プロローグ
――アドニア。
総面積はおおよそ百キロ平方メートルほどでアドニアと名付けられた島に五つの国がある。アドニアの中央にスワトロ法国があり、法国を軸に北のブレスト帝国、東のアーカム竜王国、南のステイック王国、西のボルゾア軍国となる。
国土面積は法国以外さほど変わらない。もちろん国土面積は大方同じでも一般人が住めないようなカムイ大樹林、標高四千メートルを超えるソルト山脈など大きいものから小さいものまで各国さまざまな理由があり、スワトロ法国を除いて最も面積の狭い国はステイック王国となる。
スワトロ法国はアドニア唯一の中立国であり、アドニアで最も活気があふれ、そして最も国土面積の小さい国といえる。
東西南北の各国に触れている唯一の国でありそのためアドニア中の様々な文化、民芸品、作物などが法国に集まる。そのような理由もあり法国は商人の国といえ、各国の商人はスワトロ法国に憧れを持っている。
ただ誰でも商売をできるのではなく総資金が一定以上ないと商人として商売は禁じられており、その敷居の高さから法国での商売をすれば成功者と、商人の間では法国に夢を見ているものが多い。
それ以外の特徴といえば法国を囲むように作られた塀だ。その塀の内側が法国、一歩外に出れば各国となる。法国に入国する冒険者や一般人、そして商人には入国金と厳重な手荷物や馬車の検査が義務付けられ非合法のものがあれば即刻牢屋行きとなる。そのため密輸入に成功すれば破格の額で取引されるため一攫千金を夢見た人が牢屋に直送されるケースが後を絶たず法国の悩みの種であった。
アドニアの北に位置するブレスト帝国はソルト山脈に囲まれた国であった。あまりの標高の高さから大陸一の安全国ともいわれ、過去に近隣の国が攻めてきた事例はほとんどない。
全くないのではなく、四千メートルを超えるソルト山脈が最大の防御であり対人として鍛えられた兵士が難なく越えられるほどの標高ではなく、帝国は知らずに自然の防御壁で戦を今まで公にされず勝ち続けていた。
そのせいもありブレスト帝国はあまり軍事に力を注いでいる訳ではない。もちろん全く皆無とまではいかないが、近隣諸国の中では随一とまで言われるほど軟弱であった。そのせいもありソルト山脈を突破されれば帝国は滅びるとまで言われている。
なら帝国に入国する手段はないのか? そういう訳ではない。唯一の交通手段がスワトロ法国にはあり、十人の大魔術師と言われる魔法を極めし者の手によってスワトロ法国とブレスト帝国の間に転移用の魔法陣――つまり魔法という交通手段ができたのだった。
もちろんスワトロ法国は中立国であり、他国の軍を通すことはなくそのルートも進軍には使えないのであった。
そのような事柄からアドニア一の安全国と言われる所以であった。
アドニアの東に位置するアーカム竜王国は名前通り竜を信仰とする国である。アドニアには人間種以外に様々な種族が存在する。その中でも竜はアーカム竜王国にしか生息しない固有種となる。
法国を軸に東南東の方角にリュウ山がある。名前の由来とおりそこには竜が生息している。標高はソルト山脈には及ばず三千メートルとそれでも立派な山で、二千メートル辺りから竜の分布を確認されている。
アーカム竜王国の過去の書物には一世紀ほど前にリュウ山から下りてきた一頭の竜によって甚大な被害が出たと記載されていた。
それでも竜王国と名乗り続けているのには竜を神聖な種族と昔からの習わしが今も生きているためである。
アドニアの南に位置するステイック王国は国土面積の三分の一、おおよそ一五万キロ平方メートルと壮大な土地をカムイ大樹林が占める国であった。
カムイ大樹林は海側から内陸にかけ、スワトロ法国を軸に北西のボルゾア軍国から南東のステイック王国とアーカム竜王国の国境まで伸びるアドニア一の大樹林であった。その大樹林には様々な種族の生物が生息している。
小さいもので成人の拳ほどの大きさのピクシーがいる。その外見は異なるものの共通しているのは尖った耳と透けた羽、そして石を鋭利に研いで作った槍である。種族としては温厚ではあるものの、体格のせいもあって臆病なため人を見かけると襲いかかる事もある。
そして大きいもので体長三メートルは優にある平胸類の大型種もいる。見た目は翼の小さい大きな鳥とでも言おう。ただ地上棲に長い年月をかけて進化した生物であって空は飛べないものの、鋭く尖ったくちばしと爪は多くの冒険者を苦しめる存在となっている。
