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第六十一話:『キリン』


「あの、足の感覚がなくなってから随分と経つのですが」

『石抱の刑の最中だというのに、平然としていますね』

※江戸時代にあった拷問。良い子も悪い子も真似をしちゃダメだよ。

「脳内麻薬の量を調整すれば痛みは大抵緩和できますよ」

『ドーパミンやらを意図的に出せる手段はありますが、拷問を耐えきる量を出せるのはなかなか人間離れしていますね』

「いやぁ、むしろコレくらい辛辣なくらいの方が落ち着くと言いますか……」

『落ち着くついでに、私が膝の上に乗った時の感触の話題を出したと』

※前話参照。

「数回程度無言で消し飛ばされた程度で、その後音沙汰なしだったので、つい」

『まったく、貴方の置かれた不条理な立場を考慮してあげたというのに』

「あ、そうだったんですね」

『発作時で理性が変異している状態とはいえ、私の行動ではありますからね。貴方が私に逆らえるとは思えませんし。なので私個人の気が晴れる範囲で消し飛ばすだけで済ませてあげたのです』

「数回消し飛ばされたということは、数回分は気が晴れなかったのですね」

『思ったことを口にすることは、相手を不快にさせることだと覚えておきなさい』

「リスポン。体の感覚を思い出す時、少しばかり違和感覚えますよね」

『リスポンしたことないので分かりませんよ。まあありきたりな拷問では貴方への罰にはなりませんね』

「女神様にされる行為って時点で大抵ご褒美ですからね」

『むしろ何なら罰になりますかね。苦手なものや怖いものとか』

「それを言うと用意されるだけなのでは。まあ強いて言うのであれば女神様でしょうか」

『饅頭ネタはいりませんよ』

※落語『まんじゅうこわい』より。ざっくりいうと好物を怖いものと偽って、儲かるお話。

「わりと冗談抜きだったりしますがね。発作時の女神様相手だとどうも上手く立ち回れませんし」

『ああ、なるほど。確かに普段の貴方らしくはありませんでしたね。まあ私が発作時の奇行をできるかと言われると無理ですが』

「ほっ」

『なので発作時のケアは今後も貴方に丸投げするとしましょう』

「……さぁ、転生しましょうか」

『貴方の困った顔を見るのはなかなか悪くありませんね。今回のガチャシステムはどのようなものでしょうか』

「今回は豪華に十連チケットを用意していますよ」

『十回分の転生を予約する転生者はなかなかいませんね。探せばいそうですが』

※いるかもしれないし、いないかもしれない。いや、いっそ田中さんが予約していることにすれば必ずいることになりますね。

「田中さんは転生オファーもくる転生者ですし、スケジュール管理とかしてそうですよね」

『転生オファーですか。自分で世界を創る神や、その世界を利用する神の中には自分で人を選ぶ者もいますね』

「女神様はそのへん拘らない感じですね」

『貴方というアクの強い転生者の担当をずっと続けていますからね。他に癖の強い転生者の面倒は見たくありません』

「そういえば女神様が転生させた人達には会ったことないですね」

『だいたいが無難な感じで成果を出していますよ。律儀な者ですとお礼の手紙を創造主経由で送りつけてきます』

「日本に住んでた時のご近所さんも無難に生きようとしてるのかな」

『私の管轄ではないですが、未だに無難とは程遠そうでしたね』

※同作者による異世界でも無難に生きたい症候群という作品の主人公です。たまにコラボします。

「ちなみに十連チケット使用の際には一定以上のレアリティが一つ保証されます」

『そのレアリティって誰が決めているのでしょうか』

「さぁ……。俺は中身を見ていませんので」

『このガチャというか、お題箱は私の力でも測定ができないのですよね。まあ私は滅する方専門ですし。さて、回しましょうか』

「お、コレは最高レアリティ演出ですね。やはり女神様は持っていらっしゃる」

『だからそのレアリティは誰が決めているのかと。……そしてこれは何でしょうか』

「カニ鍋セットですね。いやぁ、すごく良いカニですよこれ」

『転生先を決めるガチャから、普通の食べ物が出てくるのはどうかと思いますが。次々出てきますね』

「モツ鍋セット、すき焼きセット、しゃぶしゃぶセット、塩ちゃんこセット、豆乳鍋セット、キムチ鍋セット、トマト鍋セット、どれも最高レアリティですね。凄い引きですよ、女神様」

