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第七十話:『戦国大名の愛馬』

「発作中ですよね、女神様」

『よくわかりましたね』

「特に理由もなく椅子に拘束されているし、妙な色香を感じますので」

『縄で縛ると縄抜けされそうなので、鋼鉄の拘束具を使用してあります』

※女神様はたまに(十話に一話くらい)発作でデレます。

「それくらいなら骨を軟化することで抜けられるのですが、これ中で刺さってますよね」

『はい。ネジで固定してあります』

「なかなか猟奇的な光景ですよね、これ」

『貴方が焦りの表情を一つも見せていないところを除けば、そうかもしれませんね』

「いやぁ、普段肉片も残されていないので、むしろネジは優しいといいますか」

『今の私が言うのもなんですが、貴方も大概ですよね。それで、抜け出そうとはしないのですか?』

「適当に舌でも噛んでリスポンすればとも考えましたけど、それくらいだと一瞬で治されそうかなと」

『躊躇なくその選択肢が出てくるのはどうかと思いますが、治癒はできませんね』

「そうなんですか、なら――」

『舌がなくとも生きていられる状態にはできますがね』

「他の方法を探します。でも女神様って以前空間の修復とかもしていませんでしたっけ」

『厳密に言うと、今の状態の私にはできないというのが正しいですね。この状態で貴方の体に干渉しようとすると、確実に加減を間違えますので』

「破裂させちゃう感じですか」

『成功しても貴方の舌の枚数が三桁くらいにはなるでしょうね』

「それくらいの舌なら女性を口説くのも苦労しなさそう」

『物理的に喋れないかと思いますがね。それにしても今日はあまり必死さを感じませんね』

「いやぁ、なんといいますか。目の前で動けない状態の俺を前にして、我慢をしている女神様を見ると……大丈夫そうかなぁと思いまして」

『――我慢、ですか?』

「まな板の上の鯉状態なのに、触れてこないじゃないですか」

『……驚きました。言われてみればそこそこ自制が効いていますね、この体』

「ついに女神様の理性が本能に抗えるようになったんですね」

『でも冷静に考えると、別に我慢する必要もないですね』

「おっと、躊躇なく膝の上に乗ってきた」

『油断していましたか』

「これを油断と言っていいのか。しかしこうなればなんとか脱出しなければ」

『この状況から脱出できるとは思えませんが、見てみたくはありますね』

「ではまずそちらに用意してある目安箱を持ってきてもらえますかね」

『まあ椅子に固定されていますし、それくらいは良いでしょう。……はっ、いない。いや、これは背後――』

「脱出成功です」

『椅子に固定されたまま、つま先で移動しているだけじゃないですか。いや、それも十分凄いですが』

「椅子を固定していなかったのは詰めが甘かったですね」

『椅子に縛られたままそれだけ俊敏に動けるとは思いませんからね。足先ピコピコの速度じゃないですよ』

「流石に動きにくいですけどね。瞬間速度は時速四十キロが限界そうです」

『瞬間だけでも車並の速度で動けるのはどうかと思いますが。ですが目安箱はこちらにあります。貴方が転生をするには、私の手にあるこの目安箱に近づいて手を突っ込まなければなりません。手が固定されている上に、狙いをずらそうとしてくる私の妨害を振り切り、無事に転生先を引くことができますかね』

「普段なら嬉しい妨害だけど、今では中々の厄介ムーブ」

『さぁ、どう攻めますか。見せてもらいましょうか』

「まあこっちの3Dプリンタに常備してあるガチャ機能を使うだけなんですが」

※第六十話。なんか念じたものをプリントする凄いプリンタ。ガチャ機能付き

『ずるい』

「トキアラさんより『戦国大名の愛馬』。馬かぁ、男に乗られる趣味はないんだけどなぁ」

『今なら私が乗って――』

「それじゃあ転生してきますね」

『凄まじい速度で逃げましたね。しかもどうやったのか椅子の拘束まで外していますし。最初から逃げられるのなら、そうすればよいものを。……まあ、仕方ありませんね。プリンタを起動するとしましょう』



