1話 ギルド長と上級冒険者 (2)
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結論から言うと、パーティーの全員が参加を表明した。パーティーとして活動するのは、一同が都市エンティラに到着した時以来の事である。
そして今回最も乗り気だった人物、それはダマルダであった。
以前から何かと「戦士ギルドはつまらん」と愚痴をこぼし、そのせいもあってブラントから『ギルド長からの依頼』を聞いた時は小躍りでもする勢いで、二つ返事「俺も行く!」と答えるのであった。
そうなればセリスとセバスも二つ返事であった。早急に『冒険者ギルドの緊急依頼』を名目に、魔術師ギルドから長期休暇を何とか勝ち取ることに成功。
だがブラントは最後まで二人の同行を頑なに拒んでいた。理由は簡単である。最低でも十二日は馬車に揺られる羽目になり、老体には非常に辛い移動になるだろう。身を案じて考え直すようにとブラントは言うが、二人から帰ってくる返事は全て「大丈夫」であった。そのまま上手い具合に言いくるめられ、先に折れたのはブラントだった。そのような事があり、パーティーメンバー全員の参加が決定したのであった。
そうと決まった途端、ブラントはありったけの硬貨でポーションや依頼の準備に都市を駆け巡った。ほぼ一文無しになりながらも四つのポーション、前回の反省を踏まえて念のためにと保存食を購入した。そして夕方に頼んであったナイフを二つ受け取りに行く。
と、そこまでが昨日の事である。
そして今は上機嫌に先頭を歩くダマルダを追う形で、一同は正門に向かっている。早朝の六時前という事もあり、交通量はポツポツ、それも冒険者のみであった。この中には依頼を共にする人もいるのだろうか? そんな事を思いながらブラントは、すれ違う冒険者の装備品に目を向ける。
ほとんどの冒険者はいかにも高そうな防具を装備し、中には全身鎧をパーティー全員で装備している者もいる。それだけででも、一般人のひと財産を築けるだけの金額に達しているだろう。もちろん彼らと依頼を共にするとは限らいが、少なからずこの道にはブラント達より劣った防具の者はいない。
「もしかしなくても私達って戦力外だったりしませんよね?」
提示された依頼金に目が眩み、依頼自体を軽視していた事に対し、今更ながらブラントは依頼に対して不安を感じる。
そんなブラントとは打って変わり、隣を歩くセリスの表情は至って普通である。そもそもパーティーの中で不安に感じているのはブラントだけで、残りの三人からは心配も不安も、何も感じられない。あるのは落ち着きと楽しみである。
「ふふふ、それは絶対にあり得ませんよぉ~。むしろ逆じゃないですかねぇ~?」
「と、いいますと?」
「その様子だとブラントさんは知らないみたいですねぇ~」
あまりにも不可解な事を言うセリスに、ブラントは眉を寄せて首をかしげる。それらしい事があったか、懸命にブラントは記憶を探るが、どれだけ思い返しても答えは導き出せない。それにブラントの記憶では、昨日は一日中慌ただしく移動を繰り返していたが、特に変わった変化もなかった。
が、それはブラント視線である。実際は都市エンティラの一部、ピンポイントで言えば各ギルドで変化はあった。いったいどのような変化があったのか、それは――。
「あらあら、ブラントさんは鈍感男子のポジションを狙っているのですかぁ~? それが許されるのは、物語の中だけですよぉ~? 実際にそれをすると、女性から反感を買うので注意してくださいねぇ~。もしかしたら既に……例えばどこかの受付嬢だったり、例えば防具屋さんの娘さんだったり、知らない内に反感を買っているかもしれませんよぉ~?」
笑えない冗談である。セリスの言っている事を真に受け、どんよりとするブラントに「冗談ですよぉ~。実際は反感じゃなくて、嫉妬でしたぁ~」と付け加える。果たしてそれはプラスの意味となったのだろうか。はなはだ微妙なラインではなかろうか。
