第七十五話:『学園もののファンタジーで教師が使っているチョーク』
※お題投稿の際は、活動報告の注意書きをよく読んだ上でご投稿ください。条件を満たしていない場合は承れませんので、よろしくお願い致します。
「左ジャブ、左ジャブ、左フックからの、左アッパー」
『女神の横でサンドバッグを叩かない。あと右手はどうしたのですか』
「お餅をこねています」
『サンドバッグの上で餅つきしていたのですか』
「トレーニングのついでになるかなと思いまして」
『左手でもち米を叩き、右手でこねる形ですか。二足の草鞋を履くということわざを知っていますかね』
「手足に装備すればいけますよ」
『四足歩行でもするつもりですか。してましたね』
「でもほら、手加減する時って片手で戦ったりするじゃないですか。転生先で強い立場になることも多いですから、そういう特訓もしておきたいかなと思いまして」
『ハンデで片手だけで戦う人は、別に普段から片手で戦う特訓はしていませんよ』
「そうなんですか?せっかくそれぞれの手だけで戦う拳法を編み出したのに……」
『編み出したら手加減じゃないでしょうに』
「でも左右で違う拳法の技を使えるのって格好良くないですか?」
『二刀流よりも一刀流が多い理由を考えてください。そういう器用キャラは基本王道まっしぐらな相手に負けますよ』
「両手で戦う拳法を編みだすしかないですかね」
『それ普通の拳法だと思いますが。それはそうとお餅はきな粉でよろしくです。お腹が空いたので早めに仕上げてくださいね』
「はいさ。よし、それじゃあ時短の裏技を使っちゃおう」
『餅つきの時短技ですか。ホームベーカリーでも使うのでしょうか』
「てい、煉獄剛炎雷鳴冥界蹴」
※紅鮭師匠の奥義。一応ちゃんとした手続きで継承しています。
『人(?)の奥義で餅つきしない』
「大丈夫です。ちゃんと手で放っていますよ」
『いっそ足を使ってあげてほしい。その技って対象を原子分解する威力ありましたよね』
「はい。粒状のもち米を原子分解させつつ、余った衝撃を利用して一つのお餅として結合させています」
『お餅がまとまる仕組みってそこまで化学的じゃなかったかと思いますが』
※もち米にはうるち米に比べ、水に溶けやすいデンプンのアミロースがありません。なので粘りがある感じです。多分。
「おまたせしました。きな粉とお餅です。ついでに煉獄剛炎雷鳴冥界蹴で用意したこしあんもあります」
『簡単に料理を作る電気圧力鍋みたいな感じで使ってやがりますね。あ、このお餅すごく伸びる』
「おもちってつきすぎると、コシが弱くなりますからね。一撃でドゴンと完成させるのがコツなんですよ」
『全てのもち米に均等に高威力の衝撃を与えているわけですか。理屈は通って……いやいや』
「ちなみに魔力を込めると、味とかもつくそうですよ」
『込めていないでしょうね』
「持ち主の因果や種族とかに依存する形なので、俺の魔力は味付けには向かないんですよ。味も毎回変わっちゃいますし」
『闇鍋ガチャですね。食べ物にもそれなりには転生していますが、食用に向かないものも大量に転生していますからね』
「この前試しにやってみましたけど、カップルがキスしてる後ろで一人寂しく座っている独身男性が感じる気まずい雰囲気の味がしましたね」
※第十五話参照。その雰囲気に転生しました。
『逆に一口くらい食べたくなりますね。というより試したんですね』
「リープリスの耳の味とか、どんなものかなと試したくなりまして」
※第九話参照。ヒロインの左耳に転生しました。
『その好奇心を満たすためだけに闇鍋ガチャに挑んだのですか』
「その発想から生まれたのがこちら、味覚で読み取れる転生先ガチャです」
『またいらない発想をしてからに。お題箱の中身の転生先の味がする感じなのですよね』
「そうですね。転生先がA5ランクの黒毛和牛とかなら、すごく美味しいと思いますよ」
『ないと思いますよ』
「では早速ガチャガチャ。そして出てきた飴を口の中へ……ふむふむ。この味はりんごゴゴゴゴゴさんより提供された、『学園もののファンタジーで教師が使っているチョーク』味」