「こそこそ」

『口で言うのは意図と行動が矛盾していますよ』

「リスポン。突然背後に現れて、耳元で話しかけるのは心臓に悪いですよ、女神様」

『私もまさかショック死するとは思いませんでした。……え、本当に死んだのですか』

「いえ、先程そこに使い捨てにされていた俺の人形が転がっていたので、身代わりの術の応用で遊んでみました」

『本当だ。よく見ればさっきまでおままごとでシチューの材料に使っていた人形ですね。瞬間接着剤で器用に修復してありますね』

「知りたくなかった俺の人形の用途。そして発作中ですか」

『物言わぬ貴方の人形相手だと、倫理観を無視した遊びしか思いつかないのですよ』

「個人的にはこう、大切そうに抱きしめてもらっている光景とか見たかった」

『首を抱きしめている光景なら見せたことがあったと思いますが』

「うーん、最終的にそういった結末になるのも悪くはないのですが、とりあえずそれは今後の課題ということで」

『今の私が言うのもなんですが、貴方も大概ですよね。まあとりあえずはおかえりなさい。椅子にでも座って、ゆっくりと報告をお願いします』

「これはこれは、ありがとうございます。それでは……。あの、女神様、座った途端に両手両足が固定されたのですが」

『私としては、旅立つ前に捕まっていた椅子と同じものを差し出されて、迷いなく座った貴方に驚いていますが。ちなみに今度は椅子も空間に固定してあります』

「かくなる上は空間ごと移動するしか……」

『それができると人外認定なのですがね。ただ空間ごと移動すると漏れなく私も一緒に移動することになりますよ』

「女神様と一緒に逃避行……悪くないですね」

『私から逃げることが目的でしょうに。とりあえず椅子を別に出してっと、それでは報告を聞きましょう』

「あ、わりと普通に聞いてくれる感じなんですね」

『普通の光景とはかけ離れていると思いますが……。体の感触を感じていると、我慢できるか怪しいですからね。まずは声から楽しむことにします』

「では脱出の方法はあとで考えるとして、報告させてもらいます」

『その切り替えの速さは神話級ですね。戦国大名の愛馬でしたか』

「はい。イチイ=センシンという戦国大名の愛馬に転生してきました。コテコテの戦国男でしたけど、今の時代女性の戦国大名とかもありなんだし、ちゃんと設定していけば良かったなぁと思いつつの転生でしたね」

『あの時は必死に逃げていましたからね』

「そうですね。ところでなんで椅子を小刻みに動かして近寄ってきているのでしょうか」

『気にせずに続けてください』

「わかりました。センシンは南の大陸、ウゴンマと呼ばれる土地を管理するイチイ家の息子として生まれました。ちなみに俺はセンシンの初陣となる五年ほど前に生まれています」

※馬の年齢は人間の四倍ほど。五歳で立派な大人として扱われるそうです。

『農民の子が成り上がることもありますが、物語を動かす大名は基本的に名家の血筋が多いですよね』

「センシンの方は普通に成長していたようですが、俺の方は中々大変でしたよ。生まれて間もないのに、藁しかないような場所に放置されていましたからね」

『馬ですからね』

「母親とも意思疎通が上手くできませんでしたし」

『馬ですからね』

「与えられる食事も味気ない乾草ばかりでしたよ」

『馬ですからね。次同じツッコミをさせたら十センチ寄ります』

「でもドレッシングくらい欲しくありませんか?」

『それはちょっと思いそう。天国のある世界などでは、調味料を供給すべきかよく議論しているそうですよ』

「オリーブオイルは出せたんですがね、流石に塩っけは欲しかったです」

※主人公は忍法でオリーブオイルを出せます。美容に良いそうです。

『オリーブオイル単品は元日本人には辛そうですね』

「父親もヒーホーと同意してましたよ」

『馬で……それロバでは』

※ロバの鳴き声はヒーホー、イーヨーと表現されています。実際に聞くととてもそうは聞こえない。

「良かった、近づかれなかった」

『ちょっと貴方の両親の写真の提出を希望します』

「はいこちらです」

『おや、温厚そうな夫婦ですね……ってこれは人の時のでしょう』

「なんか最近日曜大工にハマったそうで、改築した庭の写真を叔父経由で送ってきまして」

※主人公の両親は普通のサラリー系です。叔母がイタコで叔父は神主だそうです。この設定、この話を書くまで忘れていましたよ。

『なんか噴水が見えますが、日曜大工で噴水って作りましたっけ。まあそれはさておき、馬に転生した方の生みの親の写真ですよ』

「ええと、どれだったかな……あったあった、こちらです」

『なんか今どさくさに紛れて私の写真もありましたね。後で確認させてもらいましょう。そしてこれは……ロバですね』

「そんな……。他の個体よりもちょっとばかり小柄で、馬社会でも社交性が低かったけど、誰よりも強健で粗食に強かった父さんが……」

『ロバの特徴バッチリですね。よくロバと馬の間に生まれて馬のままでしたね』

「まさか母さんが浮気を……」

『そのへんは掘り下げるだけ無駄なので省きましょうか』

「そうですね。正直その後ほとんど絡みませんでしたので」

『ほとんどのところで妙な不安感』

「今回俺は戦国大名の愛馬として転生したわけで、どのような感じで生きていくかを考えました。やはり戦国大名の愛馬、ここは普通の馬とはひと味違ったエピソードを紡いでいかなければなりません」

