第五十八話:『勇者の武器『ダイコン』』
「女神様、異世界転生について少し質問したいことがあるんですけど」
『人生五十回分ほど遅いと思いますが聞きましょう』
「体の一部だけを異世界転生させることってできますかね」
『貴方の常識は既に異世界転生していると思いますね』
「帰ってきますかね」
『もう天寿を全うして成仏していると思いますよ。そもそも自我のない体の一部を異世界転生させることに何の意味があるのでしょうかね』
「ほら、よく新しい武器やパーツを転送させる展開ってあるじゃないですか。あれを転送じゃなくて異世界転生で送りつける展開とかって面白いかなと思いまして」
『理論上可能だとして、求めているパーツを異世界転生で送りつけた場合、転生してしまうので需要の合ったものではなくなりますね』
「あー、そっか。新しい顔よーとか言いながら送られてきた顔が別の顔だったらクレームものですものね」
『子供向けヒーローでイメージさせないでください』
「あ、求めているパーツとして異世界転生すれば良いのでは」
『そうですね。それなら需要は満たせるでしょう。ただ何を送りつけるかでその物語のテーマがガラリと変わりますが』
「なんか凄い銃が必要だとして、転生前がにぼしとかだったら」
『コメディですね』
「その人の知人や家族だったら」
『ホラーですね』
「その人の記憶とかなら」
『哲学ですかね』
「不明のままなら」
『サスペンスでしょうか』
「つまり異世界転生には無限の可能性があると」
『そもそも転生なので、魂を送りつけないと転生とは呼びませんがね』
「知らないおじさんが武器として送られてくるのはちょっとあれですかね」
『そのおじさんの経歴が後々辛いものだった時の、得も言われぬ感は味がありそうですがね』
「でも道具として転生させるのは、ちょっと可哀想ですよね」
『道具として散々転生して謳歌している人が言うと哀れみが薄くなりますので、貴方がすべきことは話題にしないことだと思いますよ』
「実際住めば都理論で慣れれば楽しいですけどね、道具ライフ」
『貴方のメンタルがあるからこそだとは思いますがね。ではそろそろ転生と行きましょうか。ガチャをぽちっと』
「お、これは転生先以外の排出演出」
『転生先以外が混入しているのはどうなんですかね』
「からの転生先確定演出にスイッチ」
『私としては転生先以外の中身が知りたかったですかね』
「ええと、ニコライさんより、勇者の武器『ダイコン』だそうです」
『ストレートなボケがきましたね。ですが昨今のコメディでは大根が武器として活躍するシーンは結構多いですから、貴方自身が独自のアレンジをしっかりしないと他の作品の中に埋もれ、インパクトのない結果となると思います。そのへんを考慮した上で適切な行動を取るのが良いでしょうね』
「すごく真面目にアドバイスされてしまった」
『大根で強敵を倒すのは当たり前、場合によっては魔剣扱いされ万物を切り裂く武器としても登場していますからね。貴方の手腕に期待です』
「すごくハードルを上げられてしまった」
『どうしますか、話せるオプションは入れますか。インテリジェンスソードくらいの要素がなくては一発落ちで終わりますよ。手足を生やすオプションも入れておきますかね。ではオプションはこのへんで、いってらっしゃい』
「すごく淡々と進められてしまった。いつもの女神様らしくないですね」
『統計的に見て、私がボケる展開が少ないと思いましたので。本来は私の方が適当にやる女神ポジションなのに、気づいたら貴方のボケにツッコミを入れないといけない立場ですから。なので会話の主導権をしっかりと握っておこうかと』
「そもそも適当にやるスタンスな時点で主導権を握ることは不可能なのでは」
『ぐぅの音もでない。冷静に考えて、反射的にツッコミを入れた方が楽ではあるんですよね。じゃあもうボケは諦めましょう』
「それが良いかと。女神様のボケは計算よりも天然の方が素敵ですから」
『それはそれで腹が立ちますね』
◇
『私にももっとこう、洗練されたボケが必要なのでしょうか。しかしボケを学ぶといっても、彼は存在がボケなので参考にはならないのですよね』
「ただ今戻りました」
『おかえりなさいボケ』
「凄く真っ直ぐに罵倒してきて逆にビックリした」
『失礼。貴方との会話は素で構わないとしても、他の神との交流時に気の利いたボケでも混ぜれば和むかなと思ったのですが』
「女神様にツッコミを入れること自体が恐怖だったりしないんですかね」
『ぐぅの音もでませんね。先日女神を一人捕まえ、ボケ倒してみたのですが終始涙顔で震えていましたね』