「え、えっと……。それが『知らない』の答えですか?」
「もちろん違いますよぉ~。正解はブラントさんに対する評価、正確には冒険者からブラントさんに対する過剰とも言える評価ですかねぇ~」
――それが変化であった。
人が人に対する評価、個人が個人に与える評価、人間が人間に下す評価、そして――評価が評価を一人歩きさせる評価。さて、最初に上げた三種類の『評価』は言い回しこそは違うが、結果的には同じ意味合いである。それに対し最後の『評価の一人歩き』に関しては全く別物であり、セリスが言うところの『過剰とも言える評価』の原因もこれにあたる。
では『評価が評価を一人歩きさせる評価』とは一体何なのか、言葉を変えれば『噂の一人歩き』の同義語である。それなら『評価が一人歩き』しなかったら、ブラントの評価は底辺なのか? それもまた違う。それならそもそも評価などされないし、そもそも話題になるはずもない。
それを踏まえて、今回の過剰評価をされた原因は、言うまでもなく『見習い冒険者が単独でワーウルフを討伐』した事にある。これがブラントではなく、それこそワーウルフに見合った冒険者が討伐したのなら、対して話題にはならないだろう。
だが今回は違う。評価に値する項目が幾つもあるからだ。二十代そこそこの見習い冒険者を筆頭に、加えて防具は未装備、更にはワーウルフを二体も討伐、これだけで評価の対象になるのは十分であった。
そこからの拡散は早く、居合わせた冒険者から他の冒険者、他の冒険者から戦士ギルドの仲間、戦士ギルドの仲間から魔術師ギルドの友人に……。気が付いた頃には真実と間違った情報が入り乱れ、数日と立たずにブラントの評価はうなぎ登りとなる。
片や『二十代そこそこでS級冒険者クラスのレベル』、片や『防具を装備しないでワーウルフに腕試しをする戦闘マニア』、片や『ワーウルフを一刀両断する怪力』。
もはや彼らにとって真実が何なのか、経緯がどうなのか、レベルという概念がどうなのか、そんな事はどうでもよかった。ただ『見習い冒険者が単独でワーウルフを討伐』その真実が覆る事がないのだから。
――これがブラントの過剰評価された経緯である。
「……もしかしまして、この依頼で失態を晒したら私の評価は――」
「もちろん、取り返しのつかないほどに大暴落ですよぉ~。それこそ任務に支障が出るかもしれませんので、十分に気を付けて下さいねぇ~」
まさに横暴である。気を付けるもなにも、実力以上の力を発揮できない以上は、ただただ何事もなく偵察の任務で事なきを追えるのをブラントは願うしかなかった。
「……できる範囲で頑張りたいと思います」
依頼が始まる前から先行きが不安で、今のブラントには肩を落とすしかなかった。
さて、ブラント一同は間もなくして正門に到着した。
正門には既に十三人の冒険者が集まり、それぞれのパーティー仲間と談話を楽しんでいる。パーティーとしてはブラント一同を加えて四組となり、各自のパーティーで方針が決まっているのか、それぞれ個性を主張している。
その中で最も異彩を放つパーティー、それは、四人組のパーティーメンバー全員が全身鎧を装備している冒険者だろう。一着揃えるだけでも莫大な金額がかかり、それを四人分も揃えればそれだけでも一財産となるだろう。だがそれに見合っただけの威圧感はある。実際彼らの腕前をブラントは知らないが、それでも数段、数十段は自分より腕が確かだと錯覚するほどに。
もちろん他のパーティーも中々のつわもので、残りの二組をざっくりと説明するとこうなる。
まず五人組パーティーで、リーダーの男性を除いて全てが若くて美しい女性で固めた『ハーレムパーティー』実に妬ましい。
四組人パーティーで、前衛が一人に対して残りが魔法使いの『火力重視パーティー』。そこにブラント一同を合わせ、パーティー四組の総勢一七名の冒険者が一堂に会した。