『なんだか料理の初心者が独自性を出すために、レシピにない隠し味を足すようなニュアンスですね』

「一応名馬の有名なエピソードとかは参考にしましたよ」

『ふむ、それならまだ大丈夫そう』

「とりあえず若かりしセンシンを半殺しにしました」

『初手から処分案件ですね』

「いやほら、名馬って選ばれた主しか乗せないとか、主と認めるまで凄く気性が荒いとかあるじゃないですか。なのでセンシンが俺に見合う男になるまでは徹底して抗ってみようかなと」

『将来の戦国大名を半殺しにして、生きていられると思っているのですかね』

「でもセンシンは逆に俺を気に入ったようです」

『できれば豪胆な性格からきてほしいところですね』

「『この荒々しさ、これこそワシが駆るに相応しい名馬よ』と言ってましたよ。赤面しながら」

『判断に困りますね』

「そんなわけで俺はセンシンと会う度に、あいつを半殺しにしていたわけなんですが」

『よく全殺しにしませんでしたね』

「まあ会う度にドンドン強くなっていましたからね。影でかなりの特訓をしていたみたいですよ」

『馬に乗るための努力の範疇はゆうに越えていそうですね』

「ある日とうとう隙をつかれて背中に乗られましてね。その時のセンシンの笑い声は実に愉快そうでしたよ」

『散々半殺しにされていたわけですからね。達成感も相当なものだったでしょう』

「そのあともう一度半殺しにしましたけど」

『男相手だと本当に躊躇ありませんね』

「『どうじゃ血飛沫丸、お前さんに乗ってみせたぞ。悔しいか?んん?』とか煽られましたから」

『血飛沫丸て、自分の血でしょうに』

「そして気づけばセンシンはウゴンマでは右に出る者がいないほどの益荒男へと成長していました」

『わりと目の前で成長し続けていたと思いますがね』

「ちなみにこちらセンシンとのツーショットです」

『一見温和そうに見える馬と、それに乗る爽快な雰囲気を持つ男性ですね。全身いたるところに古傷が見えますが、この傷って全部貴方がつけたんでしょう』

「うーん、どうだったかな。特に覚えておくつもりもなかったので」

『女性に対する気遣いを一割でも分けてあげれば、人格者になれると思うのですがね』

「一応男相手にも気遣いはしていますよ?」

『貴方のせいで紅鮭が何度死んだか、答えなさい』

「……三回未満?」

『よくも未満の言葉が出たものですね』

「紅鮭師匠とは同じ世界に転生することも多々ありますけど、互いの存在に気づく前に別れてしまうことが多いんですよ」

『遭遇率高いのですから、もう少し一緒の世界にいるかもしれないと気を回してあげなさい』

「そうですね。前向きに検討します」

『検討しないパターンですね。しかし貴方に乗るこの男性、実に嬉しそうな表情をしていますね』

「俺がセンシンを背中に乗せるようになってからというもの、センシンは頻繁に俺と一緒に出かけていました。この写真もその帰り道ですね」

『散々自分を半殺しにしてきた馬を手懐けたわけですからね。感慨深いものもあるのでしょう』

「この日は川の上流を縄張りとしていた紅鮭の妖怪を倒した帰りだったかな」

『忠告が遅かった』

「しかしこんな変哲もない平穏な日々ばかりではありません。センシンは戦国大名、つまりは国盗り合戦が待ち構えていたのです」

『変哲もない平穏な日々にしないであげてください。ですが貴方に鍛え上げられたのですから、戦国大名としてはかなり優秀そうですね』

「そうですね。一騎当千とはよく言ったものです。初陣の時、センシンは単身で敵陣に突撃を仕掛け、敵の大将を討ち取っていましたからね。帰ってきたセンシンを迎える人々は、皆彼を軍神の生まれ変わりだと称えていましたよ」

