前へ次へ
81/203

81. 刺客

「あれがアーク・ノーヤダーマか」


 男はつぶやく。


 魔法学園に侵入できるチャンスは、意外と少ない。


 特にここ二年前の大会以降、警備が厳重になっている。


 そうでなくとも、今の世の中だ。


 学園は、部外者が軽々と侵入できないようになっていた。


 男は新入生として学園に入り込んだ。


 もちろん、正規の手続きを経て。


 目的は、アーク・ノーヤダーマを排除することだ。


 今やアーク・ノーヤダーマは時の人。


 影響力の大きさでいえば、学園随一。


 国中を見てもアークほどの人物はそうそういない。


 その分、アークを邪魔に思う存在は多い。


 当然、排除しようとする勢力の数も多くなる。


 アーク・ノーヤダーマは目立ちすぎたのだ。


 目立つとは愚かなことだ。


 この国で生きたければもう少し慎重になるべきであった。


 入学式でも、下手に目立っている愚か者がいた。


 わざわざあの場で「アークをぶっ潰す」と呟いている者がいた。


 公衆の場でそんな馬鹿でもわかる敵意を向けるなど、愚か者としか言えない。


 おそらく、男のように本気で潰そうとは考えていないだろうが。


「阿呆めが。だが、良いカモフラージュにはなりそうだ」


 男の目的はアーク・ノーヤダーマの抹殺。


 時間をかけてやることではない。


 数日のうちにかたをつけるつもりだ。


 時間をかければかけるほどリスクが高くなる。


 そもそもアークをこれ以上野放しにしておいてはいけない。


 さっさと殺すしかない。


 アーク・ノーヤダーマがやり手なのは理解している。


 まともに戦えば勝てないだろう。


 だから、彼のような男が用意された。


 まともに戦わずに葬るために……。


 ナンバーズⅫ――蠱毒のアローン。


 ナンバーズ上位陣と比べたら戦闘力に欠ける。


 しかし、暗殺に関していえばナンバーズの中でも随一の実力を持っていた。


「最近は物騒になってきたものだね」


「……ッ!?」


 男はとっさに後ろに下がる。


 すると、先程まで男の立っていた場所に短剣が突き刺さっていた。


 あと一歩でも反応が遅れれば殺されていた。


 男は、ごくり、と生唾を飲み込む。


 闇の中、月の明かりに照らされて少女のシルエットが浮かび上がる。


「入学式初日から殺気をぶつけすぎだよ、キミ。まるで殺してくれと言ってるようなものじゃないか」


 茂みからもう一人の少女が現れた。


「誰だ、お前らは……」


 男はそういってから、わずかに思考する。


 答えはすぐにでた。


「干支……」


 アーク・ノーヤダーマが率いる暗殺部隊――干支。


 暗殺部隊という割に、その名前は有名だ。


 もはや暗殺部隊というより、ただの殺人部隊だろう。


 蠱毒にとって暗殺とは、もっと静かに行うものであり、干支のあり方には嫌悪感すら抱いていた。


「はじめまして、私はシャーフ。干支の羊、シャーフね」


「あんた、やっぱり馬鹿ね。どうせ死ぬやつなんかに名乗るなんて」


「えー。だってこっちのほうがカックイイでしょ?」


「そういう発想が馬鹿なのよ」


 まるで緊張感のない二人。


 男はジリジリと後退する。


 じとりと汗がにじむ。


「はっ、ははっ……」


 男はもう笑うことしかできなかった。


 なに、簡単な話だ。


 アークを殺そうとするやつらもいれば、アークを守ろうとするやつらもいるというわけだ。


 干支の実力はあまりにも有名だ。


 一人ひとりが化け物じみた強さを誇っている。


 アークを襲う場合、真っ先に警戒する者たちだ。


 しかし、干支の姿形は普通の人のそれとは異なるため、ひと目でわかるというもの。


 なのに、今の彼女らは普通の人間と同じ姿かたちをしていた。


 干支は全員、キメラだ。


 魔法で姿形を変えることは可能だが、それを維持するのは思いの外難しい。


 形そのものを変えるか、他人からの見え方を変えるのか、世界から存在そのものを書き換えるか。


 この3つが主な方法となる。


 だが、1つ目の姿かたちを変えるのはかなり難易度が高い。


 姿とは魂にも紐づくものだ。


 魂の形を変えられる魔法使いなど、国の中でも片手で数えるほどしかいない。


 2つ目の相手からの見え方を変えることについてだが、光魔法などによって可能である。


 しかし、に維持するのは難しい。


 さらに他人からの見え方を完全にコントロールするのは不可能に近い。


 そして3つ目。


 世界から存在そのものを書き換えることだが……これは神級魔法にも匹敵する。


 最も難易度が高い魔法だ。


 それができる人物は、今のところこの世界にはいない。


 何にしても、この情報は非常に価値があった。


 ガルム領に蠱毒の目をも欺くほどの変装魔法の使い手がいる。


 その情報に意味があった。


 そして、これを上層部に伝えなければ何か大変なことが起こりかねない。


 今後起こるだろう大きな戦いで致命傷になり得る。


 だが、この事実を男が知ったということは、つまり――


「アーク様の障害となるものは排除する。それが私たち干支」


 生きて逃してはくれないということだ。


 暗闇の中、ひっそりと男は排除されるのであった。


 アークの周りでは、このような陰の戦いが何度も勃発していた。


 もちろん、アークはそれを知らない。


 アークを中心に起きている戦いをアークだけが知らないというのは、もはや悲劇を通り越して喜劇であろう。

前へ次へ目次