一瞬固まりましたからね」
『多分それは唖然としていただけだと思いたい』
「俺と紅鮭師匠は滝に打たれながら作戦会議をしましたが、正直なところ万策尽きていました」
『プレゼントの最終手段ですからね、現金直渡しは』
「紅鮭師匠も倒れ、今回は田中さんもいない。どれだけ一人で考えても、上手くいくイメージが思い浮かばないのです」
『紅鮭死んでる。泡拭いて気絶したまま滝の下に放り込んでませんかね』
「諦めの境地に至った時、俺は悟りました。そもそもどうして俺は叩きつけられないようにしているのだろうと。俺は叩きつけられるプレゼントとして転生したのではないのかと」
『今更ですね。一応叩きつけられているので生きている感じではありますが』
「俺が足掻いていたのは、何の反応もできずに叩きつけられたことが悔しかっただけ。自分の本当のやるべきことを見失い、叩きつけられることを恐れて現金に頼ろうとしたことを恥じたのです」
『普通に恥じる案件ではありますね』
「ええ、ですから俺は決めました。もう叩きつけられるのを待つ必要はない。先手必勝でジュナハンを倒そうと」
『どうしてそうなった』
「俺が望んだのは叩きつけられるプレゼントとして、生意気な子供に反旗を翻してみせること。受け身でいること自体が、俺らしくなかったのです」
『そんな目論見で転生していやがりましたか』
「最後は本気でジュナハンを倒しにいこう。それで負けたのならば悔いはない。俺もまた紅鮭師匠と同じく鍋の具材となってこの世を去ろうと覚悟を決めました」
『鍋にしやがりましたね。あと貴方は具材になりえませんよ』
「最後の戦いに挑むにあたり、ご機嫌を伺うような、ジュナハンの好みを考えたプレゼントなんて用意する必要はない。俺は紅鮭師匠を埋めたところに落ちていた綺麗な石ころを拾い、俺の中に放り込みます」
『そのへんで拾った石ころはもはやプレゼントですらなく、嫌がらせなのでは』
「ジュナハン十一歳の誕生日。俺はいつものようにジュナハンの家に忍び込み、ツリーの下に待機します」
『忍び込んでいたのですね』
「ジュナハンが俺を手にとった時、彼が俺を叩きつけるよりも早く、レモン汁を目に叩きつけてやろう。そう思い静かに力を溜め、ジュナハンが来るのを待ちました」
『拳を叩きつけないだけ良心的ではありますね』
「そしてついにジュナハンが現れ、俺を手にします。俺はジュナハンの目に狙いを定め、レモン汁を放とうとしました。ですが、不覚にも一瞬動きが止まってしまったのです」
『行動でも見透かされていましたか』
「いえ、既にジュナハンの目からは涙が流れており、それでいて今までとは違った笑顔を浮かべていました」
『よもや拾った石が当たりとかじゃないですよね』
「いえ、どうやら今回のクリスマスに今まで仕事でいなかった両親がいることが嬉しかったそうです」
『ああ、プレゼントを拒否していたのは、そういう理由だったのですか。……ちなみにその両親が現れたのは、貴方のせいですか?』
「ええまあ。俺とジュナハンの最後の戦いですからね。見届人が欲しかったのですが、紅鮭師匠は死んでいましたし、田中さんも今回はいなかったですから。なので毎年顔を見せていないジュナハンの両親がクリスマスに家に帰れるように、彼らの会社の経営や国の景気を少しだけ改善しておきました」
『クリスマスプレゼント風情が経営や景気に干渉するなと。まぁ、悪い話じゃないのでいいですが』
「それはそうと、仕切り直して俺はレモン汁を放とうとしたわけですが」
『放とうとしてやがったんですか』
「ジュナハンが『これが、僕が本当に欲しかったクリスマスプレゼントだ』と口にしたせいで、概念死してしまいまして。即死でした」
『即死で良かった』
「いやぁ、完敗でしたね。単純な戦闘ならいざ知らず、叩きつけと叩きつけられの界隈じゃ俺はまだまだ半人前だと思い知らされましたよ」
『無双だけの人生よりかは、敗北があったほうが彩りあると思いますよ』
「ちなみにお土産ですが、即死したので処分し忘れた家庭用プラネタリウムと、向こうの世界の十万円です」
『女神の力なら、本物の宇宙空間を投影することくらいできますが……たまにはこんな陳腐なロマンチックも悪くないでしょう。お金は要りません』
「じゃあ紅鮭師匠の香典として送っておきますね」
『せめて使えるお金で送りなさい』
クリスマスプレゼントだけは送っていた親。
余談ですが、田中さんは恋人と過ごす系の行事はなるべく一人で、恋人に思いを馳せて過ごしています。
あと紅鮭師匠は『子供に「欲しいのはこれじゃない」と叩きつけられるクリスマス紅鮭』に転生していました。主人公を真似てみましたが、やはりまだ彼には早かったようです。
あとラノベニュースオンラインにて勇者の肋骨の書籍に関する記事が紹介されております。
めばるさんの挿絵等も数点乗っていますので、ご購入の際の判断材料としてどうぞ。