前へ次へ
11/14

1話 ギルド長と上級冒険者 (1)



 ――午前中の十時を少し過ぎた頃。

 ほとんどの店は十時頃に開店を始め、それもあり都市エンティラの商業エリアは賑わい始めていた。そんな商業エリアの中でも主に装備品を扱う店が並ぶ通りがあり、その通りに面する一軒の防具屋にディスプレイされた防具品を見つめる一人の青年の姿があった。

 その青年は今にも窓を割る勢い――両手を窓に密着させ、窓と顔も限りなく近い。そんな姿でディスプレイされた防具を見つめていた。

 そんな青年――ブラントの今の姿は無地のシャツにズボンと、冒険者と思わせない格好をしていた。そのため傍からのブラントは、冒険者に憧れる青年。さしずめそのような所だろう。

 そんなブラントが見つめる防具とは、数日前に何気なく見つけた物で、そのあまりにも美しい防具に魅了され、その後も何度か足を運んでは今のように見つめているのである。

 さて、どうしてブラントが商業エリアにいるのかと言うと、二日前に一緒に依頼を同行した防具屋の娘、アリアが造った新品の防具品を受け取りに来たためであるが、その防具屋に向かう途中に「少しだけ」と、足を運んだのが運の尽き。あれこれ十分ほど今の態勢で釘付け状態である。

 あまりにも真剣に防具を見つめるブラントを、通りすがる冒険者や商人は微笑ましく見つめたり、指をさして笑ったりする。だがディスプレイされた防具に魅了されたブラントは、そんな行きかう人々に気づくはずもなかった。


「おっ、リーダーか?」


 そんな中、聞きなれた声がブラントの耳に届き、振り返れば呆れ顔のダマルダの姿があった。

 ダマルダとブラントは同じギルドメンバーで、共にパーティーをしている。そんな彼に今の姿を見られたことにブラントは恥ずかしそうに肩を縮める。


「ダマルダさん。こんな時間に珍しいですね」

「まー、今日は遅番だからな。……それよりも、リーダーこそ油売っていいのか? 今日はこの前の嬢ちゃんから防具を貰いに行く日だろ?」

「ええ、そうなのですが、その前に少しだけ覗きに来たら……」

「夢中になったと?」

「……はい」

「まぁ、その気持ちは分からない事はないが、あまり嬢ちゃんを待たせるなよ。もしかしたら今頃、店の前で首を長くして待っているかもしれねぇぜ」


 そしてダマルダは「じゃあな」と、恥ずかしそうに縮こまっているブラントを尻目に、戦士ギルドに向かって歩き出した。

 取り残されたブラントは最後にディスプレイされた防具を一瞥し、顔を真っ赤にしてアリアの元に向かって走り出した。

 恥ずかしいのを隠すかのように、その速度はトップスピードを維持して、だ。



 意外にもアリアの実家である防具屋は、先ほどまでブラントが釘付けになっていた防具屋と目と鼻の先であった。

 そしてダマルダが言ったように、アリアは店の前できょろきょろと、いつくるか分からないブラントを律儀に待っていた。そしてブラントの姿を見るや否や、通行人の視線を気にせず両手をぶんぶん振り回し「ブラントさん! こっちですよぉ~!」と、見た目のクールさとは正反対の行動に、周囲の視線が集める事になった。そして合流したアリアと共に、一緒に防具屋に入り、今に至る。

 まず防具屋に入ったブラントの第一印象は、『すっきりしている』であった。

 防具屋の入り口を背に、正面にレジがあり、その奥には工房の一部が見える。そして左右には防具が陳列されている。種類は重装備や軽装備の各部が揃い、そのどれも無駄な装飾は施されていない。それでも近くから見れば、その丁寧さが職人の技を、力量を物語っていた。

 そんな一級品の防具品の数々に、ブラントがうっとりと見つめていた時だった。


「いらっしゃい。君がブラントくんかい?」


 そう言いながら工房から一人の男性が出てきた。

 その男性をブラントは初めて見るが、一目でアリアの父親だと分かる。それほど顔つきが似ていた。特に目元が似ており、その男性もアリア同様に切れ目が特徴的であった。そして体格は典型的な体格が無駄に良い頑固オヤジ――ではなく、全体的にほっそりとしている。悪く言えば、もやし体型と言ったところだろう。


