第五十一話:『勇者が立てるあからさまなフラグ』
『そろそろ食事の用意はできましたか』
[もう少しだそうだ]
『不審者がいますね』
[いや、私は不審者というわけではないのだが]
『世帯主の知らぬ人間が不法侵入し、コタツに入ってみかんを剥いていればそれは不審者以外にないと思うのですが』
[不法侵入というわけではない。私はこの場所に誘われたのだ]
『はて、新しい転生者を招いた記憶はないのですが』
[ああ、招いたのは今料理を作っている彼だ]
『ついに人まで連れ込むようになりましたか、あの人は』
[む、その言い方。ひょっとして了承を得ていないのか]
『何も聞いていませんね』
[それは失礼をした。家主の了承なしにくつろいでいれば不審なのも頷ける]
『彼の知人の割りには常識人ですね。ところでどなたでしょうか』
[そうだな、先ずは名乗らねばならないだろう。……何と名乗るべきか]
『そこで悩みますかね』
[様々な世界に異世界転生しているのだが、一つとして同じ名前を使ったことがないのだ。そんなわけでどの名を名乗るのが正解なのか、少し悩んでいる]
『異世界転生者の方であることは予想していましたが、確かにそれだと名乗り難そうですね』
[そうだな、ここはやはり初めの名を名乗るべきか。私の名はスペ――]
「紅鮭師匠、準備できたから鍋敷きよろしくー」
『紅鮭でしたか』
[その名で通っているのか……まあそれで構わない]
「おや、女神様もいましたか。今日は鮭鍋ですよ」
『さては持参しましたね。それはそうと来客を招くなと言っても聞かないのはさておき、招いたならば一言くらい私に言いなさい』
「あれ、言いましたよ。明日紅鮭が届くって」
『来客を届くとは言いません』
「でも紅鮭師匠ごとクール便できましたけど」
『そうなんですか』
[冷凍便はなかなかに辛かった]
『そりゃ辛いでしょうよ』
「カチコチだったのでコタツで解凍していたんですよ」
『なるほど、なるほどと言って良いのか』
[冷蔵にすれば良かったと後悔している]
『荷物として運送されることを後悔なさい。しかし紅鮭要素が皆無なイケメンですね』
[魂の形を無理やり人の姿にしただけなのだが。左右対称ではあるがイケメンと呼ぶほどではないと思う]
『その辺のラノベに登場するヴィジュアル系主人公みたいな面で良く言いますね』
「紅鮭師匠は紅鮭顔の時も紅鮭界じゃイケメンで通っていますから」
『その辺はわりとどうでもいい』
[私にとってはそちらの方が重要ではあるのだが]
『どうでもいい』
[ああ、そうだ。私の面倒を見てくれている神より、日頃の礼を兼ねた贈り物を預かっている。川や海の幸だけではなく、山の幸なども持参したので是非召し上がって欲しい]
『それは喜ばしいことですが、以前転生トラック関連で貢献しただけなのに随分と長々と感謝していますね』
※四十一話参照。
[その案件で転生した者達が各世界に多大な貢献をしたのだ。それにより私の世話になっている神への信用があがり、随分と軌道に乗り始めているらしい]
『こんなふざけた転生者に巻き込まれた人々がと思うと複雑な気分ではありますが、報われたのであれば良しということにしておきましょう』
「では鍋でもつつきながら次の転生先でも決めちゃいましょうか」
『そろそろではありますね。柚子胡椒を取っていただけますか』
「はいどうぞ。それではガサゴソと。テクニカル〆鯖さんより、『勇者が立てるあからさまなフラグ』」
『概念系ですかね』
[本当にくじで引いているのだな……]
『紅鮭のリアクションこそ本来私がすべきものなのでしょうね』
[しかし無茶苦茶な転生先だな。オプションなどで帳尻を合わせるのだろうが、どのようにするつもりなのだ]
「オプションかぁ、最近は行きなれた回転すしみたいに選びたいものが無くなってきてるんだよなぁ。フラグなだけだし、なしでも良いかな」
『ではそのようにしましょうか』
[オ、オプションなしでいいのか……]
「忍術があれば大体のことはできるからね」