などとカムイ大樹林には様々な種族の生物が生息しているため人の住める土地は限られているのだが、それを帳消しにしてくれるのもカムイ大樹林であった。
そのメリットはカムイ大樹林に生息する生物の素材――つまりは死体である。ほとんどの生物の死体には捨てるところが無いほど活用され爪にしても粉末にして飲めば何かしらの効果が期待でき、肉にしても上質であれば高価に取引される。
そのためステイック王国には自然と冒険者が集まり、その素材を売買する商人も集まるのであった。
アドニアの西に位置するボルゾア軍国は力あれば出世ができるとまで言われた軍国である。
財が欲しければ力をつけよ、地位と名誉が欲しければ力をつけよ。一に力、二に力、三に力と、力があれば何もかも手に入るのがボルゾア軍国である。
力といっても肉体的な意味ではもちろんない。この世界では人にもモンスターにもレベルというものが存在する。
力とは個人のレベルであり、レベルが五つ違えば少年でも青年に力比べで勝てるほどであった。もちろん人は生まれた時は皆同じのレベル一である。例外は存在しない。
そしてボルゾア軍国にはおのずと高レベルの人々が集まり、国を守る騎士や兵士も他国より数段は優っている。
ならば高レベルのボルゾア軍国が他国に進軍すれば国が滅ぶ訳でもない。
レベルの差を補うのが補助アイテムであり、マジック装備であり、魔法である。
一流の装備を全身に装備すれば二十レベルほど差が埋まるといわれ、魔法に関しても魔法を軽減するような対応を取らなければ、レベルがどれだけ離れていても耐性のない人間の体に耐えきれるはずがない。
そういった各国の軍事レベル、魔法レベル、所持しているマジックアイテム等が分からない以上はむやみやたらと進軍できず各国の均衡が保たれている訳だ。
そんなアドニアの物語はカムイ大樹林の奥の奥。アドニアの中心から四十万キロほど離れたカムイ大樹林のとある奥地。
高レベルのモンスターが生息するため人の手入れどころか並大抵の人は決して近寄らないそんな場所。
高く生い茂る草木のせいで日中でも辺りは暗くそして湿気が多く辺り一面には苔が埋め尽くされていた。
二メートルはありそうな岩の陰。そこに木製のドアが人の目を隠すようにあり、それ以外は手付かずの森である。
その異様ともいえるドアの先には人がやっと通れるほどの長い通路がゆるく地中に向かって続いている。注意して歩かなければ突起した岩や点々とぶら下がっている鉄製のランタンに頭を打つだろう。
数百メートル続く通路の先にはいくつかのドアが並び、ドアの向こうからは人の声が響いてくる。中にはアルコールを飲み、どんちゃん騒ぎをしていると思われる活気のある声や、何か会議でも行われていそうな神妙で落ち着いた声も耳を澄ませば聞こえてくる。
そのようなドアが並ぶ通路の更に奥。奥に行けばいくほど今までの岩や土が雑な通路ではなく徐々に突起物も少なくなり丸みが帯びた壁面、なおかつ通路の高さと幅が広く今までは一人が限界だった通路だが二人が並んでも余裕ができるほどになっている。そのような手入れされた通路になってからは、同様に旗が上から吊るされ始めた。
旗のメイン色は黒と赤でベースは黒い布に赤の刺繍が施されている。
中央にトカゲ――爬虫類のヤモリ科を沸騰とした丸みの帯びたトカゲを囲むように二匹の蛇。蛇は互いに相手の尾を噛んで円を描いている。
そんな旗が等間隔につるされていた。
地上から並ぶドアは古びた木製だったが、最深部と思われる突き当たったドアは今までとは打って変わって鉄製の三メートルはあろうドアが行く手を阻んでいた。そんな鉄製のドアには、ここまで等間隔につるされた旗と同じデザインが彫られている。
――その鉄製のドアの向こう。
鉄製のドアの向こうには奥行き五十メートルほど横で三十メートルほどの広い部屋が広がっていた。
鉄製のドアから黒い絨毯が敷かれており、絨毯を挟むように全身鎧を着飾った騎士らしき物が剣を鞘におさめ、ズラリと直立している。その距離十メートルほど。
その騎士の先には開けた空間があり、そこには八人の老若男女が立つ。
更に奥には騎士と八人の老若男女を中段から見下ろす三人。その奥、上段――上座から見下ろす一人。
計四人は立派な椅子に座り、誰が見ても地位ある立場の人物だと理解させた。
服装は全身に黒いローブを羽織、頭には目元が隠れるほど深々と被った頭巾。決して明るいと言えない部屋ではそこから表情を覗くことはできない。
「――ライム・クルー。汝にはアーカム竜王国を」
老婆の擦れた声が響く。
声の主は中段の中央に座る人からだった。
「仰せのとおりに!」