「あっ、はい。この度はお世話になります」


 頭を下げようとするブラントをアリアの父親は手で制す。


「よしてくれ、頭を下げるのは僕の方だ。……大切な娘を助けていただき、本当にありがとうございます。不束(ふつつか)な娘ですが、今後ともよろしくお願いします」


 真剣な眼差しでブラントを見据え、深々とアリアの父親は頭を下げた。

 最後の『不束な娘ですが』その言い回しに『ん?』と疑問を感じるブラントだったが、そこは深く追求せまいと聞き流す。


「あ、頭を上げてください! 私も娘さんにはとても助けられましたし、こうして生きているのも半ば娘さんのおかげですし!」

「そうだよ、お父さん。ブラントさんも困っているから、そろそろ頭を上げてよ」


 娘がそう言うなら、とアリアの父親は頭を上げる。助け舟を出してくれたアリアに対し、口では言わないが心の中でブラントは感謝をする。

 そもそも前回の一件に関して、お礼を言われる筋合いはないとブラントは思っていた。

 他の冒険者に『モンスターの押し付け』をさせられたのは事実だが、それに対応できなかった己に未熟さ、鍛錬不足、経験値の浅さ、それが備わっていれば危険な目には合わなかっただろう。それを『若いから仕方のない事だ』と、言い訳するつもりもなければ、仮に言われても釈然としないのであった。


「……分かった。だけど僕が君に感謝をしているのは本当の事だから、それだけは忘れないで欲しい。なんなら好きな防具を持っていって――って、それをしたら本当に娘に嫌われそうだし、僕がいたら居心地悪そうだから退散させてもらうよ。自分の家だと思って、ゆっくりしていってよ」


 そう告げてアリアの父親は工房の中に姿を消した。去り際に「もし僕の作った防具品が必要な時がきたら、その時は喜んで差し上げるよ」と、ブラントの心を揺さぶるのであった。もちろん態度には出さないが、心の中でガッツポーズをするブラントである。


「もう、お父さんったら……。そ、それより! 私の作った防具です! ついてきて下さい!」


 去りゆく自分の父親の背中を呆れ顔で見つめ、そして次には思い出したかのように緊張し始める。よっぽど緊張しているのか、工房に向かって歩くアリアの姿はぎこちない。そんな姿をブラントは鼻で笑って後を追う。

 レジを通り抜けて、工房の中に入った直ぐに置かれた大きな机。その机の上に本日のお目当て品、アリアが作った防具品が置かれている。その防具品を「これです」と、紹介したアリアの頬は赤く、体を縮めて恥ずかしそうにしている。確かにアリアの父親が作った一級品の防具を先に見てしまえば、自分が作った防具の完成度の低さが目に見えて、恥ずかしくなるのも致し方ない。

 では恥ずかしがるアリアが作った防具品はというと、基本的な素材は鋼を使用し――そもそも防具や武器に使用される鉱石は低い順から、鉄鉱石、鋼、銀鉱石、金鉱石、プラチナ鉱石、ダマスカス鋼となっている。

 今回の使用された鉱石は鋼。前回の戦闘で破壊されたが、それまで使用しブラントの防具品は鉄鉱石であり、階級的に一つ上の鉱石を使用している。もちろん鋼を使用しているので言うまでもないが、分類的には重装備だ。

 さて、見た目はアリアが頬を染めるほど恥ずかしくはないとブラントは思った。

 事前に『不器用だ』とか『センスがない』とか、そのようなマイナスな部分を聞いていたため、想像していた物より、かなり上等な出来栄えに驚くほどだった。確かに父親と比べれば『不器用だ』『センスがない』は頷けるが、職人と見習いを比べれば誰でもそうなる。もちろんそれは素人目線で、職人目線からのアリアの評価とはまた別物ではあるのだが。

 それはそうと、机に置かれた防具は各部で五種類。まずは、胸当てと背当てが一体化した(アーマー)、全体的に丸みを帯びて二の腕まで伸びる肩当て、前腕から手首にかけ覆う籠手(ガントレット)、足のつま先から膝にかけて足を守るグリーブ、全体的にドーム状の丸盾、その五点となっている。その防具はつい先ほどまでブラントが魅了され、ディスプレイに釘付けになっていた防具を沸騰させた。そして盾に関しては、ドーム状のため基本的には『受ける』のではなく、『受け流す』を専門としているようである。そして父親の影響なのか、ただ単に技術がないだけなのか、どれも装飾は施されてはいない。素材のままの防具であった。それでもその出来栄えにブラントの胸は躍り、今すぐ装備したいのか、我慢のできない子どもの様にそわそわし出す始末である。


「……どうかな?」


 中々感想を言わないブラントに痺れを切らし、震える声でアリアが感想を求める。もちろんブラントの感想は言うまでもなく大満足であった。


「あっ、すいません。ちょっと見とれていました。はい、とても素晴らしいです。ありがとうございます」


 その賛辞にアリアは嬉しそうに口元をほころばせ、「それでは早速!」と二人掛かりで防具を装備していく。そして最後に全体を映しだす鏡を用意し、その防具を装備した自分の姿に、ブラントのテンションは最高潮まで達し、にやける口元を制御できない始末である。