『そもそも存在がオプションのようになっていますからね』
[自らを高めることを忘れない姿勢、私も見習わねばならないな]
『控えめに言って見習ったら身の破滅しかないと思いますがね』
「そうだ、紅鮭師匠も一緒に転生しようか」
『異世界転生を近所のファーストフード店にいくようなノリで誘わないように』
[私も帰ったら転生できる状態ではあるが……そうだな、たまには共に転生してみるのもいい勉強になるだろう]
『たまにはとか言いますが、貴方達の遭遇率は相当なものだと思いますがね』
「せっかくだし、女神様に転生させてもらってはどうかな」
『他の神の担当を奪うような真似はしたくないのですがね。神々は自らの仕事に誇りをもってやっていますので』
[メールで確認したところ、問題ないそうだ]
『良いことを言った私の立場を返してください』
[す、すまない。だが返せるものが何もなく……私の分の紅鮭で良いだろうか]
『良いですよ。言ってみるものですね』
◇
『それにしても、紅鮭の素顔はその辺の美形の神にも負けないほどでしたね。担当がお爺ちゃん系の神でなければ転生させてもらえずに囲われていたでしょうに。……まあ、私としては彼の方が――』
「ただいま戻りましたー」
『おっと、不審者かと思い消し飛ばしてしまった』
「リスポン。防犯意識が高いことは大事ですからね」
[……]
『おや、紅鮭もいましたか』
[あ、ああ……]
『随分と顔が蒼いですね、どうかしましたか』
[い、いや……ここまで躊躇なく命を奪う者を初めて見たというか……]
『元魔王のクセに、随分と温いことを言いますね』
[魔王ではあったが、不条理に命を奪うような真似はしてこなかったのでな……。だが私にはこのような貫禄が足りないのだろうな……勉強になる]
『勉強になるのかどうかはさておき、二人そろって戻ってきたのですね』
[有意義ではあったが、やはりまだまだ先があると思うと未練は残るのでな]
『転生を繰り返すと、次があるという意識が成仏の妨げになるようですね。悩ましいところです』
「俺はいつも通りです」
『知ってます。では報告を、勇者が立てるあからさまなフラグでしたね』
「はい。俺は勇者フラッガーの立てるフラグに転生してきました」
『あからさまにフラグを立てそうな名前ですね』
「ちなみにこれがその時の写真です」
『勇者が旗を立てていますね。フラグって物理的な意味でしたか。それで、紅鮭は何に転生したのでしょうか。適当にやったので私としては把握していないのですが』
[私もその写真に写っている]
『紅鮭縛りなので見つけやすいとは思うのですが、勇者と旗しか写っていませんね。ということは勇者――』
[その旗に描かれているだろう、紅鮭の紋章が]
『旗の紋章に転生したんですか』
[今回は私も攻めてみた]
『攻める方向を間違えていますね』
[普通に魔王軍関連の転生先にしようと思ったのだが、彼が勇者側にいると考えたら勝てる気がしなくてな]
『ある意味間違えてはいませんね』
[本来ならば挑み、自らを高めるべきなのだろうが……今回は勉強を兼ねて近くにいさせてもらったわけだ]
『ある意味間違え……うーん』
「話を戻してフラッガーでしたが、事ある毎にあからさまに俺を立ててきます」
『その言い方だと旗自慢にも聞こえますね』
「それはそれでしてましたね」
『あからさまに立てるくらいですからフラグに自信はあったんですね』
[ついでに私の模様についても自慢していたな。紅鮭を褒めたたえることに好感が持てた]
『そもそもなんのフラグなのやら』
「フラッガーの地元である漁村のフラグですね。自分が世界を救うついでに村興しを行おうとしていました」
『合理的と思うべきでしょうか。ちなみに伏線的なフラグはどうでしたか』
「そこはとくに。俺がよく『どうせ最後だから聞かせてやろう』とか『この高さから落ちたら助からないだろう』とかは言っていましたが」
『フラグがフラグを立てていましたか。しかも悪役よりの。勇者の敗北フラグを増やすのはどうかと』