『チョークの味がしたんですね』
「はい。ぺっぺっ」
※良い子も悪い子もチョークの味なんて知らなくて良いよ。
『しかしチョーク味はさておき、学園もののファンタジー要素はどう見極めたのやら』
「ほら、料理漫画とかで料理を食べると風景とか湧いてくるじゃないですか。あんな感じです」
『百歩譲って細かいニュアンスが読み取れるのは良しとして、お題を投稿した人の名前をどうやって読み解いたのですか』
「そこはほら、メロディーが天から降ってきたという感覚に近いです」
『経験的にないから分かりづらい』
◇
『さぁ、フォークドゥレクラ、もち米やらは用意しました。お餅を作るのです。そう、その杵を持って、そこの米をつくのです。首を傾げてないで、ほら、早く』
※四十四話のお土産。不死身の肉食リス。
「戻ってきたら凄い無茶振りをしている光景が」
『おや、丁度よかった。つきたてのお餅を食べたいと思っていたところです』
「いくら面倒だからと、リスにお餅をつかせるのは無茶がありません?」
『私が杵で餅をつくと、臼ごと消し飛ぶんですよ』
「女神様が作るほうが無茶だった。力加減できませんものね」
『する必要がないですからね』
「今進行形で必要なのでは」
『他者にやらせられるのなら、私がする必要はないのです』
「なるほど。摂理ですね。でもフォークドゥレクラにさせたら、毛が入りますよ」
『確かに、盲点でした』
「食べ物関連だと死角多くないですか?すぐに用意してあげたいのですが、ここに帰ってくる前に煉獄剛炎雷鳴冥界蹴でお餅をついたことを紅鮭師匠に話したら、ちょっと悲しい顔をされたんですよね」
『ちょっとで済むあたり、器は大きいですね』
「なのでちょっと分身しながらつきますね。ニンニン」
『三人に分身しましたね。一人が杵で、一人が水を入れながらこねるとして、もう一人は何をするのですか?』
「え、報告をしますけど」
『なるほど、その手がありましたか』
「さてはお腹空いてます?」
『かれこれ三日ほど臼を消し飛ばし続けていましたからね』
「ご飯の方も用意させますね。分身一号、本体一号、食事の用意もよろしく」
『あなた分身の方なんですか。報告は本体がしなさい』
「ご飯には本物の愛情を込めたくてですね」
『偽物ではなく分身なのだから十分に込められるでしょうに』
「そうですね。まあ最後に美味しくなーれとビームでも放っておきます」
『結構です。それで美味しくなられても、その事実を受け入れるのが嫌なので』
「切ない」
『学園もののファンタジーで教師が使っているチョークでしたか』
「そうですね。マテリルア学園という魔法を学ぶ学園で、様々な理由で魔法を学ぼうとしている子達が集う学園です。なお物語の主人公は教師であるフインという男です」
『最近では教える立場の人物が主人公であることも増えていますよね。よくあるのはうだつの上がらない若い男性教師が、実は大物だった展開とかでしょうか』
「そうですね。フインは現役魔王です」
『元勇者ならありそうだったのに、現役魔王できちゃいましたか。しかしどうしてまた魔王が学園の教師に』
「フインは元々ストイックな男で、先代の魔王から推薦されて魔王になった後も鍛錬を続けていまして。ただ魔王がそのへんで修行しているのを見られると、周りの部下にまでハードな特訓を押し付けてしまいかねないと人間界の僻地で修行をしていたのです」
『ストイックさを他者に押し付けないあたり、人はできてそうですね』
「そして還らずの森で鍛錬をしていると、ハイキングにきていたマテリルア学園の学園長と出会ったのです」
『還らずの森でハイキングとは洒落てますね。失踪届出されかねないでしょうに』
「学園長はフインの魔法の才能をべた褒めし、教師にならないかとスカウトをしました」
『魔王ですからね。世界的にも上位でしょうよ』
「魔法の腕に伸び悩んでいたフインは、他者に教えることで何か新しい発見があるかもしれないと、そのスカウトを承諾。そのまま教師となった流れです」
『人間界と魔界の関係的には大丈夫なのですかね』