「うん、素敵です! どこか苦しいとか、違和感はないですか?」

「はい! 大丈夫です! 本当に、本当にありがとうございます!」


 初めて見る無邪気なブラントに、一瞬だけアリアは驚くが、それも一瞬である。次には自分の事の様に円満の笑みを見せ、心の底から『作って良かった』そう思えたのであった。

 ブラントにとって人生で初めての新品の防具なのと、依頼を受ける前の性能のチェック、その二つがあいまった結果、今すぐにでもモンスター討伐に行きたい衝動に駆られる。


「もしアリアさんの都合がよろしければ、今からでも一緒にゴブリン退治にでも行きませんか?」


 突然の申し出にアリアの胸は高鳴るが、残念ながら今は『外出禁止』処分を受けている。その処分が無ければ、『行きます!』その一言で終わるのに、それができないアリアは恨めしそうに「うぅ~」と唸るだけだった。

 アリアの反応で全てを察したブラントは、慌てて「ま、またの機会にでも一緒に行きましょう」と、すかさずフォローを入れる。そして何となく気まずい雰囲気になり、最後にお礼を言って逃げるように防具屋を後にした。

 その後、取り残されたアリアは『外出禁止』を言い渡した父親に八つ当たりをするのであったが、そこは割愛しよう。



 アリアと別れた後、次にブラントが向かった先は工房のある武器屋であった。

 今現在ブラントが所持している武器は、ナイフが二つ、メイスが一つ、ぽっきりと折れたマジック武器が一つである。

 ワーウルフとの戦闘後、気を失ったブラントの代わりにアリアが回収したのであった。そうはいっても、折れた剣先はワーウルフの心臓にまで達しており、そう易々と引き抜けるものではない。

 もちろん気になったブラントは、その旨をアリアに聞いた。その帰ってきた言葉にブラントは唖然とした。

 なぜなら「あ、意外にもあっさり取れました!」と、誇らしげに言うアリアの姿があったからだ。それに対して『冒険者の方が合っているのでは?』と、ブラントは言いたかったが、アリアの名誉のためにも心に終ったのであった。

 そしてその後、ブラントは疑問に思った。どうして『折れたマジック武器』を回収したのか、と。

 その疑問を調べたところ、マジック武器の製作段階で魔法を加えるのは『鉱石の段階で加える』ためである。そのためマジック武器が折れたとしても、魔法の効果がなくなる訳ではない。

 だが折れた武器を溶接するのは非常に難しく、仮にできたとしても素材の組成(そせい)が変わり、あまり耐久性に期待が持てないようだ。そのため大方は『マジック武器を修復』するのではなく『新たにマジック武器を製作』する。

 つまり、『折れた剣でナイフを製作』する事によって、マジック武器の再利用が可能となる。

 もちろん本命は新たに剣を購入する事だが、前回の戦闘で活躍したマジック武器を捨てるのも気が引けて、こうしてブラントは工房のある武器屋に足を運んだのであった。


「いらっしゃい」


 ブラントは事前に調べた武器屋に入ると、出迎えたのは体格がよすぎる中年の男性だった。

 若い頃は冒険者として生活していたのか、腕には無数の傷跡が刻まれている。ポーションを使えば傷跡も完治するのだが、それを残しているのは過去の功績に浸りたいためだろうか。それでも腕は確かなのか、武器屋はそれなりに繁盛している。現に今も入店したブラントに目もくれず、数人の冒険者が武器と睨みっこしている。

 そしてこの武器屋は剣をメインに取り扱っているようで、店の八割を剣が占めている。

 中にはアドニアでも非常に珍しい東洋の島国に伝わる刀、いったい誰が振れるのか全長にして一五十メートルはあろう長剣、モンスターには決して有効とは言えないレイピア、用途は人それぞれ様々だろうが、剣を使う者には非常に魅力的な店だろう。

 今すぐにでも店内の隅々まで見て回りたいブラントであったが、まずはお世話になったマジック武器を新たにナイフにするため、奥で肘をついている亭主の元に向かう。


「あの、すいません。この折れた剣の鑑定と、あとナイフに造り直せますか?」


 すかさずマジックポーチから『折れたマジック武器』を取り出して亭主に渡す。


「おう、いいぞ。まずは鑑定からだな」


 どのようにマジック武器の鑑定をするのか、以前からブラントも気になっていたため、亭主の行動を食いつくように目で追う。

 鑑定は意外にも簡単に(おこな)えるようで、机から一枚の紙を取り出す。その紙には魔法陣が描かれ、その紙に剣を斬りつける。たったそれだけだった。

 どのような原理なのか、確かに剣で紙を斬りつけたのだが、紙は特に切れている様子はない。怪訝そうに紙を見つめるブラントだったが、徐々に魔法陣が消えるのと同時に薄っすらと、そして徐々に濃く文字が浮かぶ。