[だがそういうセリフを吐いて覆されるのは、当人の認識不足によるものではないだろうか]
『ぐうの音もでませんね。実際はどうだったのですか』
「フラッガーは煉獄剛炎雷鳴冥界蹴でトドメを刺していたので、仕損じることはありませんでしたね」
※紅鮭師匠発、なんかすっごく強いチート技。
『また厄介な技を教えましたね』
[筋が良かったのでな。まあかつてこの技を教えた者で最も極めていたのはヤドカリの弟子をとった時か]
『貴方自身が塵になっていましたからね』
※第二話参照
「今回はオプションがなかったので自力で喋ることが関の山でしたからね」
『喋るオプションを標準搭載し始めましたか』
[難しかったが、コツを掴めればいけるものだな]
『紅鮭を管理している神に詫びの一つでも入れなきゃいけないかもしれませんね』
「フラッガーは恋人などもおらず、村興しを成功させて若い住人を増やして婚活するのが目的でしたから。応援しやすかったんですよね」
『世界平和のために戦う勇者の方が応援のしがいはありそうですが』
「世界平和とかふわふわした内容だといまいちやる気がでないというか」
[平和とは人によって定義が違うからな]
『この二人が平和的な思考を持とうとしていないのはわかりました。ちなみに事ある毎にフラグを立てていたそうですが、どのような場面で立てていたのでしょうか』
「まずは戦闘前にザクっと。『この村から生まれた俺がお前らを血祭りにあげてやる』的な意味で」
『これから倒す相手に恐怖を植え付けそうではありますね』
「王様との謁見の時とかにもザクっと。『この村から生まれた俺が、この国を救ってやるんだからな』的な意味で」
『スポンサー的な効果はありますね』
[宿屋で就寝する前に宿の前にも立てていたな。『この村の出身者が泊まっている』的な意味で]
『それはただの営業妨害』
「あとは戦闘中の敵の頭にザクっと。『これが俺達の村の力だ』的な意味で」
『どちらかと言えばフラグの堅さですよね。そもそもフラグが武器でしたか』
「巧みに操るフラグから繰り出される煉獄剛炎雷鳴冥界蹴は圧巻でしたね」
[ああ、実に見事だった]
『最後の一文字について思うところはなかったのですか創始者』
[いや……私以外足技として使わないので……もういいかなと……]
『貴方はきちんと蹴り技で使っているようでなにより』
「フラッガーのコツコツとした努力は実を結び、勇者としての実績が増えるほどに村は有名になっていきましたね」
『勇者として活躍できているのであれば、嫌でも目につきますからね』
「ただ致命的な問題があったのです。村は有名になっても、村の場所がわからないという問題が」
『国旗だけ目にしても実際にその国がどこにあるかは調べないと分かりませんからね』
「そこでフラッガーはあからさまに地図を張り付けた掲示板も立てるようになります」
『努力は認めます』
「ちなみにこれがその時の写真」
『村のある場所に集中線がこれでもかと引かれていますね』
「巧みに操る掲示板から繰り出される煉獄剛炎雷鳴冥界蹴は圧巻でしたね」
『周囲にあるものを振り回すしか能のない勇者にしか見えない』
[私の技をここまで派生させる現地の人間というのは、なかなかにみないな]
『せめて改名させたらどうでしょうか』
[……おお]
『今気づきましたか』
「でも一文字でも弄ると改名が続いていって、そのうち原型が無くなりそうなんですよね」
『技としての原型がなくなりそうなのですが』
「原理は一緒なのでセーフ」
『私的にはアウトだと思いたい』
[だが私の編み出した技が多くの異世界で活躍するというのは、くすぐったさはあるが嬉しいことではある。……多少型は変わろうとも]
『魔改造されている事実から目を背けていませんかね』
「フラッガーは孤高の勇者でしたが、俺達がいることで寂しくはなかったようですね」
『地元の旗をあからさまに立て続け、その旗に語りかけているのが孤独の原因では』
[……はっ]
『今気づきましたか』
「例え物に話しかけていようとも、社交性があれば仲間くらいできますよ」