「そのへんも含めて、色々学ぼうとはしていたみたいですね。先代の魔王と勇者の戦いは痛み分けといった形で終わったそうですよ」
『偏見だけで人間を滅ぼそうとする魔王に比べれば、人格はできていますね』
「そして教師として着任したフインですが、早速窮地に陥ります」
『早速過ぎませんかね。まだ雰囲気もなにもつかめていないのですが』
「なんとフインはアレルギー体質で、チョークを握ることができなかったのです」
『ファンタジーでアレルギーの話はあまり聞きませんね。チョークで反応するということは、石灰のラインなどでもぜんそくや発疹とか出る感じでしょうか』
「はい。魔界出身のフインにはチョークは異物過ぎたのです」
『魔界産の有毒物質みたいな扱い的なニュアンスですかね』
「ですが教員としてやっていくためには、チョークを扱えることが最低条件。フインはなんとかチョークを克服しようと試行錯誤します」
『チョークさえ使えれば誰でも教員になれそうな言い方ですね。手袋で良いのでは』
「粉末でも辛いそうなので」
『職員室に戻れなさそうですね。現代日本ならば、スクリーンに映し出したり、ホワイトボードなどを使ったりと対策は色々ありそうですが、異世界ファンタジーものだとそういったものはなさそうですね』
「そうですね。そしてフインは悩み抜いた末、ついにアレルギー反応のでないチョークを生み出したのです」
『地球でもありますよね。成分を変えたり、粉末が舞わないような性質だったりするチョーク』
「はい。それが俺、不死身のチョークです」
『不死身にしちゃったかー』
「魔王クオリティというやつですね。植物由来成分で手に優しく、握るだけで肌荒れが治り、血行も改善されます」
『それオリーブオイルでできてませんかね。オリーブオイル製の石鹸か何かじゃないですかね』
※主人公は体からオリーブオイルを出せる。これだけ聞くとどんな設定だ。
「でも白い線を引けますよ」
『じゃあチョークですかね』
「文字を書く時にカツカツといい音が響きますよ」
『じゃあチョークですね。潤うのにどうやってカツカツ響くか気になりますが』
「それはもう、俺の身を削って文字を刻んでいるわけですからね」
『それもうカツカツじゃなくてガリガリですよね。チョークの擬人化って、小学校低学年向けの教育漫画であるかどうかくらいですから、実際に消費される感覚を擬人化しているシーンって中々見ないですよね』
「バトル系のマンガとかならよくあるじゃないですか。こう、頭を地面に抑えつけられて、カツカツーって」
『だからそれはもうガリガリです。仮にカツカツだとして、そんな擬音のするバトルシーンは盛り上がりに欠けます。ちなみにどこが不死身要素なのでしょうか』
「一晩も休めば消耗された部位が完全に再生します」
『あら便利』
「こうして全ての問題を解決したフインは、晴れて教師としてのスタートラインから踏み出すことになったのです」
『チョーク一本用意しただけじゃないですか』
「まあ他に問題なんて何もなかったですからね」
『一応魔王だという最大の問題もありますがね。そもそも魔王が魔界を留守にして大丈夫だったのですか』
「大丈夫ですよ。スカウトされた時、学園長に連れてこられていた用務員のおっさんが替え玉になってくれたので」
『還らずの森に連れて行かれた挙げ句、魔王の替え玉にさせられるって、用務員のおっさん可哀想過ぎませんか。家族も心配するでしょう』
「奥さんに愛想を尽かされ、出ていかれたばかりだったそうです」
『生い立ちまで可哀想』
「でもその哀愁さのおかげか、魔界でも妙に貫禄が増したと好評だったそうです」
『魔王が皆何か負の感情を背負わなければならないわけじゃないですよ』
「まあ用務員のおっさんについてはどうでも良いですよね。話を続けます」
『扱いも可哀想ですが、まあ本音としてはわりとどうでも良いです』
「フインは魔法を教え始めましたが、なにぶん相手は学生で、始めの頃に教えられたのは完全な初歩や中級程度の難度ばかりでした」
『最高峰の学びの場だとしても、学園は学園ですからね』