『引きの凄さは同意ですが、鍋しかないじゃないですか』

「まあ今は鍋フェスですから」

『ああ、ガチャ特有の期間限定フェスとかいうやつですか。ならば九つ目も――』

「あ、聖剣ですね。ハズレです」

『鍋セットが最高レアリティで、聖剣がハズレ枠とな』

「女神様が使ったところで何の意味もないですし。俺も聖剣に選ばれるタイプじゃないので」

『確かに、場所を取るアンティークでしかありませんね。今度適当な女神にでも押し付けておきましょう。というか最後も現物じゃないですよね。おや、紙が一枚』

「転生先ですね。さんぺんさんより『キリン』です。これも最高レアリティですね」

『貴方のこれまでの転生先を考えるに、最高レアリティなのは同意ですが、同意すると転生を案内する女神としての格が落ちそうですね』

「堕ちるところまで堕ちるのも楽しいですよ」

『貴方が言うとふざけているように見えつつも、なんとも言えない言葉の重みを感じてしまいますね』



『苦手なものが発作時の私だけというのも、ある意味では弱点なしと考えられますね。逆に好きなものはなんなのでしょうか……いえ、わかりきった答えしか返ってこないでしょうから聞くのは止めておきましょう』

「ただいまもどりましたー」

『おかえりな――少し首が伸びていませんかね』

「おっと、キリンで長くいすぎた弊害が……よいしょっと」

『人間の首って自分の腕力で長さを調整できるものでしたっけ』

「忍術の応用ですね」

『魔法以上に何でもありに感じますね、忍術。それでキリンに転生してきたのでしたね』

「はい。伝説のキリンになってきました」

『キリンって麒麟の方ですか』

※中国とかで有名な伝説の霊獣。キリンさんの方も元はこの麒麟に似ていたからという理由があるとかないとか。

「いえ、普通のキリンさんですよ。ただ伝説にはなりましたが」

『伝説の普通のキリンですか。ややこしいですね』

「ちなみにこちらがその時の写真です」

『動物園で見る方のキリンですね。二足直立している点を除けば』

「人間の時の癖が抜けなくてですね。やっぱり人間でいた時期が長いと、こういった弊害があるんですよ」

『貴方の人生の割合だと、人間であった時間帯はかなり短いはずですが』

「転生した時の話ですが、時期的には魔物の襲撃を受け、辺境の村で勇者が覚醒したところですね。その情報を知り、魔王ドヌールが四天王を集めて緊急会議を開きます」

『ふむ』

「まずは四天王最弱の神獣王ゲースラティア」

『四天王最弱の肩書がなければ強キャラ感を失わずにすんだのに』

「次に四天王最強の紅鮭王ベニシャーラケショス」

『二番手で最強を紹介するのはどうかと思いますが。そしていましたか、紅鮭』

「三番目は普通の伝説の麒麟」

『普通に伝説の麒麟もいるんですね。てっきり貴方が出てくるとばかり』

「普通のキリンが魔王軍の四天王に入れるわけないじゃないですか」

『普通のキリンは伝説になったり二足直立したりはしませんがね』

「最後の四天王は勇者の父親ファザス」

『紹介の段階から酷いネタバレを受けた』

「ドヌールは早速勇者覚醒の瞬間を撮影したビデオをスクリーンに映し出し、今後勇者が魔王軍にとって大きな脅威になりうることをプレゼンします」

『わかりやすく説明することは悪くないのですがね。魔王としてはどうなのでしょうか』

「ちなみに映像の内容は覚醒した勇者によってベニシャーラケショスの前任だった四天王が倒されるものです」

『元最強枠の四天王が倒されてたのならかなりの脅威ですね』

「ファザスは若干ドヤ顔でした」

『親バカですね』

「神獣王ゲースラティアはその映像を見て、腕を組みながら青ざめていました」

『強キャラ感はどんどん失われていますね』

「ベニシャーラケショスは前任と勇者の戦いを冷静に分析し、今後のプランを考えていました」

『そつないですね』

「麒麟はバケツに入れられた餌を一心不乱に食べていました」

『会議中だったのでは』

「まあ所詮普通の伝説の麒麟ですからね。畜生の部類には違いありませんよ」