「ほう、切れ味が上乗せされる効果みたいだな。こりゃ普通に買おうと思えば、金貨三十枚はするだろうに。勿体ない事をしたな」


 その鑑定結果にブラントは納得する。そのような効果でなければ、低レベルのブラントがワーウルフを斬りつけられるはずがないからだ。そして続けて「まっ、さっさと壊して新しい武器を買ってくれないと、俺たちは路頭に迷うから、こっちとしてはありがたいけどな」ニヒルに笑う武器屋の亭主の言葉もまた納得するブラントであった。


「ははは、それでこの剣をナイフにするのに金額はいくらほどですか?」

「一本につき銀貨五枚。二つなら特別サービスで銀貨八枚」


 その金額が果たして相場通りなのかブラントには分からないが、それを調べる労力と比べれば答えは簡単だった。


「それでお願いします」

「おし、交渉成立。それじゃ料金は毎払いだ。今日の夕方には仕上げといてやる」

「すいません、その前に別件で聞きたいことがあります」

「ん? どうした?」

「片手剣を探していまして、金貨五枚だとどの程度の片手剣が買えますか?」

「そうだな……。多少型落ちしても問題がないなら、銀鉱石の片手剣が限界ってところだな。それでいいなら奥から出してくるぞ?」


 その申し出にブラントは少し悩むが、二つ返事で「お願いします」と返すのであった。亭主の言った意味の副音声はこうだ。『金貨五枚で銀鉱石の片手剣はお得』そうなる。

 仮にブラントが財力に余裕があるなら、その申し出をきっぱり断り、自分の目で品定めをしただろう。だが今のブラントにはそれだけの財力がない。それなら多少型落ちしようが、上限の金貨五枚でワンランク上の武器が買えるに越したことはない。

 亭主が工房の中に消えてから数分後。その手には少しホコリを被った片手剣が握られていた。そのホコリを布で拭きとり、鞘から剣を抜き出して刀身に異常がないかチェックをする。

 一通り確認を終えて異常が無かったのか「これでどうだ?」とブラントに片手剣を渡す。


「軽いですね」


 今はワーウルフによって破壊されたが、それまで使用していた片手剣より断然に軽く、それでも火力不足を連想させないほど刀身が研ぎ澄まされている。

 ちなみにブラントが持っている片手剣が決して軽い訳ではない。それは平均的な重さなのだが、今までの使用していた片手剣が異常に重かっただけである。

 原因は見習い鍛冶師が作ったため、重量もそうだが、切れ味もかなり悪く、よくそれで今まで生きてこられたのか不思議なほどである。


「そうか? 一般的だと思うけどな。まっ、それでいいならナイフの金額と合わせて、金貨五枚と銀貨五枚だな。どうする?」

「お願いします」


 既に購入を決めていたため、即決で答える。財布から金貨五枚と銀貨五枚を手渡し、「まいどあり」と亭主の言葉を尻目に、新しい片手剣を腰に据える。


「それじゃ、ナイフは夕方にでも取りに来てくれ」

「はい、お願いします」


 新しい片手剣と二本のナイフ、締めて金貨五枚と銀貨五枚、そのせいで財布の中身はやはり寂しい思いをしたが、それでもブラントの表情には後悔の色はない。それどころか武器も防具も新調でき、その表情は()()れとしていた。



 意気揚々と武器屋を出たブラントが次に向かう先、そしてもちろんカムイ大樹林である。建前では『武器と防具の性能を確かめたい』だが、本心では『この喜びを爆発させたい』である。

 そんなブラントが足早に正門に向かっている途中だった。冒険者ギルドの前、玄関先を掃除している一人の女性が目に入る。

 その女性のウェーブのかかったブラウンの髪、それだけで遠目からでもブラントには誰なのかはっきりと分かり、次にはブラントの表情が少しだけ曇る。

 冒険者ギルドの受付嬢であり、何かとブラントに突っかかるエリーは、慣れない仕事のせいか頻繁に腰を叩いては伸びをする。長時間にわたり掃き掃除をしているのか、その頬には汗が流れていた。時々ギルドの中に入る冒険者に挨拶をし、そして掃き掃除の再開。それの繰り返しである。