「それでもフインは自分から知識を学ぼうとする学生の直向きさに心を打たれ、教師という役割の楽しさを知り始めます」
『わりと教師適正高そうですね』
「静かに燃えるタイプの熱血教師でしたからね。褒めるところはしっかりと褒め、叱るところは叱れるタイプです」
『それにしてもここまで貴方の活躍を聞きませんね』
「チョークですからね」
『その当たり前のような返し、ちょっとイラつきますね』
「まあ真面目な生徒の前では俺もただのチョークとして、その役割を果たしていましたよ」
『つまり、私語をしていたり居眠りをしていたりする生徒相手にはその限りではなかったと』
「ええ、フインは無言で俺を投擲し、授業態度の悪い生徒の額へと直撃させます」
『ドヤ顔ですけど、別に貴方の活躍じゃないですよね』
「俺も頑張ってましたよ。とっさに防御魔法を張った生徒がいれば、その防御魔法を破壊してみせましたし」
『とっさに張った防御魔法を突き破って飛んでくるチョークはさぞ恐怖だったでしょうね』
「とっさに避けようとした生徒には軌道を変えてみせましたし、なんなら直撃の瞬間に発勁を撃って、インパクトを増幅させ的確に相手の脳を揺らしてやりましたからね」
『自動追尾からの太極拳の奥義を放ってくるチョークはさぞ恐怖だったでしょうね』
「フインも自分の放ったチョークの威力に二度見してましたよ」
『投げただけのチョークが防御魔法を突き破ったり、生徒の脳を的確に揺らす発勁を放ってたりしていたら、二度見くらいはするでしょうよ』
「やがてフインには『白き神槍』の二つ名で呼ばれるようになります」
『チョークごときに神の名をつけおってからに』
「仕方ないですよ。神官候補生が展開した、神の槍でもなければ貫けないと言われた最上級防御魔法、『女神の大盾』すら貫通しちゃいましたし」
『チョークごときが神の槍の働きをしおってからに。ところで何度も投げられているようですが、どうやって魔王の手に戻っているのですか』
「特に変哲もない徒歩ですよ」
『チョークが二足歩行生物であるかのように言い切りましたね』
「四足歩行の方がポピュラーでした?」
『あとで辞書を開いてポピュラーの意味を百回くらい黙読しなさい』
「了解です。そんなこんなで恐れられはしましたが、フインの教え方の上手さや魔法に関する知識の深さ、それらを体感した生徒達からは根強い人気も得ていました」
『魔王から教わるわけですからね。本質を見れる生徒ならば、その良さに気づけたのでしょう』
「中にはフインのチョーク投げを破ってみせようと、ワザと授業中に居眠りをしようとする生徒もいましたね」
『学生らしい茶目っ気ですね』
「一回異空間に飛ばされた時はちょっとだけ焦りましたよ」
『防げない避けられないなら消せば良い理論ですね』
「空間転移って世界ごとに感覚が違うから、その場で覚えるのって結構大変なんですよ」
『車種による運転の違いレベル程度みたいに言いますね』
「他にも攻撃魔法で打ち消そうとする生徒や、授業態度が悪いことをフインにバレないように隠匿魔法を使ったりする生徒もいましたね」
『前者はさておき、後者はチョーク投げを破る目的のための手段としては間違えていませんかね』
「実際にフインに気づかれずに早弁に成功していた生徒もいましたね」
『早弁て』
「なので俺が一人でそいつの足元に行って脛を蹴っておきました」
『チョークの脛蹴りって。せめてチョークならチョークスリーパーとか』
「腕の長さ的に無理ですよ、常識的に考えて」
『二足歩行で脛蹴りを放つチョークが常識を語らないでください。ちなみに威力は』
「加減してありますよ。青痣ができるか、骨にヒビが入るくらいです」
『それを加減と言って良いのか悩みますが、煉獄剛炎雷鳴冥界蹴がある以上は加減できている範疇ですかね』
「生徒もレアな一撃で喜んでいましたよ」
『チョークに脛蹴りを受けた経験は貴重でしょうね。でも授業中なら貴方は魔王に握られ続けているのでは』
「大丈夫です。身代わりの術で保健室の標本の骨と入れ替わっていましたので」