そんな中で最もホットな噂の中心人物の登場である。冒険者の一人が「なぁ、あれって……」と、探るように仲間内で確認を取ったのを境に瞬く間に辺りに伝染する。到着して数分後にはすっかり視線を独占したブラントは、あまりにも居心地が悪く、何食わぬ顔で仲間の後ろに避難するのであった。
「ほら、大丈夫だったでしょ~?」
「大丈夫じゃありませんよ!」
人ごとだと思って楽しそうに笑うセシルを一瞥し、今になって早まったと後悔するブラントであった。
――ゴーン。ゴーン。
ブラントが仲間の後ろに隠れて数分後。ギルドエリアの中央にある鐘が数回鳴り響く。
その頃には興味を失った子どものようにブラントから視線を外し、各自で荷物の最終確認を始め出す。そこでようやくブラントも一息を入れる事ができた。
だが束の間の安堵も露知らず、冒険者ギルドのギルド長とエリーが現れる。それと同時に場の空気に緊張が走るが、二人は気にした様子もなく正門の前――集まった冒険者の前に立つと咳払いを一つして注目をアピールする。
「おはよう、冒険者の方々。そして集まってくれた事に心から感謝する。まず初めに自己紹介からさせてもらう。私の事を知っている人の方が多いだろうが、私は冒険者ギルドのギルド長。そして私の後ろにいるのは補佐役のエリーくんだ。だらだらと長い話をするつもりはないが、少しだけ私の話に耳を傾けてくれると幸いだ。……諸君らが依頼の参加を決定づける要因――地位、名誉、金銭、正義、戦闘、それ以外にも何かしらの思いがあるだろう。それについて私がとやかく言うつもりはない。だが! 何があろうとも己の命だけは、仲間の命だけは粗末にしないよう心がけて欲しい。諸君らは優秀だ。ここで散っていい命では決してない。それを肝に銘じて今回の依頼を受け、再び都市エンティラに皆で帰還しよう! ……以上だ。それでは外に馬車を用意してある。外のギルド職員の指示通りに馬車に乗り込んでくれ。準備ができ次第すぐにでも出発する」
ギルド長のちょっとした演説が終わり、それぞれ仲間内で意気込みを語りながら正門の外に向かって歩き出す。
その後をブラント一同も続いて歩き出し、ギルド長の隣を通り過ぎようとした時。「ブラントくん少しだけいいかい?」と、ギルド長がブラントを呼び止める。それに対してセリス達もその場に止まる、ような野暮な事はせず、アイコンタクトだけ送って三人はそのまま歩き続ける。
「まずはお礼から言わせてほしい。昨日今日と急な依頼に参加してくれてありがとう」
そして深々と頭を下げるギルド長。ブラントは慌てて「頭を上げてください」と懇願するが、これが大人の礼儀と称しているのか、頭を上げるまで三秒も要した。
実のところギルド長にとってお礼と同時に『謝罪』の意味も含まれていた。
一つは数年前に起こった事件の全貌を知らないブラントに依頼を頼んだ事に対して、だ。前回の生き残りが重体者も含めて五名。その冒険者の何名かが『戦死理由』を口外し、それが瞬く間に都市エンティラに広がった。結果的にギルドの落ち度で収集はついたが、それでも当時の惨劇は今も都市に身を寄せる人々の心に根強く住み着いている。もちろん今回の依頼の参加者には惨劇を知る者も少なからずいるが、それ以上に彼らを駆り立てる要因や狙いがあり、危険と分かっていても参加を表明したのであった。
その理由が『謝罪』の大半を占めるが、そこから派生して『仲間を危険に晒す』のも要因の一つとなる。まぁそれも踏まえての冒険者なのだが、最初に述べた理由がそこに相俟って、仕事とはいえギルド長の心は晴れなかった。その罪滅ぼし――にもならないかもしれないが、基本的には現地に赴く事はないギルド長が自ら同行を決意したのであった。ちなみにエリーは、依頼の様子を見てみたいと建前の理由をつけ、ギルド長の補佐役を買って出た。もちろん本音は、世話の焼ける弟の面倒を見るのが目的である。