『畜生に転生した者の言うセリフではないですね。ところで気になったのですが、どうして貴方が魔王軍の詳細を知っているのでしょうか』

「俺は魔王のペットのキリンでしたから。すぐ横にいましたよ」

『魔王のペットのキリン』

「ちなみにこの時に映し出していた映像を操作していたのは俺です」

『ペットのキリンの癖に秘書みたいなことをやっていますね』

「芸を覚えると褒めてもらえたので」

『中身が異世界人なら覚え放題でしょうね。ところで紅鮭は貴方の正体に気づいていたのでしょうか』

「ええ、紅鮭師匠の洞察力は流石ですね」

『貴方は黙っていても行動で分かりますからね。何に転生しても分かるというのはある意味凄いことではありますが』

「ただ四天王と魔王のペットでは役割も違いますからね。紅鮭師匠は空気を読んであまり関わろうとはしてきませんでしたね」

『貴方以上にペットのような普通の伝説の麒麟がいるのですがね』

「話を戻しまして、とりあえず勇者が成長する前にどうにかして排除することを目標とし、四天王達は行動することになりました」

『随分とふんわりとした目標ですね。まあこういう話で具体的なプランを話し合うことはそうそうないのですが』

「最初に動いたのは神獣王ゲースラティア。配下を引き連れ、冒険に出た勇者をダンジョンで待ち伏せして倒そうとします」

『いまいち四天王らしさに欠けますが、四天王最弱なりに努力している姿勢は好感を持てますね』

「待ち伏せからの奇襲は成功し、勇者の仲間を分断してからの人数差を作る戦闘も完璧ではありましたが、勇者の仲間が増えるイベントと被ってしまったせいで敗れてしまいます」

『仲間の合流イベントにかち合うと大抵噛ませ犬になったり、不利になって撤退してしまったりしますよね』

「生還者は俺ただ一人でした……」

『キリンを同伴させていたのですか。まあ貴方ですからありといえばありなのでしょうが……貴方込みで敗れるというのは勇者もやりますね』

「俺が戦えばワンチャンあったかもしれないんですが、俺はヒロインの子を勇者から引き離すために脱衣麻雀を挑んでいまして……」

『うーん、どこにツッコミを入れるべきか。よし、貴方最初から全裸ですよね』

「負けたら皮が剥がされていましたね。まあ大勝でしたよ。全裸にはできませんでしたが、楽しめました」

『いっそなめされてしまえば良いのに』

「途中でヒロインの子が『どうして私はキリンと脱衣麻雀をしているのか』と我に返られてしまいまして」

『最初のうちに我を忘れ過ぎですね』

「二番手は紅鮭王ベニシャーラケショスこと紅鮭師匠。生半可に追い詰めてしまうとより強くなる類の勇者であると分析した紅鮭師匠は、勇者に料理勝負を挑みます」

『四天王最強の持ち味を活かす分析をしてほしかったですね。あと前世の癖が抜けていませんね』

※前話参照。

「まあ悪くない選択肢だったと思いますよ。今回の紅鮭師匠の転生先の体、いまいち素質を感じないと言うか、脂ののりがいまいちというか、そんな感じでしたので」

『転生回数が多ければ、転生先の質が悪いこともあるでしょうからね』

「ピンキリってことですかね。俺はいつも変わらないですけどね」

『ピンキリの権化がなにをほざくか』

「ああ、今メールが届きましたよ。『今回は水場がなくて辛かった』だそうです」

『水生生物に分類されますからね、紅鮭って。それで料理勝負の結果はどうだったのですか』

「料理の腕は圧倒的に紅鮭師匠の方が上、さらに勇者に『どうして俺は紅鮭と料理勝負をしているのか』と我に返られる前に審査員の判定に持ち込むことができました」

『この勇者も最初に我を忘れ過ぎですね』

「しかし残念なことに、審査員が魚肉嫌いでして。紅鮭師匠の料理は食べてもらえませんでした」

『料理関係でも不遇ですね、この紅鮭は』

「まあオーディエンスだったヒロインや勇者の仲間達には絶賛だったので、そこまで悲しそうにはしていませんでしたよ。勇者も『俺が勝てたのは運が良かっただけだ。もしも審査員の嫌いな食べ物がドリアンだったら、俺が負けていた』と認めていましたし」