『戦国大名としては問題がありそうですがね』

「功績は本物でしたからね。俺もその時くらいは皆と一緒にセンシンを出迎えてあげてましたよ」

『一緒に突撃していなかったのですか』

「センシンの周りの人が全力で止めてきまして」

『冷静に考えると、若君を毎回半殺しにしている馬と一緒に行かせるわけがなかったですね』

「センシンは真っ先に俺のところに寄ってきて、大将首を俺に見せながら笑って言いました。『見ろ、血飛沫丸。お前さんへの土産じゃ。お前さんのおかげでワシはこれだけ強うなったぞ。これでお前さんの背中に乗って戦場を駆け抜ければ、伝説にもなれような』と」

『相当好かれていますね』

「とりあえず生首のお土産が気に入らなかったので、半殺しにしておきました」

『魔王の死体をお土産にするような人が、よくもまあ棚に上げたものですね』

※第七話参照。

「その後の合戦では俺もセンシンと共に戦場を駆け抜けました。センシンはいつも以上に元気に叫びながら、槍を振り回していましたね」

『初陣で一緒にいられなかった分を発散していたのかもしれませんね』

「俺としても、初めての戦場でしたからね。存分に走りましたね。いやぁ撥ねた撥ねた」

『そういえば強さとしては相当なものだったとは思うのですが、速度的にはどれほどだったのでしょうか。確か時速九十キロいかない程度だったと思いますが』

※特殊な短距離の競走馬で時速八十八キロくらいだそうです。速いですね。

「うーん。そこまでの速度は出なかったですかね。頑張って時速五十キロくらいでしたかね」

『おや、思ったよりも遅いですね』

「四本足で走っていれば、もう少し出たとは思うんですがね」

『二本足で走っていたんですか』

「俺も槍を振り回したかったので」

『益荒男と馬が同時に槍を振り回しながら時速五十キロで迫る光景は、なかなかに阿鼻叫喚だったでしょうね』

「まあセンシンがあまりにも騒がしかったので、一度背中から落としてやりましたけどね」

『多分周囲の叫び声の方がうるさかったかと思いますよ』

「でもセンシンもただでは落ちない。手綱に縄を結んでいて、気合で戻ってこようとしてましたね」

『貴方の蛮行にすっかりと慣れていますね』

「折角なので縄を掴んで振り回しておきました」

『なにがどう折角なのか』

「センシンは笑いながら振り回されて、そのまま槍を振り回していましたね」

『二本足で駆ける馬が、槍と戦国大名を振り回し、その戦国大名が笑いながら槍を振り回す光景ですか。ちょっと写真で確認してもいいですかね』

「はいどうぞ」

『二本足で駆ける馬が、槍と戦国大名を振り回し、その戦国大名が笑いながら槍を振り回す光景ですね。周囲の逃げ惑う兵士達の表情が実に絶望的ですね。良いアングルで撮れていますね』