「……他にもブラントくんを引き留めた理由が一つだけある。私はあまり信憑性のない噂話は好きではないのだが……いや、今回の件は信憑性の方が勝る。だから言わせてもらうが、君たちは結婚をする前の男女だ。遠出だからと言って、浮かれて羽を伸ばさない様、節度を持って依頼に挑んで欲しい」
「えっと……何のことですか?」
「ん? ブラントくんとエリーくんは相思相愛の仲――恋人同士なのだろう?」
あまりにも唐突な事を言い出すギルド長に、ブラントとエリーは目をパチクリさせ、思考が回復するまでお互いを見つめ合う。
ギルド長の言うところの『噂』の原因とは、数日前にさかのぼる。ブラントがワーウルフの討伐に出発し、期限を最終日の夕方に中々帰ってこず、その時にエリーはやさぐれモードになった。その時に起きた『モンスターの押し付け』事件である。
普段のエリーからは考えられないほど、それほどの怒りと悲しみを冒険者にぶつけた。それだけでも噂の種には十分だったが、決定づけたのがブラントの帰ってきた日である。大号泣で迎えたと思えば、仕事を投げ出してブラントの傍から離れない。
それがギルド職員にとって『噂』から『確信』に変わり、それがエスカレートしてブラントとエリーは恋人同士なのだと疑惑が浮上した。いや、浮上ではない。ギルド職員には既に恋人同士だと位置づけされた。
「……ち、違います!」
数秒の間を開け、最初に口を開いたのはエリーであった。
「違うのかい? だが私が聞いた話によると――」
「違います!」
「だが、しかし――」
「違います!」
あまりにも懸命にエリーが『違います!』を連呼し、それに対して毒気を抜かれたギルド長は「そ、そうか? そう言うなら……」と、それ以上の追及は諦めた。
確かに二人は恋人同士ではないのだが、そこまで否定されるとブラントとしても複雑な部分はある。もちろん今までエリーに、事あるごとに否定され続けてきたブラントだ。複雑な部分はあるが、それほどの心理的ダメージは受けていない。
そして否定をし続けたエリーはと言うと、建前上で否定はしたが、それでも心のどこかではまんざらでもない自分がいた。
ブラントの事を『世話の焼ける弟』の位置づけは変わらないが、その位置づけが徐々に、ほんの少しだけ『頼りになるかもしれない男性』に変わりつつあった。
見た目はいかにも『駆け出し冒険者』の雰囲気を出すブラントだが、それでも今まで結果を出してきたのは事実である。それに否定的なエリーではあるが、なんだかんだブラントと一緒にいるのが楽しいし、ブラントには素の自分をさらけ出せるほど接しやすい。
そのような理由から、ほんの少し、気持ち程度、あってないような差、ではあるがブラントとの関係は居心地よくも思い、ギルド長の言うところの『恋人同士』の関係も悪くはないと感じるのであった。
――のだが、頼りなく挙動不審になるブラントを見たエリーは、今の気持ちがどこかに吹き飛ぶ。そして『危ない、危ない! 周りがはやし立てるから、ほんの少しだけその気になっただけ!』と自分に言い訳をするのであった。
「ま、まぁ、どうあれ、だ。他の者を待たせるのも気が引ける。私達も行くとしよう」
言葉通りギルド長は逃げるように一足先に歩き出した。取り残された二人は特に会話もなくギルド長の後を追うが、その場の空気はどこかギスギスしていた。それを作り出していたのは、もっぱらブラントではあったが。
一行から少し遅れて三人が馬車についた頃には、既に他の冒険者は乗り込んでおり、三人を待つ形となっていた。
馬車は全部で三台ある。
人の運用も兼ねるタイプとしてはメジャーなカバードワゴン、またの名を幌馬車とも言う。構造としてはいたってシンプルで、長さ四メートルに幅二メートルの乗員室に、雨風をしのぐため全体を覆う布。全体といっても、前後ろは風通しのために開け閉めは可能となっている。後は二人掛けの御者台に、馬車を引く馬が二頭となっている。