『遠回しに勇者をディスってますね』
「でも良い奴でしたよ。異世界からきた俺達のことを直ぐに受け入れて、その上で共に歩いてくれましたし」
『十分に社交性はありそうですね』
「対人恐怖症ではありましたが」
『物限定でしたか。ですがそんな状態でも村興しのために尽力することは評価できますね』
「そしてフラッガーはなんやかんやで魔王を倒します」
『なんやかんやで倒される魔王も不憫ですね』
[しかし実際になんやかんやだったとは思う。村のアピールをするために行った伝統行事を模倣した祭りの準備の際に必要な木材を切り出していたところ、伐採のし過ぎで地滑りが起き、偶然勇者の様子を下見に来ていた魔王が巻き込まれてしまったわけだからな]
『なんやかんやの方が良かった』
[煉獄剛炎雷鳴冥界蹴で伐採させたのがいけなかったのだろう]
『木材が消滅しませんかね、それ』
「加減をすれば万物を切り裂く程度の威力にはなりますよ」
『もうそれは別の技で良いのでは』
「フラッガーは世界を救った勇者として称えられ、彼の生まれた村も有名になり村興しは無事に成功しました」
『対人恐怖症が治らなければ婚活も難しそうですがね』
「そこは大丈夫でした。確かに対人恐怖症のフラッガーと上手く付き合える人は少なかったのですが、村が有名になり人口が増えたことでそんな彼でも受け入れてくれるような女性が現れたので」
『村興しついでに特異な自分を受け入れてくれる希少な相手を招き入れることができたわけですか』
[人は皆どこか異なる点を持っている。なればこそ、自分を受け入れてくれる存在もどこかにいるというわけだな]
『良い話で終わらせようとしなくて結構です。それで最期はどうなったのでしょうか』
「魔物の血で汚れ過ぎたので普通に処分されましたね」
『孤高の勇者の唯一の話し相手だったのに』
「処分したのは村の人ですからね。『村のためにありがとうな、もっと新しい旗を用意してやったぜ』的な感じで」
『なんとも締まりの悪い終わり方ですね』
[いや、フラッガーは我々の亡骸を前に涙を浮かべ、感謝の言葉を何度も告げていた。一個人にここまで感謝をされたのは久々だった。私にとっては良い旗生だったと思う]
『まあ貴方がそう思うのであればそれでいいと思うのですが』
「ちなみにお土産はその村で取れた紅鮭を始めとした魚介類です。さっそく料理してきますね」
『いってらっしゃい。……しかし紅鮭もアレに振り回されて大変ですね』
[そうだな。物理的にも振り回された]
『旗の紋章でしたしね』
[だが彼は常に今ある生を懸命に生きている。何度も転生を繰り返せばやがてその生に対する思い入れが薄れることになるのにもかかわらずだ。私がいつも彼に後れを取っているのは一つの人生に対する熱意に差があるからなのだろう。傍で彼を見たことでそれがよくわかった]
『行動はふざけていますが、当人は全力なようですからね』
[私は彼が羨ましい。彼はいかなる人生であれど、輝かしく生きられる。そんな姿を見て心が焦がれるような思いになる時もある]
『ふむ、続けなさい』
[そ、そうか。……彼からは生きることの意味を学べる。そんな彼と出会い、狭い生の枠から解き離れた私は幸運だと思っている。いつしか彼が羨むような鮮烈な生き方ができればと願っている]
『まあ……そうですね。わからなくはないですね。彼の生きる才能は私でも羨ましく思うことがありますから』
[……彼は良き女神と出会えたようだな。さて、これ以上は二人の邪魔になるだろう。そろそろ帰るとしよう]
『ちょっと待ちなさい、そういう意味ではありません』
[いやだが――]
『そういう意味ではありません』
[私がいると――]
『そういう意味ではありません』
[ツッコミのテンポが崩れて貴方の調子が狂うのでは]
『……そういう意味はありますが』
50話以降はEXな回にしようと紅鮭を投入しましたが、女神様のツッコミのテンポが乱れますね。
気が向いたら他の連中も入れますが、「」の種類がどれだけあるのやら。