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第五十ニ話:『魚の鱗を取る道具』


『さて、そろそろ朝食の時間ですね』

〔ああ、少々お待ちください。もう間もなく支度が済みますので〕

『さては田中ですね』

〔よくおわかりになられましたね〕

『わからいでか。シックな紳士の格好にエプロン姿をしそうな人物の心当たりが貴方しかいませんので』

「あ、女神様。今日の夜に田中さんが遊びに来るそうなので事前に報告しておきますね」

『完全に事後報告になっていますよ』

「あ、田中さんだ。早いですね」

〔十五時間前行動を心掛けていますので〕

『一日の計画が企画倒れになりそうな心構えですね』

「おや、朝食の下ごしらえがほぼ終わってる」

〔いえ、こちらは夕食の下ごしらえです。朝食の方は既に並べ終わっております〕

『本当に十五時間前行動を心掛けているようでびっくりです』

〔何事も着手は早い方が良いですからね。それでは改めて自己紹介を。異世界転生者を生業としております、田中と申します。今後とも宜しくお願い致します〕

『私としてはあまり関わりたくない類の異世界転生者なのですがね』

「ははっ、田中さんは随分と色物扱いされてますね」

『田中を二百五十六色とすれば貴方は六万五千五百三十六色の色物なのですがね』

※八ビットカラー、十六ビットカラー

〔色物、結構ではないですか。世界は彩りに満ちていた方が素晴らしい。以前モノクロの世界に転生した時は、それはもう寂しい世界でしたからね〕

『世界を創った神のスペック不足でしょうかね』

〔あまりにも寂しかったので、世界に着色してきましたよ〕

『やはり貴方も創造主に干渉できる程度には危険人物なのですね』

「田中さんを危険視している神様ってそれなりにいそうですよね」

『いるでしょうね。まあ貴方は既にマークされた上に対処されても平気だった問題児ですが。それにしても異世界転生者が神の世界に遊びに来るのはどうかと思うのですが』

〔彼が紅鮭師匠と共に異世界転生をしてきたと聞きましたので。私もたまには誰かと足並みを揃えて世界を巡ってみようかなと思いまして〕

『異世界転生を小旅行のように捉えるのは止めなさい』

「それじゃあ早速くじでも引きましょうか。ガサゴソ……熊猫さんより『魚の鱗を取る道具』」

『紅鮭の時に引けば良かったですね、それ』

〔驚きですね。話は聞いていましたが、本当にくじで異世界転生先を決めているとは〕

『田中が素で驚いた顔をしていると、私がいかにこの男に毒されているのか自覚することができますね』

「女神様を俺色に染められていると考えると興奮しますね」

『なんかムカつくので貴方の色素を全て破壊してあげましょう』

「お、なかなか珍しい攻撃ですね。全身真っ白で空間に溶け込んでる。これは悪戯し放題なのでは。早速女神様のスカートの中にでも――」

『雉も鳴かずば撃たれまいという言葉があります』

「リスポン。黙って覗いたら犯罪じゃないですか」

『宣言しても犯罪ですよ』

〔ふむ……一瞬の淀みもなく一人の命を奪うとは……流石は神々の中でも恐れられている女神様ですね〕

『田中が素で感心した顔をしていると、私がいかにこの男に毒されているのか自覚することができますね』

「お互い殺し殺されに慣れちゃってますからね」

〔その程度では千切れぬ絆ということなのですね。実に素晴らしい〕

『なんだか腹が立つのでさっさと転生してきなさい』



『しかし田中は初めて出会ったというのに、すぐに田中と分かるのは流石と言うべきでしょうか。探している恋人に存在を伝える為の技能が優れていると言うかなんというか。まあ彼も似たようなものではありますが――』

「ただいま戻りました」

〔同じく〕

『田中は元の場所に帰っても良いのですがね』

〔はっはっは。仲睦まじい二人の邪魔をするのは気が引けますが、今回は貴方に転生させてもらいましたので、報告くらいは自分の口でしなければならないでしょう〕

『あまりそういう言い方をすると、報告を済ます前に貴方の担当の神のところに還されることになるので気をつけた方が良いですよ』

〔いや失敬、しかし恥ずかしさを誤魔化す為とはいえ、彼を消し炭にするのは流石に〕

『慣れました』

「リスポン。何か身に覚えのない即死攻撃が飛んできましたが、まあよくあることですね」

『この人も慣れていますね。普通慣れてはいけないと思うのですが』

〔彼が人外化している理由はこのやりとりが一端なような気もしますね〕

『否定しきれないのが辛いですね。では報告を聞きましょうか。魚の鱗を取る道具でしたか』

「うろこ取りですね。うろこ引きとも言いますけど」

『まんまですね。このお題を投函した者は名称を調べたことがないものをよく投函しようと思いましたね』

〔うろ覚えな方が想像力を働かせられると言いますから。知識は確かに価値あるものではありますが、思考を固めてしまう要因の一つとなりえます。彼の自由な異世界転生を考えるのであれば、むしろほんわかふんわりとした頭で投函した方がより素敵な旅路になるのだと考えたのでしょう〕