それに対して返事をしたのは、開けた空間にいる八人の老若男女の一人。
淡い青色をした全身鎧に包み、兜は脇に抱えた青年だった。
彼の名前はライム・クルー。道行く人が振り返りそうなほど整った顔、そよ風でもなびきそうな細く艶のある金髪、身長も百八十センチを優に超えるほどの長身。
おとぎ話に出てきそうな王子様のような青年だった。
それだけでも彼の魅力は十分にあるのだが、それだけではない。綺麗に彫刻を施された全身鎧、腰には宝石がちりばめられた長剣、どこを見ても一級品の数々。それらが金銭面も裕福だと思わせた。
そんな彼のパーティーの面々もまた彼に劣らない。
金色の刺繍を施されたいかにも高級そうな漆黒のローブを着こみ、頭にはつばが大きく先端がクルンとなった『魔女っ子』を沸騰とさせるハットを被り、そこから流れる黒く長い髪。ぱっちりとした黒く吸い込まれそうな瞳に控えめな褐色のよい唇。可憐で美しい若い女性が一人。
その隣にはライム・クルーとまでは言わないものの、野生染みた鋭い瞳には絶対の自信が映る。体格は部屋の中で最もよく、厚い胸板に太い腕、肉体を極限まで鍛え上げられた筋肉。
そんな彼の装備品は『筋肉こそが最高の防具』そう伝えたいのか、必要最低限しか着用していない。
そして最後に軟弱そうな長身の男。両腕両足が人より長いのが特徴と言えよう。
防具はこれから農作業にでも行くかのような、一見して防具らしい防具は着用していない。そんな彼の背中には異常ともいえるロングボウが担がれている。
そこから連想されるのはしなやかな体のバネで草木を疾走する熟練ハンターのような風格があった。
その四名がリーダーである『ライム・クルー』が率いるパーティーであった。
「ブラント・ケニー。汝にはステイック王国を」
「仰せのとおりに!」
と、ライム・クルーとは別のパーティーリーダー、ブラント・ケニーが高らかに声を上げた。
さぞかしブラント・ケニーも裕福な格好をしているのでは? と思いきや、こちらのパーティーは全くの正反対であった。
ブラント・ケニー。歳は二十三歳になったばかりの青年。
体格は中肉中背、顔つきはそれほど悪くはないのだが、ライム・クルーのように『おとぎ話の王子様』とまではいかない。
簡単にいえばパッとしない。当たり障りのない普通よりちょっとイケてるけど決め手のない青年であった。
そんな彼の装備は長剣でも短剣でもなく、平均的な長さの片手剣である。
防具品は腕当てと胸当て、ほぼ木製の心もとない盾――のみである。
片手剣も含め、ブラントが装備している品々は酷い有様だった。
錆び、血痕などは当たり前で、何の素材を使っているのかも分からない。取り敢えず拾い集めた装備品と連想させた。
彼の戦闘スタイルは中衛であり、全体を見渡す司令塔の役割をしている。
レベルは十二と同年代と比べて頭三つ飛びぬけているが、その身なりからはあまりそれを感じさせない。
セリス・シルケット。歳は七十二歳とチーム最年長。
年季の入ったローブとハットが特徴で、回復魔法専門とする魔法使いである。
最近の悩みは腰が曲がってきた事、膝の軟骨が磨り減り痛みを感じる事、である。
体格は小柄であり、百四十センチほどしかない。腰が曲がってきたせいか、ローブの端は徐々に地面との摩擦で磨り減り、元々年季が入ったローブに『みすぼらしい』とまで感じさせた。
レベルは不明。マジックアイテムの所持不明。容姿と体格以外は何もかも不明な、ミステリアスな老婆であった。
セバス・ブルッケン。歳は六三歳と、セリスに続いて年長組の老人である。
攻撃魔法専門とした魔法使いである。
セリスのようなローブを――羽織っている訳ではない。それどころか防具品は身に着けておらず、それはもうただの私服姿である。
ただ背中には大きく丸みを帯びた盾を背負い、その姿はどことなく亀のようである。
これはセバスが今までの魔術師として数多くの修羅場を経験した――いわば集大成の防具であった。
魔術師のローブはいわばマジックアイテムなのだが、それを捨てて私服姿なのは『移動がしにくい』と、それだけの理由である。
後衛で魔法を放つ安全圏の位置というわけではない。敵がどこから現われるか分からないそれが戦場である。
その理由から無駄に大きな盾も同じ理由からだった。『いつも守られていると思うなよ、魔法使い』これがセバスの教訓であった。
余談だが歳のせいかセバスもまた膝を悪くなりつつある。たまにセリスから痛みを和らげる回復魔法をうけている。
ダマルダ・ブルック。歳は三七歳と最も脂の乗った年齢である。