今回の依頼は色々な思惑が重なり合い、先頭を走る馬車と二列目の馬車には、三組の冒険者パーティーと食料以外の荷物。そして交尾を走る馬車にはブラント一同とギルド長、後はエリーに全体の食料となっている。
基本的にはこのメンバーで移動し、そのメンバーから見張りと御者の二名を交代で出していく形となっている。そして移動は早朝から夕方まで、夕方になったらキャンプを張れる場所を探し、交代で歩哨に当たる。
あまりゆっくりとしている時間はないため、よっぽどな事がない限りモンスターとの戦闘は避けていく方針である。それを集合地点までの六日間も繰り返す。
そして三人は交尾の馬車――ブラントは見張り役のセバスに誘導されて御者台に、ギルド長とエリーは乗車室に乗り込む。全員が乗り込んだ所で、門番が先頭の御者に合図を送る。手綱を引き馬の甲高い声と共にゆっくりと馬車が進み、一定の距離を開けて二台目の馬車が、続いて交尾の馬車が出発する。
こうして冒険者が一七名、ギルド職員が二名、総勢一九名が遠い北東の村へと向かった。
その様子を門の影から見つめる三人の影に気づく事無く。
* *
中立国であるスワトロ法国。そこに冒険者ギルドの総本部が構えている。アドニア中に存在する冒険者ギルドで最も規模が大きく、敷地面積にして約百メートル四方で四階建ての建物となっている。
一階は地方のギルドと同様で、冒険者が依頼を受けるための階となっている。ただ違う点があるとすれば、依頼の数が地方と比べて数倍もある点だろう。それに比例して冒険者の数も多く、中には最上位クラスの冒険者――S級冒険者もちらほらと目に入るほどだ。理由としてスワトロ法国は東西南北の各国に触れているため、スワトロ法国以外の国々からも依頼が集中するためである。
続いて二階は主にギルド職員の事務スペースとなっている。ギルドの総本部と言え、ギルド職員の仕事内容は地方と何ら変わりはない。ギルドに籍を置く冒険者の管理をし、一定数の功績を上げた冒険者にランクアップの通知を出す。それだけである。
そして三階は主に会議室や諜報機関、更には参謀機関などがある。この階は言ってしまえば、冒険者ギルドの核とも言っても過言ではないだろう。もちろん三階からは一般職員は立ち入る事はできないし、そう易々と立ち入れるほどセキュリティが手薄でもない。昼夜問わず十名の手慣れた戦士が警護に当たっている。
最後に最上階の四階は主にギルドを構成する組織の責任者――冒険者ギルドの上層部の部屋となっている。これに関しては説明不要なので割愛しよう。
さて、そんな冒険者ギルド総本部の会議室。そこには長方形の机が一つと、総司令と上層部の椅子が囲むように置かれている。そして椅子には頭を抱えた総司令と上層部の姿があり、一同に頭を抱えていた。理由は言うまでもなくブラント達が引き受けた『不確定要素が多い依頼』についてだ。
総司令は上層部を含めて最年長で、御年七四歳である。総司令は若い頃は冒険者として活躍し、Sランクまで上り詰めた実力者である。そのため七四歳の今でも体の衰えは感じられず、下手な冒険者では足元にも及ばないだろう。もちろん上層部も総司令とまでは言わないが、それでも相応の実力はあり、今からでも前線で戦えるだけの経験や体力もある。
そんな中ドアをノックする音が響き、同時にドアが開かれる。一礼をしてから会議室に入ってきたのは諜報機関に籍を置く中年男性であった。
「失礼します。先ほど都市エンティラから冒険者十七名が目的地に向かったと通達がありました。冒険者の詳細につきましては書類をご覧ください」
それだけを伝え、手に持っていた書類を壁際に控えていた中年男性に渡し、再び一礼をしたのち会議室から出ていく。書類を受け取った中年男性は、総司令から時計回りに書類を机に置き、置かれた順から書類に目を通し始めた。
「……おいおい、これは冗談が過ぎるのではないか? これについて参謀長から説明を聞きたいのだが?」