『黒板にチョークで文字を書いていて、気づいたらそれが人骨に変わっているのはホラーでは』
「フインも骨を三度見くらいしてましたね」
『しかし勝手に動いたり、足を生やして歩いたり、魔王は疑問に思わなかったのですか』
「俺を不死身のチョークとして生み出したわけですから。意思があっても不思議ではないと納得はしていましたよ」
『そういえば不死身のチョークとかふざけたものを作った当人でしたね』
「ただ勝手にすり替わるのはよせと、何度か注意されましたね」
『同じことで何度も注意されないように。そして平然と会話していますね』
「クリエイトされた日から語り合い、殴り合った中です」
『殴り合ったんですね』
「拳を受けて膝にきたのは久しぶりでしたよ」
『チョークの膝ってグレイプニルの素材みたいな表現ですよね』
※北欧神話に登場するフェンリルを捕まえるのに使った魔法の紐。素材は猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液が使われており、それを作ったからこの世に存在しなくなったと言われている。
「つまり俺は伝説の素材になりうると……」
『可能性を否定するつもりはありませんが、可能性を考慮したくはありません。しかし貴方の膝を震わせるとは、なかなかに強い魔王ですね』
「対等な条件でしたからね。しっかりと鍛えている相手だといい勝負にはなりますよ」
『ちなみに勝ったのは』
「俺ですね。全戦全勝です」
『ですよね』
「魔法の技術は良かったし、魔力による身体強化とかも最高水準だったんですがね。ただ体術の練度が甘かった」
『チョークごときに勝つために、魔法の技術と身体強化と体術全てを極めなければならないとは、魔王も考えが至らなかったでしょうね』
「優劣こそつけましたが、フインは教師として頑張りたい、俺も女子生徒に飛びつきたいと、利害関係は一致していましたからね。その後は仲良くやってましたよ」
『利害関係の一致という言葉をニュアンスだけで使わないように』
「ですがそんな平穏な学園ライフにも転機は訪れます」
『平穏……まあ平穏ではあったのでしょうね』
「なんと魔界から魔王軍が人間界に侵略してきたのです」
『そこに魔王いるでしょうに。そもそも今の魔王は用務員のおっさんが替え玉を……』
「はい、そのおっさんが指揮をとって魔王軍を動かしたのです」
『どうしてまた』
「どうも哀愁ある姿に支持率が上がり、持ち上げられている内にその気になったようで」
『哀れなままでなし崩し的に人間界に攻め入るよりかはマシですかね』
「魔界には優秀な参謀がいたようで、近年の学園の生徒の質の向上を嗅ぎつけ、連中は手始めにとマテリルア学園へと迫っていました」
『嗅ぎつけたのは優秀ですが、そこに魔王がいるあたり不憫ではありそうですね』
「なお用務員のおっさんは少しだけ悩んでいたそうですが、学園長の顔を思い出すとゴーサインを出したそうです」
『還らずの森に連れて行かれた恨みとかありそう』
「半ば奇襲のような侵攻。各国からの援軍は間に合わず、学園の教員や生徒だけで迎え撃たなければならない状況でした」
『将来は有望でも、実戦経験の浅そうな若者だらけではなかなか辛そうではありますね』
「フインは生徒を守ろうとはするものの、下手に魔王軍を蹴散らすわけにもいきませんでしたからね」
『魔王ですからね。教師をやっている以上、下手に名乗りを上げるわけにもいきませんし』
「そうなんですよね。長期戦になれば防衛線が突破されて、大変なことになる状況。俺とフインは二人で先行し、敵の将と邪智暴虐の魔王を倒すことにしました」
『邪智暴虐要素ありましたっけ』
「まずは敵の将である紅鮭師匠ことベニシャライズケを見つけ、仕留めにいきます」
『そういえば戻ってくる前に会話してたとか言っていましたね』
「しかし流石は魔界の最叡智とまで呼ばれた将軍。兵力で劣る以上、俺やフインのような少数精鋭による奇襲もあるだろうと完全に読み切り、あらゆる魔法の使用が封じられる特殊フィールド発生装置を用意していたのです」
『魔法学園を奇襲する上でも有効ですね』