 そんなエリーとブラントはとある約束をしていた。エリーに魔術師ギルドの案内をされた時『報酬が入ったらご飯でも奢ってもらいますから』そう告げられたのである。

 それが本心なのか冗談なのか、それについてブラントは触れなかったが、仮にそれが本心なら奢るほどお金を持ってはいない。それが表情を曇らせる原因であった。

 一度引き返して迂回するか、盾で顔を隠して突っ切るか、どうやってエリーを避けようか考えていた時、何気なく顔を上げたエリーとブラントの視線がぶつかる。

 そうなっては逃げるどころの話ではない。観念したブラントはトボトボとエリーに近寄る。


「こんにちは、ブラントさん。装備品を新調したみたいですね。とても似合っていますよ」


 てっきり『馬子にも衣裳』と茶々を入れられると薄々感じていたブラントは、あまりにも普通に褒められて拍子抜けする。


「こんにちは、エリーさん。掃除なんて珍しいですね」


 その言葉にエリーはどんよりし、「いろいろあったのよ、いろいろと」と告げる。

 その意味深な答えに気にならないと言えば嘘になるが、そこで必要以上に追求するほどブラントはバカではない。回避できる地雷は回避するのに越したことはないし、何より会話が弾んで約束の話題に発展しないとは言い切れないためだ。


「そ、そうですか。それは大変でしたね……。それでは――」


 別れの挨拶を伝えようとした時、思い出したかのようにエリーは「あっ!」と声を上げた。ドッキリしたのとは別の意味、『約束の話』を思い出したのかとブラントの胸は高鳴る。


「そう言えば、ブラントさんにランクアップの話がきていますよ」

「ランクアップですか? えっと……確か、規定数の依頼達成をする必要がありましたよね? 実際はゴブリン討伐しか達成していませんが、それだけでも大丈夫なのですか?」


 またもや違う意味でブラントの胸が高鳴る。

 一通りの装備品は整ったが、いつまでも見習い冒険者では稼ぎにはならないし、本職であるギルドの任務もある。そろそろ功績を残したいと思っていたため、今のブラントにとってエリーの話は実に興味深かった。


「ブラントさんがワーウルフを討伐したのはギルド内でも有名ですし、それだけもランクアップに必要な条件は満たしています。それにギルド長から直々の申し出なので大丈夫ですよ。……ここだけの話ですよ? 本当は二級冒険者まで飛ばすって話まであったらしいですよ。理由は知りませんけど、結局は白紙になっちゃいましたけどね」


 その理由とは、ブラントを特例で二級冒険者まで特進(とくべつしょうしん)させるのは容易いが、その特例を認めれば特進を狙う冒険者も必ず現れる。もちろんギルドとしては、高ランクの冒険者が増えるのは望ましい。だが低ランクの冒険者が特進を狙い、そのせいで命を落とされる方がギルドとして面白くない。そのような理由からギルド長は特例を白紙に戻したのだ。

 特進が白紙になった事に対しては残念だが、それでも予想より早くランクアップできそうな事、更にはワーウルフの件が有名になっている事、その二つはブラントにとって喜ばしいニュースである。

 さて、どうしてワーウルフの件が喜ばしいニュースなのか、それは知名度の上昇に関係がある。

 本来のブラントであれば、何かに注目を浴びるのは得意ではない。だが、得意だろうが不得意だろうが、それ以上に優先される事、それは『知名度を上げてステイック王国の中枢に入り込み、王国の国内調査する』事にある。

 もちろん圧倒的に厳しい状況ではあるが、それでも本職ギルドからの任務は任務である。それに最善を尽くして取り組む事、それがギルドに加入している者の務めであるため仕方がない。


「そうですか。ランクアップ試験はいつでも受けられるのですか?」

「そうじゃなくて、ランクアップに必要な条件は満たしています。つまり実技試験は免除です。試験する必要がないとギルド長の判断です」

「あっ、本当ですか! それは嬉しいですね。……ちなみに手続きはどのようにすればいいですか?」

「簡単ですよ。話は通っていますので、後は受付の方にギルドカードを渡せば終了となっています。ただ、手続金として銀貨五枚は必要となりますが、今のブラントさんには問題のない金額ですよね?」

「え、ええ。大丈夫です」


 実際はそこまで大丈夫ではない。今のブラントの財布には金貨一枚、銀貨と銅貨が数枚。ここで銀貨五枚を払えるほどの余裕はない。

 今までは偶然が重なって大金を手にしたが、今後もそれが続く保証はない。次の依頼で銀貨二、三枚って事もあり得る。そうなってからでは遅いし、仲間にお金を借りるのも後ろめたい気がしてブラントは好んではいない。

 何か言い訳を考え、多少の余裕が出来てから上級冒険者になるのも一つの手。ブラントはそう結論付け、せっかくのランクアップを後回しにする決断をとる。


「そうそう、上級冒険者になりましたら、ギルド長が直々に依頼を頼みたい。そんな事を言っていましたね」


 まだ決断を取るのは早いみたいであった。

 都市エンティラの冒険者ギルド、その一介の(おさ)ではあるが、仮にも長である。もしかしたら都市エンティラを治める貴族――爵位は男爵だが、その男爵とも繋がりがないとは否定できない。いや、モンスターから王都を守る砦――城砦都市のため、繋がりが全くないとは断言できない。むしろ繋がりが非常に多いように感じ、ブラントは悩んだ。