「地獄絵図ですね。そりゃあ俺みたいに痛みにも慣れ、リスポンすることにも慣れていれば大丈夫ですけど」
『なるほど、では次はその女神を半殺しにし続け、私という恐怖に慣れさせれば良いと』
「止めてあげてください。多分心が先に壊れるかと」
『まあ報告の方聞きましょうか。勇者の武器、ダイコンでしたか』
「勇者ブリヤーキ、彼は中々の猛者でしたね」
『ブリ大根食べたいですね。今日の夕飯にお願いします』
「了解しました。ブリヤーキはとても自分に厳しい勇者でした。王様に魔王アジヒラーを倒す勇者として認められてからというもの、鍛錬づくしの日々でしたね」
『紅鮭辺りがいきいきとしてそうですね、その世界』
「朝起きて鍛錬、朝食を食べて鍛錬、昼食を食べて鍛錬、アフタヌーンティーを楽しんで鍛錬、夕食を食べて鍛錬、寝る直前まで鍛錬と、もう一切の余裕のないストイックさでしたね」
『昼食後に結構余裕が見えたのは気の所為でしょうか』
「ブリヤーキの信条は『楽な道に逃げない』、鍛錬も地味なものばかりで見ているこっちがげんなりするレベルでしたね」
『大根だとげんなりというよりしんなりでしょうけどね』
「強い武器に頼っていては弱くなると、選んだ武器が大根、俺でしたからね」
『それはストイック超えて縛りプレイでは』
「仲間に頼っていては弱くなると、常に一人で戦い」
『縛りプレイですね』
「気が緩んではいけないと、常に全身に縄を括り付け、雄叫びを上げる日々でした」
『別の意味での縛りプレイですね』
「多分マゾっけあったと思いますよ」
『でしょうね。ですが貴方が武器と言う時点で、何かしら異様な点はあったのではないでしょうか』
「俺の耐久力は市販の大根と同じでしたよ」
『普通に大根として転生していましたか』
「ただ折れてもすぐに再生します」
『微妙』
「ブリヤーキにとって、武器大根縛りの勇者生活でしたからね。再生する大根はかなり重宝してくれましたよ」
『勇者の中ではギリギリ許容範囲だったようですね』
「小腹が空いたら齧れますし、寝る時には枕にもできます」
『枕は普通のを使ったほうが良いと思いますがね』
「野郎に齧られるのは嫌だったので、結構辛い味付けにしていたんですけど、マゾっけのあるブリヤーキには逆効果でしたね」
『貴方が純粋に嫌がるのはいい気味ですね』
「そんなストイックなブリヤーキでしたが、やはり壁というものにはぶつかります」
『大根縛りプレイならそうでしょうね』
「扉を使えば良いのにと思いつつ」
『物理的にぶつかっていたのですか』
「入り口に頼っていては弱くなると、壁を突き破る性格でしたからね」
『街に訪れてほしくない勇者ですね』
「王様も城の風通しがよくなったって、乾いた声を出していましたよ」
『城壁にまで穴を』
「あとはまあ、単純に大根よりも硬い敵が現れると大変でしたね」
『大根より柔らかい敵の方が少ないと思いたいですね』
「ドラゴンとかはどうにかなったんですけど、やっぱりスライムは硬かったですかね」
『私の知っているドラゴンとスライムじゃないと思いますが、その辺どうなのでしょうか』
「見た目は一般的なイメージですよ。ただスライムは非ニュートン流体でしたので強い衝撃を受けると硬くなる性質がありまして」
『カスタードクリームみたいなスライムですね』
※『非ニュートン流体』、または『カスタード 銃弾』とかで調べてみよう。
「ドラゴンは普通に殴殺できましたが、スライム相手は俺がボッキボキと折れて戦いになりませんでしたね」
『大根で殴殺されたドラゴンに少しだけ哀愁を感じますね』
「いつまでもスライムが倒せず、信条を捻じ曲げてでも強い武器を使うべきかと悩んでいたブリヤーキに俺はアドバイスをします。俺で殴殺できないのなら、俺で他の倒し方を考えるのだと」
『大根以外を使うアドバイスの方が遥かに良いと思いますがね』
「そしてブリヤーキは気づいたのです。スライムと俺を一緒に調理して口の中に入れ、胃の中で倒すという方法を」
『素直に食べると言う表現を使いなさい』
「カスタードクリームと大根、一見ミスマッチのような気もするでしょうがなんと、これが意外とよく合うんです」
※なんか検索したら大根とカスタードクリームのパイのレシピとかありました。
『ふむ……後で試食してみましょう』
「これでブリヤーキの食費が一気に浮きましたね」
『美味しくても大根とカスタードクリームだけの生活は嫌ですね』
「正直なところ、力を抜いて殴れば普通にコアにダメージが入ってたんですけどね。ブリヤーキのスイングがあまりにも速すぎて逆効果なだけでしたし」
『大根でドラゴンを殴殺できる勇者ですからね。確かに強そうですね』
「しかしブリヤーキがぶつかった壁はこれだけではなかったのです」