「魔力による身体強化すらも封じられ、持ち前の体術でしか戦えない状況。元々が屈強な魔物で構成されているベニシャライズケ達を前に、フインは苦戦を強いられます」
『体術はそこまでではなかったようですからね。ちなみに貴方は』
「フインを応援しながら、ベニシャライズケを殴り倒していましたよ」
『ながらで倒されると可哀想だから、ちゃんと向き合って上げなさい。ところで紅鮭の最近の強さはどんなものなのでしょうか』
「強くなっていますよ。多分フインにも勝てたでしょうし」
『魔王より強い将というのも考えものですね。それ以上にチョークが強いというのは色々ダメですが』
「紅鮭師匠の戦闘スタイルって元々魔法主体ですからね。視野は常人よりも広いですが、近距離の間合いの把握力は低い感じです」
『魚眼ですからね』
「フインの方もどうにか魔物達を無力化し、俺達はいよいよ魔王を騙る用務員のおっさんの前へと立ち塞がります」
『騙らせたのは魔王と学園長だった気がしますが』
「魔法が使えない特殊フィールドの中でしたが、魔王軍は将であるベニシャライズケが倒されたことで動揺している状況。俺達と用務員のおっさんの戦いに割り込むような様子はありませんでした」
『魔王と論外チョーク相手に単身で戦わされる用務員のおっさんが可哀想』
「俺とフインは同時に飛びかかり、フインは全身全霊の魔力を込めたストレートを、俺は煉獄剛炎雷鳴冥界蹴を放ちます」
『殺意が酷い』
「しかし用務員のおっさんは俺達の攻撃を一本のモップで受け止めます」
『あ、こいつ強キャラだ』
「用務員のおっさんは言います『なっちゃいねぇな。上品な魔法ばかり学んでいて、男の語り方を覚えてこなかったのか?』と」
『こいつロバートですよね』
※第七十話、主人公(馬)の育ての親。
「名前は聞き忘れましたけど、ロバ面でしたね」
『もうそれだけで確信できますよ。しかし以前は貴方に血祭りに上げられていたのに、今回は随分と強そうですね』
※七十二話ではロバ面の宿屋のおっさん。
「宿屋のおっさんと用務員のおっさんの違いは大きいですからね」
『その違いを理解できない私が未熟なのでしょうか』
「モップを多彩に操り、変幻自在の攻撃を繰り出してくる用務員のおっさんにフインは追い詰められていきます」
『光景が酷い。あと汚い』
「体術では有利である俺も、モップというリーチ差があってはと攻めあぐねていました」
『モップで攻めあぐねる程度でしたっけ、貴方』
「チョークって十センチくらいですよ。それに対してモップは百センチ以上、十倍以上のリーチ差は流石に辛いですよ」
『十倍以上のリーチ差相手に勝ったことあるでしょうに』
※第二話、ヤドカリの時に戦ったリヴァイアクンの全長は三百メートル。
「力の差を思い知らされ、心が折れかかるフイン。ですが俺はそんなフインの頬をカツカツとビンタします」
『チョークの擬音をなんでもカツカツにすれば良いと思っていませんか』
「俺は言いました。確かにあの用務員のおっさんは強い。おそらくは歴代の魔王や勇者よりも強いだろうと」
『そんな事実を突きつけたら余計に心折れませんかね』
「でもお前は学園で教師として過ごした日々で学んだものを、全てを出し切っちゃいないだろうとビンタのおかわりをしながら語ります」
『ビンタのおかわりはいらないかと』
「目を覚ましたフインは意を決し、俺を握りしめます。そして用務員のおっさんの前へと再び立ち、勢いよく俺を投げました」
『チョーク投げが学園生活の集大成みたいになっていませんかね』
「そう、フインは学園で毎日、何百何千と俺を投げ続けた。その積み重ねはフインの肉体に変化をもたらし、彼の肉体はより投擲に適するものへと洗練されていたのです」
『集大成だった』
「音速を超え迫りくる俺を、用務員のおっさんは口笛を吹きながら構えたモップで迎え撃とうとします」
『なんか腹が立ちますね』
「用務員のおっさんにとって、音速は多少速い程度。タイミング、空気による角度の変化、それらを完全に見切り、完璧な一本足打法で俺を捉えます」