『料理勝負でドリアンを投入する勇者も勇者ですね』

「生還者は俺一人でした……」

『どこに紅鮭が死ぬ要素が』

「負けたら切腹というルールでしたので」

『料理勝負で命がけというのも最近では見ないのですがね。そしてそんな勝負にドリアンて』

「俺は泣く泣く紅鮭師匠の骨を持ち帰って、火葬してあげましたよ」

『火葬前に骨って、身の方食べてませんかね、それ』

「まあキリンは肉も食べますからね」

※食べるそうです。

『友人を食べるのはどうかと思いますが』

「生きたまま食べるのは流石にどうかと思いますが、まあ死んだら魚肉ですし」

『そのへんの感性は随分と人間離れしていますよね』

「三番手はファザス」

『順番的に麒麟の方かと思いましたが』

「ただの動物に勇者を倒しに行くなんて思考は持てませんよ」

『どうやって四天王入りしたのですか、それ』

「前任が捕まえようとして返り討ちにあったそうです。ただドヌールが餌付けしたらついてきたので、そのまま四天王になった感じですかね」

『さては動物好きですね、その魔王』

「ファザスは正面から堂々と挑みます。勇者達は勇者と同じように戦うファザスに苦戦し、追い詰められていきます」

『勇者の父親ですからね。似た力を持っているのは当然でしょうね』

「そしてトドメを刺す段階になりましたが、そこにきてファザスの剣がピタリと止まります」

『勇者の父親ですからね。息子を手にかけるのは躊躇われるのでしょうね』

「そう、ファザスは気づいたのです。勇者にかつて愛した女の面影があることに」

『勇者の父親ですからね。勇者の母親はその奥さんでしょうからね』

「さらにかつての親友だった男の面影があることに」

『おっとややこしくなってきた』

「真相を知りたくなったファザスはいてもたってもいられなくなり、その場から去っていきました」

『実際に血が繋がっていなかったら、設定自体が悲しくなりますからね』

「まあ実際には勇者の父親はファザスで間違いないんですがね」

『では何故勇者にその四天王の友人の面影があったのでしょう』

「その親友はファザスのいとこでしたからね。似ていても不思議じゃないですよ」

『なるほど。そこに気づかないのもどうかしていますが』

「生還者は俺一人でした……」

『死んではいませんよね』

「ファザスの奴、俺の話を聞かずに行っちゃったもので。当分の間帰ってきませんでしたよ」

『むしろ貴方はどうやって勇者とその四天王の血筋を確認したのやら』

「普通にDNA鑑定をしましたけど」

『普通のキリンがDNA鑑定をしないでください』

「これに関してはここに帰ってくる前に創造主のおねーさんにも同じように言われて『メッ』って叱られましたね」

『いっそ滅っしてくれたら良かったのに』

「そして四天王達の奮闘も虚しく、ついに勇者が魔王の元へとたどり着いてしまったのです」

『普通の伝説の麒麟はどうしたのですか』

「そのへんで餌食べてますよ。名ばかりの四天王ですし」

『本当に名ばかりの四天王ですね』

「そもそも麒麟は殺生を好みませんからね」

『ああ、そのへんは設定を忠実に再現されているのですね』

※麒麟は虫や植物を踏むことすら嫌がるよ。

「吉兆の証としては縁起物なんですがね」

『むしろ伝説の麒麟の前の四天王はよく麒麟に返り討ちにされましたね』

「霞系の植物魔物だったのが原因でしょうかね」

『仙人の食事御用達ですね』

「覚悟を決めて勇者を迎え撃とうとしたドヌールでしたが、勇者はなんと和平の提案をしてきます」

『おや、ない展開ではないにせよ、これまでの快進撃から考えると珍しいですね』

「これまでの四天王戦を通じて思うところがあったのでしょう」

『料理対決はあったでしょうね』

「あと毎回四天王に追従していた俺にボコボコにされていたのも原因でしょうか」

『今回は大人しいと信じていたのに』

「生還するには勇者パーティーの包囲を突破する必要がありまして」

『紅鮭と父親の時には包囲されていませんでしたよね』

「紅鮭師匠の時は戦闘がなかったので、一応やっておこうかなと」

『一応でボコボコにされる勇者の立場も考えてあげてください。それに父親の時も父親が勇者を追い詰めた後に当人が撤退していましたよね』

「特に必要性は感じませんでしたが、一応やっておこうかなと」

『もはやただの追い打ちでしかない。毎回の四天王イベントが敗北イベントだったら、和平も望みたくなるでしょうね』

「あとついでに魔王城にくる前にもちょこっと、一応やっておこうかなと」

『その勇者既に満身創痍ですよね』

「目に光はありませんでしたね」

『魔王城に来るまで都合四回も普通のキリン相手に敗れていれば、光くらい消えるでしょうよ』

「この段階での累計で言えば五回ですかね」