『きっと投函した者はそこまで考えたことないと思いますよ』

「過去のお題を投函した人達のその時の気持ちを答えよって問題があれば難問になりそうですね」

『何も考えていないだけで正解になると思いますが』

「それで今回は勇者の伝説の武器のうろこ取りへと転生したわけですが」

『勇者の伝説の武器ですか。いきなり色物勇者になりましたね』

「ちなみに勇者は田中さんです」

〔私でした〕

『貴方でしたか。おかしいですね、私の斡旋力だと異世界転生で勇者に転生させるだけの影響力はないのですが』

〔私のポケットトラストですね〕

『知らない単語が出てきましたね』

〔私は各世界を転生し神々の高評価を得ていますので、新たな異世界転生を行う時にはそれなりの特典を得ることができるのです〕

『そんなシステムありましたっけ』

「俺も初耳ですね。そんなこと一度もなかったですし」

『創造主に感謝されてから言いなさい』

「野菜の時とか、ヒントの人の時とかは感謝されてた気もしますけど」

※第十七回、第三十一回とか。

『創造主を野菜にしたり、プランを粉微塵に砕いたりしたことを忘れていませんかね』

〔私は基本このままの姿、田中という名前のままで転生を行いたいので、特典はそれに注ぎ込んでいる形になりますね。何故か勇者にもされますが〕

『実績としては創造主の理想を超える働きをする、言うことなしの異世界転生者ですからね』

「俺も創造主の想像を超えていますよ」

『悪い方向に動くなと何度言わせればいいのでしょうかね。しかしうろこ取りが伝説の武器の勇者といいますが、創造主はそれで良かったのでしょうか』

〔手違いだと言って取り替えてこようとしてきましたね〕

「創造主曰く、三度見したそうですね」

『創造主の想像を超えてやがりますね』

〔しかし私としては武器を選ぶ必要はありませんでしたし、彼と一緒に冒険をしたかったのでそのままで押し通しました〕

『理想の勇者がうろこ取りで冒険することを強行する光景は見たくなかったでしょうに』

「ですが流石は田中さん、次々と襲い掛かる魔物を俺でばっさばっさとなぎ倒します。その妙技には創造主も喜んでいましたよ」

『理想を超えていきますね。というか喜んでいる様子を何故知っているのでしょうか』

〔創造主の方もパーティにおりましたので〕

『創造主同伴の冒険とな』

〔私には田中という名前がある以上、創造主にとってのメインディッシュにはなり難いのです。ですが異世界転生者や勇者としての技量は十二分にあります。そこで多くの創造主達は自らの世界を試す為に私をテスターとして採用することが多いのです〕

『テスターに定評のある異世界転生者田中。もうよくわかりませんね』

「でも結局はその活躍を評価されて、伝説の勇者タナーカとかの名前で語り継がれることが多いですよね」

『この人の転生先で田中が既に活躍済みが多いのって、そういうのが原因だったのですね』

〔このような異端な異世界転生者を評価してくださる創造主の方々には、感謝の気持ちでいっぱいですね〕

『世界を創り出す創造主にとって、良き物語が紡がれることは至上の喜びですからね』

「俺もその一端に加われて良かったですよ」

『伝説の勇者の武器をうろこ取りにした大罪人は反省してなさい。しかしテスターとして参加するとなると、貴方の本来の目的である恋人を見つけ出すことは難しいのではないでしょうか』

〔おや、知っていましたか。そうですね、私が活躍するのはその世界に異世界転生者が受け入れられて間もない頃の場合が多いです。なので恋人と遭遇できる可能性があるとすれば、創造主が一度に複数の異世界転生者を受け入れた時くらいでしょうか〕