『あちこちの壁に手当り次第にぶつかっているおかげでインパクトが弱いですね』
「それは大根が通用しない敵でした」
『結構多そう。ですがちょっと当ててみましょうか。物理攻撃がそもそも通じないゴーストとかは大根に魔力を通すなりして戦えばいけそうですし……大根が地属性と見て属性吸収型の魔物でしょうか』
「いえ、違います」
『ふむ。大根が通用しないっと……流石に検索しても出てきませんね』
※出ませんでした。でも大根に転生した人の話はありました。
「それはそう、女神様もご存知の通り確定申告です」
『知ってますが、関わりはないですよ』
「この世界の勇者とは王様によって認められた立派な職業、即ち年度末に発生する確定申告は避けられないイベントなのです」
『勇者に確定申告をさせる世界もなかなか癖がありますね』
「ブリヤーキはストイックな生活をし過ぎて、本来ではありえないほどの少ない生活費で勇者活動をしていました。ですがそれを見た役人達はブリヤーキの不正を疑ってきたのです」
『武器費用と食費を無限再生の大根で対応していればそうなりそうですね』
「ブリヤーキは考えました。どうすれば大根で確定申告を乗り越えられるのかと」
『大根で確定申告……一件ほど引っかかりましたが関係のない感じですね』
※関係のないサイトでしたが、一件だけ引っかかりました。
「ですが困ったことに、俺も大根で確定申告したことはなかったのでアドバイスはできなかったのです」
『貴方だとワンチャンありそうだなと思ってしまう自分が心配になりますね』
「来週には魔王アジヒラーを倒す予約も入れていたのに、この確定申告で躓いてしまっては全てが水の泡になってしまうのです」
『魔王を倒すのを予約制にするのは止めなさい』
「色々と試してはみましたが、やはり大根である俺の力だけではどうやっても確定申告を乗り切れる算段はつきませんでした」
『その試した段階で結構な被害が生まれていそうですね』
「紅鮭師匠には悪いことをしました」
『転生後の名前すら触れないことの方が酷だとは思いますが』
「まあ魔王軍の幹部だったのでセーフセーフ」
『いっそ魔王にもなれそうな世界だったのに、あの紅鮭は幹部ポジションに落ち着くことが多いですね』
「自然と成り上がっているそうですから、色々な才覚はあるんですよね。ただ魔王の座を奪うまではなかなかと言いますか」
『そう考えると秀才オーラありますね』
「話を戻しますが、ブリヤーキは結局対策を見つけることはできませんでした」
『でしょうね』
「ですが、ブリヤーキは長年連れ添った俺を友として認め、俺以外の何かに頼りたくはないと、俺を握りしめ市役所へと乗り込みます」
『確定申告で引っ掛かったのが最初なら少なく見積もっても一年未満では』
「ブリヤーキは言いました。『確かに大根で全ての問題を解決することはできないのかもしれない。もしかすればその方法は存在し、俺が気づけないだけなのかもしれない。少なくとも俺にとって大根丸、お前は万能の存在でないことだけは確かだ。だがな、俺はお前と俺の力だけで全てを切り拓くと誓った。どんな絶望的な状況でも可能性を求め、足掻き未来を掴もうとする人間の本能に秘められた煌めきを、俺は最後までこの生命に宿したい。これが俺の勇者としての最後の戦いになるかもしれない。さあ、一緒に身をすり散らそうぞ』と」
『無駄に格好良く言っていますけど、要は力技で解決しようとしていませんかね。最後の決め台詞も大根のすりおろしに無理に絡めてる感ありますし』
「実際にすりおろしになったのは俺だけでしたしね」
『でしょうね。そして大根丸って呼ばれていたのですね』
「ブリヤーキは戦いました。迫りくる役員達を次々と薙ぎ倒し、その体力が尽きる瞬間まで俺を振るい続けました」
『市役所に大根で殴り込みをかけ、力尽きるまで暴れる勇者とか迷惑どころの話じゃないですね』
「結局ブリヤーキの最後は市長の田中さんに倒される形となりました」
『田中にツッコミを入れるべきか、王様のいる国に市長がいることにツッコミを入れるべきか』
「ですがブリヤーキの奮闘は無駄ではなかったのです。折れても再生し続ける俺の姿を、役員の皆がその目に焼き付けることになったのですから」
『役員からすれば、なんであの大根折れてたのにすぐ元に戻っているんだとか気になって仕方なかったでしょうね』
「そのおかげでブリヤーキに掛けられた不正の疑いは晴れたのです」
『最初から実践して見せれば良かったのでは』
「『この大根、無限に再生するんですよ。ですから食費とか色々浮いているんです』と言っても、誰も相手にしてくれないじゃないですか」