「戦いは連戦連勝。センシンも問題なく家督を継ぎ、南方のド田舎武者と呼ばれていたイチイ家は、気づいた時には大陸の西側を制覇する大名家となっていました」

『物の怪馬に乗る大名ですからね』

「いよいよ天下統一が見えてきましたが、東の方を制覇していた大名、ケンコン家の武将、イッテキが立ちはだかります」

『勢いは感じますね、名前的に』

「ちなみに美人の女武将でした。大名という縛りがなければ、あっち側に転生したかったです」

『わりと雄々しい世界かと思いましたが、現代風な展開もあったのですね』

「そうですね、ちょっと意外でした。ところでそちらの椅子、小刻みに左右に揺れながら、距離が縮まってきているのですが」

『気にせず続けなさい』

「あ、はい。イッテキはとても強く、センシンにも負けないほどの強さでした」

『貴方に鍛え上げられた者と対等というのは凄いですね。ひょっとして、世界的にはそちらの女武将の方が主人公だったのでしょうか』

「センシンはヒーローではなく、ヒロインだったと……」

『女性の主人公もヒロインと呼びますから、そちらはヒーローのままで大丈夫ですよ』

「ためになる話ですね。危うく変なイメージが湧くところでした」

『それで、戦いの方はどのような感じに?』

「そうですね。力量としてはほぼ互角、ですが馬の差でこちらの方が有利でしたかね」

『流石にそうなりますか。では特に問題なく勝利できたのでは?』

「それがですね。センシンがイッテキに惚れてしまいまして。『惚れた女は殺せん』と」

『自分を半殺しにする馬を気に入るような男ですからね。自分と同じくらい強い女性に惹かれちゃいましたか』

「しかしイッテキは東を制覇するケンコン家の武将。しかも大名であるジュッテキの娘だったのです」

『親の方は随分と手数が多そうですね』

「イッテキは天下統一を目指す親の悲願を果たそうと、その身を捧げる立場。戦場で何度もセンシンに口説かれようとも、槍で応えるのみでした」

『言葉だけでは映えそうですが、貴方大名を振り回していませんよね』

「そんな野暮な真似はしませんよ。俺は大人しく戦うイッテキの姿を眺めて満悦していました」

『雰囲気を壊さなかっただけマシとしましょう』

「あの、どうして椅子でこちらの椅子に体当たりを」

『続けなさい』

「あ、はい。センシンは優位でしたが、イッテキを口説き落としたいがために攻めきれず。戦いは思いの外長期化します。これに業を煮やしたのはケンコン=ジュッテキ。センシンがイッテキに惚れていることを利用し、一計を案じます」

『ふむ。相手の弱みを利用するのは立派な策略ではありますが、あまりいい気分にはなれませんね』

「ジュッテキはイッテキに求愛に応じたフリをさせ、センシンと俺を引き離して暗殺するように命じたのです」

『ハニートラップはどの時代でも通じる方法ですからね』

「その罠にセンシンは見事に引っ掛かります。なんなら『どうじゃ血飛沫丸、ついにイッテキを落としたぞ。羨ましかろう、うはは。お前さんも悔しければ早う嫁を見つけてみぃ、んん?んんんん?』と調子に乗って俺を煽る始末」

『半殺しにしましたか』

「しましたね。イッテキも誘いに乗ったセンシンが半殺しにされた状態で現れたことに驚いていたそうです」

『敵の大将を始末しようとしていたところに、その大将が始末されかかった状態で現れたら驚くでしょうね』

「ちなみに俺は一頭、目頭に涙を浮かべながら憂さ晴らしで敵陣に突っ込んでいました」

『煽られたことが相当悔しかったんですね』

「適度に憂さ晴らしをして暴れたあと冷静になり、流石に敵陣だからと隠密をすることにしました」

『敵陣で散々暴れてから隠密って、順番逆ですよね』

「まあ元々忍ぶのは得意でしたからね。見事ジュッテキの居る城まで忍び込み、センシンの暗殺計画を知ったのです」

『戦国大名の愛馬が気づいたら馬忍になっていませんかね』

「他に盗み聞きした内容から分かったことですが、イッテキは正々堂々とセンシンを倒したいとジュッテキに懇願していたそうです。ですがジュッテキはその願いを跳ね除け、イッテキに無理強いさせていたようです」

『親のために身を捧げて戦う娘の扱い方としては、感心できませんね』

「それどころか、ジュッテキは実力が高すぎるイッテキを警戒していたようで、センシンもろとも暗殺をする予定だったのです」

『ふむ。言われてみれば、貴方に鍛え上げられた男と互角とかいう規格外でしたね。恐れる気持ちにも一理はあるのかもしれませんが……貴方好みではなかったようですね』

「はい、気に入らなかったので、蹴り殺しておきました」

『人の恋路を邪魔する者が、馬に蹴られて死んでしまいましたか』

「俺はセンシンとイッテキを助けるために、急いで二人の元へと駆けます。二本足で」

『そこくらいは四本足で走りなさい』

「二本足に慣れてしまうと、急に四本足で走るのは馴染まないんですよ」

『それはまあ、そう』

「ですが俺はジュッテキを殺した馬、当然のように追手がきます」

『理解は出来ずとも、とりあえずは追うでしょうね。馬で追いかけられては逃げ切るのは難しかったのではないですかね』

「はい。ですが、そこに父さん(ロバ)が駆けつけてくれて『ここは俺に任せろ。お前は殿を守れ』と追手を引きつけてくれたのです」

『ここで出てきましたか。そして当たり前のように喋っている』

「俺も驚いて、父さんの正体を尋ねました。だけど父さん(ロバ)は『俺は愛した女にさえ裏切られた情けない馬さ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。だが俺を父として見てくれた奴のために死ぬくらいはできる。息子よ、達者でな。……あれ、今息子喋らなかったっけ……まあいいか』と、敵の中に消えていきました」