『確率は低そうですね。ああ、それで貴方は世界を旅立つのが早いのですね』

〔私が先駆けとなっていれば探すべき範囲は限られますからね〕

『効率的と言うべきか、非効率と言うべきか』

「効率的なプレイングが過ぎて、その後にやってくる異世界転生者が苦労するパターンも多いですよね」

〔私の強さで調整されると少々苦労する方も多いかもしれませんね〕

『うろこ取りで世界を救う勇者なんて参考にならないでしょうしね』

「あ、でも田中さんって魚の鱗取りは下手でしたよね」

『伝説の武器の本来の使い方が未熟とな』

〔いや、お恥ずかしい。魚の鱗は常日頃大根で処理していましたので〕

「流石田中さん、庶民アピールも忘れない」

『その庶民アピールに何の価値も見い出せないのですが』

〔ですがそのせいもあってか、魚系の魔物の相手はちょっと苦労しましたね〕

『どのせいなのかピンときませんね』

「大根ブレードを用意しておいて良かったですよ」

『結局大根を使ったのですね』

〔いやぁ、やはり強かったですね。四天王のベニニシャッケスは〕

『流れるようにいますね、紅鮭』

「あ、紅鮭師匠からメールだ。『大根で殴られた時の効果的な防御法を知らないか』か。タイムリーですね」

〔奇遇なこともあるのですね〕

『ひょっとして気づいていない』

「ただやっぱり俺と田中さんが組むと強過ぎましたね。魔王も秒殺でしたし」

〔創造主の方が異世界転生者を招くのが初めてでしたからね。難易度は低めだったと思いますよ。一応転生者の才能などに応じて難易度を調整できるようなアドバイスはしておきましたから、次回以降は大丈夫だと思いますが〕

『完全にテスターとして活動していますね』

「俺も効果的に鱗が取れる形状について、しっかりアドバイスしてきましたよ」

『魚介料理は発展しそうですね』

〔魔王を封印したあとは、後世に残す文献や世界の仕組み等を弄り、勇者としての武器をダンジョンに残して終わりでしたかね〕

『結局うろこ取りが伝説の武器として残されてしまいましたか』

「いえ、そうなると俺だけ残業でしたから」

『伝説の武器として封印されることを残業とは言いませんよ』

「大根ブレードを置いてきました」

『大根が伝説の武器になってしまいましたか』

〔うろこ取りより鱗がしっかり取れますからね〕

『そういう問題ではないと思いますが。そもそも長い年月を封印される大根て、漬物にでもなっていそうですね』

「やっぱりもうちょっと歯ごたえのある冒険がしたいですね。ポリっといく感じに」

『漬物のネタを拾わなくてもいいです』

「こう、創造主とガチでやり合うような」

『素晴らしい物語を求めて世界を創っているのに、自分に殴りかかってくる異世界転生者を迎え入れるとでも』

「さて、それじゃあ夕食の準備をしてきますね。田中さんも食べていってくださいよ」

〔そうですね。それではごちそうになります〕

『家主の私の意見が蔑ろにされている気がしますが……まあ良いでしょう』

「それではぱぱっと作ってきますね」

『やれやれ……どうして同じ異世界転生者同士でこうも評価が違うのでしょうかね』

〔彼はその世界の創造主を楽しませるより、もっと楽しませたい方がいるからでしょうね〕

『……それを言えば、貴方も異世界に痕跡を残すのは恋人の為ではないのですか』

〔私の一番の目的は再会を果たすことですから〕

『そうですか。これはいらないお節介かもしれませんが、貴方はもう少し長く一つの世界に留まるべきだと思いますよ。そうすれば――』

〔ええ、意外と早く再会できるかもしれませんね〕

『自覚はあるのですね』

〔とある異世界で彼と出会った時、恋人の魂の匂いがしましたので〕

『なかなか恐ろしい台詞を聞きましたね』

〔比喩表現ですよ。実際には私を探しているような、そんな女性に出会ったという話を聞いただけです。一応その世界にもう一度顔を見せに行きましたが、すれ違いでしたね。残り香しかありませんでした〕

『比喩表現なのか怪しい言い回しですね。ならばどうして、今のようなスタンスを取り続けるのですか』

〔私と彼女はよくすれ違うことがありまして。意識してしまうとそれはもう。ですからひたむきに、自分らしくしている方が効率的だとお互いに思っているのですよ〕

『その結果、ニアミスをしているとしてもですか』

〔そこで意識をしてしまえば、それこそさらなるすれ違いが生まれますから。経験則です〕

『貴方が止まれば、恋人も止まってしまうと。ですが共に進んでいるのではそれこそ交わらないのではないですか』

〔平行線ならばそうですね。ですが私は残し、彼女はそれを追いかける。歩み方が違いますから。そのうち何処かで交わるでしょう〕

『一刻も早く会いたいように見えて、随分とのんびりとした思想なのですね』

〔彼女も私を探していると知ることができましたので。ならばもう何も焦る必要はありません。あとは再会するだけなのですから〕

『達観していますね』

〔彼のおかげですよ。彼が彼女の存在を匂わせてくれた。そのおかげです〕

『彼はそんな自覚はないでしょうがね』

〔ですがそんな彼には助けられていますよ。心が摩耗し続ける途方も無い輪廻を巡る旅路、孤独だった私を彼は励ましてくれました。随分と救われましたよ〕

『貴方のような変わり者がいるのであれば、同類もいるということですよ』

〔そうですね。彼もまた、終わることのない思い出作りを続けていくのでしょう。いや、もしかすれば終わるかもしれませんけどね〕

『当面は終わらないと思いますよ』

〔それは甘酸っぱくて素敵ですね〕

『貴方の方は甘すぎますね。胃がもたれそうです』


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