『悔しいけど否定できない』
「晴れて勇者としての立場を守ったブリヤーキでしたが、戦いの最中会計係のおばちゃんが放った三角定規が膝に命中したことで、彼の機動力はもう二度と戻らなくなっていました」
『何者ですかその会計係のおばちゃん』
「仕方ないので俺がちょっとひとっ走りしてきて、一人でアジヒラーを倒しておきました」
『手足のオプションつけていましたね、そういえば』
「あ、一人でじゃなくて一本でって言うべきでしたね。反省、反省」
『猛省すべき点は他にありますがね。大根一本で魔王を倒したら勇者の意味がないじゃないですか』
「そうでもないですよ。今回俺は折れる大根に専念しようと決めていたのですが、ブリヤーキの戦いをみて久々に熱くなったんですよ。彼の勇者としての勇気が、俺を突き動かしたんです」
『突き動かされたのが大根な時点で格好が付かない』
「決め台詞とかもバッチリでしたよ『アジはお呼びじゃない。大根はな、ブリが合うんだよ』って」
『何一つときめかない』
「アジヒラーは終始困惑顔でしたね」
『いきなり現れた大根に倒され、大根にはブリの方が合うと言われたら困惑顔しかできないでしょうね』
「その後の顛末ですが、ブリヤーキは魔王を倒した勇者として認められ、無事に一部上場することができました」
『職業どころか企業扱いになっていませんかね』
※上場とは、企業の発行した株式を証券取引所で売買可能にすること。企業として信用のある立場になる行為くらいに理解しておけば大丈夫。
「ブリヤーキは立場を勇者から勇者育成機関株式会社ブリ大根取締役社長へと変え、新たな勇者の育成に心血を注ぐことになります」
『勇者育成機関株式会社ブリ大根取締役社長』
「あらゆる困難に大根一本で立ち向かい、切り拓いてきたブリヤーキの元には多くの勇者志願者が集まり、日夜世界の平和のための人材育成に励むこととなります」
『大根で戦うところまで真似されたら絵面が酷いどころの話ではありませんね』
「そこは食べ物を粗末にしないようにと田中さんが世論を操ったので大丈夫でしたね」
『市長に支配される世論もどうかと思いますが』
「俺の最期ですが、ブリヤーキは俺をブリ大根として調理しました。いつもならば武器として再生するのですが、その時はもうブリヤーキは俺を武器として使おうとは思っていなかったのです」
『大根で概念死しやがりましたね、この人』
「途切れる意識の中聞こえたのは、『ああ、辛いなぁ……この味をもう食べられないのか……とても名残惜しいな。だけど、もう大根は武器である必要はないんだ……。ありがとう、大根丸』との声。ブリヤーキはもう俺が再生しないことを察していたようです。おかげでちょっとしょっぱいブリ大根として最期を迎えてしまいましたね」
『いい話にしようとしていますけど、騙されませんからね』
「悪い話じゃないとは思うんですがね。ちなみにお土産ですが、ブリヤーキの膝を撃ち抜いた三角定規です」
『ここまでいらないと思えるお土産はなかなかないですね』
「いや、でもこの三角定規凄いんですよ。内角の合計が百八十度じゃないんですよ」
『それは凄い……ってただ辺が抉れているだけじゃないですか、それ。もう良いですからブリ大根を作ってください』
◇
「女神様、最近漫才ばかり見てますけど、ボケの勉強ですか」
『他の神と親交を深める努力と言いなさい。ですがコミカルな会話は難しいものですね。コメディアンの知り合いでもいれば秘策でも聞けるのですが』
「コメディアンと言えばミュルポッヘチョクチョンのジヨークですかね。懐かしいなぁ」
『そのミュルポッヘチョクチョンですが、概念としてあちこちに根付いてしまっているんですよね。田中が原因らしいですが』
「別にそこまで問題じゃないでしょう。せいぜい存在に触れた人の脳に永劫刻まれる程度ですよ」
『割と深刻に聞こえる言い方ですね』
「そんなに影響力はないですよ。ほら、試しにSNSでミュルポッヘチョクチョンって呟いて反応を見てくださいよ。アカウント作っておきましたから」
『貴方SNS禁止されているのだから、勝手に作らないように。まあ呟いてみますが』
「ほら、そんなに反応ないでしょ」
※この文章を読んでいる君もT○itterでミュルポッヘチョクチョンと呟いてみよう。サーチすれば同類を見つけられるぞ。
『三秒で田中からリツイートされたのですが』
「そういえば田中さんもやってましたね。誘ったけど女神様にSNS利用禁止されていたからなぁ」
『少しは死んだことの自覚をするように。まあ確かに一部の人間を除き、そこまで反響があるわけではなさそうですね』
小ネタを挟んであります。何がとは言わない。