『色々な意味で正体が掴めませんね』

「俺も言っていることの意味は分かりませんでしたが、なんとなく敬礼してから先を急ぎました」

『とりあえず貴方は馬と馬の間に生まれたことは確かだと思います。あと喋れたのですね』

「自重して父さん以外には話しかけませんでしたけどね。そして俺がセンシンの誘い込まれた屋敷に辿り着いた時、屋敷は既に炎上していました。そこにはイッテキに担がれた血塗れのセンシンの姿が」

『間に合わなかった……ということでしょうか』

「いえ、よく見たら俺が半殺しにした時の傷だけでした」

『そういえばしていましたね』

「冷静に考えると、センシンとイッテキの二人が揃っているのに、暗殺なんてできるわけもないんですよね」

『それぞれが一騎当千の最強クラスですからね』

「まあでも俺が半殺しにした時の傷が開いて、流石に限界だったようですけどね」

『それでもその愛馬にやられた傷は深かったと』

「その後の話ですが、ジュッテキを失ったケンコン家は力を失い、イチイ家は天下統一を果たします。イッテキはその後もセンシンに口説かれ続け、とうとう折れて娶られたそうです」

『折れちゃいましたか』

「半殺しにされていた状態でも、イッテキの身を案じ続けた姿勢に揺らいでいたようでしたからね」

『その半殺しにされていた理由を知れば、幻滅していたでしょうに』

「大変でしたよ。イッテキを娶った時、二人の間に子供が生まれた時、事あるごとに自慢しにきて、煽ってきましたからね」

『その都度に半殺しにしたと』

「そうしてやりたかったんですがね。そのあたりになってくると、流石に年齢的に辛くなってきていまして」

『大名が初陣の時に五歳、人間換算で二十歳くらいでしたか』

「そこから天下統一を果たすまでに掛かったのは二十年くらいでしたからね。全てが終わって、気づいたら俺はセンシンよりもすっかりと弱くなっていましたよ」

『寿命の違うパートナーならではの話ですね』

「センシンは天下人となった後も、たくさん会いにきてくれて、たくさん煽ってくれましたよ。俺も噛んだり、唾を飛ばしたりしてやったんですけどね。最終的には寿命でセンシンに看取られながら逝きました」

『貴方的には好ましくない主人のように思えましたが、そうでもなかったようですね』

「そうですね。いつも爽快に笑っていたセンシンでしたが、俺の最期に見た顔はとても天下人とは思えない無様な泣き顔でしたからね。欲を言えばイッテキに乗られる人生の方が良かったですが、男の中ではセンシンで良かったと思える転生でしたね」

『ロバの正体だけは不明でしたが、まあそこは触れないでおきましょう。どうせそのうち縁もあるでしょうし』

「あるんですかね?」

『どうでしょうかね。さて、それじゃあ声も満喫しましたので、体の方を堪能させてもらいましょう』

「そういえば発作中だった。ところで俺がいない時の発作って大丈夫なんですか?他の神様とかと問題になったりとか」

『発作の時の私に付け入る隙があるのは事実ですが、普段の私を恐れている神々に下手な真似はできませんよ。まあ突然距離を詰めてくるだけでも恐怖らしいのですが』

「普段の女神様なら怖くはないんですがね。あ、お土産ですが、一緒に埋葬されていた俺の鞍をもらってきました」

『ふむ、つまりこれを使い、私に乗って欲しいということですね?』

「なかなかミスチョイスしてしまった気分」

『では早速、正気に戻った私に下半身辺りを消し飛ばされることになりそうですが、それは諦めてください』

「まあそれくらいなら大丈夫ですよ」

『……今回は思ったよりも逃げようとしませんね』

「発作中の女神様も女神様ですからね。やっぱり我慢したりして苦しんでいる姿を見るのは忍びないかなと」

『普段の私に怒られるでしょうに』

「俺に背負える負担があるなら、喜んで背負いますよ。馬をやって背負うのにも慣れましたし」

『……』

「それに、一度下半身をキャタピラにしてみたかったし、丁度いい機会です」

『そこは本心にしても、嘘にしても、もう少しまともな理由を持ちなさい』



『発作時は主人公と女神様のやり取りを増やしたい』+『転生ネタの話題も薄くしたくない』

そんな感じでどうしてもボリューミーになりがち。

しかしヤンデレっぽい感じになっていますが、ヤンが強いのは女神様なのか、それとも主人公なのか。


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