『野球系でしたっけ、この話』
「ですがそのインパクトの瞬間、用務員のおっさんは驚愕の表情を浮かべます。そう、投げられた俺には超高速の横回転が掛けられていたのです」
『野球系だったかもしれない』
「さらに俺の全身には疲労回復、肌荒れ改善に効果的なオリーブオイルがたっぷりと塗られていました」
『料理系が混じってきた』
「真芯で捉えたはずの俺の体は、オリーブオイルと回転により滑り、用務員のおっさんのモップの上を疾走、奴の頭部へとヒットします」
『これ何系ですかね』
「その瞬間を見逃しませんでした。俺は追撃のローキックを叩き込み、用務員のおっさんの意識を刈り取ります」
『〆がチョークのローキック』
「用務員のおっさんが倒れたことで、魔王軍は混乱し、撤退していきます。フインと俺は追撃のローキックを用務員のおっさんに叩き込みながら、ハイタッチをします」
『追撃が過ぎる。しかも魔王まで追撃していますよね』
「その後は用務員のおっさんを叱りつつ、もう二度と蹶起しないように約束をさせて魔界へと送り返しました」
『送り返しちゃったんですか』
「フインも魔王に戻るか悩んだそうですが、もう少し教え子達が立派に成長する姿を見ていたいとのことでした」
『そのまま教師として永久就職しそうですね』
「ちなみに俺の最期ですが、フインが学園長と話をしている時、ふいにアレルギーの話が出まして」
『そういえば普通のチョークは握れなかったんですよね』
「そしたら学園長が魔力で文字を表示する黒板を用意してくれて、チョークそのものがお役御免となりました」
『最初から相談していれば良かったってパターンでしたか』
「フインは少しだけ名残り惜しそうにしていましたが、『お前も誰かに新たな道を切り開いてやれ』と、爽やかに送り出してくれました」
『教師らしい送り出し方ですね』
「まあ日頃の恨みを込められ、大気圏外まで投げ飛ばされましたが」
『全戦全敗の恨みは残っていましたか』
「こちらお土産のマテリルア学園チップス詰め合わせです。中には学園で活躍した教師のカードなどが入っています。ほら、これとかチョークを振りかぶっているフインのカードですよ」
『完全にプ○野球チップスじゃないですか』
月末投稿しようとして、都合が悪くなることよくあります。今月は頑張って二回投稿できるといいなー。
さて今回の書籍宣伝ですが、今回はもう一人のイラストレーター、コーポさんのご紹介です。
コーポさんの女神様。
主人公と女神様は毎回登場するレギュラー。しかし転生先の世界は一回こっきり。なので少しでも雰囲気を出すには全部の話に挿絵が欲しい。しかしそうなるとページ数的にイラストレーターさんへの負担が凄まじいことになる。(キャラデザイン、表紙、キャラ紹介、通常挿絵数枚、あとがきイラストなどなど。それに全十数話のイラストとなる形)
そもそも各話のタイトル的に、どう描けば良いのかすら分からない。作者も担当さんも分からない。
そこで担当さんと色々と相談した結果、デフォルメチック且つシュールなイラストを得意とする方を第二のイラストレーターさんとしてお迎えしようという流れに。
担当さんに希望や心当たりはありますかと聞かれ、ノータイムで出てきたのがコーポさんでした。
某和風STGや某戦艦SLGの同人誌時代からの密やかなファンだったので、担当さんに『ダメ元でいいので交渉してみてください』と推したところ、OKをもらった次第であります。言って見るものだなと歓喜しておりました。
(第十二話:『伝説の剣の場所を示す書の場所を示す石碑のいの文字』。これを描いてくださいと丸投げして描ける人は何人いるのやら)
めばるさんの繊細で鮮やかなイラストと、コーポさんの特徴と上手く捉えたデフォルメチックでシュールなイラスト、それぞれが良い感じでまとまった緩急のある一冊となっております。
作者も二人のイラストに触発され、追加の地の文等張り切って加筆させていただいております。
余談ですが、お二人ともTwitter等でちょくちょくイラストを投稿しておられますので、是非ご覧になってください。