一通り書類に目を通し、真っ先に口を開いたのは総司令であった。だが言葉とは裏腹にその瞳は笑ってはおらず、冷ややかな視線で書類を乱暴に机に放り投げる。その態度に会議室の空気は冷たくなる。
乱暴に投げ出された書類の上段には『上級冒険者ブラント・ケニー』と、でかでかと書かれ、その下にはギルドで把握してある詳細が細かに書かれている。年齢、ギルドに加入した日付、受けた依頼、ランクアップ等についてだ。
ただ『受けた依頼』の項目には討伐したモンスターが記入されている訳ではないため、書類だけを見れば実質『ゴブリン討伐』だけしか功績は上げていない事になる。もちろんそれだけで上級冒険者にランクアップできるほど甘いギルドではない。だからこそ総司令は横暴とも言えるランクアップに、こうして眉間に青筋を立てるのであった。
地方のギルド長の最高責任者である参謀長は慌ただしく立ち上がり、額に汗を浮かべ「えっ、あっ、そ、そうですね……」と、口ごもる。そんな参謀長に痺れを切らし、総司令はあからさまに嘆息し「もういい」と、説明を聞き出すのを中断する。
「この件については依頼が終わってからじっくりと聞き出すとして、まずは目先の問題から解決していこう。エンティラからの冒険者が決まった事により、三ヶ国で合わせて上級冒険者が一組、三級冒険者が一組、二級冒険者が七組、一級冒険者が一組、S級冒険者が一組、総勢四十八名となった。急な招集の割に意外な数が集まった事に対しては、御の字と言ったところか。……それで? 先行した偵察部隊はどうなった?」
「はっ! 第一、第二共に消息不明のまま変わりありません!」
総司令の質問に諜報機関の現トップが勢いよく立ち上がり、失態を恐れずにきびきびと経過を答える。
今回起こった一連の騒動を紐解くため、諜報機関は現地の村に数名の第一隊を二週間前に、第二隊を一週間前に偵察の任務で送った。だが二週間経っても第一隊は帰還する事無く、更には第二隊までも消息を絶ってしまった。
事前に偵察部隊には『戦闘は回避し、異変があれば直ちに帰還』の命令を出していた。それが蓋を開け、帰ってきたのは『消息不明』の文字だけである。
そこから導き出せる答え、それは『異変』どころの話ではなく、『危険』の二文字だった。そんな一寸先も見えず、不確定要素が多い状況に、諜報機関どころか上層部全体は『危険』の文字に押しつぶされそうになった。それでも立ち向かう彼らは、根っからの冒険者だからだろう。
「うむ、これ以上の期待は持てそうにないな……。まぁ、いい。それより、だ。まずは現状における問題点、それの対応策を再び洗い出す。参謀長、何かあるか?」
「はっ! 偵察部の隊消息も絶つ今、敵はあまりにも未知数であります。既に発った者とは別の部隊を編成し、後方待機がよろしいかと思います」
「それが出来ないから、たった四十八名の冒険者しか集まらなかったのだろう?」
「対応策とし、報償金を吊り上げてはどうでしょうか?」
「具体的にはどう考えている?」
「現状の報酬が最低で金貨四十枚、最高で金貨八十枚となっています。その金額を四人で割れば一人頭は金貨十枚と二十枚と、報酬の相場から言えば二級冒険者、それも金貨十枚では底辺の金額です。今回は半ばお情けで一級冒険者とS級冒険者、その二組が依頼を引き受けてくれましたが、現状ではこれ以上の期待は持てそうにありません。なので、ここは思い切って報酬を五割増し……いえ、倍の金額で雇ってみてはどうでしょうか? 私個人の意見ではありますが、彼らの腰が重たい原因は『不確定要素が多いのに、報酬は底辺の金額で前線』だからです。ですが、既に目的地に発った冒険者がいる今、報酬が吊り上がり戦闘も回避できそうと知れば、おのずと冒険者が集まるのではないでしょうか?」
都市エンティラからは違った理由から集まらないのだが、他の二ヶ国から集まらない理由は『不確定要素、底辺の報酬、前線』そこにあった。