『和平交渉を持ちかけた勇者相手に襲いかかったのですか』

「ドヌールが悩んでいたので、一応やっておこうかなと」

『たまに血も涙もないムーブしますよね、貴方』

「人でないときくらいはひとでなしムーブも悪くないかなと」

『その思想だと、常にひとでなしなのですがね』

「肉体としてのスペックは普通のキリンだったので、勇者にも勝ち目はあったとは思うのですがね」

『中身が歴戦の猛者ですからね』

「そこまで戦闘に特化しているつもりはないのですが。相手の視線や骨格を見れば動きが先読みできる程度ですよ」

『既に達人の域ですね。散々異世界転生した成果なので仕方ないといえば仕方ないのですが』

「どちらかと言うと毎回女神様に瞬殺されているおかげですかね」

『私のせいでしたか。どうにか回避しようと足掻いているので、毎回質を上げているのが裏目に出ましたね』

「そしてドヌールでしたが、悩んだ末に和平の提案を飲むことにしました。やはり四天王を次々と失い、魔王軍も結構衰退していましたからね」

『その要因の勇者は目の前でペットのキリンに蹂躙されていますがね』

「元々魔族の地位を守るために立ち上がった魔王ですからね。人間と手を組めるのであれば、悪い条件ではありませんでしたよ」

『もしも邪悪な魔王だった場合、貴方が味方をしていることが世界にとっての致命的な問題になっていたでしょうね』

「そもそもそんな邪悪な魔王はキリンや麒麟を飼いませんよ」

『なるほど、言われてみれば』

「しかし勇者と魔王が手を組んだとしても、世界がそう簡単に受け入れてくれるわけではありませんでした。なので俺は残りの余生を使い、反乱分子の殲滅に尽力しました」

『反乱分子て。大抵はダイジェストで円満に終わりますが、現実的に考えると万人が納得するわけもないですからね』

「ただまあ、普通のキリンの寿命は二十五年ほどでしたから、完全に目的を果たす前に寿命でぽっくり逝っちゃいましたね」

『そういうところでは普通さアピールしますよね、貴方』

「二十年近く魔王ドヌールのために奮闘し、勇者を六度も倒した俺は伝説の普通のキリンとして語られることになりました」

『手を組んだ後も一回勇者を倒していませんかね』

「一応やっておこうかなと」

『恐怖の象徴として後世まで長く語られそうですね』

「あ、こちらお土産の麒麟の角です」

『折ってきたのですか』

「いえ、どうやら俺の葬儀の際、一緒に放り込まれていたようです。お土産を忘れていたので助かりましたよ」

『ふむ、まあ使いみちはないですが、縁起物として飾っておくとしましょう』

「それでは俺は食事の準備をしてきますね」

『キリンの食事ではなく、普通のものをお願いしますね。……おや、この角……何か残留思念のようなものが込められていますね』



【我が同胞、いや異世界人よ。君はまた新たな転移先へと向かうのだろう。最後まで言葉を交わすことはなかったが、どうしても伝えておきたいことがあったので、私の角に言霊を込めて君の魂と一緒に送り出すことにした。

私は創造主によって生み出された存在、世界の行く末を導く存在として心優しき魔王、ドヌールの元へと送り込まれた。

だが私は争いを恐れていた。戦う力を与えられておきながら、愚かな獣のフリをして怠惰な生き方しかできなかったのだ。

そんな中、君が現れた。私によく似た姿ではあるものの、ただの獣でしかない体に転生した君が。

本来ならば愛玩動物でしかない君にできることなんてたかが知れていた。しかし君は誰よりも多くの功績を残した。魔王は敵だという先入観に囚われた勇者の心を解きほぐし、戦わねばならない時にはその手を汚すことを厭わなかった。

その代償として君は災厄の獣と呼ばれ、多くの者に恐れられる存在となった。君が死んだ時、多くの者が君の死を喜び、君の亡骸に呪いの言葉を投げつけた。

だがこの結末は、本来私が背負うべきもの。世界のために孤立することを選ぶのは私の役目だったのだ。

恐らく君は全てを見抜いていたのだろう。うだつの上がらない私の代わりに、麒麟としての役目を果たしてくれたのだろう。

自らの生を駆け抜けた君の死を経て、ようやく私も決心がついた。私には君のような強さはないが、君のように世界の未来を思って行動しようと思う。

私もドヌールも、君に深く感謝している。ありがとう、そして君の未来に幸あれ。】



『――多分彼は何も考えていないと思いますよ。どうしようもなく察しが悪いですから。でもまあ……そうすることが最善だと感じて行動しているのでしょうね』


2月は忙しく、3月頭も風邪でひぃひぃでしたがなんとか更新。気持ち割増で提供させていただいでおります。

一話の文字数ってどのくらいが適正なのやら。

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