 もちろん上級冒険者として活動すれば、後々の生活は今よりマシになるのは確定だし、本職の任務に一歩近づくのも確か。だが今現在の生活があっての将来である。安易に決断してパーティー全員で野宿は避けたい。かといって知名度を上げるチャンスを手放すのも惜しい。

 悩むブラント、それを怪訝そうに見守るエリー。多少の沈黙を隔てブラントが導き出した答え、それは――。


「一応の確認ですが、ギルドで武器の買い取りはしていませんよね?」


 前回の依頼でゴブリンが装備していたナイフ二本、ナイトゴブリンが装備していたメイス一本の売却であった。

 元々は売却するために回収したが、前回の教訓から念のために所持しようと売らずに持っていた武器だ。それを売れば銀貨五枚に達しなくても、その分だけ余裕ができる。本当は売りたくないが、これも仕方のない事だとブラントは割り切る。


「状態にもよりますが、よっぽど悪くなければ買い取らせてもらいます。……けど、どうしてそんな事を? 前回の報酬は……えっと、アリアさんでしたっけ? その彼女と報酬を半分にしたとはいえ、それでも金貨七枚もあれば――」


 触れてほしくない部分にブラントは挙動不審になり、そしてエリーは『もしや!』とジト目になる。


「もしかして、この数日で金貨七枚を使い切ったのですか?」

「いえ、まさか。多少は使いましたが、さすがに金貨七枚は使い切っていませんよ」

「そうですか……。あの約束は覚えていますか?」

「も、もちろん覚えていますよ」


 ここで白を切るほどブラントに度胸はない。度胸はないのだが、約束を果たせるほど財力がないのも確か。ここで白を切れたのなら、どれだけ楽になるだろうか。そんな事をついつい思ってしまうブラントであった。

 それと同時にブラントの頭をよぎる。『勘のいい女性だし、もしかしたら表情を読み取って無期限延長してくれるのでは?』と。温情判決(おんじょうはんけつ)を下されるのか、もしくは情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地ありか、どちらを下されても今より悪化する事はないと期待を込める。


「最高級ディナー。楽しみにしていますね」


 そんな事はなかった。情状酌量の余地なし、無期懲役もしくは死刑判決。

 眩しいぐらいニッコリと笑うエリーに、ぐったりと項垂(うなだ)れるブラント。普通に『ご飯を奢る』だけだったが、いつしか『最高級』と『ディナー』が付け加えられ、やっぱりエリーは厳しい、そう思うブラントであった。



 先ほどまでの意気揚々の姿は何処かに、ブラントは傷心しきった心を項垂れて表現し、ニッコリニコニコのエリーにナイフ二本とメイス一本を手渡す。

 さながら連行される格好で二人はギルドに入り、不気味なぐらい機嫌がいいエリーが受付を申し出たのだ。そんな受付の奥で作業に没頭するエリーに対し、仕返しには決してならないが、それでもブラントは恨めしそうに後姿を眺める。

 ほどなくして作業が終わったのか、お盆に銀貨六枚を乗せて奥からエリーがやってくる。


「良かったですね。それほど傷んでもいなかったので、銀貨六枚で買い取らせて頂きます。よろしかったですか?」


 つい先ほど大金がディナーによって消費される布告をされたブラントだが、それは別として意外にも高額な金額に頬が緩む。まぁ『最高級ディナー』の前では、買い取り金額が銀貨六枚だろうが、銅貨六枚だろうが、はたまた逆に処分費用を請求されようが、全く対して差はない。それほど微々たるものである。


「はい。それでは、そこから銀貨五枚は手続金に回してください」


 ブラントはお盆から銀貨一枚だけ受け取り、その代わりにギルドカードをエリーに渡す。


「分かりました。それでは手続きに数分の時間がかかりますので、それまでお待ち下さい」

「はい、お願いします」


 既にめぼしい依頼は無いのだが、時間を持て余すのも暇である。そのためブラントは依頼ボードの前に移動し、上級者冒険者から受理可能な依頼を参考程度に物色し始める。

 見習い冒険者と上級冒険者では、報酬はさほどの変化はない。見習い冒険者の報酬は銀貨二、三枚に対し、そして上級冒険者の報酬は銀貨三枚~五枚が相場である。もちろん見習い冒険者の中でも、上級難易度であるナイトゴブリンは銀貨五枚と破格の報酬ではあるが、そのような依頼はほとんどない。