残念だが出身国でもない一国の危機のため、命の代償が『底辺の報酬』では大抵の人は動くことはないだろう。
責任感や正義感の強い人からすれば、『それはあんまりだ! ここは皆で協力し――』と己の理念をおこがましくも押し付けてくるだろう。だがそれに賛同するほど人の心は強くはないし、それに心を動かされるほど甘くはない。
そもそも冒険者として動く理由は大雑把に『地位、名誉、富』その三つが挙げられるだろう。『地位』とはギルドで言うところにランクに値する。誰しも冒険者ギルドに籍を置くものなら、最高位のS級冒険者に夢を抱く。そこに足を踏み入れた一握りの冒険者は無条件で、残りの二つ『名誉、富』が与えられ、ギルド内どころか周囲からも尊敬の眼差しを向けられる。だがそれは一握りの冒険者だけで、大抵の冒険者は己の限界を知り、そして夢は儚くも散る。だからこそつまらない理由で命を投げ出さないし、安全の限界点を見極めて比較的に楽な仕事を選ぶ。ついでに『地位』が与えられるなら御の字程度。それが大抵の冒険者が抱く普通の心理状態である。
そこで話は戻って参謀長の意見である。
冒険者が集まらない『不確定要素、底辺の報酬、前線』この上記の問題から、報酬を倍に吊り上げれば『底辺の報酬』は問題点から消える。後方待機と称すれば『前線』も消え、残った『不確定要素』は解決策がない以上は消える事がない。だが『底辺の報酬、前線』この二つが解決すれば、『不確定要素』は妥協枠と移動し、待機だけで儲けられると踏んだ冒険者が比較的簡単に集まるのも確か。参謀長の意見は理に適っているだろう。
そんな参謀長の意見に総司令は腕を組み、見落とした問題点がないか考え始める。
「……そうだな。まず一つ、既に発った者たちはどうする? これは流石に納得す者はおるまい」
「ええ、この点につきましては、追加報酬と無条件のランクアップでどうでしょうか? 仮に倍の金額で冒険者を募集するとしまして、前線で戦闘を行う者たち――第一軍には、そこから更に五割増しが妥当だと思われます。つまり一人頭で金貨三十枚の保証と、依頼達成時には金貨六十枚。更に無条件のランクアップともなれば、誰であろうとも文句は言わないかと思われます」
「それを実行すれば莫大な金額が予想されるぞ」
「ですが、戦闘に発展すれば生き残るのは数名かと。確実に生き残るS級冒険者と一級冒険者、半数生き残る可能性がある二級冒険者、三級冒険者と上級冒険者は残念ですが戦死するかと思います。そうなれば莫大な出費とまではいかないかと思います」
「では仮に前線が突破されたとする。金と安全だけで集めた決意の無い冒険者に、前線で戦う勇気ある者と同等の力を発揮できると思うか? 敵を見るや否や一人が逃げ出し、それが全体に伝染するとどうなる? それこそ無駄に兵を消費するだけじゃないかね?」
「ぐっ……おっしゃる通りです」
「仮にその案を採用するとなれば、仮初めの英雄様でも祭り上げ、全体の士気を高める他ない。参謀長、その英雄様でもやってみるか?」
痛い所をつかれ、ぐうの音も出ない参謀長に対し、総司令はにやりと悪い笑みを浮かべて案を提供する。それに対する参謀長の答えは無言と、苦虫を噛み潰したような表情だった。
そんな参謀長の態度に総司令は呆れて「……お主も決意の無い者か」と呟くのであった。
だが参謀長の態度も仕方がない。過去は確かに名を馳せた冒険者なのだが、それでも過去である。一線を退き安全と安定を手にした人が、再び戦場に足を踏み入れるのは難しい。それに『己の発言』と『安全、安定』を天秤にかければ、どちらが重いかは結果が見えている。天秤にかけるだけ無駄な時間だろう。
「仕方あるまい。ではその英雄様はワシが引き受けよう」
あっさりと総司令が引き受けた事により、場がざわつく。「総司令の身に何かあってからでは遅い」「策を練った参謀長がやるべきだ」「その場合、自分たちはどうなる?」様々な思いを両隣で話し合い、たちまち会議室は喧騒に包まれる。
