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エピローグ

 皆が落ち着くまで小一時間程が経過した。


 涙を浮かべる皐月は絢香の胸元から離れようとしなかったし、その姿を見て泣き崩れる葵。そして、一生懸命あやす絢香に元凶である夏目は終始笑みを浮かべていたり————だが、テラスに人が集まり始めた頃には皆軽い談笑を交えるほどまでに仲良くなっていた。


 学年首席に学年次席が一つの場所に集まっている。テラスに集まり始めた他の生徒は、その光景に視線を動かさずにはいられなかった。

 だが、当の本人達はそれを気にした様子もなし。流石は首席と次席……肝が据わっている。


「しかし、あの場面でよく鷺森さん達を誘導できたよね? それもキング一つで」


「それは東條さんだからですよ」


「回答になってないわよ夏目さん」


 談笑の内容はもちろん、先のゲームである。各々好きな飲み物を片手に、あのゲームでの場面を振り返っていた。


「まぁ、そればっかりは夏目と鷺森が『頭がよかった』からなんだけどな。俺を追い込む為に息を合わせていたからこそできた芸当だ————もう一回やれと言われても、次はあんな真似できないさ」


 絢香と夏目が互いを把握し、意識して葵を追い込もうとしたからこそ、キングを使って1階に勢力を集めることができた。

 もちろん、葵の技量もあってこその芸当なのだが、前提として彼女達が互いを把握して、追い込む為に隙を与えないよう盤面を動かしていないと成り立たなかった芸当。


 それは、本当に頭が良かった二人だからできたのだ。


「まぁ、流石に私も次は同じ手は食わないわ————今回はしてやられたけどね」


「えぇ……私も、次は油断せずに対策を講じます」


 少しばかり悔しそうに、彼女達は各々口にする。

 しかし、次はないと————そう宣言する彼女達の言葉にはどこか力強さを感じる。恐らく、本当に次は同じ手は食わないのだろう。

 葵は、コーヒーを啜りながらそんな事を思ってしまう。


「……東條」


「……ん?」


 突然に、絢香は葵に声をかける。


「悪かったわね……弱いとか酷い事言っちゃって……」


 それは選抜選開始前の事。葵の部屋に入ってきて堂々と葵に啖呵切った話。

 その所為で、葵もこのゲームを本気で挑んだのだが……その事を、絢香は謝罪した。


「気にしてねぇよ。元はと言えば、俺が嘘をついた事が原因なんだしな……俺も悪かったよ」


「……そう」


 短いその言葉は具体的なものは何も述べていなかったが、それでもわだかまりが消えた様に聞こえる。


(うんうん、仲良しが一番だね!)


 それは傍から聞いていた皐月も感じていた。先ほどまで自分も夏目に対して仲がいいとは程遠いただならぬ思いを抱いていたものの、こうして仲良くなっていく葵達を見ていると微笑ましい気持ちになってしまう。