 そうこうしている間に手続きが終わったのか、エリーはギルドカードを持ってブラントの元までやってくる。


「お待たせしました。こちらが新しいギルドカードになります」


 とは言うが、姿形は以前と同じである。唯一違うところがあるとすれば『ギルドランク』の所に『上級冒険者』と記入されているだけで、それ以外は特に変化はない。そのためブラントは上級冒険者になった実感は全く持てず、嬉しいなどと感情は芽生えなかった。


「ありがとうございます。それでギルド長からの依頼ですが、今から話を聞かせてもらう事ってできますか?」

「ちょっと確認してきますね」


 そしてエリーは受付の中に姿を消した。それから待つこと数分、再び姿を現したエリーに手招きされ、ブラントも受付の中に入る。そのまま事務室を通り過ぎ、直ぐに『ギルド長室』と書かれたプレートが貼ってあるドアに案内される。

 コンコン。二度ドアをノックすると「入れ」と中から声が聞こえたのを確認し、「失礼します」とエリーが一礼をして中に入る。それに続いてブラントもエリーと同様に中に入る。

 ギルド長室に入ったブラントの感想は、実に質素であり無機質であった。あるのはギルド長が執務をするための机が一つ。それだけであった。

 そんなギルド長は机に向かい、忙しそうに書類に目を通しては判子を押す。きりが悪いのかブラントが中に入っても、その手は動かし続けている。


「ブラント・ケニー様をお連れしました」

「ありがとう。すまないが、彼に椅子と飲み物を」

「畏まりました」


 そうしてエリーは一礼をしてギルド長室から出ていく。あまりにも気まずい雰囲気に呑まれ、居心地が悪いのを我慢し、まずは自己紹介とブラントが口を開こうとした時。


「すまない。もう少し待ってくれるか?」


 と、先にギルド長に言われ「……はい」とブラントは答えるしかなかった。

 そして居心地の悪い時間が始まった。部屋は静まり返り、唯一の音は書類が擦れる音と判子を押す音のみである。実際は数分だったが、あまりにも居心地の悪さから何倍、何十倍もの体感時間をブラントは感じた。ここでお腹が鳴ったら恥ずかしいだろうな、そんな事を考えている時だった。ようやくひと段落ついたのか、固まった体をその場で伸びをしてほぐす。


「待たせてすまなかった。私は冒険者ギルドエンティラ支部のギルド長、アランだ」


 座っていた椅子から立ち上がり、ブラントの前までやってくると手を差し伸べる。

 今まで視線を書類に映していたため、こうしてギルド長の顔つきを初めて見たブラントは、その容姿に息を呑む。

 まずギルド長はダンディーである。その比喩が最も適切で、カッコいい歳の取り方は男性なら誰でも一度は夢を見るだろう。まさにギルド長はそれであった。短く整えた髪をオールバックにし、口髭とアゴ髭を生やしている。その髭も頻繁に手入れされているのか、そこからは『不潔』を連想されない。そして握手を求める時の笑顔から生まれるシワ、程よく年季が入った目元のシワや豊齢線(ほうれいせん)が彼をより一層に魅力的に引き立てる。勘違いしてはいけないが、決してブラントにそっちの系統がある訳じゃない。ただ純粋に『カッコいい中年』と思っているだけである。


「ブラント・ケニーです。よろしくお願いします」


 お互いに自己紹介をしながら二人は握手を交わす。


(かさ)(がさ)ね、どうもすまない。来ると分かっていたら色々と準備はしていたのだが……」


 副音声で『次回からはアポイメントを取るように』とブラントの耳に聞こえたような気がした。だが確かにそうである。間接的に『ギルド長から依頼を頼まれる』と聞いていたが、それでもギルドの長に会うのに事前に連絡をしないのは失礼に値する。

 そんな時だった。再びノックをする音が響き「入れ」とギルド長が言うと、エリーが椅子を、他の職員が紅茶を持って現れる。椅子を机の前に、紅茶を机に置くと一礼をして部屋から出ていく。「それでは座ってくれ」そうブラントを椅子に座るように促し、ギルド長も自分の椅子に座る。


「はい、失礼します」

「それで、だ。既に話は聞いていると思う。早速本題に入らせてもらう。もちろんだが、話を聞いて無理だと思えば断ってくれても構わない。それに対して何らかのペナルティーが発生する訳じゃない、だから取り敢えず話だけは聞いてくれ」そう言いながら机の上に二枚の地図を並べる。そのどちらもきめ細かくメモや矢印、バツ印が書かれている。「まずはこのバツ印を見てくれ。ここには最近まで村があったが、残念ながら今はない。被害に遭った村は三ヶ所。一つ目はアーカム竜王国の南に位置する村が一月前、二つ目はその村から北北西に位置する村が二週間前、そして一週間前に我がステイック王国の領土の村にも被害があった。……そもそもブラントくんはこの話を聞いたことは?」