全身筋肉で覆われた戦士のような印象を受ける。引きしまった筋肉ではなく、自己主張が強めの、いわば実戦向きの使える筋肉である。
防具は古びた重装備の鎧を上半身、下半身には機動性を重視した軽装備を装備している。
背中には子供大ほどある大型の戦斧、腰には小ぶりのメイスがつるされている。
言わずともダマルダは前衛を任されており、剛腕から繰り出される戦斧は、大型種のモンスターも一刀両断できるほどの破壊力がある。
レベルは一八と同年代の戦士や冒険者と比較すればやや高めである。
この四人がブラントをリーダーとしたキャラクターの濃いパーティーだ。そんなブラントは眼だけを動かして仲間をチラリと盗み見る。
そして大きなため息が出そうなのをぐっとこらえた。
それもそうである。なにせあまりにも極端すぎる二つのパーティーに、ブラントの中では少なからず不満があった。
もちろんこれから命を預ける仲間であり、家族ともいえる存在なのだが、パーティー唯一の女性は最年長の老婆。魔術師を覆す格好をしている亀のような老人。戦闘では頼りになるがそれ以外は暑苦しそうな中年男性。これに対して不満が全くない人はそうそういないだろう。
仮にライムパーティーの『若くて可憐で美しい魔法使い』がこちらにいたのなら、全てを帳消しにしてブラントはパーティーを快く受け入れた。
そんなパーティーの編成は、中段で立派な椅子に座っている『上層部である御三方』と、上座に座る絶対的な主人――ギルド長が決めたものだ。それに異論を唱える事はできない。それが方針でありルールなのだから。
さて、そんなカムイ大樹林の奥で生活をしているこの人々は、正義の味方でもなければ冒険者ギルドでもない。
全くの逆である。あまりお天道様の下を歩けず、すねに傷がある人々が集まる殺人ギルドであった。
もちろん全員がそうではない。金銭面や両親がそうであったように、様々な理由からこのギルドに籍を置くものも少なくない。
「我ら主様に従い、各国の調査に向かいなさい。我らの存在を明るみになるような軽率な行動は慎みなさい」
高らかに老婆の声が部屋に響き「はっ!」と、それに続いてブラントとライムが同時に声を上げる。
スッと中段中央の老婆が手を挙げる。
それが合図だったようで先にライムのパーティー、その後を追うように連なってブラントのパーティーがその場を後にする。
絨毯の左右で直立している騎士のような物は、終始微動もする事はなく、出迎えと見送りをする。
その脇を通るブラインの背中には一つの汗が流れた。人らしかぬ直立に魔法で作り出した怪物が中に入っているのではないかと頭の片隅で感じたからである。
重厚ある鉄製のドアの脇に控えた騎士により、ギィっと音を立ててドアは開けられる。
各パーティーが部屋から廊下に出てドアが閉められて、ようやくブラントの肩から力が抜け、ほっと一安心をする。
「いやはや緊張しましたね、ブラントくん」
と、ライム・クルーが涼しそうな表情で振り向きながら言う。その表情は緊張しているようには見えず、どちらかといえば社交辞令のように感じた。
「ははは、そうですね」
「それでブラントくん達はこれからどこに? 私たちはこれから食堂でミーティングと軽食をとり、竜王国に向かおうつもりです。もしよろしければ食事でもご一緒にどうですか?」
「そうです…ね――」チラリと振り返って仲間を見渡す。「今回は遠慮させていただきます。またの機会にでも」
無理である。それがブラントの出した答え。
自信にあふれハイスペックなライムのパーティーと、寄せ集めとしか思えない色ものブラントのパーティー。この二組が机を囲んだところで、終始圧倒されて何も言えないのは目に見えている。まさに蚊帳の外とはこのことである。
「そうですか……。残念ですけど仕方がないですね。それではお互い同期として最善を尽くし頑張りましょう」
「ええ、もちろん」
「それでは」
別れ際にライム・クルーは手を差し出す。ブラントは一瞬あっけにとられたが、すぐさま手を軽く服で拭いライムと握手を交わす。
手を引っ込めるのも忘れてブラントは去りゆく同期の背中を見つめ、後ろで何を考えているか分からない三人に失笑にも似た作り笑顔を浮かべて愛想笑いをする。
もちろんブラントの心の中は、これから待ち受ける生活が不安で仕方がない。そんな事を言えるはずもなく心の中で大きなため息をつくのであった。
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