「静かにしろ! 意見がある者、英雄様を引き受ける者、直ちに立ち上がれよ!」
会議室中に総司令の声が響き渡り、たちまち上層部は口を紡ぐ。もちろん自ら危険に飛び込む者はいないため、誰も立ち上がることはなかった。
「……お前達はいつもそうだ。そうやって陰でしか物を言えない、己の発言もろくに責任を持てない、あまつさえ都合が悪ければ責任を転換する。それがお前達で、それが冒険者ギルドだ。実に不愉快な集まりだと思わんかね? まぁ、思うはずがないだろうな。それがお前達の本質なのだから」
それでも口を紡ぐ上層部に対し、総司令はあからさまに聞こえるように舌打ちをし、『この腰抜けが!』と心の中で毒を吐く。
「参謀長はその案で冒険者をかき集めろ。明日の早朝、ステイック王国側の門を集合地点とする。ワシも準備を始めるため、会議はこれにて終了とする。……冒険者だった頃の牙が、闘争心がまだあるなら、そのだらしない体に鞭を打つ勇気があるなら、老いぼれにここまで言われて悔しくないのなら、お主らも明日の早朝に門までくるように。以上、解散!」
言いたいことを言い残し、総司令は胸を張って会議室を後にした。
取り残された上層部は口を開く事は無かったが、それぞれ両隣とアイコンタクトで『どうする?』と確認し合う。そんな彼らの姿は、総司令の言葉の意味を理解していなかった。
己の意見を持たず、意見を大多数にゆだねる。一人が『行く!』と言えば便乗し、一人が『行かない!』と言えば腰を据える。その光景は決して珍しい物ではないが、一人の社会人として、一人の上層部として、あまり誇れる光景ではないだろう。
そんな上層部に対し、壁際に控えていた中年男性――総司令の秘書は密かに嘆息するのであった。
会議を強制的に終わらせた総司令は、日頃の数倍も慌ただしく動き回っていた。
過去に使用していた装備品を取りに自宅に戻り、自宅の使用人に「しばらく留守にする」それだけを告げてギルドに戻る。
ギルドに戻れば依頼を受ける冒険者を自らの手でチェックし、金銭に目が眩み腕のなさそうな冒険者は問答無用でキャンセルを入れる。そうこうしている間に、日頃の書類が山の様に溜まり、それの処理が終わる頃には窓の外は闇に包まれていた。
一通りの事務を終わらせた総司令は背もたれに寄りかかり、疲れた目をほぐしながら天井を見つめていた。
そんな時、部屋のノックと共に「失礼します」と、秘書が書類を片手に現れる。
「夜分遅くにすいません。調査結果の書類となります」
「うむ。ご苦労。……それはそうと、ワシが会議室を出てからはどうだ? ワシを見返そうとする骨のある輩はいたか?」
「残念ですが」
「そうか……。まぁ、最初から期待はしていなかったとはいえ、多少は残念な気もするものだな……。ご苦労だったな。もう下がっていいぞ」
秘書は書類を手渡し、一礼をして部屋から出ていく。
そして総司令は受け取った書類に早速目を通し、徐々に意外そうな表情に変貌する。一通り読み終わった書類を放り出し、過去にでも浸っているのか遠い目をする。それから徐々に口元が吊り上がり、しまいには楽しそうに声を上げて笑い出す。
「そうか、そうか。あいつらが……。それなら納得するしかないな」
先ほどまで総司令が見ていた書類。そこには『回復魔法を得意とする老婆』と『魔法使いにも関わらず盾を装備する老人』の詳細と、今の動向が明細に書かれていた。
ここまで見ていただきありがとうございました。そして長文にお疲れ様です。
甘口から辛口の感想やご意見、お気軽に下さると嬉しいです。
さて、私はどうしても人物や地域の名前を考えるのが苦手です。どれだけ頭を絞っても思いつきません。なのでキーボードでランダムに打ち込み、最初に二文字から名前を決めていますが、どうもそろそろ限界を感じてきました。何か他にナイスな方法はないでしょうか?