「いえ、初めて聞きました」

「うむ、そうか。この話は結構噂になっていてね、これの犯人が犯罪者グループって噂らしい。もちろん噂だがね。……それで、私達――いや冒険者ギルドはこれの犯人はモンスターの仕業だと考えている。その理由が二枚目の地図になる。これは数年前に起こった事件の資料で、その時はカムイ大樹林から流れたアンデットとゾンビの集団が村を襲った。その時の被害は今回より格段に多く、数も数だったため結局はスワトロ法国の手前まで進軍された。何とか手前で討伐はできたものの、それでも被害は大きかった」


 当時を思い出したのかギルド長は物思いにふけ、どこか遠い目でする。


「つまり依頼内容は、村を襲ったモンスターの討伐ですか?」

「そうなのだが、そうでもない。ギルドはモンスターの仕業だと考えているが、それを裏付ける証拠がないのも確かだ。そのため正確には調査の方が正しいだろう。そのうえで討伐に移行する事もあるだろう」

「もし仮に、村を襲ったのがモンスターでなかった場合はどうするのですか?」

「それでも同じだ。仮に襲ったのが盗賊だったとしても、モンスターから盗賊に変わっただけで、討伐対象には変わらない。それを踏まえての依頼だ。人殺しのレッテルを張られるのが嫌なら、最初に言ったように無理強いはしない」

「……ちなみに報酬金はいくらですか?」

「今回の事件は確定事項がない以上は、最終的な結果で報酬金は変動する。仮に何事もなかった場合、その時は金貨四十枚の保証はされる。仮に村を襲ったのがモンスター、または盗賊だった場合、その時は金貨八十枚となる。更に功績によっては、ランクアップも視野に入れる。決して悪い話ではないだろう? ちなみにこの金額はパーティーとして支払う金額であり、ブラントくんがソロで挑戦するようであれば四分の一の報酬となる。それは考慮してもらいたい」


 金欠のブラントには、喉から手が出るほどの金額であった。パーティーだろうがソロだろうが、金貨十枚は確定、結果を残せば金貨二十枚。あまりにも魅力的な依頼であった。


「……独断で判断はできません。一度パーティーの意見も聞きたいので、いったん持ち帰ってもいいですか?」


 本当は二つ返事で『喜んで!』と言いたいブラントであったが、あまり報酬にがっつくのも見苦しい。そのため返事は決まっているが、一度持ち帰る方針をとる。


「ああ、もちろんだ。それでは、最後の説明をさせてもらう。今回は複数の冒険者が参加をする。それだけではなく、アーカム竜王国、スワトロ法国、そして我がステイック王国の三ヶ国が共同で依頼に当たる。そして場所だが、エンティラから北東に位置する村が、次回の襲撃ポイントだとギルドは判断した。エンティラからでは馬車で六日ほどかかり、村周辺で他国の冒険者と落ち合い依頼に移行する。確定事項が無い以上は、かなりシビアな依頼になると思ってくれ。後はそうだな……、そうそう、馬車と食事はギルドが用意する。ただ食事は保存食がメインになって味の保証はないが、そこは我慢してくれ。……説明は以上となる。その全てを踏まえて、参加を決意してくれたのなら、明日の早朝の鐘が鳴る頃に正門まで来てほしい。何か質問はあるかな?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。それでは明日、ブラントくんが依頼を受けてくれる事を願って待っている」

「はい。……それでは失礼します」


 すっかり冷めた紅茶を一気に飲み干し、最後に一礼をしてブラントはギルド長室を後にした。

 再び一人になったギルド長は、机に置かれた()()の地図を手にして紅茶を一口含む。その地図の端には依頼の詳細が書かれており、その中には『参加した冒険者五四名。戦死者四九名、内一名重体』と『戦死理由――』そのような事も書かれていた。

 ギルド長はその文字をそっとなぞり「若い芽が摘まれなければいいのだが……」と、誰に言うまでもなく呟くのであった。

ここまで見ていただきありがとうございました。そして長文にお疲れ様です。

甘口から辛口の感想やご意見、お気軽に下さると嬉しいです。



ブラント・ケニー(23歳)

レベル:17 職業:冒険者

体力:5075(+330)

魔力:370

筋力:165(+40)

俊敏:101

魔攻:0

運気:20

武器:【銀鉱石の剣】

防具:【鋼のアーマー】【鋼の肩当て】【鋼のガントレット】【鋼のグリーブ】【鋼の盾】

装備アイテム:【マジックポーチ(+収納)】


*補足説明

・体力(HP)・魔力(MP)・筋力(攻撃力)・俊敏(素早さ)・魔攻(魔法攻撃力)・運気(運)・武器、防具、装備アイテム(装備品)

前へ次へ目次