「けど、私が上を目指すのは変わらないわ。首を洗って待っていなさい」


「……お手柔らかにおなしゃす」


 未だ闘争心は消えない。一度負けたからと言って絢香の目的が潰えたわけではない。

 敗北こそ糧になる————だから、絢香はにひるな笑みで葵に向けて布告をした。

 それが分かっているからこそ、葵は苦笑いすることしかできなかった。


「ふふっ、私もそろそろ東條さんに首席の座を巡って決闘でも挑んでみるのもいいかもしれませんね」


「そろそろって言うけど、さっきゲームしたばかりだからな?」


「それに、夏目さんは単に葵くんとゲームしたいだけじゃないのかな」


「そうですね。もちろん、水無瀬さんともゲームしたいと思っていますよ? あの時の決闘は私の心をくすぐるものがありましたから」


「ははは……」


 どうして、頭の良い人達はこうも好戦的なんだろう? そう思わずにはいられなかった皐月である。


「そう言えば、東條には負けたけど夏目さんとはどっちが上か決めていなかったわね」


「えぇ、えぇ! 是非に、私とゲームをしましょう! 鷺森さんとなら、私も楽しめそうですから!」


 今回の勝者は葵だけ。同じく敗者である絢香と夏目に優劣はつけられなかった。

 だからこそ、上を目指す絢香は夏目との決着をつけたかった。夏目も、強者と戦うことを己の欲求として生きている為、当然その要求は嬉々として受け入れる。


「あら? それじゃあ私も東條と同じであなたを楽しませてあげないとね————もちろん、敗北を持って」


「やるからには全力で————ふふっ、私に敗北をもう一度味あわせてくださいな」


 両者間に火花が散る。案外とまでは言わないが、皐月が思っていた事はあながち間違いではないのかもしれない。


「なぁ、皐月……」


 そんな二人を他所に、葵は皐月に声をかける。


「どうしたの葵くん?」


「えっと……その、だな……」


 顔を赤くし、口籠り頬をかく姿は何処か恥ずかし気な様子が伝わってくる。

 そして————



「今日の俺……頭が良さそうに見えたか?」



「……」


 その発言に、皐月はすんなりと言葉が出なかった。

 どうして今、そんなことを言ってきたのか? 外野が聞いたら何と頭の悪そうな質問なのか、と思ってしまう。


 しかし、葵は本気の本気だった。

 それは、昔皐月が言っていた一言————



『私、頭がいい人が好きなの!』



 皐月に好かれる為にこの学園に入り、皐月に好かれる為に首席まで上り詰めた。

 今では学年でもトップの成績を残し、頭の良さが求められる学園で代表の座についた。


(これで、皐月が違うって言ってしまったら……)


 葵は不安なのだ。

 葵からは、皐月に好かれている様子がない。傍から見たら「どうして付き合ってないの?」と言われるぐらい仲のいい二人だが、当の本人は気が付いていない。


 だからこそ、葵は確証が欲しかったのだ。

 この道は間違っていないのだと。皐月に好かれる為に頑張ってたのは着実に目標に近づいているのだと。


 今日のゲームで、自分は皐月の好みに近づけた————その答えが欲しかった。



(そんなの、決まっているんだけどなぁ……)



 だけど、そんな質問の答えは皐月の中では決まっている。

 葵の隣に立つためにこの学園に入学して、葵の傍にいる為にこの学園で学ぼうとして、葵の姿を見てきて憧れた。


 それは、ずっと隣で葵の頭の良さを目の当たりにしてきたからで、今日のゲームではその気持ちをより一層強くさせた。


 だから————



「うん! 葵くんは頭が良いと思うよ! かっこよかった!」



 満面の笑み。心の底からそう思っているのだと伝わってくる表情。


(あぁ……よかった)


 この道は間違っていなかったのだと、着実に皐月の心に近づいているのだと————そう分かり、葵は心の底から安堵する。



 絢香のように己の矜持があるわけでもない。

 夏目のように知らぬ感情を知りたいわけではない。



 ただ、想い人に好かれる為に————葵はここまで成り上がってきた。

 馬鹿にされるかもしれない。そんな理由で、と非難されるかもしれない。

 だけど、それでも葵は————


(皐月に好かれる為なら、この座だって守り抜いてやるさ。いつまでも、な)






これは、想い人に好かれる為に頭の良さが求められる学園に入学した少年の物語。

首席と言う座を手にして、更なる高みを目指す物語。


「お前が東條葵だな……」


「ん?」


「貴様に、首席の座を賭けて決闘を申し込む!」



 さぁ、誰にも負ける訳にはいかないゲームを始めよう。


 それは想い人に好かれるまで————

 


「あぁ、いいぜ。今日の俺は気分がいいんだ————想い人に好かれる為、その踏み台とさせてくれ」





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※作者からのコメント


楓原こうたです!


これにて、アカデミア・ゲーム完結とさせていただきます!

文庫本一冊の文字数。ここまで書ききれて嬉しかったです。


初めての頭脳戦。

カクヨムではあまり見かけないジャンルなので、不安もありましたがいかがでしたでしょうか?


ちなみに、今作は『ライアー・ライアー』を読んで書いてみたいと思い、書いてみました。

稚拙でとても面白くなかったかもしれませんが、ここまでお付き合いしていただいた読者様には感謝です!


では皆さん、またどこかで。

いつか、また頭脳戦を書いてみたいと思いながら————


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